2011年12月号 [Vol.22 No.9] 通巻第253号 201112_253004

環境保護に関するガス標準ワークショップの参加報告

地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 高度技能専門員 勝又啓一

アジア太平洋計量計画/物質量技術委員会(Asia Pacific Metrology Programme: APMP/Technical Committee for Amount of Substance: TCQM)Gas Analysis Working Groupが主催するガス標準ワークショップが2011年10月11日〜12日にシンガポール国立計量センター(National Metrology Center: NMC)で開催された。この会議は2003年にアジア太平洋に属する計量研究機関のガス標準研究部門相互間の技術交流を目的に開始され、今回で9回目になる。一言でガス標準といっても濃度のわかっている標準ガスの他、高純度ガスや不安定な成分の標準ガスを動的に生成する方法など多種多様で、それぞれに製造方法も異なり技術的な課題も存在している。この会議には計量研究機関の他、ガスメーカー、分析機器メーカー、観測研究機関などから研究者・技術者が約50名参加した。講演は計量研究機関でのガス標準部門立ち上げ、標準ガスや純ガス製造手法、標準ガス保存手法、標準ガスを使用した研究などについて、26件あった。これまでのワークショップではガス標準全般について討論されてきたが、今回初めて「環境保護」が主題として取り上げられ、主題に関連するガス標準やそれを利用した観測についても議論された。大気中温室効果ガスの観測には標準ガスが不可欠である。国立環境研究所地球環境研究センター(NIES/CGER)では1990年代から開発を行っており、情報交換を目的として出席した。まず、全般的なガス標準に関する発表について報告する。

photo. シンガポール国立計量センター

会場のシンガポール国立計量センター

アジア太平洋地区の計量研究機関の中には古くからガス標準部門をもつ機関がある一方、近年ようやくガス標準部門が発足した国もある。主催者であるNMCは2008年にガス標準部門が発足し、実験室は2011年、韓国標準科学研究院(Korea Research Institute for Standard and Science: KRISS)の技術的支援を受けて立ち上げられた。質量比混合法と呼ばれる高精度天秤を使用して標準ガスを充填するための設備や、充填した標準ガスを分析するための5台のガスクロマトグラフ、2台のキャビティーリングダウン分光分析装置などを導入されたことがKim氏より報告された。会議後にNMCの実験室を見学する機会があったが、実験室の装置は全て最新のものあった。タイ国家計量標準機関(National Institute of Metrology, Thailand: NIMT)では数年前に日本の計量標準総合センター(National Metrology Institute of Japan: NMIJ)の支援を受けて整備した設備を利用したこれまでの活動と、これからの計画が報告された。NIMTのガス標準部門には2名の職員しか在籍していないとのことであったが、短期間で相当な成果を上げており、KRISSのKim氏より今後も支援をしていくことが表明された。

標準ガスの製造方法に関しては、従来から行われている質量比混合法や、不安定な化学種の標準ガスを動的に調製する方法などについて報告された。質量比混合法は真空排気した容器(ボンベ)の質量、成分ガスを充填したときの質量、希釈ガスを充填したときの質量をそれぞれ秤量し、標準ガスの濃度を決める方法である。「重さ」から標準ガス濃度を決定する一次標準の調整法として古くから広く行われているが、現在においてもまだ開発要素が多くある方法である。中国計量科学研究院からは高圧ガス容器の塗装や表面加工などの外装が質量比混合法で標準ガスを調製するときに与える影響についての報告があった。特に湿度の高いアジアでは高圧ガス容器表面への空気中の水分の吸脱着の影響は大きく、塗装に使用した塗料によっては秤量(すなわち濃度)に大きな誤差を生むことが紹介された。メトラートレド社からは質量比混合法で秤量に使用するための天秤や、秤量時の浮力を補正するために高圧ガス容器の体積を高精度に測定する装置などが紹介された。NMIJからは不安定な成分の標準ガスを動的に発生する方法としてパーミエーション(拡散)チューブを使用した標準ガス発生装置の開発について報告された。

標準ガスを高精度に調製することが重要であることは言うまでもないが、高精度に調製された標準ガスをそのまま維持することも同様に重要である。高圧ガス容器に高い圧力で充填されると、成分によっては分解し濃度が変化することがある。これを防ぐための内面処理技術についてエアリキードラボラトリー社から特別な内面処理を施した高圧ガス容器に標準ガスを充填し、数年間にわたり成分濃度の安定性を調査した結果が報告された。これまでのガス標準の研究開発は調製法に重点が置かれていたが、保存に関する研究も進んできている。

photo. 会議開始前

会議開始前の会場でのディスカッション

主題となっている環境保護に関するガス標準の報告に共通していたのは、どの国でも排出規制が厳しくなり公害問題はほぼ解決しており、これからは温室効果ガス観測が重要である、ということであった。計量研究機関は経済を主管する省庁に属することが多く、計量や標準物質は取引を公正に行うための手段として利用されることが多い。それに対してこれまでの温室効果ガス観測は地球温暖化や炭素循環など科学研究の手段として行われていることが多く、経済とはあまり関係のないものであった。しかし、東南アジア諸国の間では森林等による温室効果ガスの吸収は排出量取引で収入をもたらすものとなり、取引できる吸収量の根拠となる温室効果ガス観測の重要性が増してきた。これに関してはシンガポールMIT連合研究・技術センター(Singapore-MIT Alliance for Research and Technology Centre: SMART)やマレーシア国家計量標準機関(National Metrology Laboratory, SIRIM Berha)から観測の立ち上げやその準備に関する報告がされた。また、KRISSからは近年急速に普及してきた温室効果ガス観測法であるキャビティーリングダウン分光法の特性、Agilent Technologies社からはガスクロマトグラフを使用した温室効果ガス分析法の開発に関する発表があり、新たな分析技術やその問題点についての知見を共有した。半導体製造等に使用されている京都議定書で規定されていない温室効果ガスの観測の重要性についても議論された。

筆者はNIES/CGERで行われている温室効果ガス観測やそれに使用している標準ガスについて発表を行った。NIES/CGERが行っている観測ネットワークやデータ、観測方法、標準ガスに関する技術に対して多岐にわたる質問を受け、温室効果ガス観測が科学研究以外の側面も持ち始めたことを実感した。

暑い国の寒い部屋

勝又啓一

日本ではスーパークールビズとして、軽装で仕事をすることが多かったこの夏ですが、シンガポールでの会議にどのような格好で出席するか、悩みながらの出発でした。会議の前日にシンガポール空港に到着し、地下鉄の中でサラリーマン風の方の服装を観察したところ、この国のサラリーマンはノーネクタイの長袖シャツとスラックスの姿で仕事をしているようだ、という結論に達しました。翌日そのような服装で会場に向かうと、同じような服装の出席者が多くいましたが、中にはフリースを着ている参加者もいます。シンガポールではクーラーで部屋を冷やして(涼しくではなく冷やして)、客をもてなす習慣があるとのことです。上着無しでは耐えられないぐらいの寒さのなか、1日を過ごすことになりました。フリースを持ってきた参加者は正解だったようです。私も翌日は上着とネクタイを忘れずに会議に出席しました。久しぶりに室内と屋外の温度差を感じる出張でした。研究所の廊下やロビーはそれほど冷やされておらず、「電灯を消しましょう」という張り紙もあり、普段はエコに配慮されているようです。

photo. 中庭

会場の中庭。きれいに整備されており、風が通る空間でした。

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