2014年1月号 [Vol.24 No.10] 通巻第278号 201401_278005

2013年度ブループラネット賞受賞者による記念講演会 2 持続可能な輸送への道筋

Dr. Daniel Sperling(ダニエル・スパーリング)さん(カリフォルニア大学デービス校教授)

地球環境研究センターニュース編集局

2013年11月1日に国立環境研究所大山記念ホールで行われた2013年度ブループラネット賞受賞者講演会におけるダニエル・スパーリング博士(カリフォルニア大学デービス校教授)の講演内容(要約)を紹介します。なお、同時に受賞された松野太郎博士(海洋研究開発機構地球環境変動領域特任上席研究員)の講演内容(要約)は地球環境研究センターニュース12月号に掲載しています。

ブループラネット賞および受賞者の略歴については旭硝子財団のウェブサイト(http://www.af-info.or.jp)を参照してください。

世界の人口が増加し、経済成長し、人々が裕福になると、自動車が増え、大気汚染が増し、エネルギーを多く使うようになります。交通システムやエネルギーシステムを変えなければ、この状態はさらに悪化します。多くの人は石油を使い切ってしまうと思っていますが、実際にはガソリンやディーゼルに替えられる化石燃料資源は、地下に膨大な量存在していますので、枯渇しません。ただし、これらは、採掘したりガソリンを生成したりするときのエネルギー使用量が多く、結果として二酸化炭素の排出量を余計に増やすことになります。人類の究極の目標が産業化以前からの平均気温上昇を2°C以内に抑えることなら、化石燃料の使用を減らし、最終的にはゼロにしなければなりません。

世界の温室効果ガス総排出量の約1/4は輸送部門によるものですから、輸送部門の転換が必要です。私がお話ししたいのは、遠い将来ではなく、現在と今後10〜15年のことです。地球が崩壊しないようにするためにはどういう道筋をとればいいか、どういう目標をもって進めばいいのかを私たちは考える必要があります。持続可能な輸送へ向かうために重要なのは、移動、燃料、車両(エネルギーの効率化)のバランスのとれた三脚のイスです。

Dr. Daniel Sperling

1. 移動:スマート・パラトランジットと人々の行動

アメリカにおいて現在公共交通機関が旅客利用の走行距離に占める割合はたったの3%です。公共交通機関ではなく車で移動しているのです。世界中のほかの都市でも同じような状況です。

良いニュースもあります。ヨーロッパや日本、オーストラリア、アメリカなどでは一人当たりの車による移動は減ってきています。車の利用を減らすことができれば、道路のインフラにかける費用を削減でき、エネルギーコストと温室効果ガスの排出を減らすことができます。

私が興味をもっているアイデアは新しい移動システムを作るために情報テクノロジーを利用することです。その一つは「スマート・パラトランジット」と呼んでいる需要応答型(利用者の需要に応じて運行されるもの)の交通サービスです。スマートフォンから申し込むと、車が迎えに来てくれどこにでも好きなところに連れて行ってくれます。需要応答型交通サービスと車を共同利用する人たちの情報を組み合わせれば、エネルギー効率のいい低炭素な輸送システムを構築することができます。

大きなポイントとなるのは人々の行動です。人々の行動をどうやって変えてもらうことができるか、どんなインセンティブや機会があれば人々がエネルギーの使用や移動の方法などを見直してくれるのかを理解するため、社会科学者や行動科学者との共同研究が是非必要です。

2. 燃料

エネルギーシステムの脱炭素化を進める必要があります。現在輸送に使われる燃料の96%は石油ですが、将来はバイオ燃料や電気、水素などをミックスした燃料が使われるようになるでしょう。燃料は異なる方法で作られますから、柔軟性のある戦略と政策が必要ですし、技術革新や投資を進めることも重要です。課題は、地下の化石燃料をどうやって保存していくかということと、現在あるほかの燃料に転換するための技術革新をどう進めていくかということです。石炭からガソリンを生成するのは通常のように石油から生成するよりはるかに高炭素です。しかし石炭を水素に変換し、変換の際に炭素を回収するとほぼゼロエミッションとなります。

