2016年12月号 [Vol.27 No.9] 通巻第312号 201612_312001

2013年夏に日本上空でメタン濃度が急上昇 温室効果ガス観測技術衛星GOSAT「いぶき」が高濃度メタンを検出

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 特別研究員 石澤みさ

温室効果ガス観測技術衛星GOSAT「いぶき」は、主要な温室効果ガスである二酸化炭素とメタンの吸収・排出量の推定精度を高めることを目的に、地球大気中の温室効果ガス濃度(カラム平均濃度[注])を宇宙から観測しています。このGOSATが、2013年夏の日本上空で、例年より高い濃度のメタンを観測しました。私たちは、このGOSATの観測を地上観測によって検証し、モデル解析から変動要因を解明しました。これにより、GOSATがメタン濃度の総観規模(数千km、気団の変化等による)の変動を観測する能力を有することが実証されました。

1. はじめに

一般に大気中のメタンの濃度は、冬高く夏低いという季節変化を示します。GOSATによる日本上空の観測でも、メタンは夏に低濃度になります。この夏の低濃度は、大気中のOHラジカルとの化学反応で分解されるメタンが増加するためです。さらに、日本周辺では、太平洋高気圧によって、太平洋からメタンの少ない空気が運ばれてくることも大きな要因です。ところが、2013年夏(8–9月)には、日本上空で、例年とは異なる高濃度のメタンをGOSATが観測しました。

2. GOSAT観測を地上観測データから検証

解析に用いた日本上空の範囲を図1に示します。地上観測値には2種類あり、1つはGOSATと同じ原理で測るカラム平均濃度で、もう1つは地表面濃度です。図1では、カラム平均濃度の観測地点を赤丸()で、地表面濃度の観測地点を青丸()で表しています。

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図1解析に用いた日本上空の範囲。青帯が日本上空、赤丸は地上観測点(カラム平均濃度)、青丸は地上観測点(地表面濃度)

GOSAT観測を検証するために、地上観測の結果と比較しました。図2(a)に、GOSAT観測値(赤)と、つくば(青)と佐賀(緑)での地上観測によるメタンカラム平均濃度を示します。これを見ると、3つの観測値の濃度変化のタイミングがよく一致していることが分かります。つまり、GOSATで宇宙から測った濃度でも、地上観測と同じ様に濃度変化をとらえることができたのです。2012年夏では、メタン濃度が低下しているのに対し、2013年夏では、3つの観測値ともに20–40ppb程度上昇し、さらに、これほどの高濃度が2ヶ月も持続するというのは特異な現象です。

一方、地表面濃度でも、2013年8月に例年とは異なる急激な濃度上昇が観測されました。図2(b)に、綾里(緑)と落石岬(黄)における地表面濃度の時間変動を示します。2012年夏は平均的な季節変化で低濃度でしたが、2013年8月に綾里で突然、約100ppbの濃度上昇が起き、約1週間後に落石岬でも同様の濃度上昇が起きていました。与那国島ではこのようなメタン増加は観測されませんでした(図には、与那国島データは示していません)。このことから、地表面濃度の急激な上昇は、本州・北海道周辺に限られていることが分かりました。

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図2メタンのカラム平均濃度(a)と、地表面濃度(b)の季節変化。長期変動成分は除外している。青帯は夏を表している

3. 原因は例年と異なる大気輸送

このメタン濃度の急上昇の原因を調べるため、全球大気輸送モデルによる解析を行いました。シミュレーション計算の結果を図3に示します。年々変動する大気輸送の影響に注目するために、排出量は毎年同じ季節変化をすると仮定しました。

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図3モデルで計算された、2012年と2013年の8月と9月におけるメタンカラム月平均濃度(a)と地表面濃度(b)

全体的な特徴として、日本上空や太平洋上空に比べ、中国東部上空でメタン濃度が高いことが分かります。これは、北京や上海周辺の石炭・天然ガスやごみ埋立て等の人為起源のメタン排出と、東南アジア全域おいて盛んな稲作からのメタン発生を反映しています。

