DISCUSSION2022年5月号 Vol. 33 No. 2(通巻378号)

脱炭素「勝負の10年」に日本が認識しておくべきこと 日本は、市民は、脱炭素社会構築に向けてどう変わるべきか

  • 地球システム領域地球環境研究センター 研究推進係

2021年に開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)では、産業革命前からの気温上昇を1.5℃までに抑える努力を決意をもって追求するグラスゴー気候合意(Glasgow Climate Pact)が採択されました。1.5℃目標を目指すためには、2050年までに世界の二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロ(ネットゼロ、あるいはカーボンニュートラルとほぼ同義)にし、2030年までに2010年比で約45%削減することが必要といわれています。

国立環境研究所(以下、国環研)地球環境研究センターでは、脱炭素社会に向けて重要なこの10年、日本は、市民はどう取り組むべきかをテーマに、有識者を招き、2022年2月25日に座談会を行いました。本稿ではその概要を紹介します。

司会:
江守正多(地球システム領域 副領域長)
メンバー:
西岡秀三((公財)地球環境戦略研究機関 参与)

専門は環境システム学、環境政策学、地球環境学。主に温暖化の科学・影響評価・対応政策研究に従事。

松下和夫(京都大学 名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関 シニアフェロー)

専門は環境政策、持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策など。環境行政、特に地球環境政策に長くかかわる。

吉川圭子(気候変動適応センター 副センター長)

厚生省(現 厚生労働省)と環境省で廃棄物行政に携わる。技術士の資格をもち、千葉県の地元で中高生に対する環境講座を担当。

金森有子(社会システム領域 主任研究員)

専門は、家庭・生活・ライフスタイルによる活動にともなう温室効果ガス排出をシミュレーションするためのモデル開発。

脱炭素社会へのキーポイント

江守:本日は、脱炭素の「勝負の10年」に日本が認識しておくべきこと、そして、日本は、市民は、脱炭素社会構築に向けてどう変わるべきかというテーマで話をしていきたいと思います。まず、西岡さんと松下さんからお願いいたします。

西岡:国連気候変動枠組条約(UNFCCC)が1992年に採択され、1995年から毎年締約国会議(COP)が開催されましたが、ようやく2015年のCOP21で地球温暖化の実効性のある抑止対策であるパリ協定が合意されました。

脱炭素への転換は人類社会の進化の必須過程であり、何としても成し遂げなければなりません。しかし、世界は気候危機管理、特に対策の実行に関して遅れをとっているので、その分を取り戻すためにも、この10年は非常に重要になってきます。

温暖化の性質を踏まえた削減の道筋について考えてみます。温暖化はもはや科学の問題ではなく、人間の生き方の問題です。人間が大量に温室効果ガスを排出していることが温度上昇に効いているのですから、解決は人間の手に委ねられています。

科学は30年かけて、温室効果ガスの累積排出量に比例して地球の温度が上がることを確認しました。もう一つ大事なことは、まだ十分に確かめられていませんが、それが不可逆だということ、つまり、いったんある温度に上がってしまったら、いろいろなシステムがそこで固定してしまい、下げることがほぼ困難になるということです。

産業革命前と比べた世界平均気温の上昇を1.5℃に抑えるという パリ協定の長期目標を達成するには、今後排出できるCO2の量「(残余)炭素予算」は、これまでの年間排出量のたった10年分のみです。今のままの排出を続けていたら10年で炭素予算を使い切ってしまいます。10年後に急にゼロまで下げられませんから、炭素予算制約内でゼロを迎える道筋を選択する必要があります。

ところが各国が現時点で国連に提出している削減目標(NDC)を集計しても、1.5℃目標は達成できないことがわかりました(図1)。

図1 1.5℃脱炭素世界に向かっているだろうか(2021年7月30日UNFCCCまとめ 191か国温室効果ガス排出 NDC最新集計)。
図1 1.5℃脱炭素世界に向かっているだろうか(2021年7月30日UNFCCCまとめ 191か国温室効果ガス排出 NDC最新集計)。

そもそも削減開始が遅れてしまったので、こんな状況になったのです。1997年の京都議定書の頃から下げていたら、もっと長い時間をかけてゆっくりと脱炭素社会に変えられたと思います(図2)。

