REPORT2022年5月号 Vol. 33 No. 2(通巻378号)

コロナ禍を乗り越えるアジア域の陸域生態系の観測連携 ~AsiaFlux Online Conference 2021開催報告~

  • 高橋善幸(地球システム領域 陸域モニタリング推進室長)
  • 中田幸美(地球システム領域陸域モニタリング推進室 高度技能専門員)

陸域生態系のCO2/H2O/エネルギー収支研究のアジア域のネットワークであるAsiaFluxは1999年に発足し、当初より国立環境研究所地球環境研究センターに事務局をおいている。AsiaFluxでは各地域の研究の進捗状況や、国際的な研究動向、直面している課題などを共有する目的で定期的にAsiaFlux Workshopという全体会合を実施してきたが、規模の拡大により、2020年9月にマレーシア・サラワク州のクチンで予定されていた会合より呼称をAsiaFlux Conferenceと改めた。

この会合は、急速に拡大した新型コロナウィルス感染症の影響で2021年まで1年間の延期となっていた。その後も感染拡大が終息しなかったため、再度1年間の延期が決定された。AsiaFlux運営委員会では、各地域の研究グループ間の情報交流の機会を設けるためオンラインでの会議をAsiaFlux Online Conference 2021として2021年12月に開催することを決定した。国立環境研究所と千葉大学が共催となり、陸域モニタリング推進室のAsiaFlux事務局では、2021年よりAsiaFluxの委員長を務める千葉大学・市井教授と協力して、この会議の企画・運営を行ったので報告する(図1)。

図1 今大会の要旨集の表紙 designed by 小菅生(千葉大学)
図1 今大会の要旨集の表紙 designed by 小菅生(千葉大学)

AsiaFlux Online Conference 2021は以下の7つの口頭発表セッションとポスターセッションで構成され、22件の口頭発表(Regional Network Reportsを除く)と33件のポスター発表が行われた。

セッション1では2件の招待講演が行われた。Sara Knox(カナダ・ブリティッシュコロンビア大学)は国際的なフラックス観測ネットワークで展開されているFLUXNET-CH4の活動状況や将来の方向性について講演を行った。近年のメタン分析計の普及によりさまざまな生態系でメタンフラックスの観測が活発になっているが、アジア域には水田など特徴的なメタン発生源が分布しており、アジアの研究者の貢献は今後重要になるはずである。

Joe Berry(米国・カーネギー研究所)は人工衛星による太陽光励起クロロフィル蛍光測定(SIF)による植生の光合成量推定についての動向や今後の発展性について述べた。SIFは日本のGOSATで算出できることが報告されて以来、高い注目を集めており、アジアにおいても関連した研究が多く実施されている。SIFは個葉プロセスと広域での炭素収支推定の間の巨大なスケールギャップを埋める重要なアプローチであるが、さまざまな検証活動も必要であるため、地上観測との連携は重要である。このセッションで扱われた二つの話題は、現在の陸域生態系の観測研究でも非常に進展の著しいテーマであり、参加者から多くの関心が寄せられていた。

セッション2では“Climate Change, IPCC, Political Applications”と題して、1件の招待講演と2件の研究発表が行われた。
Chandra Shekhar Deshmukh(インドネシア・April社)は熱帯泥炭林でのCO2およびメタンの交換量の観測結果から、インド洋の正のダイポールモード*1とエルニーニョが重複したことによる極端な干ばつ発生時に、大量の温室効果ガスが発生したことを示した。また、熱帯泥炭林の保全が大気中への温室効果ガスの放出を抑制するために重要であることを示した。熱帯泥炭林は東南アジアに偏在していると同時に、土地利用変化の著しい生態系でもある。この地域から放出される温室効果ガスの収支に気候変動が与える影響を評価する上で、こうした実測データの集積が重要であることを強く認識させる結果であった。

“Site Measurements and Applications”と題されたセッション3ではベトナムの熱帯林、タイの水田、インドネシアのオイルパームプランテーションを対象とした3件の観測研究の結果が報告された。この研究対象はアジアに特徴的な植生であるだけでなく、アジアに固有な気候的特徴を反映したCO2/H2Oの変動特性をもっており、今後のデータ集積と共有が強く望まれる。

セッション4では“Regional Network Reports”として、中国のChinaFLUX、韓国のKoFlux、タイのThaiFlux、台湾のTaiwan Flux、そしてJapanFluxから地域ごとの研究の進捗状況の報告が行われた。新型コロナウィルスパンデミックの影響を受けながらも、さまざまな技術的な工夫により効率的なデータ集積が進められていることや、それぞれの地域ネットワーク間の交流も進んでいる状況が紹介された。地域によってフォーカスしている研究対象や実施体制にも違いがあり、個別の研究発表だけからは見えてこない地域ごとの体系的な取り組み方が興味深いと感じた。

