2012年4月号 [Vol.23 No.1] 通巻第257号 201204_257001

気候変動と食料生産の将来予測に向けて

地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 研究員 横畠徳太

1. はじめに

地球温暖化による全球的な気温上昇が進行することにより、今後、異常気象が頻発する可能性が指摘されている。異常気象の頻発は、気象条件に左右されやすい、穀物の生産量に大きな影響を及ぼす可能性がある。一方で、経済のグローバリゼーションが進むことにより、穀物生産の増減は世界規模での食料供給量を変動させることを通して、多くの人々に影響を与える可能性がある。このため、気候変動と食料生産に関する信頼のおける将来予測を、幅広い空間スケールにわたり行うことが非常に重要である。この問題についての研究の現状に関する情報交換を目的として、2012年2月9日に、つくば国際会議場において、第26回気象環境研究会「気候変動環境下における広域スケールの食料生産変動予測にむけて」が行われた​(http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/sympo/h23/20120209.html 主催:農業環境技術研究所、後援:日本作物学会・日本農業気象学会)。気候変動と食料生産の問題は、地球環境研究センターにおける研究プロジェクト「地球温暖化に関わる地球規模リスクに関する研究」​http://www.cger.nies.go.jp/ja/climate/​においても重要な研究テーマである。ここでは、発表された研究の重要なポイントと、この問題に関する重要なトピックスおよび今後の課題に関して、筆者の私見を交えつつ、報告を行う。

2. 会議の概要

会議では、気候変動と食料生産の将来予測に関わる問題を専門とする研究者から発表があり、最後に総合討論が行われた。研究発表の概要は以下のとおりである。

[1] 気候変動が食料生産に及ぼす大域的影響(横沢正幸氏・農業技術環境研究所)
食料供給をカロリーベースでみた場合、主要な要素は穀物であるが、多くの国が穀物を輸入している一方で、穀物を生産・輸出する国は限られている。このため、穀物の主要生産国が同時に異常気象の影響を受けると、食料供給において大きな問題が生じる。近年の穀物生産量全体の変動が大きくなっていること、まれにではあるが、穀物生産量全体が大きく(2割以上)減少したことが示され、今後広域的に穀物生産を予測することの重要性が示された。
[2] 季節的気候予測情報とその農業応用(佐久間弘文氏・海洋研究開発機構)
大気海洋結合モデルによる、季節から1〜2年にわたる気候変動予測に関する研究が紹介された。このような時間スケールの気候変動はエルニーニョ南方振動(El-Nino Southern Oscillation: ENSO[1])の影響が全球的に重要であるが、これと同様にインド洋ダイポール現象(Indian Ocean Dipole: IOD)と関わる変動も存在する。ENSOでは太平洋東岸の海面水温が高い状態と低い状態が数年おきに繰り返される。一方、IODではインド洋の東岸で海面水温が高く西岸で低い状態とその逆の状態が繰り返されるが、IODの変動メカニズムに関しては不明な点が多いため、今後の重要な研究課題であることが示された。
[3] 気候変動の農業影響評価と適応策(金丸秀樹氏・国際連合食糧農業機関)
現在慢性的な飢餓状態にあるのは10億人ほどで、おもに低緯度の発展途上国の人々であるが、彼らは今後気候変動の影響を大きく受ける可能性がある。このため国際連合食糧農業機関(Food and Agriculture Organization: FAO)では、途上国への気候変動の影響評価と適応策の技術支援を行っている。このうち、気候変動が穀物生産などへ及ぼす影響を、国のスケールでシミュレートするモデルを用いた取り組みが紹介された。これはモデルの開発や性能評価、そしてモデル利用のための教育をFAOが行い、途上国の専門家がこのモデルを利用して、自国での気候変動影響評価を行うものである。影響評価のシミュレーションから、いかに役立つ情報を抽出し、現場に生かすかなどについて、進行中のプロジェクトについての報告がなされた。
[4] 広域スケールにおける主要作物の生産性環境応答のモデル化(飯泉仁之直氏・農業環境技術研究所)
過去数十年間、穀物の収量は変化してきたが、その変化に対して気候変動や栽培技術の改良が及ぼした役割については、不明な点が多い。ここでは作物の生育プロセスを記述する全球スケールの数値モデルを利用して、過去の穀物収量変化の要因分析に関する研究成果が報告された。モデルにはさまざまな不確実パラメータ[2]が含まれるが、ここでは観測データを用い、観測された穀物収量をよく再現するパラメータが利用されている。米国コーンベルトにおけるトウモロコシの生産量について、過去30年間にわたる解析を行ったところ、過去の気候変化は、トウモロコシ生産量の増加傾向を12%ほど減少させたことが明らかになった。これは夏季の降水量が減少したこと、また夏季の気温が上昇したことが原因であると考えられる。後述するように、モデルにはさまざまな不確実性が含まれるため、今後蓄積されていく観測データのさらなる利用やモデルの改良などが必要であるが、気候変動が穀物生産量に及ぼす影響を示すうえでのモデルの有用性が示された。
[5] 気候変化予測と連携する土地利用シナリオの構築(山形与志樹・国立環境研究所)
人間活動による土地利用の変化、例えば森林伐採による農地の拡大などは、二酸化炭素排出量を増やすことなどを通して、気候変動に大きな影響を与える。このため将来の土地利用シナリオを考慮することは、気候予測を行う上でも非常に重要な課題である。ここでは、国立環境研究所の研究グループが中心となって行った、将来土地利用シナリオの構築に関する研究成果について発表が行われた。今後も世界の人口は当面増加することが予測されていることから、世界の人々が十分な食料を得るためには、農業生産性を高めるか、農地の拡大が必要である。土地利用変化の将来予測は、このような食料問題との関係からも研究を進めることの重要性が示された。
[6] 気候変動が世界の食料需給に及ぼす影響の評価(古家淳・国際農林水産業研究センター)
食料に関わる市場での経済活動を記述することにより、世界の食料需給の将来予測を行うモデル、世界食料モデルによる研究の成果が紹介された。ここでは、気候変動が農作物の生産性に与える影響が考慮されており、過去の観測データに基づき、穀物生産量が気温と降水量の簡単な経験式として表現されている。モデル解析によると、将来の気候変動、すなわち温室効果ガスの増加に伴う温暖化によって、世界の穀物生産量は20年間で1%ほど減少することが示された。また、気温と降水量の年々変動が大きくなると仮定すれば、穀物生産量と穀物価格の年々変動も大きくなることが示された。ここで利用したモデルでは、さまざまな現象のここ数十年のトレンドをうまく説明できるように、モデルの定式化がなされている。このため、気候や社会経済の状態が現在とは異なる、遠い将来の食料需給を推計する、長期予測モデルの開発を行っており、その概要が紹介された。