図2 削減開始がおくれた。早く減らしていればずっと楽に脱炭素できた。
図2 削減開始がおくれた。早く減らしていればずっと楽に脱炭素できた。

まとめると、自然の理に従って政策構築しようとしたら、炭素予算概念を政策の基本に据えなければなりません。また、温室効果ガスの迅速大幅な削減を今すぐに開始しなければいけません。脱炭素社会転換投資を経済成長の主流にするのです。今できること(節エネ・再生可能エネルギーなどすでにある技術やメタン削減への最優先投資など)をできるかぎり行って迂回なしに温室効果ガスの排出量ゼロに向かう必要があります。

そのためには、制度改革などリードタイムの少ない社会イノベーションの推進が重要です。残り少ない炭素予算有効利用のためのカーボンプライシング(炭素への価格付け)や自然エネルギーの地産地消等自立分散型展開を行うことです。また、大きな産業転換で雇用が衰退する産業が出てきますから、公正で円滑な転換のための「転換戦略」策定、衰退産業への転換支援も行う必要があります。

そして、脱炭素社会の実現は人類の持続にかかわることなので、「賭け」をしてはいけません。実現可能性のあまり高くないイノベーション技術に過度な期待はできません。また、国際協力をどうやって進めるかも重要です。

江守:次に松下さんからお話しいただければと思います。

松下:まず国際的な動向についてお話しします。

グリーンニューディールやゼロエミッションを最初に掲げて先頭を走っているのがEUだと思います。EUは2019年12月に就任したフォン・デア・ライエン欧州委員長がEuropean Green Dealという新しい成長戦略を立てて、ヨーロッパを世界初の炭素中立の大陸にするというスローガンを掲げています。

日本では気候変動対策が経済にマイナス影響があるのではとの議論がいまだにありますが、EUは、脱炭素化に投資することが唯一の成長・発展の道であるとし、そういう分野にいち早く投資して先行者利益を狙うことを明示しています。

これまでの環境対策でも、EUが新しいルールや基準を作るとそれがグローバルスタンダードになっています。EUはEUタクソノミーや炭素国境調整措置(EUの域外から輸入されてくる気候変動対策が十分にとられていない製品に関税をかけたり、対策をとらせたりする)を導入し、水素戦略も作成しています。EUルールが国際マーケットに大きな影響を与えています。

次にアメリカについてお話しします。2021年に就任したバイデン大統領は、ただちにパリ協定への復帰を指示し、4月には気候サミットを主催し、新しい2030 年目標(温室効果ガス 2005年比50~52%削減)を表明し、COP26でもリーダーシップを発揮しました。

バイデン大統領が気候変動対策とインフラ整備や雇用創出政策とをパッケージで出している点には注目すべきです。一方、具体的、根本的解決のための新しい法律の制定や、議会での予算承認については調整が難航しています。

中国は、2020年9月に国連総会で習近平国家主席が2060年までにCO2排出ネットゼロを達成すると表明しました。中国は世界最大のCO2排出国ですから、これは大きいニュースでした。現実にGDP当たりのCO2排出量の目標を引き上げたり、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の割合を増やしたり、排出権取引制度を本格的に導入するなど、着々と手を打っています。また、中国では電気自動車が普及しています。2020年の電気自動車の世界の主要トップメーカー20社のうち7社が中国企業です(図3)。

図3 2020年のEV車(プラグインハイブリッド車を含む)販売台数トップ20社(出所: EV Sales)濃い赤色はアメリカ、赤は日本、紫は中国の企業。
図3 2020年のEV車(プラグインハイブリッド車を含む)販売台数トップ20社(出所: EV Sales)濃い赤色はアメリカ、赤は日本、紫は中国の企業。

こうした状況を踏まえて日本の気候政策の問題点を提起します。

まず、気候科学に信頼をおいた政策が必要です。日本の政策が科学に基づいているかというと、そうでもないのではと思います。日本人は教育レベルが高く、環境への意識が高いと思ってきましたが、World Economic Forum 2020に向けて行われた国際調査から、気候科学を信頼する割合が他の先進国と比べて非常に低いことがわかりました。調査対象30国の下から2番目で25%です(図4)。

