2016年11月号 [Vol.27 No.8] 通巻第311号 201611_311002

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 17 対策モデルと現実とのギャップを埋める —温暖化対策のシナリオづくりの難しさとは—

  • 増井利彦さん
    社会環境システム研究センター 統合環境経済研究室長
  • インタビュア:高橋潔さん(社会環境システム研究センター 広域影響・対策モデル研究室 主任研究員)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または低炭素研究プログラム・地球環境研究センターなどの研究者がインタビューします。

第17回は、増井利彦さんに、温暖化対策やシナリオでの研究成果の発信についてお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
4.1 社会経済・排出シナリオ / 8.2 温暖化対策モデル / 8.10 中期(〜2020年)の温暖化対策 / 10.3 ミレニアム開発目標
次回「地球温暖化の事典」に書きたいこと
時代に合わせた温暖化対策の取り組み方

進化するシナリオ:地域の細分化と扱う対象の多様化

高橋

『地球温暖化の事典』のなかで、増井さんは、“社会経済・排出シナリオ” “温暖化対策モデル” “中期(〜2020年)の温暖化対策” “ミレニアム開発目標[1]” について、執筆担当されました。温暖化対策については、2015年12月のパリ協定という国際合意が記憶に新しいですが、増井さんが執筆担当された章に関連した、国内外の対策検討・実施の現場での動きには、どのようなものがありますか。

増井

社会経済・排出シナリオに関しては、2000年代は、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)が2000年に特別報告書として公表した排出シナリオ(Special Report on Emissions Scenarios: SRES)が中心でした。その後、シナリオの改訂ということで、新たな手法が提案され、気候モデルの入力となる代表的濃度パス(Representative Concentration Pathways: RCP)という放射強制力(地球温暖化を引き起こす効果)をある水準に抑える温室効果ガス排出経路が2011年に報告され、現在、共通社会経済シナリオ(Shared Socioeconomic Pathways: SSP)という新しいシナリオ作りが最終段階を迎えています。どちらも全球的なシナリオで、国立環境研究所(以下、国環研)では、アジア太平洋統合評価モデル(Asia-Pacific Integrated Model: AIM)チームの藤森真一郎さんらが中心になって進めています。それに準ずるような形で、日本やアジア各国のシナリオが検討されています。アジアの国々から国環研に来ている研究者も、AIMチームの一員として、自国のシナリオを作っているというのが新しい動きです。

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高橋

基礎的な質問になりますが、シナリオというのは具体的にはどのようなもので、作られたシナリオは、誰がどういう目的で使うのでしょうか。

増井

シナリオとは、不確実な将来に対して、どのような状況になってもその時点でうまく立ち居振る舞えるように、将来のことを今の時点で考えておくという発想で作られます。最も有名なのがロイヤル・ダッチ・シェルのシナリオで、1960年代後半、1973年の石油危機のような事態も想定されていました。当時誰も予測していなかった石油危機の可能性を事前に検討していて、実際に石油危機が起こったときにうまく対応することができました。温暖化問題は100年、200年という長いスケールの話で、将来を見通すことは難しいので、複数の可能性を経済成長、人口増加、技術発展、消費のパターンなどいくつかの要素ごとに設定し、その代表的なものをシナリオとしてわかりやすいストーリーラインにします。しかし定性的な話だけではさまざまな要素の設定について整合性がとれない可能性があるので、整合性を確認するために、定量的なモデルを使って分析します。この2本立てが、現在、温暖化問題の分野で主流として扱われている手法です。

