SEMINAR2021年5月号 Vol. 32 No. 2(通巻366号)

すべての分野で状況は深刻化
「気候変動影響評価報告書」の概要

  • 地球環境研究センター 研究推進係

環境省では気候変動適応法に基づく初めての報告書*1として、令和2年12月17日に「気候変動影響評価報告書」を公表しました。令和3年2月9日、この報告書の概要を紹介するとともに、これを踏まえた適応策の一層の推進について議論するため、「気候変動影響評価報告書公表記念シンポジウム -気候変動による影響をどのように受け止め、行動へつなげるか-」が環境省の主催により、オンラインで開催されました。

シンポジウムでは報告書の作成に携わった5つの分野別ワーキンググループの座長による講演が行われました。本稿では、そのうちの2分野の概要を紹介します。なお、「気候変動影響評価報告書」(総説)はhttp://www.env.go.jp/press/files/jp/115261.pdfから、(参考資料)「気候変動影響評価報告書」(詳細)はhttp://www.env.go.jp/press/files/jp/115262.pdfから閲覧可能です。

目次

気候変動による直接的な影響の検出は難しいがその重大性は大きい
-自然生態系分野における気候変動影響-

山野博哉(国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター長 
現:生物多様性領域長/気候変動適応センター長代行)

表1 自然生態系分野の項目の分類体系と重大性・緊急性・確信度の評価結果

※文献数 127件(前回)→252件(今回)

1. 気候変動により想定される影響

(1)現在生じている影響

陸域生態系:高山帯や自然林・二次林において、融雪時期の早期化により開花期が早まり、花粉媒介昆虫の活動時期とのミスマッチが発生し、結実率が低下することが明らかになっています(図1)。また各植生帯の南限・北限付近における樹木の生活形別の現存量に変化傾向があり、より温暖な気候に生育する樹種タイプが増加しています。

図1 春植物における季節的ミスマッチの例
雪解け日の早まりに伴い花の開花日も早まる。花粉を運ぶマルハナバチの出現日も早まってくるが、三者は一様に早まる訳ではなく、ミスマッチが生じてくる。
(上段)雪解け日とエゾエンゴサクの開花日、及びマルハナバチの出現日の関係(下段)開花日とマルハナバチ出現日のミスマッチと結実率の関係。

陸域生態系・淡水生態系:里地において、過去30年間の気温上昇の影響によりモウソウチクやマダケの分布域が拡大し、過去25年間の積雪量の減少によりニホンジカの生息適地が拡大しています。淡水生態系の湖沼において、気温と降水パターンの変動により水草の減少や種構成の変化が見られます。

沿岸・海洋生態系、その他・生態系サービス:海水温上昇によるサンゴの白化とそれによる生態系サービスの低下が確認されています。また、気候変化による餌不足の影響により海鳥の個体数減少も明らかになっています。沿岸・海洋生態系において、全国の沿岸域でpHと溶存酸素濃度の全体的な低下傾向が確認され、海洋酸性化と貧酸素化が進行しています。

(2)将来予測される影響

陸域・淡水生態系:モウソウチクとマダケは分布適域の高緯度・高標高への拡大が予測されます。ニホンジカは積雪量の減少と耕作放棄地の増加により2103年における生息適地は国土の9割以上に増加すると考えられています。湖沼では、水温上昇によりアオコを形成する植物プランクトンが増加したり(図2)、平均気温が3℃上昇すると河川でアメマス等の分布適地が現在の約7割に減少すると予測されています。

図2 琵琶湖のアオコ形成植物プランクトンの将来変化予測。

沿岸・海洋生態系、その他・生態系サービス:温帯沿岸域において、藻場生態系の劣化や熱帯性サンゴ礁生態系への移行や、渡り鳥のハチクマについて気候変動に伴う風向き等の変化による東シナ海上の渡り適地の分断あるいは消失が予測されています。また、水温上昇や海洋酸性化によってサンゴが衰退し、サンゴ礁がもつ防波機能に深刻な影響を与えうることが予測されます。

2. 重大性・緊急性・確信度の評価(表1参照)

自然生態系は生物の分布や現存量の変化を通して重要な種や生息地に大きな影響を与え、生態系サービスを通して地域社会の文化や経済への影響の波及も考えられることから、重大性は非常に大きいと評価されています。一方、気候変動以外の要因の影響があることや、気象条件等の変化と生物との相互作用が複雑であることから、気候変動による直接的な影響を検出することが難しく確信度は低く評価されています。

気温の上昇を2℃上昇程度に抑えることは「自然林・二次林」の影響の低減に貢献するものの、サンゴ礁等を対象とする「亜熱帯」は2℃上昇相当であっても重大な影響が生じると評価され、緩和策と適応策を同時に進めていくことの重要性が示唆されます。

図表等の出典
図1 Kudo et al. (2019) When spring ephemerals fail to meet pollinators: mechanism of phenological mismatch and its impact on plant reproduction. Proceedings of the Royal Society, B286(1904), 20190573.
図2 一般社団法人日本気象協会 (2020) 気候変動による琵琶湖の水環境への影響調査(滋賀県). 平成31年度地域適応コンソーシアム近畿地域事業委託業務報告書