図4 世論深掘り 日本は気候科学を信頼する人の割合が低い(2020年調査)
図4 世論深掘り 日本は気候科学を信頼する人の割合が低い(2020年調査) 画像拡大
出典:SAP Toward a more sustainable world, A global study of public opinion” (Presented at World economic forum 2020)
http://www3.weforum.org/docs/WEF_More_Sustainable_World.pdf

日本と世界には情報ギャップがあるのではないかと感じます。日本にとって不都合とみなされる情報はどこかでフィルターがかかっているのではないか。たとえばCOP26直前にイギリスのジョンソン首相が岸田首相と電話協議をして、ジョンソン首相が日本に石炭火力を廃止する方向で望むといったことを、イギリス政府は記者発表していたのですが、日本政府の発表ではまったく出ていないのです。

また、日本の政策においては、CCUS(CO2回収・有効利用・貯留)やDAC(直接空気回収)などの非連続型イノベーションに過度に依存・期待して、それがただちに取り組むべき政策を先送りする口実に使われているという印象があります。

政策が、特定の産業界、あるいは特定の役所主導で決められているという傾向があります。イギリスやフランスの気候市民会議のように、もっと幅広い関係者や民主的プロセスを経て戦略を決めるべきではないかと思います。

日本が世界で最も省エネ先進国だったということはすでに過去の神話となっています。GDP 1万ドル当たりのCO2排出量はヨーロッパ主要国に効率は抜かれており、アメリカにも追いつかれつつあります。

では、これからわれわれはどうするか。2050年に向けて脱炭素社会ビジョンを明確化することです。日本版緑の復興策として、コロナ禍からの復興をグリーンなものにしていくことも重要です。また、自立・分散型地域社会、地域循環共生圏といった地域における資源の循環と地産地消というプロセスを作っていく必要があります。

カーボンプライシングはいつまでも先送りせずに本格的に導入することです。さらに公正な移行(脱炭素化への移行とあわせた労働・雇用の移行支援)や、科学者と一般社会とのコミュニケーションが重要だと思います。

そういったなかで環境省を中心として地域脱炭素、ゼロカーボンロードマップが出されて、地域から取り組みが始まっていますから今後には期待したいと思います。

脱炭素社会へ移行は始まりましたが、時間が限られています。2050年の脱炭素社会を描いて、バックキャスティング的考え方で、2030年までは現在利用できる最善技術を最大限利用し、制度や資金配分を大胆に変革して積極的に実施することです。2050年までにはイノベーションに基づく新しい社会に移行していく必要があります。

江守:海外の動向から始まり日本の政策的課題について包括的に整理していただきました。脱炭素社会に向けた日本の政策的課題について、二人の話をお聞きになって、吉川さんと金森さんに発言をいただいてもいいでしょうか。

吉川:松下先生から、地域からの取り組みに期待するというお話がありました。

2018(平成30)年12月に気候変動適応法ができ、地域における気候変動適応計画の作成や地方公共団体における気候変動適応センターの設置を進めることになりました。当初はたやすく進まないだろうと思っていましたが、ほとんどの都道府県で気候変動適応センターが設置され、適応計画が作成され、急速に進んでいます(図5)。

図5 地域における気候変動適応の取り組み。
図5 地域における気候変動適応の取り組み。

2020(令和2)年11月の世論調査によると、ほとんどの方が気候変動の影響を肌で感じているということで、認知度は高くなっています。こうした現状のなかで、気候変動「影響」に対する取り組みは、「緩和」ではなかなか動いていただけない層にも訴えることができるのかなと思います。自治体でもさまざまな部局と共同で組織をつくる動きが広がっています。それが気候変動適応センターで、環境部局が単独で設置しているところはほとんどありません。

地域の将来のために何を考えて気候変動問題に取り組まなければいけないかという議論ができる仕掛けの一つとして、気候変動適応センターや適応に関する協議会などの地域組織がうまく使えるのではないでしょうか。松下先生からご指摘いただいた地域循環共生圏への具体的取り組みも作っていけると思っています。

江守:地域は結構動いているということですね。金森さんからもうかがってみたいと思います。

金森:少し話題は変わりますが、生活に関連する部分では、住宅の対策は今すぐに開始すべきです。住宅は2050年ゼロエミッションに向けて極めて重要な焦点であるにもかかわらず、一般の方にそういう認識があまりないことが、大きな問題だと思っています。

