2012年3月号 [Vol.22 No.12] 通巻第256号 201203_256003

温暖化研究のフロントライン 17 水文モデルの応用成果をわかりやすい指標で表現したい

  • 風間聡さん(東北大学大学院工学研究科 教授)
  • 専門分野:水文モデルの応用
  • インタビュア:谷本浩志(地球環境研究センター 地球大気化学研究室長)

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地球温暖化が深刻な問題として社会で認知され、その科学的解明から具体的な対策や国際政治に関心が移りつつあるように見えます。はたして科学的理解はもう十分なレベルに達したのでしょうか。低炭素社会に向けて、日本や国際社会が取るべき道筋は十分に明らかにされたのでしょうか。このコーナーでは、地球温暖化問題の第一線の研究者たちに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究やその背景を、地球温暖化研究プログラムに携わる研究者がインタビューし、「地球温暖化研究の今とこれから」を探っていきます。

風間聡(かざま そう)さん

  • 1966年 大阪府高槻市生まれ
  • 1995年 東北大学大学院工学研究科博士課程修了、同年筑波大学構造工学系講師
  • 1997年 JICA専門家としてアジア工科大学院助教授(2年間)
  • 1999年 東北大学大学院工学研究科准教授
  • 2010年より 東北大学大学院工学研究科教授

趣味など — 高校まで野球、大学はノルディックスキー、卒業後、つくばでテニス、タイでゴルフに夢中。スポーツは大好きだが、現在すべてが中途半端。

雪から広がった研究のネットワーク

谷本:風間さんのご専門は「水文学・水環境システム研究」ですが、どのようなきっかけでこの分野を選んだのか。これまでどのような研究をされてきたのか、などを教えてください。

風間:私は学生時代にノルディック複合の競技スキーをやっていました。雪の研究をしている研究室があり、実測に行かせてもらえるうえにスキーができるというのが魅力で、その研究室に入りました。リモートセンシング(以下、リモセン)がブームになる直前の1987〜89年頃です。当時東北大学ではアメリカ海洋大気局(National Oceanic and Atmospheric Administration: NOAA)の衛星の受信設備があって、時系列で衛星データを使えるという強みがあり、人工衛星データで雪の量を確認することに夢中になりました。そのうちスキーがなくてもリモセンだけでも面白くなってきて、水の循環や蒸発なども把握しないと雪の量がわからないので、水資源や水文学にどっぷりつかってしまいました。

photo. 風間聡さん

谷本:その後筑波大学に移られましたが、筑波大学での研究テーマは何ですか。

風間:リモセンで蒸発と流出を推定しました。FAXで送られてくる気象衛星「ひまわり」の画像データを使い、降雨量などについて、バングラデシュなど途上国を対象に行いました。植生活性度の強弱から蒸発散がどれくらいあるかなども研究しました。その後、タイのアジア工科大学院(Asian Institute of Technology: AIT)に行きました。バブル崩壊後、国内での事業を縮小し、国土交通省や農林水産省が東南アジアでタイの治水やメコン流域の開発など大きいプロジェクトを展開する動きがありました。当時私はAITにおりましたが、いろいろな専門分野の人が集まってきて、とても楽しい時期でした。水質や経済の専門家と一緒に研究を行い、私の研究にとても大きな影響を与えてくれました。

水文モデルを利用して経済効果や河川環境を表現

谷本:風間さんは野外観測からモデル計算まで多くのツールを用いてプロジェクトに取り組まれていますが、現在、特に力を入れて取り組んでおられる研究課題は何でしょうか。研究の方向性や位置付けなどと併せて教えてください。

風間:気候変動の関連で進めている生態系、水災害、雪・水循環という三つのテーマはばらばらですが、中心になるのは「モデル」です。水文モデルを利用し、いろいろな分野を表現するということです。水の存在が生態と関係があるというのは昔から言われており、生態学の専門家は研究を進めていましたが、水が専門分野の私は、モデル出力の流速や水深から生物生息域を推定することを目指しています。気候変動の水文モデルでは、雨の降り方による氾濫を予測します。現在はもう一歩進めて、経済モデルを入れ、治水の経済効果や洪水の被害額について展開しています。雪は学生時代からのライフワークになっていますが、いろいろなモデルを介して、雪の貯留量がダムのいくつ分に相当し、それが何円の効果になるのかなどについても研究しています。プロセスを研究していましたが、研究はどんどんアプリケーションに移ってきて、金額やリスクに直して表現しています。

谷本:水域の「生態系」に取り組まれたことに私は興味をもちました。あまり研究されていない分野ではないでしょうか。

風間:最近ブームになりつつあります。工学の分野では興味をもたれて予算もつきますが、生態系の専門家からは、そんなに簡単なものではないと酷評です。

谷本:私の専門の大気化学でも化学専門と物理専門の人がいますから、だいたい状況は理解できます。風間さんはモデルだけではなく、DNA解析もされていますね。

風間:DNA解析は、水文のモデルから出てくる水のパラメータが遺伝子の交雑具合に影響するのでは?という仮説を調べるために行っています。河川環境の評価をするとき、かつては生物化学的酸素要求量(BOD)などを指標としていましたが、最近はある種の生物量やバイオマスを測ってどれくらい河川が豊かを見ます。また生態系の健全性を判断するときにすべてを調べるのは大変なので、一部の場所の生物相や遺伝子を調べれば、全体の河川環境を評価できるだろうということです。河口は汽水なので複雑ですから、少し上流で調査します。モデルをもっと発展させると、水文モデルから出てきたいくつかのパラメータが流域全体を表現できるだろうと思っています。DNA解析の分野は海外で進んでいますから、ドイツなどに学生を派遣しています。私たちはモデルをもっていますが生物学の専門知識が不足しているので、共同で研究を進めています。

メコン河洪水の便益は被害より大きい

谷本:「生態と水環境」のテーマで栄養塩や水感染症との関係を探る研究もされていますね。

風間:メコン河をフィールドにしています。水文モデルを使って病原性大腸菌が拡散していく姿を表し、患者数のデータとうまく結び付けられないかと研究を進めています。

谷本:メコン河を研究のフィールドに選んだのはどういう理由からでしょうか。

風間:2000年にメコン河で大洪水があり、調査に出かけました。都市部では人が亡くなったり工場が流されたりして洪水はやっかいな問題ですが、都市から離れたところでは歓迎されていました。水がくれば魚が捕れるので収入になりますし、交通に船を使えるからです。また、地下浸透した水は地下水として貯留でき、乾季のときに井戸水を使えます。水道水としても機能しています。さらに自然灌漑となっていて、村では氾濫した場所から田植えをし、ちょうど水がなくなる頃稲刈りをするというサイクルになっています。「被害」は赤十字などがしっかり調べますから、私は経済の専門家と一緒に「便益」を調査しました。ありとあらゆる便益を計算していくと、2000年当時で洪水被害より一桁大きいくらいの得があるということがわかりました。これはNGOなどから大変面白い結果だと感謝されました。土地の人たちは、過去から毎年起こる氾濫に「適応」しています。その適応を調べれば、被害を抑えることができますから、工場をどこに建てたらいいかを提案しました。感染症のリスクも計算するよう要請されました。氾濫時には窒素・リンなどの栄養塩をもたらしていると思われるので、現在はそれを調べています。つまり、氾濫のリスクと効果、便益を調べています。東南アジアではメコン河流域だけではなく、都市住民と地方の人の洪水に対する受け止め方はまったく違います。これは気候変動への適応のヒントになると思います。

谷本:おっしゃるとおりですね。また、洪水の便益という発想や地元の人の受け止め方は面白いですね。

photo. 地球環境研究センター 地球大気化学研究室長 谷本浩志

温暖化の影響をわかりやすい指標で示すことが大事

谷本:温暖化研究の分野で、今欠けていると思うこと、重要だと思うことはありますか。

風間:さまざまなプロジェクトが進んでいて隙間がなくなりつつありますね。しかし、温暖化の影響で洪水が何mになるとかブナ林が何km2なくなるといっても、一般の人がピンとこないのではないでしょうか。わかりやすい指標で説明することが必要だと思います。私は現在、経済の専門家と一緒に研究を進めており、「○○円の損害になる」などと表現しています。こういうものを災害だけではなく農業や感染症など、温暖化問題全体として示していければと思っています。災害は起こってから何かをするということが多いですから、あらかじめこれくらいの被害額が予想されますと示しておくことは大事です。かつては国土交通省とか事業発注者がそういう計算をしていたのですが、研究者が客観的な解析をするのは良いことだと思います。意思決定は政策決定者に任せますが、研究の成果をどんどん出していくのは重要です。

谷本:いろいろな研究やさまざまな分析があれば、幅広い、また確率の高いものができてきますね。私は数十億円の損失と言われるより、消費税が△%上がるなど身近なものに例えてもらえるともっとわかりやすいと思います。

風間:確かにそうかもしれませんね。そういう点で、より工夫が必要ですね。気候変動問題はIPCC第4次評価報告書(2007年)のときに注目されましたが、少し衰退してきているのではと危惧しています。東日本大震災や原発事故があるとそういうものに集中的に対応しなければなりません。一つが注目されていれば他のリスクは目をつぶっていていいというわけではありませんから、気候変動に関心をもち続けてもらえるよう、研究者も考えなければなりません。

谷本:地球温暖化問題と原発問題は、どちらかではなく、どちらも大切です。

選択肢のなかから優先度をつけた防災と復興を

谷本:2011年の東日本大震災は巨大地震と原発事故でした。一方、タイで大洪水が起こるなど、水災害も世界中で頻発しているように思います。専門家として感じることは何でしょうか。

風間:防災と復興が同時進行で行われていますが、明確にどうしたらいいとは誰も言えません。一つはお金があるかどうかです。国のお金が十分にあればいいのですが、人口もお金も減っていくなかでどのくらい対策をすればいいのか?と皆が悩んでいます。私が勤務する東北大学も震災で校舎がつぶれてしまい、一時会議室に詰め込まれ、今はプレハブに引っ越しました。しかし、大学全体ではプレハブの建設は遅れています。というのはまず仮設住宅の建設や小学校を優先的に進めているからです。予算に限りがあるなかでは、いくつかの選択肢のなかで優先度をつけなければなりません。それを明確に言える根拠、理由があればいいのですが、なかなか言えないですね。

photo. インタビュー

文理融合は理系からアプローチ

谷本:昨今の災害には、天災に加えて、現在の社会システムや政治体制が対応できないなど人災が要因であることも多いように思います。自然科学と社会科学者が知見を併せて、それを社会に活かす仕組みの重要性を痛切に感じますが、この点についてご意見はありますか。

風間:震災後、災害の研究依頼がたくさんありました。みな自分自身の研究があり、時間もお金も人的資源も限られているなかで進めていくのは大変なのですが、2012年春、東北大学に災害科学国際研究所が創設されます。これは文理融合の組織ですが、マネジメントは大変だと思います。気候変動についても同様ですが、マネジメントをきちんとできる人を雇用してほしいと思います。

谷本:文理融合についてはどう思いますか。

風間:かつて榧根勇先生(元筑波大学地球科学系教授)は、文理融合は理系から行わないとできないとおっしゃっていました。私もその言葉に多少影響を受けて、水文のモデルについても、経済の専門家にこちらから積極的に連絡をとって共同研究を進めています。水は他の分野と比較的親和性があり、洪水があったときに住民の意識がどう変わるかなど文系の専門家と共同研究しやすいです。

若い人たちへ:五感で得た知識や経験をもとに研究テーマの展開を

谷本:多くの学生を指導されていますが、学生と接していて何か感じることはありますか。

風間:学生と話をすると研究者は面白そうだから、研究者になりたいと言ってくれます。文系と理系の学生が所属する環境科学研究科でも授業をしますが、気候変動の研究については、とくに文系の学生の方がとても興味をもってくれて、将来研究者になりたいと言います。気候変動は幅広い分野にわたっていますから、若い人がとても関心をもっています。

谷本:いろいろな専門分野の人がさまざまなアプローチで貢献できるのがいいところですね。

風間:みんなが発言できます。気候変動問題が盛り上がっている要因の一つだと思います。

谷本:最後に次世代を切り拓いていく若い研究者に伝えたいことは何でしょうか。ご自身のホームページでは「研究室というより体育会系サークルか部活です。研究だけしていてはだめです。良く遊び良く学び議論する!」と書かれていますが、詳しくお聞かせください。

風間:「良く遊び」というのは、屋外に出て、五感で楽しんでほしいという思いがあります。山に行き、目で見えるものや渓流のにおい、風を感じたり、飲んだ水の味などいろいろなもので自然現象を感じてほしいのです。頭の中で現象を組み立てたり新しいアイデアを出したりするために必要だと思っていますし、体感して知識や経験が増えてくるとそれが将来役に立つと思います。私の研究室の隣は海岸工学の研究室で日頃からコミュニケーションをとっています。若い学生は自分の専門だけやる傾向がありますが、いろいろな分野の人と関係をもって幅広い知識を得てほしいと思います。

谷本:専門分野を追及するのと同時に知識を広げるということですね。かつて得た知識が育ってきて、自分自身の研究テーマが展開してくるというのはまさに風間さんのスタイルかもしれませんね。そういう人が出てくるといいですね。

風間:いろいろな人とのネットワークができてくるとメリットがあります。機会を逃さないようにしてほしいです。少し頑張ればもっと違うものが見えてくるはずです。

photo. インタビュー

*このインタビューは2012年1月20日に行われました。

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