高橋

SRESと、RCP、SSPシナリオとの違いを簡単に説明していただけますか。

増井

SRESシナリオは、最終的には先進国、旧ソ連・東欧諸国、アジア、その他地域という4つの地域で温暖化問題だけを扱っていたのですが、新しいシナリオでは地域が細分化され、シナリオの基礎となる人口やGDPについては、国ごとの情報が提供されています。温暖化問題に関する将来シナリオでは、社会経済、排出、気候、影響という4つのフレームが対象となります。それらは「社会経済→排出→気候→影響」という形で関連づけられますが、分析の際にこれらを直列でつなげていくと計算にものすごい時間がかかり、最初に作られたシナリオが最後の計算が終わった段階ではもう情報として古くなり、意味をなさないものになってしまうという批判がありました。そこで、代表的な濃度経路として、放射強制力の違う4つの排出シナリオ(RCP8.5、RCP6.0、RCP4.5、RCP2.6)をベースに、気候モデルは将来の気候の変化を詳細に分析し、一方で、社会経済のグループは、その排出経路を再現するような社会経済のパスを作り、最終的に、影響のグループが気候と社会経済の状況を合わせて、将来の気候変化を分析するという形で進められました。現実としては、想定以上に時間がかかり、当初は2014年に公表されたIPCC第5次評価報告書(Fifth Assessment Report: AR5)に間に合わせる予定でしたが、遅れて2016年秋にようやく最終的なものが出ることになっています。

シナリオの課題:研究面と政策面でのギャップ

高橋

国内外の現場での動きに呼応して、研究の方でもホットな課題が新たに生まれてきているのではないかと思います。

増井

SSPシナリオは、社会経済の問題(都市化、教育水準など)を情報として盛り込めるようになりましたが、シナリオは世界全体で一つの整合的なストーリーを作るという考え方なので、実際に政策面で使えるかというと必ずしもそうではありません。たとえば前提としている人口増加、経済発展の度合いがそれぞれの国で想定されているものと違っているので、研究で使われるものと政策で想定されているものとでギャップがあります。

高橋

都市化と教育は温暖化対策の検討のためだけではなく、ほかの課題にも応用可能なものにしていくのが、今の研究の流れなのでしょうか。

増井

シナリオ作成の目的は基本的には温暖化問題の解決ですが、その背後にある社会経済や文化までを含めて議論しないと、なかなか適切な解決策が見い出せないという意見や議論があり、このため、一見すると温暖化と無関係なところまで深く掘り下げているのだと思います。それと同様なのがミレニアム開発目標です。『地球温暖化の事典』を書いた頃は “ミレニアム開発目標” でしたが、現在は “持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs[2])” で、目標(ゴール)の数が17に増え、途上国だけではなく先進国も対象となっています。

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http://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sdg/post-2015-development-agenda/ 持続可能な開発目標

キーワードは回復力

高橋

『地球温暖化の事典』発行の直後に公表されたIPCC AR5の中で、増井さんは「気候変動に対して回復力のある発展経路」の章の代表執筆者でした。『地球温暖化の事典』で担当された「ミレニアム開発目標」との関連が深いと思いますが、AR5で担当された章の主要メッセージにはどのようなものがありますか。また、『地球温暖化の事典』の中では触れることができなかった新たな見解などはありますか。

増井

最近日本でも話題になっている、レジリエントな(回復力のある)社会をいかにして作るのかということが、持続可能な開発目標やAR5のなかで一つのキーワードとなっています。気候変動によっていろいろな影響が起きるのはある程度仕方がないけれど、それらからいかにして回復していくのかということが注目されています。

高橋

より安全な暮らしをみなが共有することができるかという点についても注視されるようになってきているということですね。

増井

高橋さんが『地球温暖化の事典』で担当された “気候変動の影響・脆弱性” で書かれているように、温暖化の影響や適応との関連でも、社会の回復力が注視されるようになっているのかなという気がしています。

研究成果が政策につながる現場を見て研究者に

高橋

私が増井さんと初めてお会いしたのは1995年、お互いまだ学生の頃でした。その頃既に増井さんは、温暖化研究に取り組んでおられました。シナリオでの研究も対象にされていたかと思います。増井さんが温暖化研究に取り組み始めたのはいつですか。また、どのような動機で始めたのですか。

増井

私が初めて国環研に来たのは1993年、大学院修士1年の時です。大学の指導教官から国環研に行くことを勧められ、森田恒幸先生(故人)のもとで1年間お世話になりました。そのときにシナリオや、当時開発が始まっていたAIMの分析にかかわることができました。大学の研究室で理論的な話をしてそれで終わりというのではなく、出てきた情報を環境庁(当時)などにフィードバックしてそれが政策につながっていく、そういうプロセスを間近に見ることができました。当初、研究者になろうとは思っていなかったのですが、そういう世界が自分にフィットしたというのがあります。学位をとった後、国環研で温暖化研究、とくにモデリングに関する研究をずっと進めてきました。

