2016年1月号 [Vol.26 No.10] 通巻第302号 201601_302001

DDPP報告シンポジウム2:低炭素社会をどう実現するか?

  • 国立環境研究所 社会環境システム研究センター フェロー/
    地球環境戦略研究機関 研究顧問 甲斐沼美紀子

1. はじめに

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2013〜2014年に公表した第五次評価報告書において、世界平均気温の上昇を産業革命前と比較して2°C未満に抑えるという2°C目標の達成のためには、2050年の世界全体の温室効果ガス排出量を2010年比41〜72%削減することが必要と示しています。また、2015年11〜12月にパリで開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)では、「パリ協定」を採択し、発展途上国を含むすべての国が協調して「世界の平均気温上昇を2°C未満に抑える」という目標に向けて、人間活動による温室効果ガス排出量を今世紀後半には実質的にゼロにしていく方針を打ち出しました。

COP21に先立って、各国は2020年以降の温暖化対策の国別目標案を国連気候変動枠組条約事務局に提出することが求められました。2015年11月29日時点で、184カ国(EUを含む)が約束草案[1]を提出し、184カ国の2012年時点の排出量は世界全体の96%を占めています。日本政府は2015年7月17日に、日本の2030年の温室効果ガス排出量を2013年比で26%削減するという約束草案を、条約事務局に提出しました[2]。しかしながら、現時点での約束草案の取り組み(排出量)だけでは、2100年には3°C以上の気温上昇が見込まれるので、2°C目標達成のためには、さらなる温室効果ガスの削減が必要とされています。

国立環境研究所では、みずほ情報総研と連携して、大幅な炭素排出削減に向けた道筋プロジェクト(Deep Decarbonization Pathways Project: DDPP)に参加し、我が国において2050年までに、1990年の温室効果ガス排出量と比較して80%の排出削減が見込まれる道筋を発表しました[3]。DDPPには16カ国が参加しており、全体の統合評価報告書も発表されています[4]。日本レポートでは2014年公表した日本シナリオに経済分析を追加し、より詳しく解析しています。DDPPの詳細は、「地球温暖化の事典」に書けなかったこと(地球環境研究センターニュース2015年11月号)などを参照して下さい[5][6]

DDPPでは、気候安定化に向けた低炭素社会の道筋を示しましたが、その具体的な実現方法については、まだまだ技術開発や実装手段の検討が必要です。そこで、国立環境研究所は、東京工業大学と共同で、2015年10月29日に東京工業大学キャンパス・イノベーションセンターにて、「DDPP報告シンポジウム2:低炭素社会をどう実現するか?」と題したセミナーを開催しました。このセミナーでは、温室効果ガス排出削減について、現場で取り組まれている方々にも講演して頂き、会場の方との意見交換を行いました。セミナーでの資料はウェブに掲載していますので、ご覧下さい[7]

2. 大幅削減に向けた日本の道筋

最初にみずほ情報総研の大城賢氏より、温室効果ガス排出量の大幅削減に向けた日本の道筋についての報告があり、DDPPの日本シナリオとして、2050年までに、温室効果ガスを1990年比で80%削減を可能とする3つのシナリオが検討されました。1つ目は現時点で想定できるすべての技術が利用可能としたミックス・シナリオ、2つ目は原子力を使わないシナリオ、3つ目は二酸化炭素(CO2)回収・貯留技術(Carbon Capture and Storage: CCS)の導入量をミックス・シナリオの半分に抑えたシナリオです[8]。いずれのシナリオも2050年では、省エネでエネルギー需要量を半分にし、残りの対策として炭素フリーのエネルギーを使用することにより、1990年比80%の温室効果ガスの削減が可能であるというものです。

80%削減シナリオでは最終エネルギー消費はほぼ半減しますが、電気ヒートポンプ給湯器や電気自動車の普及を見込んでいるので、電力消費量は2010年とほぼ同じ水準に維持され、総エネルギー量に対する電力のシェアは50%近くまで拡大することとなります。したがって、電気の低炭素化は不可欠です。また、電力供給においては、太陽光・風力発電比率が50%を超える水準となり、気象条件等に伴う出力変動のコントロールが課題となります。

温暖化対策の導入には追加投資が必要となりますが、その多くはエネルギー費用の削減により賄うことが可能です。また、我が国は化石燃料のほとんどを輸入にたよっており、2010年の輸入額は約18兆円ですが、再生可能エネルギーの導入などにより、2050年には8.1兆円程度までに削減できるので、低炭素社会の実現はエネルギー安全保障にも貢献します(図)。

figure

化石燃料輸入額の低減 化石燃料輸入額:2010年の5割未満に低下
再エネ拡大により、エネルギー自給率は30%以上に

3. 低炭素に向けた具体的取り組み

続いて、東京都環境局の木村真弘氏より、「東京都排出量取引制度から見えたCO2削減の可能性」についての報告がありました。東京都は、2000年に比べてエネルギー消費量を2020年までに20%、2030年までに30%削減するという目標を掲げ、大規模事業所への「総量削減義務」の実施、中小規模事業所の省エネの促進、家庭の節電・省エネの促進、自動車部門のCO2削減、環境都市づくり制度の導入・強化など、部門に応じたきめ細かい対策を実施しています。これにより、CO2排出量は2013年度までに基準年比23%という大幅な削減が達成されています。現在、さらなる削減のために、テナント評価・公表制度、省エネカルテのフィードバック、トップレベル事業の認定などが進められており、海外からも高い評価を受けています。

