2016年7月号 [Vol.27 No.4] 通巻第307号 201607_307008

【最近の研究成果】 気候変動の影響を受ける可能性が高いモンスーンアジア陸域生態系はどこか? 複数モデルを用いた解析

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 伊藤昭彦
  • 国立環境研究所 野田響仁科一哉

モンスーンアジア地域は、東南アジアの熱帯多雨林からシベリアの亜寒帯林にまたがる特徴的な生態系から構成されており、産物供給や気候調節など様々な生態系サービスをもたらすことでこの地域に暮らす数十億人の生活を支えている。将来の気候変動に伴って、この地域の陸域生態系にどのような変化が生じるかは、温暖化への緩和策や適応策を考える上で極めて重要な問題である。

本論文では、気候変動の影響評価に関する国際的なモデル相互比較プロジェクトであるISI-MIP[1]で行われた、複数の生態系モデルによる将来予測データを用いて、モンスーンアジア地域の陸域生態系における気候変動影響を調べた。ここでは、生態系の植生バイオマスや土壌有機物のストック、生態系が人間社会にもたらすサービスに関係が深い光合成生産(純一次生産と呼ばれる)に着目したが、生態系モデルではそれらを炭素の動態としてシミュレートしている。ISI-MIPでは、将来の大気中の温室効果ガス濃度や、それに伴う気候変動について複数のシナリオを用意しており、それを用いて影響モデルによる評価を行っている。2種類の大気中温室効果ガス濃度シナリオ(低位と高位の濃度パスを表すRCP2.6とRCP8.5[2])と5種類の気候モデルによる予測を用い、それぞれ7種類の生態系モデル(国立環境研究所で開発されているVISITモデルを含む)で推定された影響評価の結果を解析した。

その結果、二酸化炭素濃度上昇による施肥効果等により植生の生産力は現在と比較して9〜45%増加し、それに伴うバイオマスの増加が生じる可能性が示された。土壌炭素も少数の結果では減少が見られたが多くは増加しており、シミュレーション間のばらつきはなお大きいものの、生態系全体として正味の炭素吸収が生じていた。多数の結果を横断的に解析し、全体を通して共通性の高いパターンを抽出したところ、チベット高原や南アジアの一部には温度上昇幅を小さく抑える低位のシナリオであるRCP2.6条件下でも生産力や土壌炭素量に相当の影響が生じる可能性が高い地域が見られた。一方、温暖化がより進行するRCP8.5の場合では、東アジアや南アジアの多くの地域で強い影響が見られる可能性が高いことが分かった。また、本論文では気候変動による生産力や炭素ストックの極端な増加・減少が出現する頻度や、観測からの影響検知への示唆に関する議論も行った。これらの結果は、気候とその影響の予測、対策立案に有用な示唆をもたらすと期待される。

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複数モデルシミュレーション結果による陸域生態系への気候変動影響の出現の確からしさ。上段:純一次生産の変化(∆NPP)、中段:植生バイオマスの変化(∆CVeg)、下段:土壌炭素の変化(∆CSoil)。左:温度上昇幅を抑えるRCP2.6シナリオ、右:温暖化が進むRCP8.5シナリオ。赤い部分は多くのシミュレーションで影響(現在比30%より大きい変化)が生じることが予測された領域で、青い部分はほとんど影響が生じなかった領域。中間の白い部分はシミュレーションによって結果が分かれた不確定性が大きい領域を指す [クリックで拡大]

脚注

  1. ISI-MIP (Inter-Sectoral Impact Model Intercomparison Project):ドイツのポツダム気候影響研究所などが主導する温暖化影響モデルの相互比較プロジェクト。国立環境研究所からは水資源モデルH08、陸域生態系モデルVISITなどが参加している。参考:花崎直太ほか「温暖化影響の全体像に迫る:米国科学アカデミー紀要に特集されたISI-MIPの紹介」地球環境研究センターニュース2014年2月号
  2. RCP2.6およびRCP8.5:気候変動研究で用いられる大気中の温室効果ガス濃度に関するシナリオ。Representative Concentration Pathway。2.6と8.5は21世紀末に目標とする放射強制力の変化幅(単位 W m−2)。

本研究の論文情報

Evaluation of global warming impacts on the carbon budget of terrestrial ecosystems in monsoon Asia: a multi-model analysis.
著者: Ito A., Nishina K., Noda H. M.
掲載誌: Ecol. Res. (2016) 31, 459–474, doi:10.1007/s11284-016-1354-y.

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