REPORT2022年12月号 Vol.33 No. 9(通巻385号)

パリ協定における新しい報告様式を理解する 「第19回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ」(WGIA19)の報告

  • 伊藤洋(地球環境研究センター温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員)

1. はじめに

2022年7月7日から13日の5日間にわたり、オンラインで第19回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ(WGIA19)を開催しました。WGIA19には、メンバー国のうち16か国(ブータン、ブルネイ、カンボジア、中国、インド、インドネシア、韓国、ラオス、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムおよび日本)から温室効果ガスインベントリ(以下、インベントリ)に関連する政策決定者、編纂者および研究者が参加し、米国環境保護庁(USEPA)、気候変動に関する政府間パネル・インベントリタスクフォース(IPCC TFI)、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局、国連食糧農業機関(FAO)等の国際および海外関係機関からの参加もあり、総勢約110名による活発な議論が行われました。

日本の環境省と国立環境研究所は、気候変動政策に関する途上国支援活動の一つとして、2003年度からコロナ禍で中止となった2020年度を除く毎年度、アジア地域諸国のインベントリの作成能力向上に資することを目的とした本ワークショップを開催しています。温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)は2003年度の初回会合から事務局として、UNFCCCの締約国会議(COP)決定等の国際的な課題、参加者のニーズを踏まえた議題・発表者の選定、参加者の招聘といったワークショップの企画および運営にあたっています。

自国の温室効果ガス(GHG)排出・吸収量及び気候変動対策に関する情報を適時に把握・報告することは、適切な削減策の策定などのために重要です。パリ協定では、GHG排出量の透明性の向上がすべての締約国に求められ、さらに2018年末のCOP24においては隔年透明性報告書(BTR)の提出がすべての締約国に義務づけられました。初回のBTRの提出期限は2024年末となっており、2006年IPCCガイドラインに準拠したインベントリを含むことが求められています。

2. WGIA19の概要と結果

今回のプログラムは、1~2日目は2か国で各分野ペアを組み、互いのインベントリを詳細に学習する相互学習、3~5日目は国別報告書(NC)や隔年更新報告書(BUR)の紹介などの話題を扱う全体会合という構成としました。

(1)相互学習
相互学習は、GIOが中心となり各分野の組み合わせを行い、インベントリ担当者同士が互いのインベントリをもとに事前にメールで質疑応答を行ったうえで、当日の議論に臨みます。

今次会合では、エネルギー分野(中国-マレーシア)、土地利用、土地利用変化及び林業(LULUCF)分野(シンガポール-ベトナム)の2分野で実施しました。パリ協定下の報告で必須となる2006年IPCCガイドラインに基づく方法論を既に適用している国や、複雑だが正確性の高い高次の方法論を適用し、国独自の排出係数/炭素ストック変化係数を導入している国がありました。各国は方法論の改善だけでなく、再計算を含む時系列データの作成など、各自のインベントリを継続的に改善してきています。

相互学習を通じて、相手国の方法論、国独自の係数の作成方法や活動量の把握方法等を深く学習することで、自国のインベントリの今後の改善への参考としました。また、今後のBTRの作成に向けては、未推計カテゴリーや新たに報告が必要となる項目の準備、提出の前々年の排出・吸収量を算定すること等にデータ取得の課題があることがわかりました。

写真1 シンガポールとベトナムで実施したLULUCF分野の相互学習。事前に交換したQ&Aシートを使って議論を行いました。GIOはファシリテーターとして参加しています。
写真1 シンガポールとベトナムで実施したLULUCF分野の相互学習。事前に交換したQ&Aシートを使って議論を行いました。GIOはファシリテーターとして参加しています。

(2)全体会合
3日目は、日本国環境省の挨拶後、GIOより今回のWGIAの概要説明を行い、日本国環境省より日本の気候変動政策とその進捗状況等の概要説明を行いました。

