2015年9月号 [Vol.26 No.6] 通巻第298号 201509_298002

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 5 サンゴの視点から生態系と人間社会とのかかわりを考える

  • 山野博哉さん
    生物・生態系環境研究センター長
  • インタビュア:三枝信子さん(地球環境研究センター 副センター長)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または地球温暖化研究プログラム・地球環境研究センターの研究者がインタビューします。

第5回は、山野博哉さんに、環境変動に脆弱な沿岸域と島嶼の温暖化影響に関して、自然環境を中心にすでに起きている現象や、今後起きると予測される現象についてお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
5.8 島嶼・沿岸域 / 6.9 サンゴ・サンゴ礁
次回「地球温暖化の事典」に書きたいこと
生き物からみた、循環型・低炭素・自然共生社会および三社会統合

観測事実とそれに基づく温暖化影響予測の進展

三枝

『地球温暖化の事典』が発行されてから時間が経ち、温暖化の影響研究も進んでいると思います。今だったら加えられること、山野さんが現在興味をもっていること、また、生物・生態系環境研究センター(以下、生物センター)でこれから進めたいと思われるものをいくつか紹介していただきたいと思います。

山野

実は私が担当した「サンゴ・サンゴ礁」は『地球温暖化の事典』の「見本」としての執筆を依頼されて書いたので、内容は他章の原稿よりかなり古いのです。執筆後、世界の生物多様性情報を共有するGBIF(Global Biodiversity Information Facility:地球規模生物多様性情報機構)などデータベースを作成する研究が盛んになり、データが充実してきました。私自身は、温暖化の影響に関して、共同研究者とともにサンゴだけでなく藻類や甲殻類の北上についても研究を広げました。サンゴに限らず、沿岸の生き物への温暖化影響についても今なら書けそうな気がします。

三枝

まずサンゴの分布域の将来予測と海洋酸性化の影響など、温暖化の影響観測と予測研究の進展を教えていただけますか。

山野

観測面からお話します。『地球温暖化の事典』のなかで、海洋酸性化に関する実験的研究がどんどん行われていると書きましたが、執筆後、種によって応答が違うなど新しい研究例が急速に蓄積されています。もう一つ、火山の近くで、海底から二酸化炭素(CO2)が湧いているところがいくつか発見され、そこでは天然の酸性化が起こっており、サンゴが少ないことがわかりました。海洋酸性化の深刻な影響が、実験室の中だけではなく、フィールドでも確認される事例が出てきたことが、その後の進展です。

温暖化影響予測研究では、単純に水温が上がったら生物はこうなるだろうということだけではなく、場所による気候変動の速度の違いも考慮した予測が行われるようになりました。観測の事実もさらに集まってきましたし、それを元にした予測がやはり急速に進んでいます。

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多様な生物を支えるサンゴ礁

三枝

陸域の植物は自分の足で歩けないので、温暖化や気候変化のスピードに移動速度が追いつかないということが頻繁に起こりますが、海洋の場合、海流にのって比較的自由に移動できるのかなというイメージがあります。

山野

産んだ後、卵がどれくらいもつかによります。サンゴは、産卵後2週間くらい定着する能力をもっています。貝やウニなどの卵は放出され、流されて遠くまで行きます。この場合はおそらく温暖化の速度についていけるでしょう。しかし、大型の海藻の分散能力は低いと考えられており、おそらく温暖化の速度に追いついていけないのではないかと思います。われわれは、海流に卵を乗せてどこまで行くかというのを計算して、それと実際の温暖化のスピードの比較に着手したところです。今までは等水温線をサンゴの分布とみなして予測を行っていたのですが、それに分散など生物的なメカニズムを入れて予測する段階にきています。そのベースとしては、生き物の温暖化影響のデータが蓄積されてきたことがあるでしょう。

