2016年2・3月号 [Vol.26 No.11] 通巻第303号 201602_303006

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 10 植生と気候の相互作用の解明—陸面過程のより普遍的な理解を目指して—

  • 高田たかた久美子さん
    国立極地研究所 国際北極環境研究センター 特任研究員/地球環境研究センター 共同研究員
  • インタビュア:広兼克憲(地球環境研究センター 交流推進係)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または地球温暖化研究プログラム・地球環境研究センターの研究者がインタビューします。

第10回は、高田久美子さんに、地球温暖化が高緯度地域の土壌と植生に与える影響などについてお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
3.10 植生と土壌
次回「地球温暖化の事典」に書きたいこと
炭素循環、植生-気候相互作用

植生と土壌、北極圏からアジアモンスーン地域まで

広兼

『地球温暖化の事典』では「植生と土壌」の執筆を担当していただきました。高田さんは地球環境研究センターの共同研究員ですが、所属は国立極地研究所国際北極環境研究センターとお聞きしております。北極には土壌も植生もないと思いますが、この関係の研究はできるのでしょうか。

高田

北極といっても北極海だけでなく、周辺域も含めた「北極圏」が研究対象になりますので、凍土や積雪、寒帯林なども含まれます。私は、大気大循環モデル(General Circulation Model: GCM)の陸面過程の研究をしてきましたので『地球温暖化の事典』で「植生と土壌」を担当させていただきました。北極圏には、シベリアなどに存在する永久凍土や、北半球の高緯度の陸地で数ヶ月にわたって大きく広がる積雪など、地球規模の気候とって大事な要素があります。

広兼

元地球環境研究センター総括研究管理官の井上元さんが、永久凍土とメタンの発生に関する研究を行っていました。

高田

温暖化で凍土が融けてメタンが発生し、温暖化を加速するのではないかという問題は、最近改めて注目されていますね。私も学生の時にメタンの分析に携わっていましたから、どういう研究が進められているのか、いつも興味をもって見ています。

広兼

学生時代の専攻は化学ですか。

高田

もともとは物理で、太陽光や月光の吸収スペクトルを用いた窒素酸化物(NO2やNO3)の測定に取り組みました。光を使って微量成分を測ることからはじめ、次にメタンの分析やガスクロマトグラフィでの分析を行い、就職したときに、地球温暖化予測の研究というテーマを与えられ、そのなかで、陸面過程を担当することになりました。振り返って見ると、どれも地球温暖化に繋がるテーマに携わってきていますね。

広兼

いろいろな分野を経て、陸面過程の担当になられたのですね。北極圏に属しているグリーンランドについても研究されていますか。

高田

グリーンランド氷床そのものについては研究していませんが、氷床上の積雪がどのように変化するのか、ということは調べています。2012年7月、グリーンランド氷床表面の全面融解が起こりましたが、氷床表面の状態は氷床全体の増減に影響します。温度が上がると積雪の粒は大きくなるという性質があって、粒が大きくなると積雪のアルベド(日射の反射率)が下がるので、さらに温度が上がって融解を加速させます。温暖化予測の気候モデルのなかで、そういった効果を陸面過程の中にきちんと入れていくよう、モデルの改良に取り組んでいます。

広兼

『地球温暖化の事典』では、熱帯林の植生について記述がなかったように思いますが、高田さんの研究対象は主として高緯度の植生でしょうか。

高田

最近の主な研究対象は高緯度地域ですが、私が扱っている陸面過程のモデルはGCMに入っていますから、高緯度だけではなく全球のあらゆる陸上できちんとシミュレーションできているかとか、中緯度の気候にどういう影響を与えるかなども調べています。極地研に移る前は、海洋研究開発機構で産業革命以降の耕地化(森林を農地にする)が、アジアモンスーン域の気候にどんな影響を与えるかという研究をしていました。アジア域では過去300年でインド亜大陸や中国東南部が耕地化していますが、これらの地域で夏にモンスーンによる降水が減少するほか、雨季の開始時期が遅くなることがわかりました。

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図1耕地化がアジアモンスーン域に与える影響 [クリックで拡大] 出典:「産業革命以前の農業活動が気候変化に与えた影響を気候モデルで再現」海洋研究開発機構・名古屋大学プレスリリース2009年6月2日 http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20090602/

土地利用変化が環境に与える影響

広兼

中国では、洪水対策・土壌侵食対策などを背景に、植樹などにより植生を回復させていると聞いています。都市の緑化や中国での緑化は気象や地球環境に影響を及ぼすでしょうか。

高田

中国では緑化のほかにも黄河などで灌漑が大規模に行われています。灌漑をしている黄河流域のある盆地の中では雲が立たなくて周囲の山地で雲ができます。耕地化の研究プロジェクトの一環で、その盆地で灌漑をしなくて土壌水分はカラカラになった場合の状況変化をシミュレーションした研究では、盆地内で地面が温められて積乱雲ができてしまうという結果が得られています。土地利用変化が起こると、その地域には影響があるということがわかります。都市のように小さいスケールでも、緑化した地域と周辺くらいの範囲には十分に影響を及ぼします。

