2016年1月号 [Vol.26 No.10] 通巻第302号 201601_302003

気候変動の理解にむけて、アジアでの研究活動の一コマ —AsiaFluxワークショップ2015、国際写真測量リモートセンシング学会ワーキンググループVIII/3:気象・大気・気候分野合同会議参加報告—

  • 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 高度技能専門員 田中佐和子
  • 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 主任研究員 高橋善幸
  • 地球環境研究センター 副センター長 三枝信子

2015年11月22日から29日にかけて、インドの熱帯気象研究所(Indian Institute of Tropical Meteorology: IITM)において「AsiaFluxワークショップ2015、国際写真測量リモートセンシング学会ワーキンググループVIII/3:気象・大気・気候分野合同会議」が開催された。AsiaFluxはアジア地域における陸域生態系の二酸化炭素、水蒸気、エネルギーなどの物質収支に関する研究者のコミュニティで、定期的にワークショップが行われている。今回初めてインドで開催された。最近では、AsiaFluxに登録されるインドの観測サイト数も増え、これから観測を開始するグループも多く、インドでのフラックス観測に関連する研究分野の活動は年々盛んになってきている。国立環境研究所地球環境研究センターは、1999年の活動開始当初からAsiaFluxの事務局として、研究集会、若手育成を目的としたトレーニングコース等の開催支援やウェブサイト・データベースの管理を行っており、今回もインドの現地運営委員会と共同でワークショップの企画と運営を行った。参加者は、アジアを中心に計12カ国から約150名、国立環境研究所からは6名が参加した。今回のワークショップでは、南・東南アジアなど熱帯における観測結果と地上観測と衛星データを結び付けた解析結果の発表が多く行われた。なお、会議開催前には、3日間にわたり、観測技術の向上を目的としたトレーニングコースが行われ、約60名が参加した。このトレーニングコースはフラックス観測の分野における代表的な観測機器メーカーの一つであるLI-COR社の支援により開催された。ワークショップ期間中の企業展示には7社が参加し、各社の最新の製品の特徴をアピールしていた。

photo

写真1トレーニングコースの最終日、AsiaFluxや観測の意義についての講義風景

1. 1日目:プレナリー、熱帯の気候・炭素循環、リモートセンシング

まず、IITM所長Rajeevan氏(IITM、インド)、AsiaFlux委員長宮田氏(農業環境技術研究所、日本)とワークショップ実行委員長Chakraborty氏(IITM、インド)から開会挨拶と趣旨説明があり、気候変動の影響が懸念される熱帯アジア地域で、対策に向けた観測と研究の重要性が強調された。続けて3件の基調講演が行われた。最初に、フラックス研究の先駆者の一人であるVerma氏(ネブラスカ大学、アメリカ)が、ここ40年の微気象学の発展の過程、異なる土地被覆における観測結果の考察を述べ、今後の課題として多様な分野が協力して研究を行うことの重要性を示した。Dadhwal氏(インド宇宙研究機関、インド)は、インド国内の複数地点に設置された観測タワーにおけるフラックス観測の結果や、衛星リモートセンシングデータを利用した炭素収支量の推定結果を紹介した。Mondal氏(コロンビア大学、アメリカ)からは、インドで多くの人の生活の糧である農業を中心とした生活の気候変動に対する脆弱性についてリモートセンシングをベースにした解析結果が紹介された。次に熱帯の気候・炭素循環についてのセッションが行われた。Liang(国立環境研究所、日本)は、マレーシア・パソ研究林での土壌呼吸の観測結果から、土壌水分量が森林の炭素量を左右する鍵であることを述べた。その他に、マレーシアの熱帯雨林でのフラックス観測結果、インドネシアの泥炭地では火災後に、二酸化炭素の吸収源から放出源へと変化したことの報告などが紹介された。ディスカッションでは重要な生態系において各サイトにおける観測研究を推進することに加え、データ共有に基づく統合解析の推進が大切であることが強調された。リモートセンシングのセッションでは、地上でのフラックス観測の結果に基づく生態系の炭素量推定、渦相関法のデータと生態系モデルを利用して広域化した結果と衛星データとの比較研究など、インドの研究者らを中心に衛星デ―タを利用した研究が数多く紹介された。

