2016年4月号 [Vol.27 No.1] 通巻第304号 201604_304001

CONTRAIL観測が10周年を迎えました

  • 地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室長 町田敏暢

日本航空の旅客機を用いた温室効果ガスの観測プロジェクト(CONTRAILプロジェクト)は、2005年11月にCME(二酸化炭素(CO2)濃度連続測定装置)を使った観測が、同年12月にASE(自動大気サンプリング装置)を使った観測が始まりましたので、2015年末でちょうど10年経過したことになります。この間、開始時には予想もしなかった出来事がたくさんありました。そのうちいくつかのトピックスを挙げてこの10年を振り返りたいと思います。

1. 観測装置を搭載する航空機

2005年から2006年にかけて2機のボーイング747-400型機にCMEとASEを搭載するための改修を行って以降、CONTRAILプロジェクトとしての観測が始まりました。747-400型機は通称ジャンボジェットと呼ばれていますが、747型機の中でも「-400」がついた型はハイテクジャンボとも呼ばれ、当時最新鋭の主力機でした。しかしエンジンを4つ持つジャンボ機は燃料高の時代を迎えるとその燃費の悪さから需要が少なくなっていき、2010年には全ての機材が退役になってしまいました。それでもCONTRAIL観測装置の開発段階で、日本航空技術部の担当者から「将来を見据えてこれから主力になるであろう777型機も改修しておきましょう」との提案があり、2006年に3機の777-200ER型機に観測装置を搭載するための改修を行っておきました。機体の改修はまとまった予算が確保できるチャンスにしか実施できませんので、結果的にはこの当時の判断が2010年のジャンボ機退役に伴う危機を救いました。

2012〜2013年にはさらに5機の777-200ER型機を改修することができましたが、短胴型の777-200ERは時代とともに比較的近距離のアジアやハワイ路線で使用されることが多くなり、CONTRAILの「売り」の1つであるグローバル規模での観測ができなくなっていきました。日本航空では欧州便や北米便などの長距離路線には長胴型の777-300ER型機を使っています。観測装置の777-300ER型機への搭載は、実はCONTRAIL開始直後からの悲願だったのですが、2015年2月についに1機目の777-300ER型機にCMEを搭載する改修が実現しました。また、つい先日の2016年3月には2機目の777-300ER型機の改修を実施しました(写真1)。2機の777-300ERで欧州便も北米便もカバーできる見込みですので、再び“グローバル”規模での観測が実施できることになります。

photo

写真12機目のボーイング777-300ER型機に搭載されたCME(機体改修作業中に撮影)

2. 追いかけてくるヨーロッパ勢

2005年当時、民間航空機で毎日のようにCO2濃度を観測するプロジェクトは世界でCONTRAILだけでした。意外なことに10年たった現在でもこのような観測はCONTRAILだけです。ヨーロッパではEUの予算を使った民間航空機の大気観測計画であるIAGOSが2006年に始まり、対流圏オゾン、一酸化炭素、窒素酸化物といった反応性の高いガス成分に加え、CO2、メタンといった温室効果ガスを航空機上で測定する装置の開発が進められました。IAGOSによる反応性ガスの観測は2011年に始まり、欧州を中心とする路線に台湾と香港を発着する路線も加わって、極めて広域での観測ネットワークが構築されました。しかし残念ながら温室効果ガスの測定装置はまだ完成に至っていません。IAGOSのメンバーからは「なんでCONTRAILは次々と進むのか」と聞かれることがあります。CONTRAILは研究者の数も予算の規模もIAGOSに比べて明らかに小さいですが、小規模であるがゆえに調整が少なくてすみ、決断が速いというメリットがあると感じています。もちろん共同で推進している気象研究所の実行力と、参画している日本航空、ジャムコ、JAL財団の理解の深さのおかげでもあります。間もなくIAGOSの温室効果ガス観測も始まると思われます。CONTRAILでは観測結果の比較やデータの共同利用の体制を整えてIAGOS観測の開始を待っているところです。

3. 手動大気サンプリング装置(MSE)

