2015年6月号 [Vol.26 No.3] 通巻第295号 201506_295002

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 2 地球温暖化の国際交渉を長期間にわたり研究する醍醐味

  • 亀山康子さん
    社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室長
  • 久保田泉さん
    社会環境システム研究センター 環境経済・政策研究室 主任研究員
  • インタビュア:広兼克憲(地球環境研究センター 交流推進係)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または地球温暖化研究プログラム・地球環境研究センターの研究者がインタビューします。

第2回は、亀山康子さんと久保田泉さんに地球温暖化に関する国際交渉や国際条約などの現状と問題点、新たな動きや今後のための提案などについてお聞きしました。

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[左]亀山康子さん、[右]久保田泉さん

「地球温暖化の事典」担当した章
亀山康子さん:
9.1 気候変動枠組条約・締約国会議 / 9.2 京都議定書・締約国会合 / 9.9 国際機関 / 10.1 持続可能な発展の概念
久保田泉さん:
9.3 地球温暖化対策の推進に関する法律 / 9.4 京都議定書目標達成計画
次回「地球温暖化の事典」に書きたいこと
亀山康子さん: 国際関係に影響を与える多様な主体の役割
久保田泉さん: 地球温暖化の適応

一つのテーマを長期間フォローできる醍醐味

広兼

気候変動枠組条約締約国会議(Conference of the Parties: COP)は1995年に第1回の会議が開催され、2015年で21回になります(国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)報告を参照)。亀山さんと久保田さんはCOPの動きを追い続けています。外国にはお二人のように交渉のフォローまたは交渉の経緯を研究している人がたくさんいるのでしょうか。

亀山

先進国でも途上国でも多くいます。

久保田

COPはそのような常連たちを含めた1万人規模の同窓会のようです。

亀山

行政担当者はどうしても数年以内に異動してしまいますから、地球温暖化の国際交渉という一つのテーマを長い期間フォローできるのは研究者の醍醐味だと思っています。

広兼

日本では行政の担当者は2年程度で異動になります。外国も同様でしょうか。

久保田

外国は比較的長いです。1991年の条約交渉開始時からという人もいます。アメリカでは政権交代しても交渉担当者が大幅に変更になったということはありません。コアになる人が決まっているようです。国際合意は以前に合意された文章に少しずつ文言を加えて進めていくものですから、交渉経緯を知っている同じ人が長く担当する方がメリットになると思います。

亀山

国際交渉担当者(行政官)が人事異動のため変わる点については、外国でもありますが、日本の場合はその頻度が極端です。これは温暖化問題にかかわらず、すべての行政分野において同様です。ある意味specialist(専門家)を作らない、generalist(万能型)を育成するということだと思います。

広兼

私は元行政官ですが、建前としてはそうです。specialistは必要なのですが、逆に特定の人だけが情報をもっているという状況を必ずしも良しとしないのです。

亀山

国際交渉においては長い間担当している人がいることはメリットなのですが、国内の対応については、同じ人が長い間情報を握っていると弊害の方が多いのかも知れません。

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1995年4月に開催されたCOP1(ベルリン)の会議場の様子。今よりも参加人数が1桁少なかった

国際交渉における政治家と官僚(行政官)の役割

広兼

交渉レベルとして、1. 政治家、2. 外交官、3. 環境省などの職員(官僚)などがいて、それぞれ役割があると思います。研究者から見て、この問題については最も重要な役割を担っているレベルというものはありますか。

久保田

COPではいろいろなことが議論されていますが、全部政治家が議論して決められるかというと細かすぎ・技術的にすぎるため、いわゆる事務レベル、行政官の力が必要です。しかし温室効果ガス削減の長期目標のような議題については、事務レベルだけで意思決定できる問題ではありません。そこにギャップがあることが温暖化交渉を難しくしている原因の一つだと思います。自国内の取り組みの方向性を決めることは政治家にしかできないと思いますが、多くの場合COPで話し合っている議題は細かく、事務レベルで決めなければならないのです。2009年のコペンハーゲンでのCOP15があまりうまくいかなかった理由のひとつに、これまでの外交のやり方、すなわち、主要国と考えている国を集めて決めてしまおうとしたら、そこに入れなかった国が文句を言ったということがあります。その後、国連加盟国全部での交渉は無理なのではないか、それぞれできることをやっていけばいいという方向性が出ましたが、結局はもう少し国際社会全体でやってみましょうということに落ち着いています。過去にも、G8や、首脳級の会合、大臣クラスの会合など、大きな決定は政治的な合意で決まっています。それは事務レベルの合意があるからこそ、政治家が決定できるのだと私は思っています。

亀山

政治家は何らかの価値観をもって判断するという重要な役割を果たしていて、特に民主主義の国はそうです。そのなかで日本はどちらかというと、官僚の役割が重要といわれていました。政治家も官僚から説明を受けますから、そういう意味で間接的に行政官の影響力は強かったと思います。それでも最近では日本も徐々に政治主導型になってきて、政治家は政治家として判断をする場合もありますという役割分担ができてきています。

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COP20のストックテイキング会合の様子。COP16以降、このような会合が開かれるようになった。会期中に数回開催され、非公式協議で議論されていることも含めて、COP全体の進捗状況が会議参加者に共有される

多様な主体がかかわる国際交渉の意思決定の難しさ

広兼

COPが始まってから20年以上経っていますが、会議で意思決定を選択するにあたり、過去と比べてそのやり方が進歩していると思われますか。

亀山

温暖化問題に限らずすべての国際交渉についていえることですが、以前より意思決定が困難ですし複雑になっています。いくつか理由はありますが、最大の理由は関係者の人数が増えていることです。20年前は政府関係者だけが集まって決めることができたのが、今はNGO、研究者、産業界の方が携わっています、また、交渉している内容もすべてインターネットで配信されます。インターネットの普及により交渉のプロセスが以前より格段に公開されており、これが非常に影響を及ぼしていますから、意思決定しやすくなっているかと問われたらノーですね。だからといって、必ずしも望ましくない方に向かっているわけではなく、多くの人が何からの形でかかわるというのは、必要なことだと思います。

広兼

NGOと政府の関係は以前と比べて変わったでしょうか。

亀山

NGO自体が本当に力をもち始めたのは日本では最近です。昔はさまざまな意味で力をもったNGOが多くなかったのですが、現在ではそれが育ってきて、政府の提出してくる案に対してかなり十分な根拠をもって反論したり代替案を出したりできる能力をもったNGOが出てきました。これはとても重要なことだと思います。

温暖化対策と個別の利害を結びつけることがむしろポイントになる

広兼

各国の個別的な利害を乗り越えて国際的な目的のために交渉する際に、大切なことは何だと思われますか。

亀山

「個別的な利害を乗り越える」という表現の中には、損をしてしまう人は我慢してね、というニュアンスが含まれているように感じられますが、そうではなく、対策をとる人ほど得をするような仕組みに仕立てていくことが必要と思います。現在多くのステークホルダーがかかわるようになり、たとえば政府がこうしてくださいと言っても誰も動かなくなっています。行動を促す動機づけとしては無理矢理法律で決めて規制していくより、そう動いた方が「お得です」というシステムを作っていく方がいいと思っています。重要なのは、温暖化による被害と温暖化対策を頭の中で結びつけてもらうことです。それは不可欠です。

広兼

個別の利害をそのまま全部満足させるような方法はありませんし、だんだん何のために交渉をしているのかが、みんなわからなくなってきますからね。

亀山

例えば、異常気象や熱波(温暖化の被害)と二酸化炭素を削減する(温暖化対策)関係を一人ひとりが理解しないと、今申し上げた利害に結びつけるということが実現しません。

広兼

では、日本が地球規模の温暖化防止に貢献できることとは何でしょうか。具体的な目標を出すことがイニシアティブをとることになるかと思いますが。

亀山

多くの日本人が思っているのは、省エネ化などの技術革新で貢献することではないでしょうか。

久保田

いろいろな意味で国内の温暖化対策は難しい局面にあります。目標の大きさだけであっと世界を驚かすというような、それによって国際的にリーダーシップをとるのは困難です。一つの方法としては、地球全体の温暖化抑制に貢献することをいかに多面的に評価するかという制度を作る提案を積極的にすることが考えられます。

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具体的な問題調整からうまれる国際条約の連携

広兼

気候変動枠組条約以外にもマルチな国際条約がたくさんあります。生物多様性条約、有害廃棄物の越境移動およびその処分の規制に関するバーゼル条約、オゾン層の保護のためのウィーン条約など多数の国際条約が発効されていますが、これらの相互連携は図られていると思いますか。現在、何がもっとも連携しなければならない条約でしょうか。

久保田

有害化学物質と廃棄物については、2010年から、3条約(バーゼル条約、国際貿易の対象となる特定の有害な化学物質及び駆除剤についての事前のかつ情報に基づく同意の手続に関するロッテルダム条約、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)を統合した拡大合同締約国会議を開催しています。具体的に連携しなければならないポイントがあるから合同で行っているのですが、それに加えて、気候変動枠組条約以外は資金が厳しいということもあります。

広兼

資金の点で気候変動枠組条約だけが潤沢というのは、なぜでしょうか。

久保田

サミットなど首脳級あるいは閣僚級の場で議題になっていることは大きいです。生物多様性条約のCOPでも温暖化との関係を検討する議題がありますし、代替フロンの規制につてはモントリオール議定者や気候変動枠組条約のCOPでも取り上げられていますが、なかなかうまくいかないようです。漠然とただ調整しましょう、というよりも、やはり必要のあるところ、具体的に調整しなければならない問題があるところから連携が始まっていると思います。もちろん十分とはいえませんし、こうした動きはまだ始まったばかりだと思います。

「伝える」能力のポイントは?

