2011年11月号 [Vol.22 No.8] 通巻第252号 201111_252001

温室効果ガス排出量の算定に関するIPCC公開シンポジウムおよびIPCC専門家会合参加報告

地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員 大佐古晃

1. はじめに

2011年8月22日に横浜においてIPCC公開シンポジウム「地球温暖化防止行動を支える温室効果ガス排出量の算定」が、また翌23日から25日までは神奈川県葉山町の財団法人地球環境戦略研究機関(Institute for Global Environmental Strategies: IGES)において、IPCC専門家会合「温室効果ガスインベントリ[注]作成のための2006年IPCCガイドライン(IPCCガイドラインについては「地球環境豆知識」参照)のソフトウエアと利用」が開催された。ここではこれらのシンポジウムと会合の参加報告を行う。

2. 公開シンポジウム

まず、22日のシンポジウムであるが、これは気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)、および日本政府が支援するIPCCの温室効果ガスインベントリタスクフォース(Task Force on National Greenhouse Gas Inventories: TFI)のテクニカル・サポート・ユニット(TSU)が設置されているIGESが共催したもので、IPCCとしては珍しく一般市民を対象とした公開シンポジウムであった。専門的な表題を掲げたイベントにもかかわらず申込者数が定員の200名を超えたため中途で募集が締め切られ、開催当日も用意した椅子が足らなくなり急遽追加するというような盛況ぶりとなった。主催者によると当初想定した参加者は企業の環境担当者が中心であったが、このほか政府、NGO・NPO関係者や学生等幅広い層からの参加があったとのことである。

シンポジウム午前の部では、まずIPCCパチャウリ議長のビデオメッセージや環境省地球環境局梶原成元審議官等による挨拶があり、続いて国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change: UNFCCC)やIPCCの専門家により気候変動に対する国際的取り組み状況、温室効果ガス排出量算定の必要性、IPCC TFIの活動状況等が紹介された。2007年にノーベル平和賞を受賞したIPCCであるが、これまで地球温暖化に懐疑的な人たちによりその活動が誤解されることがあった。こういった誤解を払拭するように今回TFIの平石尹彦共同議長からはIPCCの活動について「報告書は多数の国際的な専門家による査読を経て作成されるため、少数の著者の意見のみをまとめたものではないこと」「2007年の第4次評価報告書にあるように各種観測から気候システムの温暖化については意見が一致していて、20世紀中葉以降の温度上昇の大部分が人為的な温暖化ガスの増加に起因している可能性が極めて高いこと」「技術的な報告で科学的な知見が不十分なデータについてはその旨の表示をしている」等の説明があった。また田辺清人IPCC TFI TSUプログラムオフィサーからは、「日本がIPCCガイドラインの作成等のTFI活動に大きく貢献し、かつてパチャウリ議長から当時の小池百合子環境大臣宛に感謝のレターが送られたことがあること」「2013年を目指し、湿地に関する新ガイドラインを現在作成中である」等の紹介があった。

午後の部ではTFI専門家による温室効果ガスインベントリの算定方法の紹介、当オフィスの尾田武文特別研究員による日本の排出量算定事例の紹介、環境省地球環境局総務課低炭素社会推進室の鈴木あや子室長補佐による日本における温室効果ガス排出量の算定と活用についての紹介、ブラジル・ボリビア・タイ・韓国等各国のインベントリ担当者による算定事例の紹介と続いた。印象に残ったところでは、ボリビアが2009年に既に2度目となる国別報告書を発行し温室効果ガスインベントリを公表しているのだが、残念なことにその排出量算定チームは政変により解体してしまったということがあった。

内容盛り沢山のシンポジウムであったが途中退席する者も少なく、また最後の質疑応答では、インベントリに関する技術的なものから温暖化対策における自治体の役割・活動に関するものまで、多岐にわたる興味深い質問が会場から寄せられ、参加者の関心の高さがうかがえた。

3. 専門家会合

翌23日からは場所をIGESに移し、各国のインベントリ専門家50人ほどが3日間にわたり温室効果ガスインベントリ作成の手引書である2006年IPCCガイドラインの使用状況の報告や問題点の整理等を行い、また主にUNFCCC非附属書Ⅰ締約国での使用に供することを目指してIPCC TFIが開発中の、同ガイドラインに沿った排出量算定ソフトウエアの試用を体験した。

会合初日は、セネガル・ブラジル・ボリビア・タイ・ベトナム・アルゼンチン・アメリカが各々の温室効果ガス排出量算定状況を報告した。また日本からは当オフィスの畠中エルザ高度技能専門員がわが国における2006年IPCCガイドラインの先行適用事例や本格適用に向けた課題について紹介した。海外からの報告で印象に残ったのは、セネガルが行った西・中央アフリカの10数カ国による土地利用変化及び林業(Land Use Change and Forestry: LUCF)分野が中心のインベントリプロジェクトについての報告である。排出係数が他大陸と大きく異なることや牧畜が国をまたがって移動すること等、アフリカ特有と思われる事象が2006年IPCCガイドラインの課題として存在することが紹介された。

会合2日目はTFIが開発中の排出量算定ソフトウエアの概要説明が行われ、また3グループに分かれ2006年IPCCガイドラインの使用上の課題抽出が行われた。挙げられた当該ガイドラインの主な課題は、「取得すべきデータが多く、別にデータ取得のガイダンスが要る」「1996年改訂IPCCガイドラインとの併用が許されており、都合よく排出係数のデフォルト値が小さいガイドラインを引用されかねない」「温室効果ガスのうちHFC、PFC、SF6等のいわゆるFガスは実排出量を求められるが多分不可能」「正確な算定のため、より細分化された活動量データを求められるが、細分化されたデータがなく、推計で割り振ると却って不正確となる」等である。

3日目は、前日に抽出された2006年IPCCガイドラインの課題を整理して総括し、また同じく前日に説明のあった当該ガイドラインに沿った排出量算定ソフトウエアを実際に参加者全員がパソコンで試用した。TFIが開発中のこのソフトウエアはまだ使い勝手の悪い点があったり、またデバッグにも時間を要すると感じられたが、排出係数のデフォルト値や各種係数が初期設定されていたり、もちろん各種自動計算や検算の機能があるので基本的には便利であり、実用化されればこれを全面的あるいは部分的に活用する国があると考えられる。このソフトウエアは今年12月のブラジルで開かれる会合で再点検され、実用に供されることになっている。

4. おわりに

この4日間のシンポジウムと専門家会合を通じ、正確で公平な温室効果ガス排出量の算定の仕組みを構築するためにIPCC TFIおよび各国のインベントリ担当者は大きなエネルギーを注いでいると筆者は感じた。このような排出量算定の仕組みが機能することにより、各国の温暖化緩和策の実施に弾みがつき、地球規模でバランスの取れた温暖化防止活動が進展していくことを期待したい。

脚注

  • 温室効果ガスインベントリとは、国の年間の温室効果ガスの排出量や吸収量の算定結果をまとめた目録のこと。

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