2014年10月号 [Vol.25 No.7] 通巻第287号 201410_287001

温室効果ガスの観測を気候変動対策につなぐアジアの取り組み —国際稲研究所での第12回AsiaFluxワークショップ参加報告—

  • 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 高度技能専門員 田中佐和子
  • 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 主任研究員 高橋善幸
  • 地球環境研究センター 副センター長 三枝信子

2014年8月18日から22日にかけて、フィリピンのロス・バニョス市にある国際稲研究所(International Rice Research Institute: IRRI)にて第12回AsiaFluxワークショップが開催された。AsiaFluxはアジア地域における陸域生態系と大気の間で交換される物質(二酸化炭素、メタン、生物起源の揮発性有機化合物、水蒸気、熱エネルギー等)に関する研究のコミュニティーである。アジアの諸機関の継続的な協力により、AsiaFluxに登録された観測サイトの数は、現在100に到達した。国立環境研究所地球環境研究センターは、1999年の活動開始時から事務局としての機能を果たしており、定期的なワークショップなどの研究集会、若手育成を目的としたトレーニングコース等の開催支援やウェブサイト・データベースの管理を行い、情報やデータの共有をすすめている。

今年は、フィリピンの現地運営委員会であるIRRIと共同でワークショップの企画と運営を行った。アジアのほかに、アフリカ・欧米からも多数の研究者が参加し、参加者は計18カ国・約110名であった。最近、東南・南アジアで立ち上がった新しい観測サイトからの成果発表が増えたことが印象的だった。また、ホストが稲研究所ということで、水田での温室効果ガス観測に関する発表が活発に行われ、初めてフィリピンのIRRIで開催した意義が感じられた。国立環境研究所からは8名が参加した。なお、会議開催前の2日間は、陸域での微気象観測において代表的な観測機器メーカーの一つであるCampbell Scientific社の支援により今後観測を始める人を対象としたトレーニングコースが行われ、約30名が参加した。企業展示には日本の測器会社1社を含め全部で4社が参加し、各社の最新の製品の特徴をアピールした。

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写真1トレーニングコースで実際に測器を見て説明を受けている様子

1. 1日目

まず、Robert Zeigler IRRI所長(IRRI、フィリピン)、宮田明AsiaFlux委員長(農業環境研究所、日本)とワークショップ実行委員長、Reiner Wassmann氏(IRRI、フィリピン)から開会挨拶に続き、IRRIがこれまで行ってきた熱帯アジアにおけるイネ生態系から放出される温室効果ガス(特にメタン)フラックスの正確な把握とその削減方法開発に関する研究の歴史の紹介があった。続いて、IRRI特別セッションが設けられた。灌水条件が異なる水田土壌からの温室効果ガスを観測した比較研究、水田の灌水量を効率的に削減して温室効果ガス削減を目指すプロジェクトでメタン削減に非常に有効であるという成果、伝統的に行われている稲わらの燃焼から発生するメタンや亜酸化窒素の削減には水蒸気量が重要であるという実験結果など、稲作と温室効果ガスをキーワードに多様な研究が紹介された。

次にメタンや他の微量ガスについてのセッションが行われた。まず、基調講演として、Dennis D. Baldocchi氏(カリフォルニア大学、アメリカ)が、土地利用変化が炭素循環に及ぼす影響について、メタン発生が多いことで知られるカリフォルニアの湿地で実施している渦相関法とデジタルカメラやモデルを活用した観測とその解析結果を紹介した。本セッションでは、国立環境研究所の富士北麓フラックス観測サイトで行われている観測結果も複数報告された。まず、植山雅仁氏(大阪府立大学、日本)が、森林土壌がメタンを吸収しており、タワー観測による群落スケールのメタンフラックスの観測と土壌でのチャンバー観測を比較して、年・季節変化がほぼ一致していて、そのプロセスには地温と土壌水分が関係していることを示した。また、谷晃氏(静岡県立大学、日本)は、森林からのモノテルペン排出量が雨の後に増加し、土壌水分量と関係があることを紹介し、和田龍一氏(帝京科学大学、日本)は、オゾン、NOx、VOCの高さごとの濃度変化について、測定結果と、群落高度分布の逆推定モデルによる推定結果の比較を述べた。以上の報告では富士北麓フラックス観測サイトが総合的観測拠点として重要な役割を果たしていることを印象づけた。他には、LiCOR社から最近市販が開始された遠隔地でのフラックス観測値をリアルタイムで転送するシステムの紹介があった。こうした技術の進展はフラックス観測の広域展開と労力削減の両立に大変重要である。

1日目の最後にFLUXNET(http://fluxnet.ornl.gov/)の歴史的背景やフラックスデータ共有システムや研究を進めていくにあたっての人的な交流の重要性や、東アジアでは観測サイトが多いがデータ共有があまり進んでいない現状など、フラックス観測の諸課題について議論した。

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写真2ワークショップで口頭発表が行われた会場の様子

2. 2日目

熱帯の生態系に関するセッションでは、熊谷朝臣氏(名古屋大学、日本)がタイ、マレーシア、カンボジアで行われている光合成や水循環解明に関する研究について、基調講演を行った。続いて、インドのマングローブ林、タイのゴム園、ベトナムの森林保護地区そしてラオスの水力発電用ダムにおける二酸化炭素、亜酸化窒素やメタンフラックスの観測結果が紹介された。陸域での温室効果ガスフラックスの観測研究においてはメタン、亜酸化窒素など二酸化炭素以外の成分に研究対象が広がりつつあり、またマングローブやダムといった大気・陸域生態系のガス交換だけでは扱いきれない水域の生態系の重要性も示された。

引き続いて極端な気象現象と撹乱が陸域生態系の物質循環に与える影響に関する研究のセッションが行われた。国立環境研究所が共同研究を行っている北海道大学天塩研究林における研究について、Miricar Aguilos氏(カラバ地域自然環境課、フィリピン)が、皆伐を行った直後は炭素放出源だった森林が7年後には再び炭素吸収源となったことから、気象条件や森林条件などを考慮すると完全に森林が回復するには8–34年くらい必要だという推定を示した。寺本宗正(国立環境研究所、日本)は、チャンバーによる土壌呼吸観測結果から、2004年に台風による風倒被害にあった苫小牧国有林が、現在でも未だ炭素放出源であることを報告した。また、平田竜一(国立環境研究所、日本)は、北海道全体の炭素収支について自然災害による影響を考慮に入れたモデルでの推定結果を示し、気候変動による生態系の影響予測には各サイト・広域レベル両方で自然災害による撹乱を考慮することの重要性を述べた。その他、雨が土壌呼吸に与える影響、エルニーニョが引き金となった森林火災の影響についての発表があった。陸域生態系の炭素吸収量は生態系の状態により変化し、自然撹乱や人為的撹乱により大きく影響を受ける。こうした撹乱の影響についての評価は将来的な陸域生態系の炭素交換量の推測をする上で非常に大きな課題となっている。

陸域生態系モデルのセッションでは、伊藤昭彦(国立環境研究所、日本)が同じ生態系であるが異なった複数の場所のデータを用いて、陸域生態系と大気間の物質交換において鍵となるプロセスやパラメータをシミュレーション検証した結果をもとに、モデル予測の不確実性を減らすために、今後どのようなモデルや観測が重要であるかについて基調講演を行った。他には手法の違いによる全球の炭素有効利用率推定結果のばらつきの評価についての発表、デジタルカメラを利用したフェノロジー観測結果と観測ネットワークについての発表があった。

3. 3日目

Xuhui Lee氏(イエール大学、アメリカ)が基調講演を行い、土地利用変化がフラックスと気候に与える影響について、小規模森林伐採は高緯度地域では表面を温め、低緯度地域で表面を冷却することから、高緯度における森林伐採による温暖化影響は、低緯度地域の冷却よりも大きいことを紹介した。農耕地フラックス観測のセッションでは、稲の水有効利用率調査の初期結果、北インドの水田におけるフラックス観測初期結果が示され、プロジェクトの紹介関係では、排出量のモニタリング・算定・報告・検証(Monitoring, Reporting and Verification: MRV)の新しい地域での観測開始とデータ利用について、また、日本を含むアジア5カ国が共同で行っている水管理向上による温室効果ガス削減を目的とするMIRSA(Greenhouse Gas Mitigation in Irrigated Rice Paddies in Southeast Asia)プロジェクトの紹介が行われた。

陸域生態系のプロセスに焦点を当てたセッションでは、Jin‐Sheng He氏(北京大学、中国)が、チベットにおける二酸化炭素やメタンの観測結果と温暖化実験の結果を紹介し、チベット高原では二酸化炭素が吸収、メタンが放出されていること、また土壌からの二酸化炭素フラックスは土壌水分量と地中バイオマスにより決まることを示した。他には、香港のマングローブ林、インドネシアのアブラヤシプランテーション、中国の亜熱帯林においてのチャンバー法や渦相関法による観測結果が紹介された。

ポスターセッションは1日目と2日目に1時間ずつ開催され、マレーシアやタイなど東南アジアの若手研究者の発表を含む23件の発表があり、若手の発表者が多様な分野からの参加者とのやり取りを楽しんでいる光景が多く見られた。また、会議最終日に、IRRIの水田観測サイトの見学も行われ、いろいろな稲の品種が生育され、灌漑システムや施肥条件を考慮して多様な研究が進められている現場を垣間見ることができた。

4. おわりに

今回は初めてフィリピンでAsiaFluxワークショップが開催され、今後のフィリピンにおけるフラックス研究の大きな発展とAsiaFluxでの役割の重要さを期待させる国際会議となった。未解明な部分が多いメタンや亜酸化窒素の熱帯アジアにおける観測結果について新しい知見が紹介され、今後のフラックス研究における重要な方向性が示されたと感じた。また、これまでのAsiaFluxでは森林生態系を対象とした研究が多かったが、今回は農耕地やマングローブなど森林以外の生態系を対象とした観測研究が目立った。全体として、今後の観測研究の方向性を考える上で多くの情報がもたらされ有意義な場であった。

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写真318カ国(アジア、アフリカ、欧米)約110名の参加者

これまでのAsiaFluxワークショップ(2008年度以降)に関する記事は以下からご覧いただけます。

会議開催場所・IRRIと開催までの心配の種

田中佐和子

第12回AsiaFluxワークショップが開催された国際稲研究所(写真4)は世界で唯一の稲を専門に研究する研究所である。フィリピン大学ロス・バニョス校が隣接しており、フィリピンでも農業関連研究の盛んな地域である。フラックス観測は2008年より行われている。日本と同様、7–9月はフィリピンでも台風の季節で、会議の約1カ月前の台風でロス・バニョス地域はフィリピンの中でも特に被害を受け、倒れた木の残骸(写真5)が道路脇に数々見られ、会議が始まる約2週間前まで停電が続いていたらしい。このような厳しい条件の中でも、現地実行委員の献身的な努力によって、ホスピタリティあふれる雰囲気の会議が無事開催された。

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写真4国際稲研究所(左)とフラックス観測サイト(右)

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写真5台風により倒れた木の一例

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