CGERリポート

CGER’s Supercomputer Monograph Report Vol. 26

Development of process-based NICE model and simulation of ecosystem dynamics in the catchment of East Asia (Part V)
統合型流域環境管理モデル(NICEモデル)の開発及び東アジア地域の流域生態系のシミュレーション(Part V)

NAKAYAMA T.

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本モノグラフ(Part V、CGER-I148-2019)は、Vol.11(Part I、CGER-I063-2006)Vol.14(Part II、CGER-I083-2008)Vol.18(Part III、CGER-I103-2012)、及びVol.20(Part IV、CGER-I114-2014)の後続版である。

執筆者が中心になってこれまでに開発してきた水文生態系モデルNICE(National Integrated Catchment-based Eco-hydrology)は3次元グリッド型の水文生態系モデルであり、様々な植生から構成される自然地モデル・主要作物や灌漑を含む農業生産モデル・管路網や都市構造物を含む都市モデル・ダム操作や水輸送モデル等、様々なサブモデルから構成される。執筆者はこれまでに、NICEを用いたシミュレーションによって、自然-人間系システムの開発や人為活動が水文生態系の変化に及ぼす影響の解析を行ってきている。

本モノグラフ(Part V)では、NICEを複数の物質循環モデルと有機的に結合することによりプロセス型モデルNICE-BGCを新たに開発し(図1)、既存のモノグラフ(Part I〜IV)での東アジア地域を対象にした解析をさらに拡張することによって(図2)、全球や各大陸スケールでの水循環と炭素循環の関連性を評価した結果について紹介している。NICE-BGCは陸水を通した炭素輸送・無機化・固定化などの炭素循環・陸域-陸水間での炭素動態及び窒素やリンなどの栄養塩との相互作用・ダムなどの水理構造物がこれらの物質循環に及ぼす影響を内包するモデルである。

図1 NICEの拡張による新たな統合型水文生態系-生物地球化学結合モデルNICE-BGCの開発。NICEとLPJWHyMe、QUAL2Kw、SWAT、RokGeM、CO2SYSなどの複数の物質循環モデルが有機的に結合されている
図2 全球での水・炭素循環の評価に向けての本モノグラフ(Part V)での既存研究の拡張

NICE-BGCを用いた解析により、全球水循環及び陸水を通した炭素収支(図3)、全球炭素収支の季節的変化(図4)、世界の主要ダムの有無による炭素循環の変化(図5)、等について紹介している。得られた結果によって、陸域及び陸水内での水平方向及び鉛直方向への炭素移動及び複雑な反応形態が定量化され、陸域での鉛直方向への炭素移動及び反応に重点を置いた既存研究を見直す必要性も示唆している。

図3 NICE-BGCで計算された全球水循環及び陸水を通した炭素収支の結果。複雑な反応形態から構成される水平方向への炭素移動(それぞれの炭素の反応形態TOC、DOC、DIC、POCの海域への流出)及び鉛直フラックス(大気へのCO2放出、河床土砂堆積Bed)が地域ごとに大きく異なる様子がシミュレーションによって得られた
図4 NICE-BGCで計算された全球炭素収支の季節的変化の結果。(a)陸域からの炭素流入、及び(b)陸水内でのフラックス、のそれぞれが陸域-水域間での相互作用及び水域内での代謝作用のために季節的に複雑に変化することを示している
図5 NICE-BGCで計算された世界の主要ダムの有無による炭素循環の変化の結果。(a)ダムから大気へのCO2放出量、及び(b)ダム湖底への堆積量、のそれぞれがダム堤体の高さ(プロットの大きさ)と関連しており、ダムのある河道(●)のみならずダム下流域の河道(▲)での炭素循環の変化にも影響することを示している

本モノグラフで紹介している陸水を通した内部生産や代謝プロセスの変化の定量化はCO2のみならずCH4やN2Oを含む温室効果ガスの放出・吸収や炭素循環・物質循環の高度化のためにも重要であり、現在NICE-BGCを用いた解析をさらに進めている。さらに、NICE-BGCは全球海域炭素循環モデルとの統合化を進めており、大流域河口域まで拡張した陸水の炭素循環評価をPart VI以降で紹介予定である。これらの手法は、水循環及び生物地球化学循環に伴う複雑な機能の解明のためのみならず、世界で多発している水資源の不均衡に対する効果的な越境問題の解決に対しても有効である。