中国東部の8月のカラム月平均濃度(図3(a))に注目すると、2013年は2012年より低濃度ながら、日本全体を広く覆うように高濃度メタンが輸送されていることが分かります。9月にも同様の傾向が続きました。

一方、地表面濃度(図3(b))を見ると、2013年8月は2012年に比べて、中国東部の高濃度域が全体的に北東へ移動し、日本列島上空(沖縄地方を除く)まで広がっていることが分かります。ところがカラム月平均濃度とは異なり、2013年9月には2012年と同様の濃度分布に戻っています。このことから、中国東部を排出源とするとするメタンで高濃度となった空気が、あまり拡散されずにメタン高濃度のまま日本上空へと輸送されたと考えられます。そのような大気輸送場は、地表面付近では9月にほぼ例年並みに戻ったのに対し、上層では9月も継続され、その結果としてカラム月平均濃度が高いまま維持されたと考えられます。このように、モデル解析により、メタンの急激な濃度上昇は、例年と異なる大気輸送が原因であることが分かりました。

さらに解析を進め、この大気輸送を引き起こす風速場(風の方向と強さ)の変動を調べました。地表面(大気下層)と850hPa気圧面高度(大気上層)の風速場を解析した結果を図4に示します。日本の夏季の風速場は、大気下層では太平洋高気圧の、上層ではチベット高気圧の張り出しにそれぞれ強く影響されます。大気下層(b)では、2013年8月は太平洋高気圧が例年よりも西に張り出し、沖縄を含む中国東部沿岸域まで大きく発達していたため、強い風が大陸沿岸域を北上して、日本列島へ向かっていました。また大気上層(a)では、2013年8月はチベット高気圧が日本列島本州近くまで南下して、偏西風を強めていました。大気下層(b)の風速場は9月には平年並みの状態に近づきましたが、それに対し、上層(a)では、8月より一層、西風が強まっていたことが分かります。

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図4高度850hPa(a)と地表面(b)における8月と9月の風速場。(a)と(b)のそれぞれ、左は5年間(2009年–2013年)の月平均、右は2013年の月平均

このように、2013年夏には、2つの高気圧が例年と異なる配置をしていたことにより、中国東部で発生した高濃度メタンが日本へ効率的に輸送されたため、日本上空のメタン濃度の異例な上昇を引き起こしたと考えられます(図5)。

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図52013年夏の例年と異なる気圧配置と大気輸送の関係。赤四角が濃いほど、人為起源メタン発生量が多いことを表す

4. 最後に

今回の研究によって、GOSATが総観規模のメタン濃度の変化を観測する能力を持つことが示されました。今後、GOSATによる観測データが、温室効果ガスの吸収・排出量推定精度の向上およびその発生源変動の要因解明へと応用されることが期待されます。

脚注

  • 地表面から大気上端までの空気の柱(カラム)の中にある乾燥空気量に対する対象気体量の割合。GOSATは、地球表面(陸と海)で反射した太陽光を観測しています。その観測データから、二酸化炭素とメタンのカラム量を得ることができます。二酸化炭素・メタンの主な放出源は地球表面に存在することと、空気量の大半は地球表面付近にあることから、カラム平均濃度は、地表面付近の濃度の変動を反映しています。

この内容はAtmospheric Chemistry and Physics誌に掲載されるとともに、2016年9月23日、国立環境研究所から記者発表されました。

発表論文
Ishizawa M., Uchino O., Morino I., Inoue M., Yoshida Y., Mabuchi K., Shirai T., Tohjima Y., Maksyutov S., Ohyama H., Kawakami S., Takizawa A., Belikov D. (2016) Large XCH4 anomaly in summer 2013 over Northeast Asia observed by GOSAT. Atmos. Chem. Phys., 16, 9149–9161, doi:10.5194/acp-16-9149-2016.
記者発表
2013年夏季の東北アジア上空の大幅なメタン高濃度の原因を解明 —温室効果ガス観測技術衛星GOSAT(「いぶき」)の観測能力の高さを実証—http://www.nies.go.jp/whatsnew/2016/20160923/20160923.html

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