30年前はオイルシェール、重油、石炭から得られる合成燃料に焦点があたっていました。しかし高すぎることと石油の価格が下がったので姿を消しました。その後メタノールに関心が集まり、1990年代には電気自動車が注目されました。10年前は水素とエタノール、現在は電気自動車です。次は何でしょう。この問題を市場に委ねるとまた30年前から現在に至るまでの歴史の繰り返しになるでしょうから、政策・方針が必要です。低炭素燃料基準(low-carbon fuel standard)は一つの有効な政策アプローチになると思います。ライフサイクルからの排出に基づいていますし、石油業界に炭素集約度の低減を促し、信用取引(credit trading)によって市場の力を活かすことができます。

3. 車両(エネルギーの効率化)

これはもっともうまくいっている分野ですが、車はもっともっと効率のいいものになります。世界の自動車業界は2050年までに温室効果ガスの排出を80%削減するというアプローチを支援し、温室効果ガス排出のさらに少ないものを開発することに投資しています。電気モーターの使用は排出削減の大きなカギとなります。ハイブリッド車は始まったばかりです。日本はハイブリッド車に関してはリーダー的存在で、売り上げは世界一ですし、公的レベルにおいても民間レベルにおいても自動車業界との強い協力関係があります。自動車では大きな成果を上げていますが、トラックはそうではありません。トラックのエネルギー効率はあまり改善されていません。燃料電池など先進技術を利用したトラックの開発は始まったばかりです。

講演

4. 輸送の転換のための五つの戦略

輸送の転換を進めるために、五つの政策戦略があると思います。(1) 燃料と車に関する達成基準を設定すること。(2) 規制を推進し相乗効果を生むような経済的手法(market instrument)が必要。私たちが推し進める自動車や燃料を選択してくれるよう消費者の行動に影響を与えることも重要です。(3) 最新の自動車技術を促進すること。(4) 自動車の利用を控えること。(5) 研究開発を促進すること。もっとも重要なのは次の世代の専門家や科学者、リーダーを育成することです。彼らこそが世界を変えてくれる人たちなのですから。

5. 持続可能な交通システムに向けた五つの知恵

最後に持続可能な交通システムのための五つの知恵をご紹介します。

  • (1) 万能な解決法はありません。しかし可能性のある解決法はたくさんありますから、戦略と政策を練る必要があります。
  • (2) 持続可能な交通システムへの転換の過程において、正しい方向に行くようインセンティブを与えることです。
  • (3) 一つの解決策がすべてに当てはまるわけではありません。個々の事情に合わせた解決法が必要です。
  • (4) 科学者のコミュニティは、政府の意思決定、政策決定に関与すべきです。
  • (5) 最後に「今、行動を起こしましょう!」

講演の後、講演者と参加者の間で質疑応答が行われました。簡単にご紹介します。

Q1: 人口増加でステークホルダーが増えていくと、行動科学による将来予測は複雑になります。20年後を予測することは100年間の気候変動予測より難しいと思います。自然科学と社会科学は関連して考えなければなりませんが、ギャップをどうって埋めたらいいでしょうか。

A1: 二つあります。いろいろな選択肢のなかで人がどうやって意思決定するかを理解するために、私たちは人類学者や心理学者と一緒に研究しなければなりません。

もう一つはコミュニケーションの重要性です。科学的知見を踏まえずに多彩な議論を繰り広げる人もいますし、インターネット上にもでたらめな内容が掲載されています。ですからメディアにもっと関与していくことです。

Q2: どうやって公共交通機関の利用を拡大させていくべきでしょうか。

A2: さきほどご紹介した「スマート・パラトランジット」など情報技術を利用した新しい移動サービスを進めるべきだと思います。アメリカでは車の1台の維持管理に年間9000ドルかかっています。それを考えると、低コストで質のいいサービスを提供する方法はたくさんあります。

Q3: 科学者が政策決定のプロセスにかかわっていくために何か提案はありますか。

A3: 私は勤務する大学に政策研究所を設立しました。研究所では政府機関の人と政治家との協力関係をつくり、さまざまな形で研究者が彼らの話し合いに参加するようにしています。政治家や政府機関の人たちは情報を必要としていますから、私たちは情報提供できるようさらに努力しなければなりません。政治家がつくる政策に直接作用するような研究成果を出せたら私たちの研究はもっと実りのあるものになるでしょう。

(和訳:地球環境研究センターニュース編集局)

目次:2014年1月号 [Vol.24 No.10] 通巻第278号

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