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モデル作りの難しさ

高橋

国環研に入ってからは一貫してAIMの開発・改良・応用に取り組んでおられますが、その間、同研究分野はどのように発展してきたのでしょうか。

増井

昔と比べて、今は排出源別の温室効果ガス排出量などいろいろなデータが取れるようになり、さまざまなタイプの分析が可能になったというのが一番大きな違いであり、発展してきたところだと思います。また、コンピュータの能力が進化して、それまで丸一日かかっていた計算がほんの数時間でできるようになりました。このため、以前はできるだけコンピュータへの負荷を減らそうと、式や変数の数を減らそうと努力していました。また、昔はモデルがうまくコーディングされていないと答えが得られないこともあったのですが、今は少々まずいプログラムのコーディングでもコンピュータの方が解いてくれるようになったので、問題と思えるところもあります。

高橋

統合評価モデルについては、その分析結果の政策検討の現場での使われ方にも変化があったのではないでしょうか。

増井

役所も含めて、モデルというものがかなり理解されてきたことが一番大きいかと思います。1997年の京都会議より前、当時まだ私は学生だったので話として聞いているだけなのですが、モデルに対する理解がまったく浸透してなくて、将来の前提条件が違うだけでモデルそのものが間違っているような非難をされたそうです。前提が違えば、前提を変えて計算して、いろいろな前提の結果を比較すればいいだけなのに、モデルと前提がごちゃ混ぜに理解されていました。現在はモデルについてある程度正確に理解していただいているので、非常にやりやすくなってきていますが、それだけに、われわれに対する要望が高くなってきているというところもあります。

高橋

モデルを作る側として増井さんがお感じになっていることはありますか。

増井

先ほどもお話しましたが、いかにしてモデルと現実の世界とのギャップを埋めるかということが永遠の課題だと思います。一方で、モデルの結果がこうだから、世の中は本当はこうだろうと、現実を見ずにモデルの結果だけを見ている場合もあり、モデルの結果の解釈が難しいです。

高橋

使い手とコミュニケーションするなかで、モデルから何が言えるのかというのを注意して伝えることが必要ということに気づかれたのですね。

増井

いろいろな意味で社会が変わってきています。たとえば消費行動を見ても、今までは必ずどこかの店で購入していたのですが、今はインターネットで、店を介さずに直接個人から物を買うことができます。つまり、これまで基礎としてきた理論、考え方が当てはまらなくなってきています。モデルは基本的にこれまでに経験した行動や関係を定式化して組み立てられるのですが、その外側については、作り手の想像、主観によるところが大きいので、組み立て方、取り扱いには注意を要するというのを最近実感しています。

双方向での議論が重要

高橋

私たちは、一般の人や政策決定者などが統合評価モデルについてよく理解した上で使っていただけるよう、うまく伝えていかなければならないと思います。その際に必要な手順や方法について、何かお考えはありますか。また、どのような媒体を通じた解説が効果的であると考えますか。

増井

計算結果や分析結果を詳しく説明するだけではなく、いろいろなステークホルダーの意見を吸い上げることも大切だと思っています。たとえばワークショップなどで、こういう意見をモデルに反映させると実際どういうことが起こるのかという、双方向の議論が今後ますます必要になってくると思います。私が主に取り扱っているのは全体の整合性を見るマクロなモデルですが、実際の対策の実現には、個々の行動に対応した働きかけが非常に重要になってきます。北海道の人に効率的な冷房機器を導入して下さいと言ったり、沖縄の人に効率的な暖房器具を使いましょうと言ったりしても、効果はないでしょう。実感できる温暖化対策を提案するためにも、ミクロな一つひとつの積み上げとマクロな整合性をどう融合させていくのかが今後問われてくるだろうと思っています。温暖化対策、とくに緩和策の分析には、そういうところが今はまだ弱いと強く感じています。

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福島県新地町立尚英中学校1年生(当時)を対象に、2014年1月23日に実施した「2050年の新地町を考えよう!」ワークショップの様子(報告書は http://www.nies.go.jp/social/dp/pdf/jqjm10000002h6rn-att/2014-03b.pdf から閲覧できます)