ASEは、大気をサンプリングして実験室で分析を行うので、観測頻度を高くすることはできませんが、CO2以外のメタンなどの成分濃度や同位体比を知ることができる有力な観測手段です。現在ASEが搭載できる機材は777-200ER型機だけですので、この観測が可能な範囲は限られています。そこで、電源を必要としない手動ポンプを航空機に持ち込んでエアコン出口から供給される新鮮な外気をサンプリングするMSEによってASE観測を補う取り組みを始めました。当初MSE観測のオペレータは日本航空の社員の方にお願いしていましたが、観測を担当できる社員の数も限られることから、2014年より一部の観測オペレータを国環研と気象研の職員が分担することになりました。研究所職員が担当する観測飛行はパリ路線で、日本時間の午前10時頃に羽田空港を発つ便の操縦室に搭乗させていただき、パリまでの約12時間の間に12本の容器に大気をサンプリングします(写真2)。帰路ではサンプリングは行いませんがMSEの装置を同じ機材で持ち帰る必要があるので、パリの空港で4時間ほど休憩した後に、今度は客席に座って帰ってきます。この出張ではフランスの入国手続きはしません。0泊2日のパリ出張です。

MSE観測では装置の安全性を何重にも確認することはもちろんですが、日本航空や空港関係の様々な部門の担当と調整をいただくなど多くの方の苦労の末に実施が可能になりました。実際に観測に行って感じることは、日本航空のパイロットや客室乗務員の方だけでなく、地上職員や整備の方など皆さんが観測に非常に協力的であることです。この場を借りてあらためて感謝いたします。MSEという観測手段を手に入れることによって、観測の応用範囲が広がり、短い準備期間でも新たな観測を展開することが可能になりました。

photo

写真2操縦室内でのMSE観測の様子。後席でポンプを回すのは地球環境研究センターの勝又さん(この写真は日本航空の許可のもと、運航の安全を確保した上で撮影しています)

4. 次世代の観測に向けて

777-300ER型機の観測投入によって現在の観測域は広くなっていますが、777型機もジャンボ機のようにいつかは退役するときがやってきますので、次世代航空機への観測装置の搭載準備をしておかなければなりません。日本の航空会社が国際線で使用する機材で今後確実に増えていくのはボーイング787型機です。日本航空でも2012年に導入され、長距離から短距離まで幅広い路線で利用されています。しかしながら最新鋭の機材ですので日本航空でも観測に必要な改修をするための技術的な資料や手法を新たに必要とします。そこで、CONTRAILチームは航空機の製造会社であるボーイング社と協力関係を持つことにしました。まず、2014年にボーイング社が実施した環境負荷軽減航空技術の実証実験(ecoDemonstrator Program)に参加し、CMEとASEをボーイング社の787型機に搭載してシアトル周辺においてテスト飛行を行いました。ここではCMEとASEが787型機の機上でも飛行を妨げることなく正常に稼働することが証明できました。次のステップとして2015年には日本航空が運航する787型機にCMEとASEを搭載するための予備的な設計をボーイング社が実施しました。空気取入口の確保などは、製造メーカーだからこそできる検討事項です。787型機への正式な搭載承認の取得はまだ先になると思われますが、今後も着実に開発を進めていく予定です。

5. いくつかの受賞

CONTRAILプロジェクトは国の予算で実施されていますが、日本航空、ジャムコ、JAL財団といった民間企業ならびに団体の協力なくしては成り立たない事業です。これが官民協力の良い例として、2013年に日立環境財団と日刊工業新聞が主催する第40回環境賞の「環境大臣賞・優秀賞」を受賞しました。また同じ2013年に毎日新聞社と朝鮮日報社が主催する「第19回日韓国際環境賞」にも選ばれました。さらに2015年にはフジサンケイグループが主催する第24回地球環境大賞の「特別賞」をいただきました。これらはCONTRAILの活動が学問分野だけではなく社会的にも意義を認めていただいたということですので、それだけの責任を感じながらしっかりした観測を続けて行かねばならないと思っています。

fig

CONTRAILプロジェクト 離陸から安定飛行への航跡 PDF, 583 KB [クリックで拡大]

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP