2015年11月号 [Vol.26 No.8] 通巻第300号 201511_300002

2°C目標の達成に向けて —ネガティブエミッション(温暖化緩和策と社会ニーズの架け橋)に関する国際ワークショップ報告—

  • GCPつくば国際オフィス 事務局長 SHARIFI Ayyoob(シャリフィ アユーブ)
  • GCPつくば国際オフィス 代表(地球環境研究センター 主席研究員)山形与志樹

2015年9月2日から5日まで、グローバルカーボンプロジェクト(GCP)つくば国際オフィス、北海道大学、国際応用システム分析研究所(IIASA)、気候変動に関するメルカルトル研究所(MCC)が共催し、標記ワークショップを北海道大学で開催した。国立環境研究所からは4名(伊藤昭彦、SHARIFI Ayyoob、山形与志樹、横畠徳太)が参加した。

2014年、全球の大気中二酸化炭素(CO2)濃度が年平均値ではじめて400ppmを超えた。温暖化を防止するためには、産業革命前と比較して全球平均気温の上昇を2°C未満に抑え、温室効果ガス濃度を安定化させなければならないのだが、このことは、このままでは、確実に一時的に安定化目標より高い濃度レベルに達してしまう(オーバーシュート)ことを示している。大気中の温室効果ガス濃度を安定化させることはできるのだろうか。地球温暖化の緩和策(広兼克憲「地球環境豆知識 [29] 緩和策と適応策」地球環境研究センターニュース2014年6月号)でカギになるのは、カーボンニュートラルなバイオエネルギー(植物由来の原料の場合、植物の生長過程で光合成によるCO2吸収量がバイオマスを燃やしたときのCO2排出量を相殺する)とエネルギー生産時の炭素を回収貯留するBECCSとを組み合わせたネガティブエミッション(NE)である。化学工学的技術や広域での植林、土壌のCO2吸収など大気中CO2濃度を直接回収する方法についても議論されている。NEは気候管理において有効策と見なされているが、一方で、社会経済的・技術的な側面や気候シナリオにおいて不確実な部分も残っている。こうした不確実性への取り組みの一環として、GCPつくば国際オフィスではMaGNETプロクラムを立ち上げ、2013年東京で行われたMaGNETを紹介するワークショップなど、これまでいくつかのイベントの開催を支援してきた。今回のワークショップでは、さまざまなネガティブエミッション技術(NETs、加藤悦史「地球環境豆知識 [27] ネガティブエミッション技術」地球環境研究センターニュース2014年4月号)とその制約、持続可能な開発目標(SDGs)との相互作用やSDGsへの影響について特別セッションが設けられた。また、期間中、キャパシティビルディングとNEに関心をもつ北海道大学の研究者にこれらに関する最近の研究を紹介するため、MaGNETをテーマに半日のオープンセミナーを開催し、苫小牧CCS実験サイトの見学も実施した。

1. 研究発表と議論の主な内容

参加各国からNETsの実現に不可欠な技術に関する詳細な研究結果が発表された。全球および地域レベルのモデル研究の成果が報告され、日本と韓国で現在進められているCCS実験プロジェクトも紹介された。日本のCCSサイトは3日目に見学の機会が設けられた(詳細は下記コラム)。韓国のCCSプロジェクトでは、2020年に予想される国内のCO2排出量を30%削減することが可能となる。どちらのサイトもCO2処理の安全性の確保と漏れ防止のための取り組みが紹介された。

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パネルディスカッションの様子

NETsは、気候安定化に重要な役割を果たし、産業革命前と比較して全球の平均気温上昇を2°C未満に抑え、地球温暖化を防止するという目標達成に貢献する可能性があることが議論された。NETsは非常に注目されているが、植林やバイオエネルギーなど陸域関連のNEについては課題もある。今回のワークショップでは、CCSとBECCSが、IPCCの低位安定化シナリオの多くで必要不可欠とされている効果的な排出削減策として取り上げられた。BECCSを入れないモデルの開発も可能であるが、BECCSを用いることで目標達成のためのコストを大きく削減できる。大気中CO2の直接回収や風化促進(自然の化学風化を人工的に促進しCO2と反応し除去する技術)、植林、鉄散布による海洋肥沃化、土壌炭素吸収、バイオ炭などの可能性についても議論された。NETsをグローバルに展開するときに障害となる社会的・生物物理学的・経済的制約について詳細な報告があった。さらに、前述の技術が、陸域、水圏、養分、アルベド(反射率)、エネルギー、コストに及ぼす影響についての情報が共有された。実現可能性が高いものもあるが、どのNETsについても限界はある。また、NETsは短・中期間において、気候変動の思いきった緩和策の代用や、何の対策もしないケースが引き起こす多くの(なかにはまだ知られていない)気候リスクに対処できるものとは考えられない。

さまざまなNETsの大規模な展開および、食糧安全保障(例えば、バイオマス原料の栽培のために土地の争奪を引き起こしかねない)などSDGsの対象となる社会的ニーズとの相乗効果やトレードオフに関する研究発表もあった。NEと気候変動の緩和策、SDGsの三者の取り組みが対立しないよう、補足的な政策が必要となる。モデルとSDGsのコミュニティは緊密な連携をさらに進め、それぞれの取り組みにおけるギャップと不十分な点を確認しなければならない。その連携により、モデルグループがSDGsに何を提供できるか、SDGsコミュニティはモデル処理とその結果の改良にどう貢献できるかが明らかになるだろう。

全球モデルが表しているものは現実に起こっていることを必ずしも反映してはいない可能性があることが参加者の間で確認された。したがって、ボトムアップの解析にトップダウン型が求めているものを組み込む必要がある。モデルコミュニティとガバナンスコミュニティが効果的に作用しあい、お互いの研究をよく知ることについて、方法論的な課題があることが重要なテーマとなった。科学と政策の架け橋となることを推進するだけではなく、NETsおよび、その社会的・政策的な意味合いについて理解を深めるために、社会科学とガバナンスを含めた統合された手法で研究を進めることが必要である。これにより、各国でNETsを広め、推進する可能性が高まることになるだろう。NETsを実施する際に起こり得る影響については、政府機関や現場の担当者の意見を踏まえた厳格な科学的評価が求められる。例えば、NETsの実現には技術的な専門知識と十分な財政投資が必要であり、そのために現状維持を余儀なくされているが、NETs市場でシェアを拡大したい石油会社やガス会社に好都合かもしれない。

2. ワークショップの成果

ワークショップで収集した貴重な意見は、MaGNET研究計画の今後の発展に利用していきたい。また、本ワークショップの議論に基づく論文の作成も検討している。

3. 今後の計画

今後のワークショップの計画が議論され、次回のワークショップが2016年の同時期に開催されることになった。次回はヨーロッパの機関が主催する予定である。

略語一覧

  • グローバルカーボンプロジェクト(Global Carbon Project: GCP)
  • 国際応用システム分析研究所(International Institute for Applied Systems Analysis: IIASA)
  • 気候変動に関するメルカトル研究所(Mercator Research Institute on Global Commons and Climate Change: MCC)
  • バイオマス燃料の利用とそれに伴う炭素回収貯留(Bio-Energy with Carbon Capture and Storage: BECCS)
  • 全球のネガティブエミッション管理(Managing Global Negative Emissions Technologies: MaGNET)
  • ネガティブエミッション技術(Negative Emissions Technologies: NETs)
  • 持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)
  • 二酸化炭素隔離貯留技術(Carbon dioxide Capture and Storage: CCS)

コラム苫小牧CCSサイト見学

苫小牧のCCSプロジェクトは日本で初めて進められているものです。2009年から2011年に苫小牧サイトの調査が行われました。2012年にデザイン、施設の建設、掘削などの準備作業が開始され、2016年初めからCO2隔離が実施できることになっています。2016年から2018年まで年間約10万トンのCO2の貯留が見込まれています。さらに2年後の2020年までモニタリング調査が継続されます。苫小牧サイトの見学は、実際にCCSプラントを立ち上げるときのさまざまな制度上の問題や経済的・技術的な側面に関する知見を得るいい機会となりました。CCSサイト担当者から詳細な情報を提供していただいたことに感謝の意を表します。

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*本稿はSHARIFI Ayyoobさんと山形与志樹さんの原稿を編集局で和訳したものです。原文(英語)も掲載しています。

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