2019年9月号 [Vol.30 No.6] 通巻第345号 201909_345004

【最近の研究成果】 大気中の酸素濃度の変化からグローバルな炭素収支を定量化する

  • 環境計測研究センター 動態化学研究室長 遠嶋康徳

化石燃料の燃焼によって大気中に排出される二酸化炭素の約半分は海洋と陸上生物圏が吸収していると考えられています。海洋と陸上生物圏それぞれの吸収量やその変化傾向を定量的に把握することは、地球温暖化を許容範囲内に抑えるように人為起源二酸化炭素の排出削減策を検討する上でも非常に重要です。そこで、本研究では地上ステーションや貨物船を利用して大気中の二酸化炭素濃度だけでなく炭素循環と密接に関係する酸素濃度の広域観測を実施し、観測結果から総合的に炭素収支を推定しました。化石燃料の燃焼では酸素が消費されるため、二酸化炭素とは逆に大気中の酸素濃度は減少しつつあります。しかし、実際に大気中の酸素濃度を観測すると化石燃料の燃焼から予想されるほどは減少していません。これは、陸上生物圏が二酸化炭素を吸収すると同時に酸素を放出する(光合成)ため大気中の酸素の減少が緩和されているからです。化石燃料の燃焼による酸素の消費量と陸上生物圏における光合成・呼吸時の酸素と二酸化炭素の交換比は比較的よく分かっているので、大気中の酸素濃度の減少量を正確に測定することで、陸上生物圏の正味の酸素放出量(= 炭素吸収量)を求めることができるのです[1]。陸上生物圏の吸収量が分かれば、化石燃料起源二酸化炭素放出量と大気中の蓄積量との関係から海洋の吸収量も求めることができます。

これまでの観測結果から過去17年間の炭素収支を求めたところ、排出された化石燃料起源二酸化炭素の約30%を海洋が、約17%を陸上生物圏が吸収したことが分かりました。また、海洋の吸収量は2001年から2014年にかけて微増傾向が見られるのに対し、陸上生物圏の吸収量は2009年頃を境に増加傾向から減少傾向に変化したことが分かりました。しかし、この推定結果にはまだ大きな誤差が伴うため[2]、こうした不確かさを減らしていくことが今後の課題となっています。

本研究は環境省・地球環境保全試験研究費(地球一括計上)「炭素循環の気候応答解明を目指した大気中酸素・二酸化炭素同位体の統合的観測研究」(代表:遠嶋康徳)の一環として行われました。

波照間・落石ステーションおよび西部太平洋上を定期運航する貨物船での大気中酸素および二酸化炭素の観測結果に基づく(a)海洋および(b)陸上生物圏の炭素吸収量の年々変化。赤点線および赤太線は年平均値および5年平均値をそれぞれ表し、灰色は5年平均値に伴う不確かさを表す。また、比較のためにグローバルカーボンプロジェクト(GCP)が海洋や陸上生態系のモデルを用いて推定した炭素吸収量の年々変化(青点線:年平均値、青太線:5年平均値)もプロットした。海洋の吸収量が2004年頃の減少を除くと微増傾向にあるのに対し、陸上生物圏は2009年頃を境に増加傾向から減少傾向に転じたように見える。こうした傾向はGCPによるモデル推定結果ともよく一致する

脚注

  1. 陸上生物圏では呼吸や燃焼、光合成の際に、ほぼ1:1の割合で酸素と二酸化炭素の交換が起こります。陸上生物圏が二酸化炭素を正味で吸収するということは、光合成によって固定された二酸化炭素の量が呼吸・燃焼による放出量を上回ったことを意味します。したがって、陸上生物圏からの正味の酸素放出量が分かれば二酸化炭素の吸収量も分かるのです。なお、酸素と二酸化炭素の交換比(O2/CO2)のグローバルな平均値は1〜1.1の間にあると推定されていますが、正確な値については現在も議論が続いています。
  2. 酸素に基づく炭素収支計算で最大の誤差要因となっているのは、海洋から大気に放出される酸素量の不確かさです。最近の研究では、近年の地球温暖化の影響で海洋は酸素の放出源となっていると考えられています。これは、海水温の上昇によって酸素の海水に対する溶解度が減少する効果と、表層ほど温度が高くなるため成層が強化され海洋の鉛直混合が弱まる効果によるものと考えられています。しかし、海洋からの大気放出量に関する直接的な観測結果がないため推定値を用いているのが現状です。推定方法としては、表層海水に溶存する酸素濃度(正確には生物の影響を補正した値)と海水温位との間に負の相関関係が見られることから、単位熱量当たりの溶存酸素減少量(つまり、大気に放出される酸素量)を求め、海洋観測から推定される海洋の貯熱量変化から総酸素放出量を推定します。例えば、過去17年間の海洋貯熱量の増加によって約0.54PgCyr−1の陸上生物圏の見かけの吸収に相当する酸素が海洋から放出されたと推定されます。

本研究の論文情報

Global carbon budgets estimated from atmospheric O2/N2 and CO2 observations in the western Pacific region over a 15-year period
著者: Tohjima, Y., Mukai, H., Machida, T., Hoshina Y., Nakaoka S.
掲載誌: Atmos. Chem. Phys., 19, 9269-9285, 2019, https://doi.org/10.5194/acp-19-9269-2019

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