サンゴのデータベース作成の苦労

三枝

データベース化が進んできたというお話がありましたが、山野さんの研究分野ではどういう種類のものがあるのでしょうか。

山野

実は日本ではちゃんとしたデータベースがなかったので、環境省環境研究総合推進費S9「アジア規模での生物多様性観測・評価・予測に関する総合研究」や文部科学省気候変動リスク情報創生プログラムで、特別研究員の方と協力して報告書をすべて集め、サンゴで20,000データくらい、海藻で30,000〜40,000くらいのデータを入力しました。そのデータベースは公開する方向で進んでいます。

三枝

元データは報告書などの紙ベースでしたか。

山野

紙です。それを人海戦術で整理するので大変でした。実はまだ最後の詰めが終わっていません。サンゴは、現在遺伝子でわかれるものと形態でわかれるものをすり合わせる作業が進んでいます。たとえば、代表的なサンゴであるキクメイシ(かつてはFavia speciosa、現在はDipsastraea speciosa)は、カリブ海と太平洋で種は違うけれども属は同じFaviaとされていたのが、遺伝子を見ると実は属も違っていて、属名そのものまで変わってしまいました。このように、最新の知見を参照してそれらの種名等を変えなければならないのです。これがデータベースを作る上では非常に大変な作業です。

三枝

世界的に見て、サンゴに関するこのように大がかりなデータベースはあるのでしょうか。

山野

GBIFには広くデータが入力されていますが、一つの国で過去に遡ってデータ収集したことは実はないと思います。日本は、1930年代に東北大学が調査をしていたのでそこまで遡れますが、日本以外で遡れる地域はおそらく少ないと思います。

三枝

陸上の植物ですと、古文書とか、古い日記などで800年〜1000年遡れますが、サンゴは日本人にとってそこまで記録に残すものではなかったのでしょうか。

山野

海中の様子は実際に泳いでみないと観察できません。昔は、そこまで身近なものではなかったと思います。サンゴはまた四季を感じさせるものでもありません。おそらくそういう理由でサンゴに関する古文書記録というのはなかったため、数百年を遡るのは無理なのですが、サンゴは幸い化石として残るので、数万年前スケールでの長期間の変化を明らかにすることはできます。

適応には、温暖化との複合影響を考慮

三枝

山野さんはサンゴ礁だけではなく、陸域生態系から河川を通して沿岸にいたる物質の循環とサンゴの関係という視点でも研究をされています。このように少し広い範囲での生態系の温暖化影響について重要な問題はあるでしょうか。

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山野

『地球温暖化の事典』の温暖化に対する適応(p269)にも書きましたが、温暖化だけで影響が現れるものではありません。サンゴですと、温暖化に加えて、雨が降り陸から土砂が流れるというストレスを複合的に受けます。さきほどお話ししたデータベースを作ってわかったことは、水温上昇に応答してサンゴが北上しているというだけではなく、沖縄では、川に近いところと川のないところのサンゴ礁と比べると、1998年に水温が上昇し白化現象が起きた後、川の影響があるところのサンゴ礁が回復していないということでした。それに対して、川の影響のない小さな島のサンゴ礁はその後ちゃんと回復していました。温暖化に対する適応の節で、「複合影響を考慮しなければならないだろう」と書いたのですが、実際にそういう現象が起きていることがわかってきましたので、陸域の変化についても研究を始めました。

三枝

河口に近いところのサンゴが受けているストレスというのは具体的にはどういうものでしょうか。

山野

土砂流入です。沖縄では、日本への復帰後大規模な土地改良や開発事業がありました。現在のおもな作物はサトウキビですが、雨が降るとサトウキビ畑から赤土の流出があり、その影響のある川の河口ではサンゴがまったく回復していません。

三枝

上流が天然林や水田など他の土地利用だったときには土砂の流出が少なかったけれど、サトウキビにすると収穫後は裸地になるので、大雨が降ると大量に土砂が流れてくるというわけですね。

山野

そうです。そこで分野横断のプロジェクトを立ち上げ、赤土の流出を防ぐにはどういう手を打てばいいのかを、経済評価も含めた現実的な対策を考えています。

三枝

それが温暖化をはじめとする気候変動への適応力を強めることになるわけですね。どういう方法があるのでしょうか。

山野

サトウキビは基幹作物なので栽培をいきなり止めるわけにはいきませんが、赤土が流れないように、対策を行うことは可能です。対策の一つはグリーンベルトといって、畑の周りに草を植え土手を作ると土の流出は止められます。それには当然植えるコストや手間がかかります。刈り取り後、夏に植える場合には、春から夏まで裸地なので、ヒマワリやマメ科の植物を植えることも対策となります。それぞれ対策にはお金や手間がかかり、サトウキビの収量にもかかわってきますので、そういう点を経済評価して、どの対策が最適なのか検討します。その前段階として、小熊宏之さん(環境計測研究センター)にカメラによるモニタリングで裸地になっている農地を抽出していただき、その情報をもとに林誠二さん(地域環境研究センター)に土砂流出の計算をしていただき、実際どの畑から大量に赤土が流出しているのかを調べます。その上で、日引聡さん・須賀伸介さん・岡川梓さん(社会環境システム研究センター)らを中心に対策の費用対効果を計算していただき、全体としての対策の最適化をはかっています。もちろん、生物センターの研究者にも協力してもらい、サンゴが回復するのに必要な赤土流出の削減量を検討しています。サンゴだけではなく、川の生き物やマングローブなどすべての生き物がうまく保全される策をまとめています。

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サンゴは、褐虫藻と共生しています。成長してサンゴ礁を形成し、そのサンゴ礁は多様な生き物のすみかとなると同時に、人間の居住場所も提供します。また、褐虫藻は光合成を行って、他の生物の食べ物を提供しており、サンゴ礁にすむ魚などの生き物は人間にとって漁業資源となります。現在、サンゴ礁は、地球温暖化などのグローバルな要因と、土砂流入などローカルな要因の両方の影響を受けて衰退しています。このように、サンゴ礁は学際的な多種多様なアプローチが可能かつ必要とされる対象です。茅根創(東京大学教授)提供

生態系サービスを可視化して自然資本を保全

三枝

サトウキビを育てている農家など現場ではどういう反応がありますか。

山野

赤土の流出を止めなければいけないというのは昔からの問題としてあるのですが、どうすればいいかわからない。そもそもどういう条件なら対策をしてもよいかもまだ明確ではありませんでした。対策を行う動機を明らかにするための社会条件の調査も必要です。また、沖縄の開発の歴史や、高齢化の問題やそもそも離島ですと人口減少の問題もからんでいます。

三枝

そこまでいろいろな問題が重なっているのですか。

山野

赤土流出は問題としては単純なのですが、背後にいろいろあるなというのを改めて感じています。当面は補助金などの資金を投入してその範囲内でどういう対策ができるかを検討しなくてはならないと思いますが、まさに『地球温暖化の事典』に書けなかったことなのですが、ゆくゆくは、サンゴ礁の価値とサトウキビの収量を考慮した生態系サービスのトレードオフも考えなければいけないと思っています。生物センターで生態系サービスをきちんと可視化・価値化して、それを経済のなかに組み込むという作業が必要でしょう。生態系サービスを可視化でき、たとえば観光面で価値があるのでしたら、観光客に入島税のような形で少し資金を出してもらい、それを対策にあてるという仕組みができるのではないかと思います。自然資本の活用を維持した形で保全するには、生態系サービスの可視化が必要不可欠だと思っています。

温暖化により海水温が上昇すると、サンゴ分布は北へ拡大し、南の方では縮小します。生き物の変化に伴って生態系サービスも変わってきますから、地域の人の変化に対する認識についても興味があります。これは温暖化の適応にもかかわる問題で、変化したものをどう受け止めてどういうアクションをとるかという、人の認識まで踏み込んだ研究ができればと考えています。

三枝

確かに生態系サービスという言葉は研究者向けではありますが、そこで生活している人にとっては、観光資源としていくらになるかとか、漁業をしたときの発展性はどうかなど、自分たちの生活とのかかわりに訳してくれるほうがわかりやすいかもしれませんね。

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山野

生態系サービスの議論で重要なのは、受益者が誰かということではないかと思います。生態系サービスには、CO2固定や木材の利用などがありますが、そのサービスの受け手はまったく違っていて、CO2固定は全人類ですが、木材の利用ですとローカルの人々です。その受け手の違いを意識して、地域にとってそれがどれくらいの価値があるのかというのをきちんと出さなければならないでしょう。生態系の保全は基本的に地域の視点で進めないといけない問題です。機能を価値に単純換算すると全体の重要性はわかっても説得力がないので、人がどう認識するのか、地域としての重要性を詰められないかなと思っています。

三枝

地理的に離れたところに住んでいる人が、沖縄には美しい海があってほしいとか、インドネシアには大きなオランウータンが棲んでいてほしいなど、ある種の期待感をもっていることがあります。そういう抽象的な感覚についてはどうやって生態系サービスの評価をするのですか。

山野

保全するにはいくら払いますかというようなアンケートをするとか、仮想評価法(Contingent Valuation Method: CVM[1])を用いた研究が行われています。また、遠いところを意識するのは、サプライチェーン[2]が非常に大切だと思います。資源循環・廃棄物研究センターと共同で、サプライチェーンが生物多様性に与える影響を明らかにする研究を進めたいと思っています。最近の生物多様性データベースの充実により、こうした解析はやりやすくなっていると思います。

他分野の人との連携には成功例を示して興味をもってもらう

三枝

お話を聞いていて、山野さんは、新しい問題にたいへん素早く対応できる方であると感じました。一方、研究の規模が広がっていくと、どうしても多くの人に協力していただく必要も出てくるかと思います。山野さんご自身が人材育成をすることはありますか。

山野

今まであまり意識してなかったのですが、他分野の人と連携して行うときに私がやっていることは、とにかく自分が面白いと思うことを見せることかなと思います。それがみなさんの刺激になればいいかなと。サンゴは、生物学や地学など多分野からアプローチできますし、サンゴが衰退している原因は陸域にあったり温暖化だったりします。ですから、サンゴは非常に学際的な対象です。サンゴを保全するためにこういうアプローチで進めたいので、沖縄に行きましょうと言うと、のってきてくれる方がいます。興味をもってもらい、違う視点で見てもらうと私も面白いので、フィールドをともにすることは学際的な研究を進める上で非常に大事だと思います。

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生き物から見た三社会統合

三枝

『地球温暖化の事典』に限らず、もし個別に本を書くことができるとしたら、どのような本を書いてみたいですか。

山野

私の場合どうしてもサンゴをまずイメージしてしまうのですが、生き物と人間社会とのかかわりについて書いてみたいと思います。サンゴなど人間以外の生き物からみた、循環型社会・ 低炭素社会・自然共生社会や三社会統合という視点があってもいいかなと思います。たとえば、サンゴの場合、温暖化の影響(低炭素社会)は明らかです。循環型社会に関してはサプライチェーンの問題や廃棄物の問題があります。これは島嶼国で顕著です。島嶼国では物は入ってくる一方でうまく戻っていかない。たまったものはいずれごみになってしまいますが、適切な処理ができないため、そのまま川や海に捨てられてしまいます。島嶼国の海の重金属を分析してみると非常に高い値が出ることがあり、おそらくそれでサンゴが死んだりしていると思います。汚染の問題はわれわれ自身の安全安心にも大きくかかわっています。そして三つめの自然共生社会、これは生き物の目からは重要性は説明するまでもないでしょう。サンゴに限らず、さまざまな社会を生き物という切り口で見ていくのも面白いかなと思います。

脚注

  1. 環境を守るために支払っても構わない金額(支払意思金額)を尋ねることで、環境の価値を金額として評価する手法。
  2. 原材料・部品の調達から、製品やサービスが消費者に届くまでの全体的な流れ。

*このインタビューは2015年7月30日に行われました。

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