2014年12月号 [Vol.25 No.9] 通巻第289号 201412_289002

低炭素社会に向けた全球的な挑戦 「低炭素社会国際研究ネットワーク(LCS-RNet)」第6回年次会合報告

  • 公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)
    低炭素社会国際研究ネットワーク(LCS-RNet)事務局 石川智子

1. はじめに

長期的な気候安定化のためには、今のエネルギー高依存型社会からの脱却が不可欠であり、各国は2020年からの新たな枠組み作りに向けて長期的な戦略を立てつつあります。こうした政策形成に直接参加している研究者たちのネットワークが日本の主導で作られ、これまで活動を行ってきました。これが、「低炭素社会国際研究ネットワーク(International Research Network for Low Carbon Societies: LCS-RNet)[注]」です。このネットワークは、各国低炭素・グリーン経済政策過程に密着して科学的な政策立案を支援する研究者と、政策担当者、実務者、その他関連のステークホルダーが、低炭素社会を作り上げていくために必要な中核的課題を密に議論し、知識を共有し、政策に反映させていくことを目的としています。

10月1日〜2日、イタリア・ローマにて、環境省、公益財団法人地球環境戦略研究機関(Institute for Global Environmental Strategies: IGES)、ローマ市、新技術・エネルギー・持続的経済開発機構(Italian National Agency for New Technologies, Energy and Sustainable Economic Development: ENEA)による、LCS-RNet第6回年次会合が開催され、11カ国3国際機関から約90名が出席しました。

会合では、研究者と政策担当者の双方が、低炭素社会への転換に向け、研究コミュニティからの科学的根拠に基づく実証的・具体的・統合的な提案を、国内外の気候政策形成過程に積極的に生かしていくことが今後さらに重要となるとの認識を共有しました。

2. 年次会合での議論

気候安定化のためには究極的には温室効果ガス排出をほぼゼロにする必要があり、私たちもこれに即した社会変化に適応していかなければなりません。低炭素社会の実現には、エネルギー供給システムのみならず、既存の社会経済システム全体の構造変化や改革が求められています。現在は巨大な変革の時代ですが、低炭素社会に向けた変革を進めていくためには、エネルギー安全保障と適切な価格でのエネルギー入手可能性、資源効率向上の追及、都市による低炭素イニシアティブの促進、低炭素グリーン成長にむけた民間投資の拡大など、より包括的なアプローチが不可欠です。さらに、例えば、低炭素社会に向けた新しい経済体制を実現する梃子としてのグリーン投資の使い方や、発展途上国、とりわけアジア新興国においてどのように低炭素かつ気候変動に強靭な発展パスを実現していくか、などが喫緊の課題です。

LCS-RNetでは以上のような認識に立ち、今回の会合の共同議長となったイタリア・フランス両国の運営委員の強いリーダーシップのもと、会合の準備・実施を進めてきました。会合での主要な論点は下記の通りです。

  • 低炭素社会の実現に向けて、各国の研究者が一堂に会して各々の専門分野の知識を共有する場としてのLCS-RNetのようなネットワークの重要性が改めて示され、また、今後更にこうした貢献が必要性を増していくとの期待が示されました。また、LCS-RNetでの活動を通じて、低炭素成長に関する優良事例や経験、比較分析を共有していくべきとの認識が共有されました。
  • 2013年7月に開催された第5回年次会合にて、ネットワークは国内政策・国際政策双方へのインパクト形成により注力すべきとの提案がなされました。これを受け、ネットワークとして国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第21回締約国会議(COP21)に向けて提案を行うという目標を設定し、今回のローマでの年次会合をこれに向けた議論の場とし、COP20を経て、さらに2015年初めにパリにて第7回年次会合を開催し、具体的なプロセスを進めていくことが再確認されました。
  • エネルギー政策についてのセッションでは、低炭素社会への移行と、原子力や石炭等エネルギー供給側の選択との間のギャップを、エネルギー安全保障と適切な価格でのエネルギー入手可能性という観点からどのように捉えるかについて議論がされました。この問いに対する一義的な回答は存在せず、エネルギーシステムの革新や、個人の行動変化・合意形成といったエネルギー需要側の対応を含む、あらゆる努力をすべきとの見解が示されました。
  • 二酸化炭素排出を大きく削減するには、エネルギー供給・需要側だけの努力だけでは不十分で、サプライチェーンにまで切り込む必要があります。これには、原材料の使用の効率化、原材料・製品のリサイクルや再利用、製品サービスの効率化などが含まれますが、これはエネルギーの節約に直結するだけでなく、低炭素社会・グリーン経済の土台となる考え方でもあります。会合では産業界に向けた提案や転換期にある都市運営の例などが示され、資源効率の向上に向けた政策提案が重要であるとの指摘がされました。
  • 低炭素投資に関するセッションでは、低炭素社会への転換という新しいパラダイムの形成に、財務政策や金融政策がどのように貢献できるのかが議論されました。各ステークホルダーによる低炭素社会に向けた投資をけん引するような適切な政策を打っていくことの重要性が示されました。
  • 気候の安定化のためには、成長著しい主要途上国の政策を早期に低炭素社会に振り向ける必要があります。現在行われている莫大なインフラ投資による高炭素排出へのロックインを回避するためには、可及的速やかに途上国の発展政策に気候政策を組み込む必要があります。年次会合では、短期的な技術支援のみならず、自立的な政策形成を促進する、途上国自らによる気候政策研究コミュニティの育成・強化支援、政策検討ツールの知識移転支援などの具体的な例が示され、低炭素発展に向けて先進国・途上国のこうした協力を進めていくべきとの提案がされました。
  • 年次会合での2つのパネルセッションでは、各国政策担当者よりネットワークに期待する点として、科学的根拠に基づく、実証的・具体的・統合的な提案の実施や政策評価の実施などが示されました。最後のパネルでは、2日間の議論を振り返り、国内政策・国際政策双方に向けたインパクト形成に注力すべきとの点が改めて強調されました。また、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)AR5(第5次評価報告書)にあるごとく、気候は変わりつつあり、その原因が人為的温室効果排出にあることはほぼ間違いないこと、また、変化の影響がすでに各地に現れるまでになってきていることを踏まえ、本ネットワークとして気候変動緩和政策のみならず気候変動影響への適応策についても並行的に進めていくべきとの言及がありました。
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写真1年次会合では、各スピーカーからの発表のあと、フロアを巻き込んだ活発な意見交換がありました

