2019年5月号 [Vol.30 No.2] 通巻第341号 201905_341002

楽しくワクワク暮らせる環境経済社会をめざしたい —中井徳太郎さんに聞きました—

  • 地球環境研究センターニュース編集局

地球温暖化・気候変動の研究者や地球環境問題に携わる方にその内容や成果、今後の展望などをインタビューします。今回は、環境省の中井徳太郎さんに、地球環境研究センター副センター長の江守正多がお話をうかがいました。

中井徳太郎(なかい とくたろう)さんプロフィール

環境省総合環境政策統括官
1962年生まれ。東京大学法学部卒業。1985年大蔵省入省。主計局主査(農林水産係)などを経て、1999年から2002年まで富山県庁へ出向。生活環境部長などを務め、日本海学の確立・普及に携わる。2002年財務省広報室長。2004年東京大学医科学研究所教授。2009年財務省理財局計画官。2010年財務省主計局主計官(農林水産省担当)。東日本大震災後の2011年7月の異動で環境省に。総合環境政策局総務課長、大臣官房会計課長、大臣官房秘書課長、大臣官房審議官(総合環境政策局担当)、大臣官房審議官(総括担当)、廃棄物・リサイクル対策部長を経て、2017年7月より現職。

地域循環共生圏の「思想」とは

江守

まず、2018年4月に閣議決定された第五次環境基本計画(以下、第五次基本計画)のポイントとなっている「地域循環共生圏」についてわかりやすく教えていただけますか。

中井

2015年9月の国連持続可能な開発サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された2016年から2030年までに世界が目指す持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)と、同年12月のCOP21で採択された国連気候変動枠組条約に基づく多国間の国際的な合意であるパリ協定の二つが世界の大きな潮流になるというなかで、第五次基本計画の検討が進められました。ですから、SDGsとパリ協定の目標達成のための日本発のビジョンとして、サステナブルな社会、経済、環境への対応を描くのが第五次基本計画の根本的なテーマです。第五次基本計画では、環境・経済・社会の統合的向上を具現化していくことで温暖化の緩和もできるというかなり掘り下げた社会ビジョンを地域循環共生圏という形で出しました。地域循環共生圏という概念は、従来の環境政策でいうと、資源循環の分野から地域循環圏という構想がありましたし、生物多様性の分野では自然共生圏が言われてきましたから、統合的なアプローチを考えたものです。地球全体のエコシステムのなかに人類は存在し、社会や経済がどういう状態なら健康で良好な状態なのかというのをバックキャスティング的な発想でとらえています。地球エコシステムの循環を壊すような人類活動ではなくて、本来の生態系自然システムのフローが健全に回っていくというネットワーク循環システムができているという概念です。

江守

地球生態系、物質循環、エネルギー循環に人間社会を溶け込ませていくような、それに沿うような形で人間社会が持続するような一つの思想だということですね。

中井

そうです。「思想」があります。どういう状況が持続可能なのかを定義したのです。地球エコシステム全体の健全性という答えがあると、皆がイメージしやすいのです。

議論の過程で全体的な合意形成ができた地域循環共生圏の概念

江守

地域循環共生圏の考え方は、第五次基本計画の審議のなかで、どのように議論されたのでしょうか。特に、各ステークホルダーの意見はいかがだったでしょうか。先日、審議に参加した委員の方とお話ししたところ、環境・経済・社会のバランスが盛り込まれたのでよかったとおっしゃる方がいた一方で、環境が社会・経済の基盤だというところまで踏み込めなかったので残念という方もいらっしゃいました。

中井

従来から、環境政策は経済社会をないがしろにしているのではないかという産業界の懸念がありました。環境政策の発想では、2050年に二酸化炭素(CO2)を80%削減、21世紀後半にはCO2の大気への正味の放出を事実上ゼロにする社会を構築しなければならないというのは、経済社会の仕組みが変わらないとどうにもならないということです。第四次基本計画に初めて、80%削減が目標として書かれていますが、人類が衰退してもCO2だけ減らせばいいとは誰も言っていませんから、経済と折り合いを付けなければなりません。最近産業界が脱炭素化を掲げています。アプローチは違いましたが、やっと同じ土俵に立ったなと第五次基本計画の議論の中で実感しました。

江守

何と何のアプローチが違ったのでしょうか。

中井

環境政策としては環境がベースで、一方、産業活動、経済活動はコストと折り合いを付けるべきということでした。しかし、SDGsやパリ協定の達成のためには社会が大きく変わらなくてはいけないという合意ができ、すべてがうまくバランスしている姿を検討できました。