住宅は一度建てられると非常に長い期間使われます。今新築した住宅の9割以上が2050年にも使われていると思われますし、2010年頃に建てられたものも7~8割近く残るだろうといわれています。ですから、断熱性能のいい住宅を建てておくことです。そういう住宅の割合は増えてきてはいますが、重要性は一般の方に認知されていないのかなと感じます。

私も2021年自宅を新築しましたが、業者との話の中で「断熱性能の高い住宅には補助金がもらえます」と言われました。もちろんお金をもらえるのはメリットですが、そもそもなぜ補助金が出る状況になっているのかという説明がまったくなされないので、家の購入や改修時にこの問題が一般の方に認識されないのだと思いました。

家のなかのエアコン等さまざまな機器についても、なるべく高効率なものを導入することが大事だと思っています。低所得者に対してはエネルギー効率の高い機器を貸与するといったシステムを作るなど、住宅やそれに関連する機器については今すぐにでも積極的なルール作りが必要だと考えています(図6)。

図6 脱炭素社会へのキーポイント:住宅への対策は今すぐに開始すべき!
図6 脱炭素社会へのキーポイント:住宅への対策は今すぐに開始すべき!

江守:西岡さんから松下さんの日本の政策の問題提起について何か議論したいことはありますか。

西岡:有志連合の話を簡単にしたいと思います。政府や自治体レベルで脱炭素社会を目指す動きが進んでいます。たとえば、グラスゴーで開催された2021年のCOP26で発表された、政府レベルでの森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言*1や、日本も参加しているメタンプレッジ(2030年までにメタンの排出量を2020年と比べて30%削減)があります。Race To Zero*2は自治体が進めています。企業が進めているものとして、RE100*3があります。Apple社はすべての取引先にゼロエミッションでの生産を要請しています。やる気のある人たちで枠組みを作っていこうという動きがあります。

松下:有志連合は重要ですが、EUの炭素国境調整措置や炭素税のように、一定の強制力をもつような仕組みを作っていくことも必要です。

有志連合で注目しているのは、日本では地域の取り組みです。吉川さんが紹介されたように、やる気のある自治体・首長さんがいる地域が先行的に優れた取り組みをしています。先進的地域の取り組みを広めていくためには、国が地域に対して財源と権限をもっと付与することが重要だと思います。

金森さんが提起された住宅の関係では、断熱基準の強化を法制化するとともに、既存の住宅の省エネ改修を広げる仕組みを作っていくべきだと思います。緑の復興の一環として、不十分な断熱しかされていない住宅にお金を回すことも考えられてしかるべきでしょう。

西岡:残念ながら多くの人は脱炭素化することでエネルギーが自分たちの手に「たなぼた」的に落ちてくるという事に気が付いていません。今までは電力やガソリンはお金を払って買うものでしたが、自分の家の屋根で太陽エネルギーを起こしEVにも使えばその分の費用が浮きます。それをもうちょっと知ってほしいですね。

先日、宮崎県で講演をしました。現在、宮崎県は県全体で年3700億円の光熱費を支払っています。宮崎県は面積が広い割に人口は多くなく、需要も消費も少ないので、自然エネルギーだけで域内供給で余るくらい発電できます。そうすると2050年までに光熱費は減っていきます。光熱費節約で得した分を県内で使ったり、ソーラーパネルを県内の電気工事店に頼んで全部の屋根に乗っけるなどして、新しい県内産業おこしをするのです。計算してみると、累積光熱費削減の半分で設備投資が賄えるのです。ただそういう仕組みが県のなかでできていないのです。

江守:松下さんのお話のなかで、一つだけ議論させていただきたいと思います。日本は再エネを主力電源とするといっていますので、誰も増やすことに反対はしていないと思いますが、水素やカーボンリサイクル(CCU)*4に焦点が当たるのは、次に儲かるものを進めたいという産業政策の面が強いような気がしています。松下さんはどのように捉えていますか。

