2013年11月号 [Vol.24 No.8] 通巻第276号 201311_276003

長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 7 なぜ鏡は動くのか? フーリエ変換赤外分光計(FTIR)—測定原理

地球環境研究センター 衛星観測研究室 主任研究員 森野勇

【連載】長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 一覧ページへ

1. はじめに

フーリエ変換赤外分光計(Fourier-Transform Infrared Spectrometer: FTIR)は、光の干渉波形を測定し、それをフーリエ変換(計算処理の一つ)することにより波長ごとの光の強度分布(スペクトル)を測定する分光装置のことを言います。フーリエとは、フーリエ変換を導き出したフランスの数学者ジョセフ・フーリエ(Jean Baptiste Joseph Fourier, Baron de、1768〜1830年)のことです。FTIRは赤外分光で最も使用されている分光装置の一つです。1970年代から実験室における化学物質の種類の確認(物質の同定)、試料中の存在量の測定、物質の構造を明らかにするために、これらの吸収、反射、散乱のスペクトル等の測定に使用され始めました。ほぼ同時期に、大気測定への利用が始まり、現在では大いに活用されています。大気測定の方法としては、大気を採取しその気体を直接測定する方法(直接測定)、FTIRを地上に設置し、又は衛星、航空機、気球等に搭載して、太陽光、大気や地表面の赤外発光、人工光源等を用いて光が通過する大気を測定する方法(遠隔計測、リモートセンシング)に大別できます。次節ではFTIRの原理について説明したいと思います。

2. フーリエ変換赤外分光計の原理

FTIRとは、光の干渉波形を測定し、計算処理(フーリエ変換)を行うことにより、スペクトルを測定する装置です。分光装置の中心部分はこの干渉計です。FTIRで最も使用されているマイケルソン干渉計について説明します。マイケルソンとは、マイケルソン干渉計を発明したアメリカの物理学者アルバート・マイケルソン(Albert Abraham Michelson、1852〜1931年)のことです。マイケルソン干渉計のイメージを図1に示します。

fig.

図1マイケルソン干渉計(イメージ)

光源からの光はレンズにより並行光になります。そして半透鏡により光は二つに分割されます。一方は固定鏡、もう一方は移動鏡に進み、それぞれ反射して再び半透鏡により合成され、レンズで集光され検出器で電気信号に変換し、更にデジタル信号に変換されます。このとき固定鏡と移動鏡で反射される光の経路の差を光路差と言います。移動鏡を一定の速度に動かすことにより光路差を変えることができ、光が干渉をおこします。半透鏡から移動鏡の距離は、固定鏡から半透鏡の距離より短いところから数十倍まで移動します。最長移動距離は波長分解能が高いほど長くなります。

図2に光源スペクトルと干渉計からの強度信号の関係(干渉波形)を示します。

fig.

図2光源スペクトルと干渉計からの強度信号の関係。(a) 光源スペクトルが単色光の場合、(b) 光源スペクトルが2色の単色光の場合、(c) 光源スペクトルが白色光(連続波長光)の場合

図2 (a) のように光源が単色光の場合は、干渉波形は光路差ゼロで最大強度となり、光の波長の半分のところで強度が最も弱くなり、さらに波長の整数倍で最大となります。つまり光路差に対して周期的な三角関数(cos関数)となります。つぎに、図2 (b) のように2色の単色光の場合は、干渉波形はそれぞれの周期的な三角関数の重ね合わせとなります。図2 (c) のように白色光の場合は、光路差ゼロで干渉波形が最も強くなり、光路差が大きくなるにつれて波打ちながら減少していきます。このようにして光源の種類によって特徴的な干渉波形が測定できることが分かります。実際の分光測定には図2 (c) のような光源を用いて、マイケルソン干渉計の干渉波形を測定することになります。このとき知りたい気体の吸収スペクトルは干渉計からの信号を計算して解読しなければなりません。干渉波形を必要なスペクトルに戻す計算処理は、実はフーリエ変換というものになります。簡単に言うと、フーリエ変換とは、この干渉波形の様に複雑多種類の波が重ねられてできた波形から、個々の波の大きさと周期を計算してくれる数学的方法です。この場合、フーリエ変換は、鏡が動いた時間変化の現象を周波数変化の現象に変換してくれることになります。いわば、魔法の鏡に光を送ると干渉波形を返してくれ、さらにそれに「フーリエ変換!」と呪文を唱えると私たちが理解できる光の波形が得られる便利な分光技術です。このため、この装置をFTIR(フーリエ変換赤外分光計)と言います。

FTIRは、たくさんの光を分光に使用でき更に全スペクトル波長を同時に取得するためにノイズが小さい干渉波形を測定できます。また、高い波長分解能で広い波長範囲を一度に測定できる利点があります。

ここでは理由を述べませんが、FTIRの波長分解能は、最大光路差に逆比例しています。また、対称的なきれいなスペクトルを取得するためには、光路差に対して光の広がりや歪みが出来るだけ起きないようするように工夫することが必要です。さらに、移動鏡の移動する速度が不規則である場合、干渉波形が乱れるためこれをフーリエ変換すればスペクトルに実際に無い「お化け」のようなスペクトル(ghost spectrum)が現れます。このため、移動鏡を一定の速度で動かすことと、移動鏡の位置を正確に測定することが重要になってきます。そこでFTIRの移動鏡の位置測定にはレーザー光を用いて干渉縞の数を数えています。