江守

地域循環共生圏に対するステークホルダーの委員の受け止め方や印象はどうでしたか。

中井

地域循環共生圏の構想や環境生命文明社会は新しい概念なので、どういうものなのかということはありましたが、皆いいことだという感じでとらえていたと思います。

江守

審議の中で新しい概念を皆で共有していくプロセスがあったのでしょうか。

中井

ヒアリングを重ねながら原案を作り、ステークホルダーから何回もコメントをもらっていきましたから、状況認識や社会のビジョンについて議論を戦わせるより、大きな転換が必要なのだから皆で合意しましょうという方が強かったです。

江守

自立・分散というのは僕自身はしっくりくるのですが、ともすると反グローバリズムのような地域主義にも聞こえ、全体をつなげればもっと効率よくできるものを地域のブロック経済のように囲い込む発想なのではないかという警戒をされてしまいそうです。

中井

それぞれの要素がポテンシャルを発揮するという意味での自立・分散です。あくまでもネットワーク社会を前提に、その中で自分が生きていますというオーナーシップを地域の人々がもつべきですし、地域のエレメントである人間も自分一人では生きていけませんから、生態系の一部だということです。

重点戦略の取り組みのためには、まず環境省が汗をかくこと

江守

地域循環共生圏と6つの重点戦略のどれを見ても分野横断的な取り組みがいると思うのですが、省庁間連携の戦略があればお聞かせください。

中井

これは環境省が旗幟鮮明にして汗をかくということしかありません。本来の環境政策の域を越えた分野横断の重点戦略を中核とする第五次基本計画が、経産省、国交省、文科省、農水省も賛同して政府の計画として閣議決定されたことが意味をもつのです。従来から進めている化学物質のリスク管理や廃棄物行政などをベースにしながら、地域循環共生圏が目指す、CO2を出さないで皆が楽しくワクワク暮らせる環境・経済・社会を実現するためには、あらゆる政策リソースやステークホルダーがコラボする形で取り組まなければなりません。それを具現化するには環境省が地域や社会に実装される政策を立案することです。また、従来ですとエネルギー分野は資源エネルギー庁(経産省)が一手に担っていたのですが、実は今、環境省と組んで地域にエネルギーの自立・分散の仕組みを作る具体策を検討しています。

江守

各省庁の政策とシンクロしているのですね。それで何か大きく関係は変わったのでしょうか。きっかけは何でしょうか。

中井

時代の状況です。面白くてワクワクするようなことをどんどん進めようという時代になっています。霞が関も、従来は法律の法益を具現化するだけの頭の堅い役人の集団というイメージがありましたが、他省庁のトップレベルの人とコラボしたり若い世代の人も交流しています。

江守

それはとても希望がもてる話ですね。しかし、霞が関に染みついた古いカルチャーが簡単に変わるでしょうか。

中井

すぐには変わらないでしょうが、ありとあらゆるやる気のあるチャネル、人的な交流をとらえて、進めていくことです。霞が関の中で環境省が一番小さい組織ですから、「まず環境省が変われ」と私は話しています。役所の垣根を越えてダイナミックに取り組まなければと思っています。

江守

他省庁が環境省を見る目は変わってきているのでしょうか。

中井

変わってきていると思いますよ。環境省と組んだら安心だ、メリットがあるというふうに思ってもらえるようにしていきたいです。

国民運動を展開して地域循環共生圏を社会に

江守

地域循環共生圏を社会に定着させるためのコミュニケーション戦略について、お考えがあればお聞かせください。

中井

真の意味での国民運動を展開するしかないでしょう。地域循環共生圏を国民に理解してもらうために、つなぎ支えるべき森里川海の重要性を再発信しようと思っています。運動の一環としてメディアにも相当出ていますし、地域でのオーガニックフェスティバルなど、多くの人が集まるイベントでうまく地域循環共生圏を入れ込もうと思っています。

江守

森里川海については以前から環境省が取り組んでいたのは知っていますが、それがベースになって地域循環共生圏を描いているというのは、簡単には伝わらない気がします。

中井

確かに工夫がいりますね。

江守

地域循環共生圏という難しい言葉を皆が知っているようにしようというわけでは必ずしもないということですか。

中井

理解してもらいたいのですが、言葉さえ広がればいいと思っているわけではありません。リアルに社会や経済の質を変えるためには、国民の属性に合ったやり方、戦略を練ることです。もう一つは、価値観を変えて皆が本気にならないと世の中が変わらないという思いで、ライフスタイルにアプローチした施策としてグッドライフアワード[注]という取り組みを進めようと思います。効果があり波及していくような取組を大臣表彰などをして輪を広げるやり方です。

江守

新しいテクノロジーと融合していくというのがこのビジョンの中に入っていると思いますが、森里川海はむしろテクノロジーから遠いところにあるイメージです。

中井

それはまったく違います。地域循環共生圏を議論する時は必ず人類の英知である技術と融合していくと話しています。

江守

人々が追いつくのに時間がかかるかもしれません。今まで自然が好きな人、「オールド環境省ファン」みたいな人達は、比較的技術が嫌いだったりすると思います。そういう人たちのイメージも変わっていかなければなりませんね。

中井

一昨日、関東で自給圏を進める人たちの研修会があり、参加しました。従来からそういう取り組みしてきた人が、世の中がいよいよ大きく変わっていくところだから、点で行ってきたものをネットワークとして構築することを目指したシンポジウムがあったのです。自己実現としてやる活動から、異質なものに触れて、マスにしていこうという事は会議の総論になっていました。

地球システム全体とのつながりを研究面から発信してほしい

江守

環境研究への期待について、お聞かせください。特に我々、地球環境研究センターは、地球規模の環境問題、たとえば地球規模の炭素循環とか気候変動予測とか脱炭素シナリオなどの研究をしています。「地球規模」の問題は第五次基本計画の「前提」には大きく登場しますが、計画の中身では「国際貢献」に現れる程度で、見えにくくなっているように感じます。地球規模の環境研究を、基本計画との関連でどう位置付けていったらよいか、アドバイスをいただけませんか。

中井

地球環境研究センターには、温暖化への適応の各論とリンクする発想をもちながら地球規模の研究をしていただきたいと思います。第五次基本計画は、環境・生命文明社会を目指してできることをできる範囲でやっていきましょうというメッセージになっています。地域や個人といった身に迫った当事者意識のある世界と地球システムがつながっているのが全体の仕組みなのだということを、地球のグローバルなシステムの研究という側面からもうまく伝えていただきたいです。要するに、一人ひとりが環境の問題でオーナーシップをもっているのだから、人間の健康のことを考えるのとパラレルな発想で地球の健康を考えてほしいのです。

江守

地球のことは自分とは関係のないどこか遠い所の話ではないということですね。

中井

生命系の生命駆動体が積み重なって組織ができて人間ができて地域ができてというような、生き物感覚を繋げていくことが地域循環共生圏なのです。

江守

逆に言いますと、地域循環共生圏の政策が最終的には世界に繋がっていくわけですよね。それはどういうビジョンなのですか。どうやってこれで世界を変えていくのですか。

中井

まず、総合概念を英語で発信すべきです。グローバルな研究をしている国立環境研究所は、ストーリーをたてて地球システムはすべて連携しているということをさまざまなところで発信してほしいです。

ワクワク感をもって社会をデザイン

江守

最後に、第五次基本計画への、中井統括官の「想い」を改めてお聞かせください。

中井

この時代は、人類が今後も地球上で生きられるかどうかというチャレンジングな課題をかかえています。この課題は運動として捉えなくてはいけません。運動というのは口だけでは駄目なので具体的なアクションを起こすことです。たとえば一人ひとりの50kgか60kgかの質量をエネルギーに換算したらとてつもない規模になります。そのくらいのポテンシャルをもっているのですから、皆、爆発しようと言いたいです。その場合、行くところを決めないと駄目です。そうしないと本気にならないからです。そういうことを話せる面白くてダイナミックな時代です。

江守

環境省がそういう発想になったのはとても嬉しいです。

中井

地道なリスク管理の行政分野は従来通り進めるというのが前提ですが、大きく社会をデザインして変えるということは本気でないとできません。力量不十分かもしれませんが、行政のアプローチを変えたと言い切れることが大事です。

江守

一緒に運動をやらせていただきたいと思います。

中井

是非お願いします。

脚注

  • 環境省が主催するグッドライフアワードは、環境と社会によい活動を応援するプロジェクトで、社会をよくする取組を「環境大臣賞」として幅広く表彰している。

*このインタビューは2019年2月13日に行われました。

*第五次環境基本計画については、社会対話・協働推進オフィスのウェブサイトにも掲載されています。【連載】審議委員に聞く—新環境基本計画が目指すもの—(https://www.nies.go.jp/taiwa/jqjm1000000bg2lu.html

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