2014年11月号 [Vol.25 No.8] 通巻第288号 201411_288004

水資源の観点からの湿原の役割について〜ドナウ・デルタの事例〜

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 中山忠暢

2014年9月11日〜13日にかけて、ドナウ・デルタの入口に位置しているルーマニア・トゥルチャにおいて(写真1)、ポーランド陸水学会、チェコ陸水学会、ドナウ・デルタ生物圏保護区機関(Danube Delta Biosphere Reserve Authority; DDBRA)の協賛でルーマニア陸水協会のホストのもと、水資源と湿原に関する第2回国際会議(2nd International Conference of Water Resources and Wetlands)が開催された。本会議では、陸水(河川・湖沼・地下水など)とその出口としての海域を含む水域での水資源について、水質の観点から人為活動と気候変動による影響を科学的に評価することが目的であった。本会議は、ルーマニア陸水協会会長のPetre Gâştescu博士(写真2)、ポーランド陸水学会会長のWłodzimierz Marszelewski博士、チェコ陸水学会会長のMartin Rulik博士、DDBRA機関長のLucian Eduard Simion博士、などの開会挨拶ではじまり、ドナウ・デルタの歴史的背景や現在の取り組みに関する講演が行われた。

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写真1学会会場からドナウ川及びトゥルチャ港を背景に

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写真2ルーマニア陸水協会会長のPetre Gâştescu博士(中央)及びマイアミ大教授のDaniel Suman博士(右)と一緒に

ヨーロッパでは広範囲にわたる耕作農地の放棄が、結果として、野生動植物の復活や生物の多様性を生み、それを保護しようという機運が高まっている。ドナウ・デルタ地帯の原生自然再生もその一例で、ヨーロッパで最も大きい湿原の1つであるとともに(約4,500km2)生物多様性や希少固有種などの多様な生態系サービスを有する場としてDDBRAにより保護されている。筆者もヨーロッパ・アメリカ・カナダなど各国の参加者の1人として開会挨拶し、日本の湿原の現状及び流域全体の水資源の有効利用と生態系保全の取り組みとしてこれまで関わってきた釧路湿原や東京湾・霞ヶ浦等を含む関東平野での事例[1]を交えつつ説明を行った。

セッションは、河川・湖沼生態系、気候変動と水資源変化、デルタ・湿原及び水資源政策、の3つに大きく分類された。全体を通して、デルタや湿原を含むローカルな対象場における水域生態系の洪水調整・水質浄化・景観機能、及び人為活動や気候変動に伴う影響解析に関する発表が多かった。最先端の計測技術や画像解析技術の適用に関する研究発表はあまりなかったが、河畔林や緩衝帯に加えて植生マット(植生を人為的に水域中に配置)による環境改善効果に関する幾つかの適用事例はローカルな対象場における生態水理学(eco-hydraulics)[2]の実証として興味深かった。また、筆者は河川・湖沼生態系に関するセッション座長に加えて、これまでグローバル炭素循環評価においてほとんど無視されてきた陸水が炭素循環に及ぼす影響について、生態水文学(eco-hydrology)[3]と生物地球化学的循環(biogeochemical cycle)の統合モデルNICE(National Integrated Catchment-based Eco-hydrology)[1][4]による新たな展開の試みについて研究発表を行った。それに関連して、発表数は少ないが水域内、特に流域スケールでの炭素循環に関する観測ベースでの研究事例もあり、モデル展開の際に重要と思われる、陸域-水域を連続的に評価する必要性(terrestrial-aquatic continuum)について活発な議論を行った。

本会議は筆者が専門とする水文生態学やその解明へ向けたモデルアプローチ[5][6]、及び現在進行中の陸水が炭素循環に及ぼす影響評価という内容とは少し観点が異なっていたが、ドナウ・デルタという場を対象に様々な行政・企業・大学・研究機関が協働して包括的なフレームのもとで同じ方向へ進もうとする試みの事例として有用であった。これまでに研究を進めてきた中国の長江・黄河、シベリア湿原、メコン川流域などの広大な対象場を目にした時にモデリングの立場からどのような展開や貢献が可能かについて思索した時に比べて、(現地調査で体験した長江クルーズに比べても)ドナウ・デルタではより確固としたレールが敷かれつつある。地域レベルでのモデル適用に留まらずグローバルな観点からの(例えば炭素循環における)ホットスポット検出においてもモデルが1つの有益なツールとなり得ることは確かであり、類似した対象場であるアメリカ・エバーグレーズ(Everglades)なども一度は現地調査したいと改めて思う次第である。

脚注

  1. 例えば、Nakayama T. (2008) Development of process-based NICE model and simulation of ecosystem dynamics in the catchment of East Asia (Part II). CGER’s Supercomputer Monograph Report, 14, NIES, 91p., http://www.cger.nies.go.jp/publications/report/i083/i083_e.html.
  2. 水の流れを科学する水理学(hydraulics)と生態学(ecology)を融合した学問分野。
  3. 水文学(hydrology)と生態学間での相互作用の理解を目指す学問分野。筆者も編集委員を務めている「Ecohydrology」(Wiley-Blackwell出版社)及び「Ecohydrology & Hydrobiology」(Elsevier出版社)などをご参照。
  4. 例えば、Nakayama T. (2014) Development of process-based NICE model and simulation of ecosystem dynamics in the catchment of East Asia (Part IV). CGER’s Supercomputer Monograph Report, 20, NIES, 102p., http://www.cger.nies.go.jp/publications/report/i114/en/.
  5. 中山忠暢「これからの生態系モデルには何が必要なのか?」地球環境研究センターニュース2011年11月号
  6. 中山忠暢「水循環解明のためのリモートセンシングの有効活用に向けて」地球環境研究センターニュース2012年4月号

豊かな生態系をもつドナウ・デルタのクルーズ

中山忠暢

会議最終日にはPetre Gâştescu博士の案内のもとでドナウ・デルタのクルーズが行われた。本デルタは、トゥルチャ付近からドナウ川が分流するChilia、Sulina、St.Gheorgheの3河川が黒海へ流出する一帯から構成され、平均標高が0.52m、平均勾配が0.006%の緩やかな地形内に約120の支流が網の目のように流れている。同地域は多様な動植物から構成される豊かな生態系の場でもある(例えば、300種以上の野鳥の生息場)。20地域の保護区が有機的に連結され、環境保護の観点から制限された15ルートのうちの1つのクルーズではあったが自然状態の十分に残された水路周辺の河畔林とその後背湿地や様々な野鳥や植生が見られた(写真)。学生時代にウィーンからブタペストまでドナウ川クルーズで下ったことがあるが、今回のクルーズでドナウ川の上流と下流が1つの流域として身をもって感じられた。国際河川であるドナウ川の流域一貫としての実情を知るためにも、今後ウィーンから黒海までのクルーズ体験に期待したいところである。

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ドナウ・デルタ内の水路をクルーズした際に

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