図3に、国立環境研究所の地球温暖化研究棟3階に設置している大気観測用高波長分解能FTIR(写真)を用いて臭化水素(HBr)のスペクトルを測定した場合の例を示します。この場合は、干渉計で干渉波形を作った後、HBrの試料を通過させその光を検出器で検出しています。図3 (a) はFTIRの干渉計によって取得された干渉波形です。図3 (b) はこの干渉波形をフーリエ変換して得たスペクトルで、右側の周期的な吸収スペクトルはHBrによるものです。左側に見える小さな吸収スペクトルは、FTIRの光学系は真空にしているが僅かに存在している水蒸気による吸収スペクトルです。HBrはFTIRの性能を評価するために定期的に測定を行っています。

fig. 干渉波形

図3 (a)国立環境研究所の地球温暖化研究棟3階に設置している大気観測用高波長分解能FTIR(写真)を用いて測定したHBrの干渉波形

fig. 吸収スペクトル

図3 (b)(a) の干渉波形をフーリエ変換することにより得た吸収スペクトル

photo. FTIR

写真国立環境研究所の地球温暖化研究棟3階に設置している大気観測用高波長分解能FTIR。大気の吸収を受けた太陽光を測定しているところです。屋上に設置された太陽追尾装置からの太陽光を、手前の大きな鏡と右に続く2枚の小さな鏡を用いてFTIRに取り込みます。FTIRの「T」の字の交わっている部分に、干渉計の半透鏡と固定鏡があり、奥の長い部分に移動鏡があります。更に、左側に検出器があります

3. 大気測定への応用

FTIRは大気中に含まれる微量成分の存在量を明らかにするために、FTIRを用いた大気測定は多岐にわたって活躍しています。直接測定とリモートセンシングに大別することが出来ることは触れました。前者の直接測定装置は、例えばこのようになっています。配管を用いて大気を、何回も光を往復させることが出来る鏡(多重反射光学系)を設置した試料室に導きます。光源をこの試料室を通過させこの光をFTIRで測定します。装置の温度を一定にするなどの工夫を行い、濃度が分かっている参照気体と大気を交互に測定することにより、高精度の測定が実現できています。

リモートセンシングは、地上や山頂にFTIRを設置し、あるいは、衛星、航空機、気球に搭載し、大気の吸収を受けた太陽直達光、太陽の地表面反射光、大気や地表面の赤外発光などのスペクトルを観測する方法です。また、人工光源とFTIRを離して設置し、光源とFTIRの間の大気を測定するオープンパス(open path)FTIR分光法もあります。

二つの地上設置の高波長分解能FTIR観測網と衛星に搭載されたFTIR観測装置の例を表にまとめました。なおNDACC IRWGとTCCONの簡単な説明は、地球環境研究センターニュース2013年9月号「大気環境の長期モニタリングと炭素循環メカニズムの理解に向けて—NDACC-IRWG/TCCON合同国際会議報告—」を参照して頂きたいと思います。また、TANSO-FTSについては、地球環境研究センターニュース2012年12月号「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [4] 避けては通れない雲とエアロゾル:宇宙から温室効果ガス濃度を推定するTANSO-FTS」を参照して頂きたいと思います。

二つの地上設置の高波長分解能FTIR観測網と衛星に搭載されたFTIR観測装置の例

地上設置の高波長分解能FTIR観測網 ウェブサイト
NDACC IRWG
(Network for the Detection of Atmospheric Composition Change Infra-Red Working Group, 大気組成変化モニタリングネットワーク赤外分光ワーキンググループ)
http://www.acd.ucar.edu/irwg/
TCCON
(Total Carbon Column Observing Network, 全量炭素カラム観測ネットワーク)
https://tccon-wiki.caltech.edu
衛星搭載FTIR観測装置 衛星 開発国 打ち上げ年 ウェブサイト
IMG
(Interferometric Monitor for Greenhouse Gases, 温室効果気体センサ)
ADEOS
(Advanced Earth Observing Satellite, 地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」)
日本 1996 http://www.eorc.jaxa.jp/hatoyama/satellite/sendata/img_j.html
TANSO-FTS
(Thermal And Near infrared Sensor for carbon Observation- Fourier Transform Spectrometer)
GOSAT
(Greenhouse gases Observing SATellite, 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」)
日本 2009 http://www.gosat.nies.go.jp/index.html
IASI
(Infrared Atmospheric Sounding Interferometer, 赤外大気測定干渉計)
MetOp-A
(Meteorological Operational satellite programme-A)
フランス 2006 http://smsc.cnes.fr/IASI/
MIPAS
(Michelson Interferometer for Passive Atmospheric Sounding, 受動型大気測定マイケルソン干渉計)
Envisat
(Environmental Satellite)
欧州宇宙機関 2002 https://earth.esa.int/web/guest/missions/esa-operational-eo-missions/envisat/instruments/mipas

4. まとめ

今回は、FTIRの仕組みと、それが様々な大気の測定に利用されていることについて触れました。測定精度が著しく高く安定して濃度データを測定できる測定法及び測定網として最近注目しているのは、大気を採取して直接測定するFTIR測定装置とTCCONです。これらについての説明は、別の機会にしたいと思います。

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