続いて、ブータンから第3回NC、インド、インドネシア、タイから第3回BUR、韓国から第4回BURの紹介が行われ、各国の最新の国内状況に関する基礎情報や温室効果ガスの排出・吸収量、緩和策等について報告されました。

現在はBTRを作成する前の重要な時期にあたります。BTR作成のための理解を深める必要性が共有され、インベントリ作成を下支えする様々な情報システム・制度が導入され始めているものの、各国が国内の状況や抱えている課題に応じたトレーニングの機会を活用してインベントリ作成者の能力を強化する重要性が指摘されました。

写真2 全体会合では総勢約110名による活発な議論が行われました。
写真2 全体会合では総勢約110名による活発な議論が行われました。

4日目は、UNFCCC事務局からパリ協定における新しい報告形式である共通報告表(CRT)及び国家インベントリ文書(NID)の概要、CRT報告ソフトウェアの開発状況及びパリ協定における報告のための支援について説明されました。続いて、IPCC TFIからIPCCインベントリソフトウェアの改良点について、我が国からは衛星観測による排出量削減効果の推計の事例等について紹介しました。また、FAOからインベントリデータの管理を支援するツール等が紹介されました。

これまでのNC及びBURと今後のBTR報告には多くの違いがあります。初回の提出期限を2年後に控えていることを踏まえ、パリ協定における強化された透明性枠組み(ETF)における新しい報告要件・報告形式の更なる理解に加えて、これらをどのように適用するか具体的な検討を進めておく必要があるという認識が共有されました。また、インベントリの編纂を支援・促進するツール・能力構築の機会を活用していくことの重要性が再度、言及されました。

5日目は、USEPAからインベントリにおける注釈記号*1の使用経験、フィリピンから品質保証・品質管理(QA/QC)の事例が紹介されました。続いてモンゴルからレファレンスアプローチ*2と部門別アプローチの比較の事例、GIOからインベントリの再計算の事例が紹介されました。

QA/QC計画を策定し、実行するために、国内体制の整備が必要であることが指摘されました。そして、注釈記号の使用により透明性と完全性が高まることが認識され、未推計を意味する注釈記号を用いた場合は、排出実態を改めて確認することがインベントリの改善につながることが示唆されました。また、レファレンスアプローチと部門別アプローチの比較については、インベントリの改善点が明確になり得ることが共有されました。次いで、排出・吸収量の推移を正しく把握するため、再計算が必要であること、再計算の報告と確認はQCに資する場合があることが共有されました。

3. 今後の予定

2024年末のBTR提出期限を前に、各国とも一層の能力向上が必要になります。各国がインベントリの精度をより高められるようWGIAを来年度以降も継続、発展させていく方向性等が確認されました。

4. おわりに

今回の会合では、分野別に実施した相互学習において、国独自の係数の作成方法や活動量の把握方法等、相手国の方法論をより深く学習することで、自国のインベントリ改善につながる成果が得られました。

また、全体会合において、ETFにおける新しい報告要件・報告形式の更なる理解とこれらをどのように適用するかについて具体的な検討を進めておく必要があるという認識が共有されました。そして、国内の状況や抱えている課題に応じたトレーニングの活用により、インベントリ作成者の能力を強化することの重要性が指摘されました。さらに、注釈記号の使用によって透明性と完全性が高まり、インベントリの改善につながる可能性が示唆されました。また、QA/QC計画の策定・実行のための国内体制の整備の必要性が指摘され、排出・吸収量の推移の正しい把握のため、再計算が必要であることが確認されました。

最後に、WGIAの開催について参加者から謝辞が表明されました。

第1回からの報告はhttps://www.nies.go.jp/gio/wgia/index.htmlに掲載しています。WGIA19の詳細も、同Webサイトで公開される予定です。また、今会合の開催について報道発表を行いました。https://www.nies.go.jp/whatsnew/20220719-2/20220719-2.html もご覧ください。