広兼

緑化するとアルベドはどうなりますか。

高田

森林は草地や乾いた土壌よりもアルベドが小さいので、より多くの太陽光を吸収するようになります。そのため、葉が増える効果も含めて蒸発散量が増えますが、地中深くの根から吸い上げた水分を蒸発散に使うことができるようになるので、地表面の温度は上がりにくくなると考えられます。逆に、耕地化や森林伐採で森林が草地になるとアルベドが大きくなって地面に入ってくる熱は減りますから、地面を冷やす方向に働きます。しかし、地表面に近い土壌水分が蒸発してしまうので、エネルギーと水の交換のバランスとしては、顕熱フラックスという熱輸送が盛んになり、地面温度は上がるという結果になることが多いです。

広兼

森林が草地化すると、反射は多くなると同時に顕熱輸送が支配的になって(潜熱輸送が少なくなり)、暑くなるということですね。

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自然環境だけではない、砂漠化の原因

広兼

広義の土壌には砂漠やステップ等植生がまばらなものもありますが、植生があまりないと研究対象にはならないのでしょうか。

高田

そんなことはないです。砂漠やステップでも大気と陸面の間で熱と水の交換はありますから、同じように大事です。また、温暖化したときに砂漠やステップなどの土地被覆状態がどう変化するのかも重要な問題です。ですから、そこでどのように地表面の熱・水交換が起こっているのかを知る必要があります。砂漠化は自然に草が生える環境かどうかということだけでなく、過放牧など社会的な条件が重なって変化するとも言われていますので、社会学的な研究との連携も必要になってくるでしょう。モンゴルは過放牧による砂漠化が問題になっている地域の一つですが、半乾燥地域であると同時に寒いところなので、寒波によって大雪になると草が埋もれて家畜が食べられなくなってしまい、大量に餓死してしまったりするそうです。半乾燥という気候条件、寒波の影響を受ける地域性、放牧という畜産スタイルが絡み合っていて、自然環境と社会環境の接点にある問題だと思います。

広兼

砂漠化にも様々な要因があるというわけですね。

永久凍土が融解したら…

広兼

凍結すると土壌の熱伝導率が上昇するとのことですが、それはどういう影響につながるのでしょうか。逆に、永久凍土が融けると熱伝導率が下がって何が起きるのでしょうか。

高田

氷の熱伝導率は水の4倍くらいなので、永久凍土が融けたら1/4くらいに下がり、熱の伝わり方が遅くなります。

広兼

ということは、永久凍土(氷)のままで熱を伝えやすい状態の方が土壌の中に熱が流れていくので、温暖化を抑制する方に働くということでしょうか。

高田

熱の出入りだけを単純に考えたらそうなりますが、凍土の氷がどのような形で含まれているかによっても熱の伝わり方は変わるので、それほど単純な変化にはなりません。また、凍土が融けたらどういう状態になるかというのは、熱の出入りだけでは判断できません。やはり水の動きがどう変わっていくかを考慮しなければなりません。というのは、凍土はほとんど水を通しませんが、融解すると水を通すようになり、積雪・凍土の融解水や雨水の浸透する量が変わります。どの深さまで融解したかによっても、地表面付近がどれくらい湿るかずいぶん変わると言われています。

広兼

一概には言えないということですね。

高田

そうですね。地表面近くまで永久凍土があると、そこで水はせき止められて、降ってきた雨もその上の範囲内でしか溜まることができませんが、永久凍土が少し融けると、もうちょっと深いところまで雨が入るようになり、地表面が乾くのではないかという説があります。一方、シベリアの永久凍土帯には、氷期・間氷期スケールの振動でできたアイスウェッジ(ice wedge、氷楔(ひょうせつ))という氷の塊があちこちにあり、深いところだと数10mくらいくさび状に地中に入っています。アイスウェッジが融けると全部水になってしまいますから、地面が落ち込んで大きな池ができる場合もあります。結局どっちに転ぶかまだよくわかっていない部分がたくさんあります。

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写真海岸で露頭に現れたアイスウェッジ(氷楔(ひょうせつ))。(上)周りの土壌が氷に押されて地層が曲がっている。(下)高さは数m(近くに立っている人と比べて)。カナダ・イヌーヴィック近郊のPelly島にて、1998年6月撮影

永久凍土にも地下水はある?!