松下:水素やアンモニアが来るべき脱炭素社会で有効な役割を果たす可能性があることは事実だと思います。ただし水素やアンモニアの製造・運搬過程では多くのエネルギーが使われ、CO2が発生し、コストも高くなる可能性があります。したがってトータルでCO2をどの程度減らせるかライフサイクルで評価し、それを支えるのはどういう産業システムか、生産・供給システムはどうかということをきちんと検証して進めるべきです。現在は既存の業界の利益を優先し、既存のインフラなどを利用して、既存産業の得意分野の延長上で既得権益を保護しながら進めている印象です。

江守:私にもそう見えますが、日本は海外に売れる技術として、これから何を作っていったらいいでしょうか。

松下:石炭火力に依存しているアジアの途上国が少しでも石炭火力からのCO2排出量を減らすためにアンモニアや水素の需要を増やす、そのために日本が新しいサプライチェーンやマーケットを作っていくというストーリーを考えていると思います。現実には再エネの価格のほうがずっと下がっていって、最初から途上国に再エネを増やす事業に支援する方が近道かもしれません。本当にCO2を減らし、新しいマーケットが築けるものを作っていく必要があると思っています。

西岡:省エネなど優れているところがありますから、どんどん進めてエネルギーの海外依存を止めるチャンスにしたらいいと思います。

持続可能社会時代の文明のあり方とは

江守:2つ目の話題は持続可能な社会の時代における文明のあり方についてです。特に、資本主義、経済成長を前提とした今までの社会で脱炭素が実現できるのでしょうか。

松下:資本主義と市場経済は概念的には別のものですが、人々にとって必要な財やサービスを生産して供給する仕組みとしては、現在の市場経済が効率的です。ただし効率的な市場経済の下では社会にとって必要な自然資本、医療、教育といった制度資本が十分には供給されないので、政府が適切に介入する必要があります。それは具体的には環境基準や環境規制、炭素税などです。ヨーロッパ、とりわけ北欧やドイツではエコロジー的近代化という考え方で現在の資本主義の問題点を修正する試みがされていて、環境規制や炭素税を導入したり、政策的に再エネを増やしたりすることで、一定の成果を挙げてきました。日本はこのような取り組みがまだ十分に進められていないので、できる限り早く本格的に導入して、地域における自立的・分散的・循環的な共生社会をつくっていくべきです。

西岡:循環経済への移行が始まっています。3R でモノの利用効率をあげて行けばその素材などの生産量が減り、生産に要するエネルギーが節約できます。素材産業の製造に使っている化石燃料を減らすのは技術的に難しく、どう減らしてゆくかが脱炭素化の難問の一つなので、この循環経済化の動きには期待が持てます。循環経済のプレーヤーはモノを作る産業界だけでなく、日常生活で低炭素製品を選び、丁寧に長く使い、しっかり分別して捨てる生活者・市民です。それだけでなく、市民は市民電力に投資したり、勤め先でゼロエミ商品を発案したり、市民同士でモノやサービスをシェアしたり、市役所に緑の保全を掛け合ったりで多面的に脱炭素化に参加できます。もし削減が遅れて目の前に1.5℃世界が迫ってきた時には、政府は相当強い規制的手段を必要とすることになります。生活者市民も自発的に脱炭素行動を強め、いい対策があったら積極的に政策過程に反映させることで脱炭素化を早めることができます。行政も市民の知恵と力をもっと利用するべきです。

吉川:お二人に質問したいのが、自然資本の評価についてです。自然資本に今まであまり価値を置いてこなかったし、評価が十分でなかったから、経済がいびつなのかなと感じます。最近、自然資本は社会のメリットであり、資金を投入することが企業的にも価値創造をしていくという考えになっています。海外では、森林や自然資本の豊かなところにESG投資をするのが当たり前になりつつあるのに、日本ではそういう流れがまだありませんね。海外の施策をご覧になって、価値評価の好事例があったら教えていただけますか。

松下:企業を評価する際に財務諸表というものがあります。現在全体的な傾向として、財務的報告書のなかに環境的価値を反映することがだんだんと広がっています。企業の脱炭素への取り組みや自然への投資を公表して、マーケットで評価する際に考慮する仕組みができてきています。そうすると投資家も企業の自然資本を含む環境への取り組みを評価して投資の判断をするようになります。