株式会社東芝の小林由典氏からは、「電気・電子機器によるCO2削減貢献」と題した報告がありました。東芝グループでは、2050年のあるべき姿として「地球と調和した人類の豊かな生活」を掲げて、「環境アクションプラン」を策定し、具体的な環境活動項目と、その目標値を管理しています。1993年度に最初の環境アクションプランを策定して以降、活動項目やガバナンスの対象範囲を拡大し、2013年度から開始した第5次環境アクションプランでは、4つのグリーンの柱を中心に取り組みを進めています。この4つの柱は環境調和型製品・エコプロダクツの普及、エネルギー供給側の低炭素化技術の普及、ものづくりでの環境対策・基盤活動としての人材育成、環境意義の向上活動です。それぞれの分野で対策が進められています。

東京大学生産技術研究所の岩船由美子氏からは「HEMS、BEMS[9]等を通じた取り組みとCO2削減の可能性」と題した報告がありました。省エネでの「見える化」と「機械制御」、再生可能エネルギー導入量を増やすために調整力を確保する「デマンドリスポンス」といったHEMS・BEMSの役割について説明がありました。BEMSはエネルギー管理だけでもコストが回収できるので導入が進みますが、HEMSはエネルギー管理だけでは費用回収が困難で、エネルギー以外の見守りなどの機能充実が必要となってきます。2050年は超高齢社会となっているので、HEMSがエネルギー削減のほかに高齢者を見守るような総合的な管理ができるものになれば、さらに導入が進んでCO2の削減にも貢献可能といった道筋が考えられます。

戸田建設株式会社の佐藤郁氏からは、「再エネ導入に向けた取り組み」と題する報告がありました。佐藤氏はもともと災害対策に取り組まれてきました。近年、計画規模を上回る豪雨による被害が各地で発生しており、土木技術者が造ってきたものが、あっという間に破壊されてしまうような気象状況が増えています。こうした状況は、このままでは益々増え、計画規模を上回る洪水の発生リスクはさらに高まると予想されます。佐藤氏は、やはり気象状況の原因を元から絶たなければということで風力発電に取り組まれています。また、再エネの導入を進めることで、化石燃料の輸入を減らすことができ、日本経済にも良い効果を与えることが期待されます。

4. 議論と今後の方向

当日は、経済的影響、技術的問題、原子力発電や石炭発電の見通しなどについて、フロアーから数多くのご質問・ご意見を頂きました。対策にはコストがかかりますが、省エネによってコストが回収できるものもあります。また再生可能エネルギーの導入によって化石燃料輸入額は大幅に減らすことができ、エネルギー安全保障に貢献します。そのためには、再生可能エネルギーで安定的に電気を供給するシステムの構築が重要となってきます。エネルギー安定供給(Energy Security)、経済効率の向上(Economic Efficiency)、環境への適合(Environment)+ 安全性(Safety)といった3E + Sを考慮して検討する必要があります。

インフラを整備するには数十年単位の時間が必要です。ビジネスの世界では、中期で3年という単位、R&Dの研究開発だと10年単位で考えられています。2050年の目標は、かなりトップダウン的に決めていくことが必要です。高い目標に向けて、次のビジネスにつながる技術を造りだすという考えの下で努力していくことが重要です。2050年とは遠い将来のことのように見えますが、今の中学3年生が50歳となるのが2050年です。次世代に、現在の環境を伝えていくために何ができるかを引き続き検討していきます。

photo

写真パネルディスカッションで、フロアーからの質問に答える筆者

脚注

  1. 締約国から提出されたINDC(Intended Nationally Determined Contributions)と呼ばれる「各国が自主的に決定する約束草案」で、ここでは「約束草案」と略記する。各国の約束草案: http://www4.unfccc.int/submissions/indc/Submission%20Pages/submissions.aspx
  2. 日本の約束草案の分析: http://www-iam.nies.go.jp/aim/publications/report/2015/miles_japan.pdf
  3. 2015年DDPP日本レポート: http://deepdecarbonization.org/wp-content/uploads/2015/09/DDPP_JPN.pdf。なお本研究は環境研究総合推進費2-1402の元で行っています。
  4. DDPP統合評価報告書: http://deepdecarbonization.org/reports-analyses/
  5. インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと、地球環境研究センターニュース2015年11月号
  6. 芦名秀一・大城賢「低炭素社会は実現できるか? 2014年DDPPセミナー及び環境省環境研究総合推進費2-1402報告会」地球環境研究センターニュース2014年12月号
  7. 2015年DDPPシンポジウム・プログラム: http://www-iam.nies.go.jp/aim/event_meeting/2015_ddpp/2015_ddpp_j.html
    2014年DDPPセミナー・プログラム: http://www-iam.nies.go.jp/aim/event_meeting/2014_ddpp/2014_ddpp_j.html
  8. ミックス・シナリオでは、CCS技術は2025年から利用可能であるとし、年間のCO2貯留量は、環境省2013年以降の対策・施策に関する報告書(地球温暖化対策の選択肢の原案について)より、2050年に200MtCO2/年まで増加すると想定されています。 https://funtoshare.env.go.jp/roadmap/from2013.html
  9. HEMSはHome Energy Management System、BEMSはBuilding Energy Management Systemの略で、HEMSは住宅向け、MEMSは商用向けのエネルギーの消費を監視/制御するシステムです。不安定な発電出力特性を有する再生可能エネルギーを大量に導入するためには、電力システムにおけるエネルギー需給調整力を確保することが必要となってきます。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP