2018年8月号 [Vol.29 No.5] 通巻第332号 201808_332001

転換期を迎えつつある温室効果ガスの衛星観測 〜第14回宇宙からの温室効果ガス観測に関する国際ワークショップ(IWGGMS-14)参加報告〜

  • 地球環境研究センター 衛星観測研究室 主任研究員 吉田幸生

1. はじめに

2018年5月8日から10日の3日間、第14回宇宙からの温室効果ガス観測に関する国際ワークショップ(14th International Workshop on Greenhouse Gas Measurements from Space: IWGGMS-14)がカナダのトロントで開催されました。当ワークショップは日本の温室効果ガス観測技術衛星GOSATプロジェクトと米国の軌道上炭素観測衛星OCOプロジェクトの研究者間の情報交換の場として2004年4月に東京で第1回が開催され、その後は他衛星プロジェクトや関連研究分野の研究者も加え、規模を拡大しながら概ね年1回の頻度で開催されています。開催場所も第4回をパリで開催して以降、日本・欧州・米国の持ち回りが続いていましたが、今回は米国の代わりにカナダのトロント大学において、同大学とカナダの環境省(Environment and Climate Change Canada: ECCC)の主催で開催されました。

2. ワークショップの概要

ワークショップはトロント大学のD. Jones氏とECCCのR. Nassar氏の挨拶から始まりました。また、1日目の午後にはカナダ宇宙庁長官のS. Laporte氏による、地球観測衛星に対するカナダの取り組みについて特別講演がありました。ワークショップでは51件の口頭発表と90件のポスター発表(写真1)が(1)現行および近い将来の衛星ミッション・校正、(2)リトリーバル手法・不確実性評価、(3)検証および関連する地上観測・直接観測、(4)ホットスポット・局所/都市排出源評価のための温室効果ガス観測、(5)領域・全球スケールでのフラックスインバージョン、(6)将来衛星ミッション・観測計画、の計6セッションに分けて行われました。環境研からはGOSAT、GOSAT-2を中心に、2件の口頭発表、7件のポスター発表を行いました。以下、興味深かった発表について簡単に紹介します。

写真1ポスター会場の様子。研究者間で活発な議論・コミュニケーションが行われました

3. 新たな衛星データの公開準備状況

GOSAT(2009年1月打上げ)やOCO-2(2014年7月打上げ)では、地表で反射した太陽光スペクトルから温室効果ガス濃度の推定を行い、そのデータを公開しています。近々2016年12月に中国が打ち上げたTanSatのデータと2017年10月に欧州が打ち上げたSentinel-5 Precursor(S5P)搭載のTROPOMIデータの公開が始まります。

TanSatについては、セッション(1)においてY. Liu氏(中国科学院、中国)から二酸化炭素カラム平均濃度(XCO2)や太陽光誘導クロロフィル蛍光(Solar Induced chlorophyll Fluorescence: SIF)の初期解析結果が示された他、1件の口頭発表と4件のポスター発表がありました。衛星データの検証に広く用いられている全量炭素カラム観測ネットワーク(Total Carbon Column Observing Network: TCCON)や、ほぼ同じ軌道を50分程度の時間差で周回しているOCO-2によるXCO2との比較結果が示され、概ね良い一致を示しているものの、時折大きな差異も見られていました。具体的な時期は未定ですが、データ公開に向けた準備が進んでいるとのことです。

S5Pは欧州連合が進めている地球観測プログラムCopernicus計画における最初の大気ミッションであり、温室効果ガスであるメタンだけでなく、大気汚染の原因である二酸化窒素や、大気質の指標となるオゾンや一酸化炭素、エアロソルなどが観測対象です。TROPOMIは高い空間分解能(7km × 3.5km)と広い観測刈幅(2600km)を有するセンサで、なんと1日で全球の大部分をカバーすることができます。セッション(1)においてC. Zehner氏(欧州宇宙機関)からTROPOMIによる一酸化炭素やメタンのカラム平均濃度(XCO、XCH4)の初期解析結果が示された他、3件の口頭発表と2件のポスター発表がありました。アフリカの湿地起源のメタンの高濃度領域や、米国の人為起源・湿地起源の高濃度領域が捉えられており、今後の利用研究が期待されます。TROPOMIのデータは観測対象ごとに公開開始時期が異なるものの、2018年6月以降に順次公開されるとのことです。