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写真2年次会合の期間中に行われたLCS-RNetステアリンググループ会合では、報告書の取り纏めについて、また、COP20やCOP21への対応について議論がなされました

3. 今後の予定

今回の年次会合の成果はLCS-RNet年次会合統合報告書に纏められ、2014年12月ペルー・リマにて開催されるCOP20の期間中の12月12日に欧州連合(EU)パビリオンで開催されるサイドイベントで公表される予定です。

このサイドベントでは、上記のような年次会合の主要な論点が紹介されるほか、LCS-RNetからCOP21にどのようなメッセージが発信できるのか、また、COP21後に各国が国内政策を整備していくにあたり、このネットワークがどんな存在意義をもちうるのかについて議論を行う予定です。

また現在、今回の年次会合の統合報告書の準備と並行して、第6回年次会合を主導したイタリアのENEAが刊行しているジャーナル「Energia, Ambiente e Innovazione」特別号にて、今回の会合の講演要旨(プロシーディングス)を取りまとめる作業を進めています。

COP21に向けて、また、COP21後を睨み、以上のような活動を進めていく予定でおります。是非関係の皆様方のご指導・ご助言をいただきたく、引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。

脚注

  • 現時点での参加国・機関は、日本(国立環境研究所[NIES]、地球環境戦略研究機関[IGES]の2機関)のほか、フランス(環境・開発国際研究所[CIRED]ほか3機関)、イタリア(新技術・エネルギー・持続的経済開発機構[ENEA]ほか1機関)、韓国(国立環境研究院[NIER])、英国(英国エネルギー研究センター[UKERC])、ドイツ(ヴッパタール気候・環境・エネルギー研究所[WI])、インド(インド経営研究大学アーメダバード校[IIMA]ほか5機関)の7カ国からの16研究機関である。

イタリアの「地方」の概念は? 日本と異なる「ウチ」と「ソト」の感覚

石川智子

海外出張にはできるだけ、出張先にゆかりのある作家の著書を持っていくことにしています。今回の私の選書は、須賀敦子さんの「トリエステの坂道」でした。この本の中に、こんなくだりがありました。

「イタリアでは方言というのは、それぞれの都市の歴史と文化の伝統が洗練をかさねてきた過程で、それぞれの「国語」に近い感覚を持つようになったことを知った」。

今回の会合の開催にあたり、イタリア側カウンターパートには大変お世話になりました。彼女とは会合が終わってからもやり取りをしており、お互いに日本に来たら、イタリアに行ったら、お互いの国をあちこち案内しようと意気投合しています。そんな彼女からのメールには、いつの日か私がイタリアを訪ねるときには、「ローマでも、“abroad” でも」、どの地方でも行きたいところを遠慮なく知らせるように、との記載がありました。自分の住む町やコミュニティ以外は国内であっても「外国」、「ソト」なのかと。私の感覚では少し不思議なのですが、この本の記述をなぞるような、小さいけれど新鮮な発見でした。

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2日間の会議は無事終了。この後、イタリア側カウンターパート(ENEA)本部にて報告書の作成に向けた詰めの議論を行いました

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
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FAX: 029-858-2645

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