RESEARCH2023年6月号 Vol. 34 No. 3(通巻391号)

環境研究総合推進費の研究紹介32 2050年に日本の脱炭素社会をどのように実現するのか 環境研究総合推進費課題 1-2002「社会と消費行動の変化がわが国の脱炭素社会の実現に及ぼす影響」

  • 金森有子(社会システム領域脱炭素対策評価研究室 主任研究員)

1. はじめに

脱炭素社会の実現、これは日本が直面している非常に重要な課題の一つです。2020年に当時の菅首相により2050年までに温室効果ガスの排出を削減して実質ゼロにする、すなわち2050年に脱炭素社会の実現を目指すという目標が示されると、今まで以上に日本の経済、社会が脱炭素社会の実現に向けて変わる必要があるという認識が共有されたように思います。ここ数年は毎日のように新聞で脱炭素社会実現に関連する記事が掲載され、いかにこの問題が私たちにとって重要な課題となりつつあるのか、を感じることができます。

一方、日本では少子化・高齢化の進展、都市部への人口集中などの社会変化により、様々な社会課題が引き起こされ、深刻化しています。脱炭素社会の実現を目指すことは重要な課題ですが、社会課題に配慮せず2050年の脱炭素社会像を示し、そのための対策を打ち出しても人々に受容してもらうことは難しいでしょう。そこで、2020年に開始した環境研究総合推進費の研究課題1-2002(以下、推進費1-2002)では、社会問題の解決も意識したカーボンニュートラル社会を定量的に示すことを目的としました。

2. 個別課題の分析 消費行動、ICT、地域の観点から分析する

2050年の脱炭素社会実現に向けて鍵となる3つの個別課題を設定しています。消費行動、ICT(Information and Communication Technology; 情報通信技術)の活用、地域分析です。

消費行動については、人々が持つ属性により人(世帯)を分類し、そこに含まれる人(世帯)に共通する特徴を踏まえて分析を行いました。属性により世帯を分類すると、その属性に含まれる世帯の生活のスタイルが見えてきます。

例えば北海道は東京より年平均気温が低いですが、この違いにより、住宅の造りや冷暖房・給湯利用行動の違いがあります。高齢者世帯と若い世帯を比較すると、在宅時間が異なるなど時間の使い方、財・サービスへの支出額にも違いがみられます。このように適切な属性に分けることで、お金・時間・エネルギーの使い方の違いがわかります。将来の属性別世帯数の推計とあわせて用いることで、将来の消費行動を分析することができます。

ICTは、今や生活に欠かせない技術です。そして今後ますます技術開発が進み、私たちの生活をはじめ、社会経済活動に大きな影響を与えることが予想されています。第6期科学技術・イノベーション基本計画(https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index6.html)の中では、Society5.0*1という未来社会が提唱されていますが、その中においてもICTの利用によって、日本が抱える社会課題を改善・解決することが期待されています。

例えば、人口減少が著しい地域では、子供の数が極端に減少し、学校を維持することが困難です。そのため、学校の統廃合が行われます。こういった状況下では、オンラインで学校教育を受けられるようになると、学校を物理的に維持する必要がなくなり、学校側、子供側の双方にとって効率的と言えます。

しかし、オンラインサービスによって全ての課題を解決できるわけではありません。学校教育の例では、低学年の子供が1人でオンラインで学ぶことの可否や、対面だからこそ経験できることがあるといった指摘はその通りだと考えます。ICT技術はますます発展していくと思われますが、様々な問題を本当に解決できると言い切れるのかは難しいと考えています。

推進費1-2002では、様々なオンラインサービスのこれまでとこれからの進展の速度と、その普及の障壁を整理し、普及のレベルに応じた分析を実施しました。

地域分析は、埼玉県を対象としました。埼玉県は東京都に隣接し極めて都市的なイメージを持つ方も多いかもしれませんが、県北では農業が盛んで、県西では秩父を中心に森林が広がるなど、都市部以外の側面も含む多様な地域で構成されています。大幅にCO2排出量を減らしていく必要がある中、埼玉県では、その多様な地域特性を踏まえたうえでどのように達成されうるのか、達成に向けてどのような障壁があるのかについて定量的な分析に加え、自治体へのヒアリングも実施しました。

3. 日本の脱炭素社会の実現に向けた分析

2.で説明した個別課題の分析結果を踏まえ、2050年にどのように脱炭素社会を実現しうるのか、主に3つのモデルで分析しました。分析には2つのシナリオを用いました。まず、「技術」シナリオは、2030年以降に加速度的に大規模展開することが期待される革新的な脱炭素技術が十分に進展するシナリオです。そして、「技術+社会変容」シナリオは、技術シナリオに加え、デジタル化や循環経済の進展を前提とし、エネルギー消費を伴う財や輸送の需要の低減が考慮されています。

