2013年11月号 [Vol.24 No.8] 通巻第276号 201311_276002

陸域生態系のCH4収支の解明に向けて —アラスカCH4ワークショップに参加して—

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 特別研究員 野田響
  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 特別研究員 仁科一哉

1. ワークショップの概要

2013年9月6日にアラスカ大学フェアバンクス校・国際北極圏研究センター(International Arctic Research Center: IARC)で “CH4 Workshop” が開催された。このワークショップは、長年にわたりアラスカにおいて生態系研究をすすめてきた原薗芳信博士(IARC/大阪府立大学)により、メタン(CH4)フラックス研究を中心とした生態系研究に関するアラスカ・日本の研究交流を目的として企画されたものである。今回、IARCを含むアメリカから12名、日本から9名の研究者が参加し、国立環境研究所からは野田響と仁科一哉が参加した。(野田)

photo. Syun-Ichi Akasofu Building

CH4 Workshopが行われたIARCが入っているSyun-Ichi Akasofu Buildingの様子

2. なぜCH4が重要なのか?

CH4ガスは、現在の大気濃度がおおよそ1.8 ppmvと低濃度ではあるが、二酸化炭素(CO2)と同様に産業革命以後、急速に大気濃度が増加している温室効果ガスの一つである。強い放射強制力をもつため、産業革命から現在までの温室効果の増加に対して2番目に重要度が高いガスとして知られている。またCH4ガスの主な発生源は自然湿地や人間活動(主として水田などの人工湿地や家畜からの排出、化石燃料採掘からの漏出)が挙げられる。大部分のCH4は、CH4生成菌と呼ばれる微生物によって、嫌気的有機物分解の最終過程で生成される。また近年では植生からのCH4放出が発見され、その大気濃度への影響が注目されているが、依然としてその量的貢献度は議論の余地が大きい。一方で多くの好気的な生態系(還元的でない生態系、すなわち湿地などの湛水条件が見られない)では、CH4を酸化し、吸収源として働いている。この過程はCH4酸化菌と呼ばれる微生物によって行われ、CH4は微生物の炭素源として資化されるか、あるいはCO2まで酸化され大気へ放出される。このように生態系に内在する様々なプロセスによって大気—陸域のCH4の収支が成り立っている。大気中のCH4濃度上昇速度は近年緩やかになっているものの、現在でも増加傾向にあり、将来の温暖化によって生態系からのCH4放出は加速すると考えられている。特に永久凍土層をもつ北方生態系は、永久凍土層の融解に伴う生態系の還元化によって、温暖化によってCH4の大きな放出源になる可能性が示唆されている。将来の気候変動を高精度で予想するためには、この地域のCH4動態の定量的な把握とプロセスの理解は必要不可欠であると考えられている。(仁科)

3. 本ワークショップでの研究発表概要

ワークショップはIARCの所長であるLarry Hinzman氏の挨拶から始まり、続いて本ワークショップの主催者である大阪府立大学の原園芳信氏、アラスカ大学のKatey Walter氏(彼女の研究成果はアル・ゴアのTEDにおける講演でも紹介されている)のオープニングトークがあった。引き続きWalter氏の講演があり、気候変動に伴う永久凍土融解はCH4放出によって従来考えられてきたよりも強い正のフィードバックを引き起こすことが示唆された。

野田からは “Estimation of canopy photosynthetic productivity by remote sensing(リモートセンシングによる群落光合成の推定)”、私(仁科)からは “Statistical evaluation of uncertainties in trace gas flux measured by chamber method(チャンバー法によるフラックス観測データの統計的不確実性評価)” という題目で発表を行った。また同じく地球環境研究センター統合利用計画連携研究グループ長の市井和仁からも話題提供があった。

近年まで生態系からのフラックスはチャンバー法と呼ばれる方法によって測定された時間的、空間的解像度の低い、限られた観測しか得られなかった。しかし近年では本研究所で推進されているGOSATによる衛星からの大気CH4濃度観測や、レーザー分光測定の発展による微気象法などの発展により、急速に高精度のデータの取得が容易になりつつある。またCH4の同位体測定によって、収支だけでない生成・酸化メカニズムの情報を有した観測が可能になりつつある。本ワークショップでは、これらの新しい手法を利用した成果が多く報告された。アラスカ地域で典型的なタイガやツンドラにおける最新の微気象観測手法で得られたCH4フラックスデータや、凍土融解に伴って形成されたサーモカルスト湖(アラス)(永久凍土の融解によって形成される還元的な環境)からのCH4放出の詳細なメカニズムの知見について、本ワークショップならではの特色ある発表も多く勉強になった。我々のチームでは今後プロセスモデル(VISIT)を用いて、当該地域のCH4フラックスデータを利用した予測精度検証を行い、モデルの高精度化を行う予定である。本ワークショップで得られた知見は今後の研究遂行にとって有意義であった。(仁科)

4. 観測サイト視察の概要

本ワークショップのエクスカーションとして、9月5日にフェアバンクスの南西20kmに位置するBonanza Creekサイトを視察のため訪れた。サイト責任者であるRoger Ruess博士が案内と説明をしてくださった。Bonanza Creek実験林はTanana River沿いの氾濫原を中心とした5,053haのサイトである。サイト内は河川の氾濫や森林火災といった撹乱が度々起こるほか、北向き斜面には永久凍土が存在する。そのため、地形や過去の経歴によりBlack spruce林やWhite spruce林、落葉広葉樹林(カンバ、ポプラが優占)の他、湿地や森林火災跡の草原など非常に多様な植生がモザイク状に分布している。特にspruce(トウヒ類)が優占する針葉樹林は樹木の密度が疎で、一般に「タイガ」と呼ばれる。このような景観はアラスカ内陸部を含め亜寒帯では代表的なものである。このサイトでは、植生遷移研究や、野生動物研究、フラックスの観測など多面的な長期にわたる研究により、温暖化や乾燥化がこの地域の生態系に及ぼす影響を明らかにする試みがなされている。1987年より、このサイトは全米で26あるLTER(Long Term Ecological Research Network; 長期生態系観測ネットワーク)サイトのひとつとなっている。エクスカーションでは、実験林全体の概要について説明を受けた後、落葉広葉樹林、White spruce林を歩き、湿地でのCH4フラックス観測を見学した。(野田)

photo. Bonanza Creek実験林

Bonanza Creek実験林の全景。左から3人目が本ワークショップを企画した原薗芳信博士

謝辞

本ワークショップでは主催者である大阪府立大学(IARC兼務)の原薗氏、同じく大阪府大の植山氏、IARCの永野氏、伊川氏には現地での移動からシンポまで様々な御配慮を頂き、大変お世話になった。この場をもって改めて御礼申し上げたい。

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