西岡:気候変動対策においては、自然共生(人間活動を自然限度内に収める)か自然克服(化石燃料を使いながら、自然を吸収に利用し、さらに自然の限界に挑戦する)かという2つの道があります。温室効果ガスの吸収力を増大させるためには基本的に自然に頼るしかありません。化石燃料を使いながらオーバーシュートしていく道を選び、自然を今以上に利用しようと土地利用を吸収に使うというのは、生態系を壊したり農業生産と競合する懸念があるので慎重に進めてもらいたいです。

社会を変えるために一人ひとりができること

江守:最後に脱炭素勝負の10年、私たちは何を考えて何をしていったらいいのか、一人ずつうかがって終わりたいと思います。

金森:気候変動問題を自分事として関心をもってもらうのはとても大切だと思います。最近環境省のウェブサイトでは、サステナブルな食生活とか、サステナブルファッションなどが紹介されています。今までの気候変動問題では、冷暖房の温度設定のように身近な省エネばかり着目されがちでしたが、日常生活における自分の選択がいろいろなところで使われているエネルギーに関係していて、選択を変えることが身近な削減に直接つながらなくても、世界のどこかでのエネルギー削減につながるということが発信されるようになってきています。

しかし、一般の人からすると、その商品がどういう経路で自分の手に届いたかわからないということがあるので、一般の方が関心をもったときにすぐに確認できるよう、気候変動問題と絡めていろいろな情報を発信していくことが必要でしょう。そういう意味では、現在の気候変動や温室効果ガスの削減に関する情報はまだ十分ではないのかなというのが気になっているところです。

吉川:自分の住んでいる地域や出身地域も含めた地域のあり方、自然を大切にしていくことが、これから一人ひとりに求められていくことだと思います。個人的に里山グリーンインフラ研究会というネットワークに参加しています。そこでの体験から、気候変動の対策においても、地域の自然がもっている可能性や地域の当たり前の暮らしを大切にしていくことが重要だと思います。

西岡:今まで、日本の政策は上意下達といいますか、政府がメニューを用意するからみなさんきちんとやりなさいというものでした。しかし市民は豊かな生活を望んで温室効果ガスを排出し、その結果温暖化で被害をみずから受ける、気候変動問題の第一のそして最大数の当事者なのです。もっと自分事としてどうしたら減らせるかをしっかり考えて、市民の有志連合でも作って自発的な活動を起こしたり、「気候市民会議」みたいなものを形成し政策プロセスに参加するべきです。

松下:科学と市民とのコミュニケーションが非常に大事だと思いますので、国環研のみなさんには、引き続き市民に対する環境科学の知識を、さまざまなコミュニケーションを通じて広げていただきたい。というのは、一般市民からすると突然ネットゼロが出てきたという感じだと思いますので、是非そういったギャップを埋めていただきたいと思います。

日本の産業界はRE100に参加するなど、頑張っている企業が多いので、そういう企業が前に進めるよう、国としても科学の理に基づいた正攻法の仕組みを作っていくことが重要です。

自治体、地域については期待が高まっていますので、是非地域から先行的事例を作っていくことです。国際的にみても、日本は地域からの取り組みはポテンシャルが非常に高いと思います。

最後に、日本は何を「売り」としてやっていけるのかということです。個々の企業、研究者、技術者は取り組んでおられると思いますし、若い人の間でもリサイクルファッションなど循環型社会に向けたさまざまな取り組みが始まっています。要するに社会が変わるということは新しいニーズができ、新しい仕事が生まれるということです。新しい仕事を作っていくことで、結果として環境負荷を減らしたり、より快適で安全な社会を作ったりでき、社会にとってもビジネスとしても成り立つことをどんどん進めていただけたらと思います。それを国としてできるだけ後押しする、そういう仕掛けを作っていけばいいと思います。

江守:今日はみなさんどうもありがとうございました。脱炭素の勝負の10年に向けた日本の課題について、頭が整理された感じがしています。なぜ課題が存在してしまっているのかを考えているばかりではなく、やる気のある人が進めて社会を変えていくということや、関心をもった国民が声を挙げて制度ができるといったことが大事かなと思いました。国環研としても科学のコミュニケーションの部分をしっかり頑張っていかなければならないという想いを新たにしました。