脱炭素社会の実現に向けては、徹底して①省エネルギー化を進め、②電化を推進し、③エネルギーの低炭素化を進めなくてはいけません。①省エネルギー化には、エネルギーの消費効率を高めることや需要を減らすことが含まれます。生活で考えてみると、前者が高効率機器への買い替え、後者は住宅の断熱化が挙げられます。特に需要を減らすというと我慢を強いられる印象を持たれがちですが、技術によりほとんど無駄のない状況にするというのがポイントになります。

②電化の推進は、ガスや灯油などの化石燃料の使用を減らし、電気の使用に切り替えることを指します。家庭では、暖房、給湯、厨房等でガスや灯油を使用する世帯が多いですが、これを電化するということは、灯油ストーブからエアコン、ガスコンロからIHクッキングヒーター、ガス給湯器からヒートポンプ給湯器に切り替えるといった対策になります。②の電化の推進を脱炭素社会実現に向けて重要な対策とするためには、あわせて③エネルギーの低炭素化を実施することが大切です。再生可能エネルギーを利用した発電など、使用するエネルギーの炭素排出を可能な限り少なくしていくことが求められます。

これらの対策によりCO2排出量は大幅に削減可能であることがわかります(図1(a))。2018年と比較すると、2050年のエネルギー起源CO2排出量は約5-6%となります。しかし、このような対策を徹底的に実施しても約100万トン程度のGHG(Greenhouse Gas: 温室効果ガス)排出が残ることもわかります(図1(b))。つまり2050年に脱炭素社会を実現するためには、上述の①、②、③に加えて、④吸収源の確保が必要になります。④吸収源の確保は、森林による吸収では足りず、追加的なネガティブエミッション技術NETs(詳細は、加藤悦史「地球環境豆知識27 ネガティブエミッション技術」地球環境研究センターニュース2014年4月号を参照)が必要になることがわかります。

図1(a) 2018年と比較した2050年のエネルギー起源CO2排出量
図1(a) 2018年と比較した2050年のエネルギー起源CO2排出量
図1(b) 2018年と比較した2050年のGHG排出量
図1(b) 2018年と比較した2050年のGHG排出量

②の電化の推進により、2050年の発電電力量は1.5倍ほどになります(図2(a))。繰り返しになりますが、③のエネルギーの低炭素化を同時に進めることが大切であるため、その多くを再生可能エネルギーで賄うことになります。特に、太陽光発電と風力発電は、2018年と比較してそれぞれ10倍程度、60倍程度の導入が必要という結果になり(図2(b))、今後急激なスピードでの導入拡大が求められます。

図2 (a) 2018年と比較した2050年の発電電力量
図2 (a) 2018年と比較した2050年の発電電力量
図2(b) 再生可能エネルギー発電電力量
図2(b) 再生可能エネルギー発電電力量

これらの対策を実施するには莫大な費用がかかります。私たちの分析では、2040年から2050年にかけて年平均10兆円程度の追加投資額が必要になる(図3)と推計されました。非常に大きな額ではありますが、再生可能エネルギーが導入できれば、化石燃料の輸入額を大きく低下させられるため、これらの投資額を捻出することが可能と考えています。

図3 脱炭素追加投資額
図3 脱炭素追加投資額

ここまで2つのシナリオの分析結果を説明しましたが、技術+社会変容シナリオの方が、必要となる電力量、GHG排出量、投資額のいずれもが少なくなることがわかります。適切に社会を変えていくことで、脱炭素社会実現の確実性が高められることが明らかになりました。

なお、上記分析結果は2023年4月17日現在のもので、最新のものはアジア太平洋統合評価モデル(AIM)のホームページ(https://www-iam.nies.go.jp/aim/projects_activities/prov/index_j.html)を参照してください。

4. おわりに

脱炭素社会の実現は容易ではありません。今回の推計結果では、脱炭素社会像を示すことに注力しており、一部の技術の導入速度は、現在の社会経済状況を踏まえると実現困難な想定も含みますが、かろうじて実現の可能性を示すことができています。一方で、GX推進に向けて予算が付くなど、社会が変わりつつあります。これからも社会の変化を踏まえながら、脱炭素社会実現に向けた研究に取り組みます。

*環境研究総合推進費の研究紹介は地球環境研究センターウェブサイト(https://www.cger.nies.go.jp/cgernews/suishinhi/)にまとめて掲載しています。