1日目の最後はポスターセッションとなった。ポスターセッションの前に各発表者が1分間の紹介を行い、その後、zoomの個別ルームにおいてオンラインによる発表/質疑応答が行われた。ポスターは事前にSlackを用いて個々の発表チャンネルで閲覧できるように設定しており、発表当日前から積極的な質疑が行われていた。AsiaFluxの全体会合をオンラインで行ったのは今回がはじめてということもあり、参加者間のコミュケーションの取り方が難しい部分も見受けられたが、学生やポスドクといった若手研究者を中心に多様な研究発表が行われた。この中で運営委員会の審査によりポスター賞の選考が行われ、3名に賞が贈られた。受賞者とタイトルは以下の通りである。

  • Hojin Lee(韓国・ソウル国立大学)「Seasonal contrasting effects of PM2.5 on forest productivity in peri-urban region of South Korea」
  • Siyu Chen(日本・京都大学)「Winter leaf reddening phenomenon: Tracking of changing patterns of vegetation indices and eddy covariance fluxes in a temperate Japanese cypress forest at Kiryu Japan」
  • 山貫緋菜(日本・千葉大学)「Upscaling and Intercomparison of Soil Respiration in Japan」

2日目はセッション5“Collaboration across network”から始められた。Trevor Keenan(米国・カリフォルニア大学バークレー校)は世界のフラックス観測ネットワークの集合体であるFLUXNETが進める連携プロジェクトについての概要、そしてデータに焦点を当てた活動と(人材育成や研究者の連携といった)人に焦点を当てた活動の両方を推進する活動計画について紹介した。

また、AsiaFluxとオーストラリアを中心としたネットワークであるOzFluxの観測データを用いた、静止気象衛星ひまわり8号の地表面温度についてのデータ検証研究について山本雄平(日本・千葉大学)が報告を行った。AsiaFluxの設立当初より、アジア域の研究グループはオーストラリアの研究者による技術的な助言を多く受けてきており、近年も合同で大会を開催するなど、AsiaFluxとOzFluxは良好な関係を構築してきている。今後は欧米のネットワークも含めた研究交流が進むことが期待される。

本セッションの最後で伊藤昭彦(国環研)は観測データの増加が長期的な陸域生態系プロセスの理解を深めるために有用であることをモデルシミュレーションの結果から示した(図2)。

図2 伊藤さん発表の様子
図2 伊藤さん発表の様子

セッション6は“New measurements and process understandings” のタイトルで、新しい技術を導入した観測報告やプロセス研究の事例が紹介された。渦相関法*2によるフラックス観測データの集積はこの20年間ほどで飛躍的に進んだものの、計算を行う上で多くの前提条件や仮定を必要とするため、測定環境によっては大きな不確かさを含むなど技術的課題が残っている。

このセッションでは5件の発表が行われた。従来議論されている熱収支が閉じない問題と大規模乱流の関係についての考察などの発表が行われた。Xudong Zhu(中国・厦門大学)はマングローブ生態系のCO2交換量に潮汐を介した海陸の相互作用が与える影響について発表を行った。マングローブ生態系のように水平方向に均一でない生態系での物質収支の研究には観測と解析の両面で技術的知見を集積していく必要があり、興味深いものであった。

“Modeling and Remote Sensing”と題されたセッション7では数値モデルとリモートセンシングに関連した5件の一般発表が行われた。北半球あるいは亜大陸規模といった広域での評価を志向した研究発表の他、Desra Arriyadi(インドネシア・Katingan Mentayaプロジェクト)は熱帯泥炭林の土地被覆の変化と気候変動が炭素収支に与える影響を分析した。熱帯泥炭林は東南アジアに広く分布しており、地下に大量の有機炭素を蓄積しているが、土地利用変化や気候変動に伴い、将来的に膨大な量のCO2を大気に放出することが懸念されている。気候変動対策の観点で熱帯泥炭林の保全は全球的な課題でもあり、国際的な連携を通じた学術的知見の集積が急がれる地域である。

今回のConferenceの参加登録者は192名となり、アジア域のみならず欧米からも多くの研究者が参加した。これはオンライン開催により、渡航に関する制約が無かったことがメリットとして働いたとも言える。一方で、観測研究における経験の浅い国からは、若手の育成や実際の現場での知見の交換といった部分で、対面開催を望む声が強く、早く感染症拡大が収束し、2022年のAsiaFlux Conferenceが無事に対面開催されることを願っている。

※AsiaFlux Workshopに関する記事は以下からご覧いただけます。