RESULT2022年5月号 Vol. 33 No. 2(通巻378号)

最近の研究成果 宇宙から見る人為起源CO2排出 ~グローバル・ストックテイクに向けた衛星観測計画と大気輸送モデル開発の展望~

  • 山下陽介(地球システム領域地球環境データ統合解析推進室 主任研究員)

パリ協定*1では、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する目標が定められました。目標の達成に向けて、参加各国は「自国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution:NDC)」を定め、グローバル・ストックテイク(Global Stocktake:GST、世界全体としての実施状況の検討)でNDC達成度を5年ごとに評価することになりました。また、UNFCCCへの報告が全ての参加国に課せられることとなり、開発途上国等への技術支援やNDCの科学的評価を適切に行えるよう排出量精度を保証する重要性が高まっています。

参加各国は、GSTの評価結果を受けてNDCをより野心的に更新・強化することが求められており、世界の化石燃料燃焼起源の二酸化炭素(CO2)排出量の約4分の3を占める都市域の削減ポテンシャルを最大限に活用して各国の排出量を削減することは、パリ協定の目標達成に向けて大きな鍵となります。排出削減の実効性を担保するためには、都市やその周辺における排出量の推定が必須で、特に世界の大気濃度を一様に把握できる衛星観測の利活用が期待されています。

科学コミュニティがGSTに果たせる役割の一つとして、そうした都市域の排出量などを衛星観測と輸送モデルを組み合わせて推定し、排出削減の実効性を担保していくことが挙げられます。衛星観測を利活用していくことで、都市域全体の排出量の把握に加え、これまでの排出マップ作成*2で問題となっていた未知の排出源や作成後に起こる未確認の排出変化の把握、統計データ等の量・質が排出量の精度に影響しうる地域での精度向上が期待されます。

今後打ち上げが予定されているGOSAT-GW*3では、CO2、メタン(CH4)に加え二酸化窒素(NO2)の観測が予定されています。化石燃料の燃焼によりCO2の他にNO2も放出されますが、NO2はCO2とは異なり植物による吸収など生物起源の影響を受けないため、NO2を同時観測することによりCO2排出シグナルの検出性能向上が期待されます。

GOSAT-GWでは、日本域や都市域全体を捉える広域的な観測に加えて、都市内の排出源を捉えることのできる高解像度観測(精密観測モードで1〜3 km)が予定されています。この特徴を生かすと、未知の排出源の検知や未確認の排出変化の把握につながります。こうした広域と精密の観測性能を生かして排出推定や排出検知を進めるために、輸送モデルと組み合わせる必要があり、CO2輸送を扱う炭素循環モデルとNO2等の化学反応を扱うモデルとの統合が求められています。

両者を扱うことのできるモデルを用いると、例えば、国別や都市圏全体といった広範囲の排出量推定や準リアルタイムな濃度モニタリングを全球規模で行うことができます。その際、広域観測と低解像度の全球モデル計算、データ同化や逆解析法*4を組み合わせる手法が用いられます。一方,都市域内の排出源を扱うには、精密観測に高解像度の領域モデルを組み合わせた手法が有用となります。

このように、衛星観測と複数の輸送モデルや排出推定手法を相補的に用いることで、都市域等の排出マップの迅速な更新が可能となります。国立環境研究所では、こうした排出推定手法高度化を見据え、国内で開発が行われてきた数値気候モデルNICAM*5を元にした炭素循環モデルと大気化学モデルの統合利用を進め、CO2とNO2を同時に扱うことができるようになりました。今後は、衛星観測とNICAM輸送モデルを用いて排出推定と迅速な排出マップ作成を行うための手法開発に取り組み、排出量の削減対策やその実効性の担保につなげたいと考えています。

将来的には、NICAMの特性を生かした全球超高解像度計算、炭素循環モデルに植生モデルなども取り入れたCO2吸収排出モデルへの進化、衛星観測データを高解像度モデルに同化する際の手法の高度化等、さらなる技術開発を続けていく必要があります。

図1 衛星観測と輸送モデルを組み合わせた排出インベントリの改良についてのポンチ絵(山下他 2022の図1を元に作成)
図1 衛星観測と輸送モデルを組み合わせた排出インベントリの改良についてのポンチ絵(山下他 2022の図1を元に作成)