2. 2日目:土壌-植物-大気プロセス、モンスーン、農業の持続可能性

はじめに、土壌-植物-大気プロセスについてのセッションが行われた。Grace氏(エディンバラ大学、イギリス)は、物質循環・気候変動関連の研究を紹介し、実験・長期観測の積み重ねの重要性を強調した。このセッションでは、国立環境研究所の寺本が九州で観測した土壌呼吸が温暖化によりどう影響を受けるかについての実験結果について、平田が熱帯の生態系モデルにおける土壌サブモデルの改良について紹介した。これらの他には、インドネシア、チベットにおける土壌からの温室効果ガス観測結果、インドとベトナムのマングローブ林におけるメタンフラックス観測の比較研究結果などが発表された。モンスーンに関するセッションでは、Paw U氏(カルフォルニア大学、アメリカ)により、渦相関法による最新のフラックス観測やモデルの限界と課題について基調講演を行った。農業の持続可能性に関するセッションでは、Kim氏(ソウル大学、韓国)が米の生産量を増やすことで飢餓を減らし、かつ、水田からの温室効果ガスの発生を抑えることを考慮したシステムの可能性をフラックスなどの指標を使い考察した結果を発表した。

ポスターセッションは1日目と2日目に開催され、インドからの参加者、若手参加者によるものが多かった。2日目のセッション終了後、フラックス観測、モデル、フラックスにかかわる農業分野、大気汚染分野でそれぞれシニアの研究者をゲストに招いた若手会があり、活発な質疑応答が行われた。国を越えて、また世代を越えてつながりを作るよい機会となった。

3. 3日目:大気化学、モデル、統合解析

大気化学のセッションでは、Hewitt氏(ランカスター大学、イギリス)が、マレーシアで森林から油やしプランテーションに土地利用が変化したことで、プランテーション上空の大気で揮発性有機化合物(VOC)が増加していることを示した。モデルの予測結果から、仮に大気中の窒素酸化物(NOx)が北米・ヨーロッパの都市レベルの濃度に達すると、結果的に地上のオゾン濃度が人体に影響を与えるレベルになると警告した。二酸化炭素やメタンの観測とモデルのセッションでは、Sitch氏(エクセター大学、イギリス)が、アジアで大気の組成変化が生態系や物質循環に与える影響について、モデルの解析結果をもとに基調講演を行った。アジア地域の温室効果ガス統合解析のセッションで、佐伯氏(海洋研究開発機構、日本)が基調講演として、トップダウンアプローチ[1]を利用して得たアジアの炭素量の推定結果を紹介した。その他に、人工衛星に搭載されているMODIS[2]の植生指標を利用して東アジアの光合成総生産量の推定結果、インバースモデルを利用したアジア地域のメタン推定結果などが紹介された。

4. おわりに

今回は、初のインドでのワークショップで、南アジアを含めたアジア全体での炭素量推定の解析結果や、インドと周辺地域での研究結果が数多く紹介された。南アジアは国際的にみても観測データの集積が進んでいない地域であるが、今回の会議をきっかけに、今後の国際共同研究の発展やデータ共有の加速につながることを願う。インド国内で国際会議を開催するために2年前から準備を始める必要があったり、ビザの手続きがあったりなど今までと比較すると大変なことが多かった。しかし、アジアにおいて経済成長の著しいインドの研究機関・研究者と強いつながりをつくることのできた今回の会議は、AsiaFluxのネットワーク強化としては大きな前進であった。

photo

写真2ワークショップ参加者全体集合写真

脚注

  1. トップダウンアプローチ https://www.nies.go.jp/kanko/news/33/33-1/33-1-04.html
  2. MODIS(Moderate Resolution Imaging Spectroradiometer: 中分解能撮像分光放射計) http://modis.gsfc.nasa.gov/

関連記事

これまでのAsiaFlux Workshop(2008年度以降)に関する記事は以下からご覧いただけます。

インド熱帯気象研究所(IITM)とインドの町

田中佐和子

今回のワークショップの会場はIITMであった。IITMは、インドの天気予報を提供しており、研究所の正門には本日の大気質や温度などが表示されていたり(写真3)、施設内の数か所に気象観測機器が設置されていたりした。

最近インドの経済成長率は中国を抜きアジアでトップになったと報道され、AsiaFlux関係の研究活動に関わるインドの関係者、観測サイト数も増加している。IITMの会議場はきれいに整備されていたが、一歩外に出ると車、バイク、リキシャ、自転車、人が忙しく行きかい、空気が汚かったので、地球観測や研究活動を盛んにしていくことで、経済成長とともに環境管理が共存していってほしいと感じた。

photo

写真3IITMの正門。本日の大気質が表示されている

photo

写真4車、バイク、リキシャが行き交うインドの道路

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP