2015年11月号 [Vol.26 No.8] 通巻第300号 201511_300001

衛星ライダーを利用して森林の樹高やバイオマスを高精度に計測できる技術を開発

  • 国立環境研究所 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 高度技能専門員 林真智
  • 国立環境研究所 地球環境研究センター 副センター長 三枝信子
  • 国立環境研究所 地球環境研究センター 主席研究員 山形与志樹
  • 北海道大学大学院 農学研究院農林環境情報学研究室 教授 平野高司

1. 背景

二酸化炭素が主要な温室効果ガスであることからもわかるように、炭素の動態は地球温暖化と密接に関係しています。そのため、森林に蓄積されている炭素量を計測可能な技術は、炭素の循環過程の解明や地球温暖化を抑制する仕組み(REDD+[注]など)を構築するためにも重要です。従来は、現地で1本ずつ樹木の太さや高さを計測する方法が採られていましたが、これは非常に労力がかかるため、近年は衛星データを利用することで効率的に広域を観測する方法が採られることも多くなりました。しかし衛星データにも、炭素蓄積量の多い森林では計測精度が十分ではないなどの問題点もありました。そこで国立環境研究所では、衛星ライダーというセンサを利用することで、高い精度で森林の物理量(樹高や森林バイオマス)を計測できる手法を開発しました。

衛星ライダーとは、衛星から発射したレーザ光で地表面を照射し、その反射光を観測することで地表面の情報を得るセンサです(図1)。今までに実用化された衛星ライダーとして、2003年から2009年にかけてNASAが運用していたICESat衛星があります。この衛星は、軌道の直下を170m間隔で約60m径の範囲を照射し、ほぼ全球をカバーしています。

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図1衛星ライダーによる観測の模式図。約60m径の範囲をレーザ光で照射して、地表から反射されたレーザ光強度の変化を波形として記録している。この例では、最も高い樹冠からの反射で信号が始まり、最も低い地面からの反射で信号が終了している

今回開発した手法により、現地での計測をほとんど必要とせずに、10,000km2あたりおよそ1,700点もの炭素蓄積量に関係した森林の物理量の計測データを収集できます。これは、炭素循環過程の解明やREDD+において有効なツールとなります。また、国立環境研究所では温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)による計測データに基づいて炭素排出量の分布を地図化する研究を進めていますが、それを検証し高精度化することにも利用できます。

2. 計測技術の開発

炭素蓄積量を直接計測することは困難なので、実際には、まず、樹高や森林バイオマスを計測し、その値を炭素蓄積量に換算する方法がしばしば用いられます。森林バイオマスとは樹木の乾燥重量のことで、炭素重量はその約半分であるため、容易に炭素蓄積量に換算できます。

北海道とボルネオ島の森林をテストサイトとして技術開発を行ったところ、衛星ライダーが観測した波形の特徴量を複数組み合わせて利用することで、樹高と森林バイオマスを高精度に計測できる手法を開発できました。その計測精度(自乗平均平方根誤差)は、樹高については約4m(北海道:3.5m、ボルネオ島:4.0m)、森林バイオマスについては1haあたり約40トン(北海道:41.2トン、ボルネオ島:38.7トン)でした(図2)。

特に熱帯の森林では樹高や森林バイオマスが高いことが多く、今回のテストサイトであるボルネオ島では、平均樹高30m、平均森林バイオマスが1haあたり300トンといった森林資源豊かな林分もありましたが、そのような森林でも精度が低下することなく計測できました。これは、他の衛星センサを利用する従来の手法では高バイオマスの熱帯林では正確な計測が難しかったのに対して、本技術により計測精度を大幅に改善できることを意味しています。また計測地点数は、北海道では約13,800ヶ所、ボルネオ島では約128,000ヶ所もの膨大な数にのぼりました。

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図2ボルネオ島において衛星データから推定した樹高(左)および森林バイオマス(右)の値と、地上調査により収集した検証データの値との比較

3. 計測技術の利用

衛星ライダーによる樹高計測技術を応用して、2004年に台風被害を受けた北海道の森林の樹高変化を計測しました(図3)。その結果、カラマツ林で特に被害が大きく、平均で35%もの樹高低下が計測されました。これは、カラマツの根が浅く、風倒害に弱いためと考えられます。また、どのような地理条件の場所で風倒害のリスクが高くなるかといった定量的な評価も行うことができました。同様に樹高計測技術を応用して、2004年から2007年にかけてのボルネオ島の森林消失率が年間2.4%であることを算定することにも成功しました。この時期はエルニーニョの影響で特に森林消失が激しかったとはいえ、約8,600km2という広島県に匹敵するほどの面積の森林が毎年のように失われていることになります。

また、森林バイオマス計測技術を応用して、ボルネオ島の森林バイオマスの空間分布を把握するとともに(図4、5)、ボルネオ島の森林バイオマス総量は1.034 × 1010トンであることを明らかにしました。

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図32004年の台風18号の前後における、北海道苫小牧周辺の森林の樹種別の平均樹高変化。広葉樹と比較すると針葉樹は樹高低下が大きかったこと、中でもカラマツの樹高低下が著しかったことがわかる。写真は、台風により風倒被害を受けた苫小牧国有林のカラマツ林の様子 [クリックで拡大]

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図420kmメッシュごとに平均を計算した、ボルネオ島の森林バイオマスの空間分布。島の北東から南西にかけて分布する脊梁山地に沿って高バイオマス林分が分布していることなどがわかる

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図5ボルネオ島において州別に見た森林バイオマスのヒストグラム(度数分布図)。北カリマンタン州やブルネイには森林バイオマスの高い林分が多いことなどがわかる [クリックで拡大]

4. 今後の展望

今回の研究開発により、現地での計測をほとんど必要とせずに数万点から数十万点の樹高や森林バイオマスの計測データを、衛星観測により取得できることが示されました。この技術は、炭素循環過程の解明やREDD+の遂行などに応用できます。今回の研究で利用したICESat衛星はすでに運用を終えており、現段階で利用できる衛星ライダーはありませんが、NASAやJAXAが新しい衛星ライダーを計画しています。例えば、JAXAが推進しているMOLI計画は、国際宇宙ステーションの実験モジュールに森林観測に特化した衛星ライダーを設置する計画で、ICESat衛星に較べて高精度に森林を観測できると期待されています。今後、衛星ライダーは森林の広域観測において不可欠な役割を担うことが期待されます。

脚注

  • 途上国における森林減少・森林劣化からの排出削減および、森林の炭素蓄積の保全、森林の持続可能な管理、森林の炭素蓄積の強化活動

この内容は、2015年9月14日付でTaylor & Francis 発行のジャーナル「Carbon Management」オンライン版に掲載されるとともに、国立環境研究所から9月18日付で記者発表されました。

発表論文
Hayashi M., Saigusa N., Yamagata Y., Hirano T. (2015) Regional forest biomass estimation using ICESat/GLAS spaceborne LiDAR over Borneo. Carbon Management, 6(1-2), 19-33, http://dx.doi.org/10.1080/17583004.2015.1066638
Hayashi M., Saigusa N., Oguma H., Yamagata Y., Takao G. (2015) Quantitative assessment of the impact of typhoon disturbance on a Japanese forest using satellite laser altimetry. Remote Sensing of Environment, 156, 216–225, http://dx.doi.org/10.1016/j.rse.2014.09.028
記者発表
http://www.nies.go.jp/whatsnew/2015/20150918/20150918.html

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