温暖化を身近な問題として認識してほしい

高橋

研究としてのモデル開発・分析が示す「気候の安定化には大規模・早急な排出削減が必要」という主張は科学的知見に基づいていて、国民の理解も得られつつありますが、実際の取り組みはまだ進んでいないという印象があります。実社会における排出削減対策の実現が進むように、増井さんが取り組んでいることがあれば教えてください。

増井

研究者はこれまでは論文を書くことがメインでしたが、環境の研究者の役割というのは、論文を書いて終わりではなく、実際に環境をよくしていく、社会全体をよくするということが最終目標だと思いますので、どうやったら実践できるのか、あるいはそれを理解してもらうためにはどうすればいいのかという、情報発信が非常に重要と感じています。国環研の夏の大公開などいろいろなイベントに、社会環境システム研究センターとして、あるいはAIMチームとして積極的に参加していますが、まだ試行錯誤の段階です。環境問題に関心の低い人に訴えかけて、少しでも興味をもってもらうにはどうすればいいのかということについては、まだ私自身も答えが見えていないところです。

高橋

関心の低い人にも興味をもってもらえるようにするには、モデルを使った研究をわかりやすく説明するだけでは伝わらないところはありますね。講演や夏の大公開などのイベントで何か工夫をしていますか。

増井

身近な問題として認識することがものごとを考えるうえでは大切なので、講演などで「2050年までに温室効果ガスを80%削減」の説明をするときは、「2050年というのは今の高校生が50歳になったとき」と、できるだけ身近な問題と思ってもらえるようにお話ししようとしています。先ほど、モデルはマクロな全体の整合性が中心だとお話しましたが、それをいかにしてそれぞれの人の背景に合うように転換していくか、あるいは背景に合うように説明するためにはどういうふうにすればいいのかということを今一番考えているところです。

高橋

身近なという意味では、家庭で子どもに排出削減対策について話すときに、どんな工夫が必要でしょうか。

増井

子どもの教材を見ると、温暖化や省エネ、ゴミの問題が扱われているので、大人が子どもと一緒というより、むしろ子どもから大人に働きかけてもらって日常の行動を見直してもらうと、もう少し問題解決が進むのではないかなと感じています。子どもからいろいろ指摘されると、それではっと気づいてということが結構多いと思います。

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時代に合わせた温暖化対策の取り組み方を書きたい

高橋

次回、『地球温暖化の事典』を執筆するとしたら、どのようなことを書きたいですか。

増井

私ができる情報提供は、考え方の整理というか、時代や場所によって温暖化対策の取り組み方が違ってくるし、その効果も変わってくるので、今、どういうふうにして取り組めばいいかということを書きたいです。具体的な数字として結果を示すというより、こういうふうに考えるといかがでしょうか、というようなことを書く機会があるといいです。

高橋

温暖化対策については、新しい情報が増えていて、有効な対策が5年、10年でガラッと変わってしまうようにも思います。

増井

古い情報で間違った対策を進めている人もいるかもしれないので、新しい情報に更新していくということは必要ですが、異なる気候や気象条件のところに住んでいるとか、家のなかの電化製品がまったく違うというところを想像しながら、こういう対策をしましょうと伝えなければならない難しさがあります。ある程度正確にその答えが導き出される必要があるではないかと思います。これは『地球温暖化の事典』の枠をちょっと越えたものになってくるのですが。さらに、現在の高校生がちょうど50歳になる頃が2050年なので、中学生、高校生でもわかるような内容を書けるといいなというのがあります。

脚注

  1. 2000年9月に開催された国連ミレニアムサミットにおいて採択された国連ミレニアム宣言に基づき、貧困の撲滅など、2015年までに達成すべき8のゴールと18のターゲット、48の指標がまとめられた。
  2. ミレニアム開発目標の後継として、2015年9月の国連サミットで採択された持続可能な開発のための2030アジェンダのなかに盛り込まれている。貧困を撲滅し、持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットからなり、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組む。

*このインタビューは2016年8月2日に行われました。

*次回は花崎直太さん(地球環境研究センター気候変動リスク評価研究室 主任研究員)に、伊藤昭彦さん(地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員)がインタビューします。

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