広兼

地下水は、日本の場合10〜15°C程度で温度が一定していますが、シベリア等の永久凍土地域ではどうなっているのでしょうか。

高田

日本の地下水の温度は実は日本の年平均気温に近いのです。それは日本だけではありません。地表では、冬は寒くて夏は暑くなるという季節変化をしていますが、地中奥深くに入るにしたがって振れ幅が小さくなります。そしてある深さのところでほとんど変化しなくなり、その温度が0°C以下になっていると、そこには永久凍土がある。当たり前のようですが。永久凍土域では、冬は全部凍っていますから地下水はありません。春になると上から融けていきます。ヤクーツクのデータを使って土壌モデルで計算した結果によると、暖かくなると0°C以上の部分は凍土が融けて、水が溜まってきます。夏になると、地表から2mくらいまで融けて水が入っています。この水は、氷の面のすぐ上に溜まっていますから、地下水みたいな状態になっています。このように、永久凍土では常に地下に水があるわけではないです。同じ凍土帯でもハバロフスクは季節凍土になっていて、冬には地表から凍っていきますが、夏は全部融解してしまうので、おそらくどこかに地下水があると思います。ハバロフスクでは地下に永久凍土がなく、年平均の気温、地温も0°C以上になっています。

広兼

意外とシンプルですね。

高田

はい、原理原則を突き詰めていくと、意外とシンプルなストーリーになります。科学の醍醐味ですね。

近い将来の課題:植生と気候の相互作用の解明、従来の理論の見直し

広兼

次回、『地球温暖化の事典』を執筆するとしたら、書きたい内容はありますか。

高田

私が書くというより、こういうことが載せられるようになっているといいなと思うのが、炭素循環や植生-気候相互作用の問題です。地球温暖化は二酸化炭素(CO2)がどのくらい大気中に増えるかということで起こっているわけですから、炭素循環はその根源部分の問題だと考えています。炭素循環がどうなっているかということを、さらに解明する必要があると思います。

広兼

“どうなっているか”(現状)ですか? “どうなっていくか”(予測)ではなくて?

高田

両方です。“どうなっているか”も、わからない部分がまだたくさん残っています。“どうなっていくか”に関しては、さらに不明な部分が多く残されていると思います。このシリーズの第6回で三枝信子さんが詳しくお話されているように、地上でのCO2フラックスのやりとりについてはかなりネットワーク化され、グローバルに把握できるようになりつつあります。土壌炭素については、知見、データ、ノウハウが蓄積されていますが、それらがまだ組織化されていないと感じています。体制が整えられて、グローバルにどうなっているかを把握できるようになっていってほしいと思います。植生と気候の相互作用については、動態植生[1]を入れた地球システムモデルによる研究が急速に進んでいるところで、国立環境研究所が参加しているMIROC(Model for Interdisciplinary Research on Climate)グループの結果も含め、IPCC第5次評価報告書でいくつか結果が出ていますが、十分に信頼できる精度には至っていないのではないでしょうか。この分野は、今後一番研究として面白いし、社会からも必要とされていると思います。このシリーズの第1回で江守正多さんがお話されていましたが、大気海洋結合モデルを開発したときに、つじつまが合うように人為的に熱フラックスや水フラックスを与えて温暖化実験していました。そこから、人為的に与えている分をなくしてきちんと予測できるようになるまで10年くらいかかりました。動態植生モデルとの結合も同様で、現在は少々無理矢理つじつまを合わせているところがあるようです。

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広兼

産みの苦しみみたいなものですね。

高田

そうですね。できるだけそれをせずに、きちんと現在の植生と気候の状態が再現できるようになっていってほしいです。そうすることによって、植生がどういうふうに気候に応答しているのか、気候は植生からどういう影響を受けているのかが新たにわかってくると思います。

私自身は地面近くのことをずっと研究してきて、この5年くらい気になっていることがあります。地表面と大気との熱や水、物質のやりとりに関する原理原則は、1960年代にロシアの研究者が当時最先端をいっていて、それをベースに立てられた理論をもとにした計算式を今でも使っています。しかし、気候モデルの解像度は、500kmの時代からから現在は数kmで全球計算ができるところまできています。計算式だけ、60年代のままでいいのかという問題はあると思います。

広兼

正しいとされている理論をちょっと見直すような学問領域があるといいですね。

高田

地表から高さ約数kmまでの境界層の中で、小さな乱流によって熱が運ばれる乱流輸送についても、1980年代に作られたモデルを改良していますが、モデルの解像度が上がったことに応じて見直すべき点はないのかとか、LES(Large Eddy Simulation)[2]によって乱流交換量を直接的に計算する手法もでてきているので、両方を見据えて、今後どういうやり方で交換量を見積もっていったらいいか、などということを研究していく必要があるのではないかなと思っています。これは私一人ではとてもできない分野なのですが、近い将来きちんと取り組まなければいけない課題だと思います。

広兼

いろいろな学問分野を経験されたからこそ、そういう発想が生まれるのですね。すばらしいと思います。

脚注

  1. 植生を気候モデルの外的な条件として与えるのではなく、気候変化に応じて植生の状態や構成要素が変化し、その植生変化が気候変化に影響を及ぼすフィードバック効果を考慮したもの。
  2. 数十〜数百mの規模の対流運動(乱流)を再現できる数値計算手法。

*このインタビューは2015年12月8日に行われました。

目次:2016年2・3月号 [Vol.26 No.11] 通巻第303号

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