3. 重要なトピックスと今後の課題

研究発表と総合討論で議論された内容の中で特に重要だと思われる点は、以下の二点である。ひとつは、予測の不確実性を評価することである。気候変動、食料生産のそれぞれの予測に不確実性が伴う。将来気候の予測に関しては、これまで大気海洋結合モデル相互比較プロジェクト(Coupled Model Intercomparison Project: CMIP)において、世界の気候研究機関が共通の境界条件を与え、過去の気候変化再現と将来の気候変化予測が行われており、データが蓄積されている。これまでの気候モデル評価の研究によると、モデルの計算結果は完全ではないため、その不確実性を考慮するためには、複数のモデル、できるだけ多くのモデルの結果を用いることの必要性が明らかになっている。このことを踏まえ、気候変動が穀物生産に与える影響を考慮する際にも、多くのモデルの結果を利用することが重要だろう。また、穀物生産モデルのコミュニティーにおいても、CMIPのようなモデル比較プロジェクト(AgMIP)が進められており、ここで得られるさまざまなモデルによる計算結果も、貴重なデータとなるだろう。特に穀物生産モデルでは、農場の空間スケールで得られたデータをもとに、より広域スケールのモデル化をする必要があり、そこには大きな難しさ、不確実性が存在する(発表 [1] [3])。また、人間活動による土地利用変化や食料市場での価格決定メカニズム(発表 [5] [6])といった現象において、単純な法則を見出すことはおそらく難しいため、将来予測を一つのシナリオととらえ、さまざまなケースについて検討を行うことも重要だろう。

もうひとつの重要な問題は、研究で得られた知見をいかに役に立つ情報としてユーザに提供するかである。FAOでは、発展途上国を対象に、特にこの点を意識したプロジェクトを行っており(発表 [4])、研究によって得られた情報に加えて、農民の経験を積極的に利用して土地固有の対策を考案するなど、さまざまな試みがなされている。これまでの研究でも指摘されているように、研究者と政策決定者との間で情報交換をするとともに、幅広い分野の研究者の協力も必要だろう。

脚注

  1. 熱帯の太平洋では、海洋下層の冷たい水が湧きあがってくることにより、東岸で海面水温が低い状態(ラニーニャ)と、湧きあがりが弱いことにより、東岸の海面水温がそれほど低くない状態(エルニーニョ)が、数年ごとに繰り返される。このような海洋の循環の数年スケールの変化により、熱帯の温度状態が変わることを通して、地球上の広い領域の気候状態に影響を及ぼす。
  2. 数値モデルは一般に、物理法則や経験式を記述しており、その時間発展を解くことで、さまざまな現象をシミュレーションすることができる。このうち、モデルで用いられる経験式は、複雑な現象(例えば植物の光合成過程など)を、二酸化炭素濃度・温度・水蒸気量などの関数として表現したものであるため、その関数で用いられる定数(ここでは、これをモデルのパラメータと呼ぶ)には大きな不確実性がある。

目次:2012年4月号 [Vol.23 No.1] 通巻第257号

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