4. 人為起源排出量評価へ向けた検討

パリ協定への対応として国別排出量インベントリの不確実性低減が求められており、衛星データが利用できないか検討が始まっています。人間活動に伴う二酸化炭素やメタンの排出は主として地表面付近で行われるのに対し、衛星が観測するのはカラム(気柱)平均濃度であること、二酸化炭素やメタンは自然界にも存在することから、衛星の視野に含まれるこれらの気体の総量に対する人為起源排出量の比が衛星の観測精度を上回らなければ、衛星により人為起源排出量を検出・評価することはできません。セッション(1)においてD. Crisp氏(JPL、アメリカ)はGOSATとOCO-2の視野サイズと観測精度の違いから、OCO-2ではGOSATの検出限界の約1/25の排出量まで検出できることを示しました。また、排出された温室効果ガスはそこに留まるわけではなく、風で流されながら拡散するため、排出量の評価には代表的な風速の情報が欠かせないことや、衛星データに系統的な誤差(バイアス)が残っている場合は排出量の評価にも無視できない誤差を与えることを指摘しました。他にもセッション(2)においてC. Camy-Peyret氏(フランス国立ピエール=シモン・ラプラス研究所、フランス)から、フランスが計画しているMicroCarbミッション(2021年打上げ予定)を想定した、発電所や大都市からの二酸化炭素排出の検出手法に関する検討の報告や、セッション(4)においてH. Zhong氏(中国科学院、中国)から2014年11月に北京で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の前後でXCO2が2ppm以上減少していることがGOSAT、OCO-2の双方で捉えられている実例等が示された他、人為起源排出を主眼とした研究が複数発表されました。

5. 将来衛星ミッション

セッション(1)において、A. Eldering氏(JPL、アメリカ)からOCOシリーズにおいてOCO-2に続くミッションであるOCO-3の打上げが2019年2月に決まったことが報告されました。2017年5月にトランプ大統領が議会に提出した2018会計年度予算教書ではOCO-3ミッションの中止が挙げられていましたが、最終的には予算が認められたとのことで、会場から大きな拍手が贈られました。OCO-3は国際宇宙ステーションに設置されるため、従来の衛星とは軌道、すなわち観測可能緯度範囲や観測時刻が大きく異なります。二酸化炭素の動態に関する新たな知見が得られることが期待されており、観測運用に対する意見を募集中とのことでした。また、セッション(6)では既存のミッションに関する進捗報告の他に、新たなミッションがいくつか提案されました。D. Crisp氏はA. Butz氏(ハイデルベルク大学、ドイツ)の代理でアフリカ上空の静止衛星軌道上から温室効果ガス観測を行うARRHENIUSミッションの説明を行いました。観測の空白域であるアフリカや、ヨーロッパや中東といった主要な人為排出源が観測対象です。静止衛星は同一領域を1日に複数回観測することができるという利点があり、アメリカ上空にはGeoCarbが配置される予定です。後はアジア上空に静止軌道衛星があれば陸域の大半をカバーすることができますが、現時点でアジア域の観測を行う静止軌道衛星の計画は提案されていません。D. Yang氏(中国科学院、中国)からは午前軌道と午後軌道のそれぞれに2〜3機の衛星を配置し、高頻度で観測を行うTanSat-2ミッションの提案がありました。中国はTanSatの打上げ後、温室効果ガス観測センサを搭載した気象衛星Feng Yun 3Dを2017年11月に、大気汚染物質や温室効果ガスの観測を行うGeofen-5を2018年5月に打上げており、力を注いでいる状況が窺えます。アジア上空の静止衛星による温室効果ガス観測も中国が実現するかもしれません。

2004年にIWGGMSが始まったころは、温室効果ガスの吸収・排出量の全球分布の推定精度向上に衛星観測が貢献することが期待されており、GOSATやOCO-2が大きな役割を果たしてきました。OCO-2の高い空間分解能で人為起源排出が捉えられることが判った今では、衛星観測が人為起源排出の削減努力の検証に貢献できないかが議論されています。TROPOMIによる日々の全球データが利用できるようになれば更なる利用研究の提案があるでしょう。将来衛星ミッションの検討にはこれら新たな利用研究分野も影響を与えると思われます。

6. おわりに

本ワークショップの最後に、国立環境研究所の松永衛星観測センター長から次回のIWGGMS-15は日本がホスト国として2019年6月上旬に北海道札幌市(会場候補地:北海道大学)で開催することが案内されました。来年はGOSAT打上げ10周年という記念すべき年であり、かつ、順調にいけばGOSAT-2の初期解析結果を紹介するのにIWGGMS-15はちょうど良い場となるでしょう。

写真2参加者の集合写真。186名の参加登録がありました。写真提供:トロント大学IWGGMS-14のウェブサイトより https://iwggms14.physics.utoronto.ca/

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