2019年11月号 [Vol.30 No.8] 通巻第347号 201911_347001
東南アジア最大のメガシティ・インドネシア・ジャカルタ大都市圏における温室効果ガス・大気汚染物質の総合観測
インドネシア・ジャワ島西部に位置する首都ジャカルタは、周辺都市を含めると約3200万人の巨大な人口を擁しており、東南アジア最大の大都市圏(メガシティ)です。近年の著しい経済発展に伴い、温室効果ガスおよび大気汚染物質の排出が増加していますが、先進国に比べると排出削減対策が遅れているため、今後の排出増加が懸念されています。また気候変動により、局地的大雨等の極端気象現象や都市部での洪水等の災害の増加あるいは甚大化だけでなく、熱中症の増加、オゾン等大気汚染物質の高濃度化による人体への健康影響、生態系への影響が深刻化すると予測されています。しかし、インドネシアでは環境対策に必要な予算と専門家が大幅に不足しており、温室効果ガスや大気汚染物質の精度よい連続モニタリングがほとんど行われておらず、その実態は十分に把握されていませんでした。
そこで、地球環境研究センター(CGER)炭素循環研究室では、ジャカルタ大都市圏から排出される温室効果ガスおよび大気汚染物質の定量的理解ならびに都市活動との比較を目的として、2016年3月にボゴール中心部に位置するボゴール農科大学(IPB)東南アジア太平洋気候変動リスク管理センター(CCROM-SEAP)に温室効果ガスおよび大気汚染物質の総合観測システムを設置しました(西橋政秀「雷雨とともに幕を開けたインドネシアでの温室効果ガス観測」地球環境研究センターニュース2016年6月号)。この観測システムは、複数の温室効果ガスおよび大気汚染物質を高精度で長期的に連続観測するため、個々の観測機器だけでなく、ポンプ等の周辺機器を含めて統一的にリモート制御、監視、データ取得できるようにデザインされています(図1)。また不安定な現地の電源事情に柔軟に対応するための停電対策や長期リモート観測のための大気サンプリングラインやポンプ等の冗長化も行っています。観測対象は、表1に示すとおり、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)、二酸化硫黄(SO2)、オゾン(O3)、エアロゾル(PM2.5、PM10、光学的黒色炭素(OBC)、硝酸イオン等の化学成分)、気象です。また一酸化二窒素(N2O)、六フッ化硫黄(SF6)、CO2の炭素同位体(13C、14C)等の分析および連続観測データの精度評価のため、フラスコサンプリングを週1回自動で実施し、CGERへ輸送して分析しています。IPBの他に、2016年8月にジャカルタ近郊スルポンのインドネシア技術評価応用庁(BPPT)地球環境科学技術センター(GEOSTECH)、2017年3月にボゴール近郊山間部のインドネシア気象気候地球物理庁(BMKG)チブルム観測所にも観測システムを設置し、現在3ヶ所で観測を実施しています(図2)。
観測対象 | 特徴 | 観測機器 | Serpong | Bogor | Cibeureum |
---|---|---|---|---|---|
CO2 CH4 |
温室効果ガス | CO2/CH4/H2O計 (G2301, Picarro) |
✓ | ✓ | ✓ |
CO | 大気汚染物質 | CO計 (CO-30r, Los Gatos Research) | ✓ | ✓ | |
O3 | 温室効果ガス, 大気汚染物質 |
O3計 (OA-787, Kimoto) | ✓ | ✓ | ✓ |
PM2.5, PM10 NO3− SO42− 黒色炭素 (BC) |
大気汚染物質, 放射関連物質 |
大気エアロゾル化学成分連続自動分析装置 (ACSA-14, Kimoto) |
✓ | ✓ | ✓ |
NOx | 間接的関連物質 (硝酸エアロゾルへ変化) |
NOx計 (Model 42i-TL, Thermo) |
✓ | ✓ | ✓ |
SO2 | 間接的関連物質 (硫酸エアロゾルへ変化) |
SO2計 (Model 43i-TLE, Thermo) |
✓ | ✓ | ✓ |
CO2, CH4, N2O, SF6 | 温室効果ガス | ボトルサンプラー (S-KM-IS, Koshin-RS) & CGERでのガス分析 |
✓ | ✓ | ✓ |
CO | 大気汚染物質 | ||||
CO2炭素安定同位体比 (13C & 18O) | CO2の起源を推定するための指標 | ||||