食料品の品質悪化や自然資源を活用したレジャーへの影響などの新たな懸念
-産業・経済活動分野、国民生活・都市生活分野における気候変動影響-

増井利彦(国立環境研究所社会環境システム研究センター 統合環境経済研究室長 
現:社会システム領域 脱炭素対策評価研究室長)

表2 産業・経済活動分野、国民生活・都市生活分野の項目の分類体系と重大性・緊急性・確信度の評価結果

※文献数
産業・経済活動分野 28件(前回)→104件(今回)
国民生活・都市生活分野 25件(前回)→99件(今回)

1. 気候変動により想定される影響

(1)現在生じている影響

製造業、エネルギー需給、商業、金融・保険:大雨発生回数の増加により水害リスクが増加し、企業はかなりの金額の被害額が生じています。一方で、気候変動を新たなビジネス機会とみる企業も多くあります。エネルギーについては、強い台風によってエネルギー供給インフラが被害を受け、供給が停止した事例が報告されています。商業では、季節商品の需給予測が難しくなっていることや、大雨や台風により商品が届かないことによる売り上げの減少や臨時休業の事例が報告されています。自然災害とそれに伴う損害保険の推移から、気候変動による災害で保険金の支払額が増えてきています。

観光業、建設業、医療、その他:降雪が少なくなりスキー場を開業できないことや、厳島神社(広島県)では台風・高潮被害の増加が報告されています。建設業では、建築現場における熱中症による死亡者数、死傷者数が過去5年(2015~2019年)最大となっています。医療においては、洪水による浸水で医療機関が被害を受けています。海外では、2011年のタイのチャオプラヤ川の洪水により、日系企業が大きな損失を受けています。

都市インフラ・ライフライン:洪水等でライフラインが寸断されて集落が孤立した報告があります。これが10年に一回というような頻度ではなくて、ほぼ毎年起こっているのが現状です(図3)。

図3 平成30年度7月豪雨に伴う交通途絶
被災等により通行止めとなった区間を記載(左上)、広島呉道路坂南IC~天応西IC(広島県安芸郡坂町)(右上)、高知自動車道大豊IC~新宮IC(上り)(高知県大豊町)

(2)将来予測される影響

製造業、エネルギー需給、商業、金融・保険:食品業は農作物の品質悪化や災害によるサプライチェーンへの影響を通じて、原材料調達や品質に対して影響を受けやすいと考えられます。エネルギーについては、強い台風等によりエネルギー供給のインフラが損壊する事例が報告されており、エネルギーの安定供給に影響を及ぼす可能性があります。気象災害によるインフラの損壊等や調達先の被災は、商品の調達にリスクを及ぼすと予測されています。金融・保険については、保険金支払額の増加、再保険料の増加が予測されています。

観光業、建設業、医療、その他:将来もスキー場や自然資源を活用したレジャーについては、観光資源の損失等、負の影響が予測されています。建設業は気候変動に適応した建築計画・都市計画のあり方が検討されています。医療については、具体的な研究事例は確認できていません。

それ以外では、海外で感染症にかかってそれが国内にもちこまれる、あるいは海外の人が旅行等で日本を訪れ、感染症が日本でも拡大するということが懸念されています。また、欧米等の研究事例によると、資源管理、環境移民、脆弱な人々への補償をめぐり、気候変動が国際社会の不安定化を深める可能性が指摘されています。

文化・歴史などを感じる暮らし:サクラの開花が早まり、開花から満開までの日数が短くなることが予測されています(図4)。

図4 解析地点ごとの開花から満開までの期間の日数
黒実線:SRESa1b(2046~2065年)の平均期間日数、黒破線:SRESa1b(2081~2100年)の平均期間日数、灰色実線:SRESa2(2046~2065年)の平均期間日数、灰色破線:SRESa2(2081~2100年)の平均期間日数、赤点線:1985~2009年の実測平均期間日数。

暑熱による生活への影響:高温になると熱帯夜が増加し、特に名古屋圏では8月の1カ月間すべての日で熱帯夜となる可能性があります。暑さ指数(WBGT*3)では、将来、秋田市は現在の大阪市のような気候になる可能性があると予測されています。また、暑熱により世界的に労働生産性は低下し、経済損失が発生すると予測されています。

2. 重大性・緊急性・確信度の評価(表2参照)

産業・経済活動分野は影響が大きくなっていますが、他の分野と比較すると、重大性・緊急性・確信度の各指標は低く評価される傾向にあります。一方、新たに明らかになりつつある影響として、食料品製造における原材料の品質悪化が製品に及ぼす影響や自然資源を活用したレジャーへの負の影響などは、重大な影響が懸念されます。

国民生活・都市生活については重大な影響が認められ緊急性も高い評価となっています。確信度も同様で、産業活動は中程度から低いが目立つのですが、気温上昇による熱ストレスの増大が睡眠の質の低下を起こすなど、国民生活の方は重大な影響が認められます。

また、欧米等の研究事例では気候変動による安全保障等への影響の可能性を示唆していますが、わが国ではこれらに関する研究が限定的です。

図表等の出典
図3 国土交通省 (2020) 平成30年度7月豪雨に伴う交通途絶. 大規模広域豪雨を踏まえた水災害対策検討小委員会 第1回資料
図4 塚原あずみほか (2012) 温暖化がサクラの開花期間に及ぼす影響. 地球環境, 17(1), 31-36.