広兼

久保田さんのCOPの会議レポート(http://www.nies.go.jp/event/cop/cop20/index.html)は私もよく読んでいます。現地レポートなどの活動は非常に重要だと思いますが、やはりスキルと、とくに場数が必要だと思います。慣れていない人にはできません。

久保田

COPから帰国してまとめて報道に接すると、長期に温室効果ガスを減らさなければいけないというのが重要なのに、どうしても日々の報道は目先のことになり、まるで違う会議に出ていたような印象をうけることが多かったのです。会議レポートはあるところから頼まれたことがきっかけで始めたのですが、書くときに、そもそも一般の人は何を知りたいと思っているのかをできるだけ知ろうと努めました。また、長期に大幅に温室効果ガスを削減しなければならないというのが新聞等で抜けてしまいがちなので、何度でも言わなければいけないと思いました。

広兼

マスメディアで温暖化問題を追う記者は、何を取材目的として来ているのでしょうか。取材目的を決めること自体も難しいのではないでしょうか。

久保田

会議の規模がそもそも大きいので、日々重要な決定が出るわけではありませんから、取材は難しいと思います。日本の報道は、やはり日本政府の記者会見の報道を日本国民に伝えることが主な目的になりますし、国際交渉については、会議の構造やなぜこんなにもめているのかなどを理解するのは、この問題の議論に入り込まないと大変難しいかも知れないと思います。

広兼

亀山さんは環境省の官僚でもなかなか意味を理解できない国際交渉の伏線を読み解く研究をされていて、それをシンポジウムやテレビでは非常にわかりやすく解説されています。また優しい語り方がいいですね。そのような能力のポイントは何でしょうか。

亀山

そう言っていただくのは嬉しいですが、自分はまだもっていない能力があります。私は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を活用していません。多くの人はFacebookやTwitterでどんどん意見を発信されていて、たくさんのフォロワーをもっていますね。この前テレビで見たら、40歳代で新聞を定期購読している人は半分に満たないそうです。これが望ましいかはわかりませんが、現実には新聞以外のメディアの活用、情報発信の仕方にもっと注力しなければいけないと思っています。

久保田

Twitterなどでは、いろいろな意見があるなかで、自分の意見を補強するものだけを読んでいく傾向になります。まずは多様な意見を知ることが重要なのではないかと思います。

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COP20会場内に作られた壁。「#(ハッシュタグ)私達は未来を創造する」と書かれている。会場にいる人もそうでない人も、COPに関するこのようなハッシュタグをつけてTwitterなどに投稿し、いろんなテーマについて議論している

Future Earthにより社会科学系の研究者が増えることを期待

広兼

“Future Earth”(江守正多, 三枝信子「国際研究プログラムFuture Earthへの日本の対応」地球環境研究センターニュース2013年10月号を参照)という国際研究プロジェクトが今後の温暖化研究に及ぼす影響についてどうお考えですか。

亀山

Future Earthはまだ実態がよくわかっていませんが、今までの特定研究プログラムと大きく違う点は、ステークホルダーの関与の仕方です。専門家だけでなく、社会のさまざまなステークホルダーが参加し、研究を提案するというのは、手続き的な意味でとても重要だと思います。二つ目の重要な点はFuture Earthでは社会科学系の研究者を巻き込むということです。問題解決型の研究に対する社会科学系の研究者の貢献は重要なのに、社会科学系の研究者のコミュニティの間では、理論研究をしている人が主流と思われている分野なので、政策提言型の研究は亜流とみられがちです。研究者の数はあまり増えていません。ですから、Future Earthというプログラムによって打開できればと思います。

久保田

政策提言型の研究に関心をもつ社会科学系の若い研究者が増えてくれたらいいと思います。国際関係論は法解釈が主流で、政策・実践を踏まえてどうしていくべきかという研究は法学者の仕事ではないといわれています。そういう主流の人たちが研究者を養成するので、結果として、政策提言型の研究をするメンバーがあまり変わりません。

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「多様な主体の果たす役割」と「温暖化の適応」について書きたい

広兼

次回、「地球温暖化の事典」を執筆するとしたら、書きたい内容はありますか。

亀山

はじめにお話したとおり、今までのように国際条約を作ればあとはうまくいくという状況ではなくなっています。むしろICLEI(持続可能な開発のための自治体協議会)など自治体同士のネットワークや、ODAより多額の海外投資をしている企業など、多様な方々の果たす役割がより重要になってきていますし、地球温暖化の事典でもとりあげるべきだと思います。

久保田

初回は地球温暖化防止の政策では排出削減が主になっている構成でしたから、私は次回適応関係(広兼克憲「地球環境豆知識 [29] 緩和策と適応策」地球環境研究センターニュース2014年6月号参照」を取り上げたいと思います。

*このインタビューは2015年5月12日に行われました。

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