CO2放射性炭素同位体比 (14C) | |||||
気温 相対湿度 風向 風速 雨量 気圧 |
気象要素 | 気象センサー (WXT520, VAISALA) |
✓ | ✓ | ✓ |
観測システムを安定的に維持し、良好なデータを取得するため、定期的に保守作業を実施しています。具体的には、大気サンプリングラインの洗浄やポンプ、フィルター、継手等の観測システムを構成する消耗部品、観測機器較正用の標準ガスの交換等です。そのため、保守作業前に様々な物資を現地へ輸送する必要がありますが、インドネシアは世界でもトップクラスの厳しい輸入規制が敷かれており、さらに輸入関連の法規が頻繁に変更されるため、迅速な情報収集はもとより、様々な輸送ルートの確保や通関できない物品の現地調達の検討などを絶えず要する点が、インドネシアで観測を続ける上での一番の悩みどころかもしれません。しかし、観測システムを設置している3ヶ所の共同研究機関のスタッフの方々の献身的な協力もあり、比較的順調に観測を継続できており、雨季と乾季のCO2濃度変化の差異(図3)や、人為起源排出の影響を受けた都市域のサイトと影響が小さい山間部のサイトでの各観測成分の特徴の違いなど、興味深いデータが蓄積されつつあるため、解析を鋭意進めているところです。この観測を長期的に維持するためには、現地スタッフが観測システムを主体的に保守できるようになることが必要不可欠です。そのため、保守作業の手順を写真付きで解説した英文のマニュアルを作成し、それをもとに現場でレクチャーしたり、国立環境研究所や国内の関連研究機関、大学等に招へいして技術研修を実施したりして、担当スタッフの技術向上に努めています(写真1、2、3)。
このような観測は、排出量が多く不確実性が大きい発展途上国の大都市圏の排出源近傍で、その実態を詳細に把握できるという点で重要であると考えられます。パリ協定に基づく気候変動緩和策による削減効果が将来的に本観測から捉えられることを期待して止みません。
参考文献
- Nishihashi, M., Mukai, H., Terao, Y., Hashimoto, S., Osonoi, Y., R Boer, R., Ardiansyah, M., B Budianto, B., Immanuel, G. S., Rakhman, A., Nugroho, R., Suwedi, N., Rifai, A., Ihsan, I. M., Sulaiman, A., Gunawan, D., Suharguniyawan, E., Nugraha, M. S., R C Wattimena, R. C. & Ilahi, A. F. (2019) Greenhouse gases and air pollutants monitoring project around Jakarta megacity. IOP Conf. Ser.: Earth Environ. Sci. 303, 012038, doi: 10.1088/1755-1315/303/1/012038.
大渋滞との格闘
観測システムの保守作業のためインドネシアへ出張する場合、各観測機器の動作を良好な状態に維持するため、各観測サイトを短時間でも全て訪問するように計画を立てるのですが、その際に現地で最も苦労するのが世界ワーストレベルと言われているジャカルタ大都市圏における激しい渋滞です。特に朝夕ラッシュ時には、主要道路は車線以上の列をなした車やバイクであふれているため、現地移動時は常に渋滞のことを考慮しなければなりません。例えば、ボゴールからその近郊チブルムの観測サイトまでは25km程度の道のりで、スムーズにいけば1時間かからないのですが、渋滞が激しければ3時間以上を要します。またチブルム周辺はプンチャック峠と呼ばれる丘陵地帯で、ジャカルタの避暑地として知られており、週末はジャカルタ方面からの観光客の車が大挙して押し寄せます。それに対応するため、行き帰りの時間帯は約20kmにわたる一本道が完全に一方通行とされ、逆方向に向かうには規制が解除されるまで数時間待たなければならないという、日本では考えられないような交通ルールもあります。しかし最近はインドネシア初の地下鉄であるジャカルタMRTが日本の支援により2019年3月に開業するなど、大幅に不足している公共交通機関の充実が徐々に進められており、大渋滞の緩和とともにCO2やNOxなどの排出が抑制される日もそう遠くはないかもしれません。