2017年11月号 [Vol.28 No.8] 通巻第323号 201711_323006

未来について、親子で考えた一日。 広告代理店アサツー・ディー・ケー(ADK)主催ワークショップへの協力

  • 衛星観測センター 高度技能専門員 石澤かおり

1. ワークショップ開催の経緯

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写真1ADK未来ワークショップの様子

「未来を創造する人材を育てる」そんな機会になるようなワークショップを開催したい。広告代理店であるアサツー・ディー・ケー(ADK[1])からの相談が、GOSATプロジェクトに飛び込んだ。GOSAT(愛称「いぶき」)とは宇宙航空研究開発機構(JAXA)と環境省(MOE)、国立環境研究所(NIES)の3機関による共同プロジェクトで、2009年に打上げた温室効果ガス観測技術衛星であり、地球温暖化の原因となる二酸化炭素など温室効果ガスの大気中濃度を宇宙から観測している。GOSATプロジェクト推進機関であるJAXAとNIESが、このワークショップ(ADK未来ワークショップ)開催に向けてADK社に協力することとなった。

広告代理店、宇宙開発の先端にあるJAXA、そして環境を研究する我々NIESがそれぞれの知や経験を共有し活用することで今までにないワークショップの創発を試みる機会だ。

2. ワークショップ当日

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写真2ワークショップ会場の虎ノ門ヒルズ

2017年8月22日、ADK本社がある「虎ノ門ヒルズ」にてワークショップが開催された。ワークショップのタイトルは、「ADK未来ワークショップ2017 地球の息吹を見守る人工衛星いぶきを作って学ぼう」。午前と午後の2回開催。

会場には、小学3年生から6年生までの子どもたちが保護者とやってくる。このワークショップへの参加申込は虎ノ門ヒルズの母体である森ビル株式会社のWEBサイトから受付を開始したが、開始時刻直後にほぼ満席になるという注目ぶりであった。

ワークショップが始まる前に子どもたちの顔写真を撮影したら(これは後々のサプライズへとつながる仕掛け)、いよいよワークショップのスタートだ。

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写真3ワークショップ開始前に、まずは顔写真撮影

顔写真撮影が終り、親子たちが着席、会場が暗くなったかと思うと、「いぶき」が2009年に打上げられた時の迫力ある映像が音響とともに映し出される。その後、JAXAの稲岡和也開発員が今回の先生として登場した。稲岡先生はJAXA GOSAT-2プロジェクトチーム[2]の一員である。

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写真4稲岡先生。JAXA開発員

先生から、子どもたちに今日3つのミッションがあることが伝えられる。一つ目は、「『いぶき』を作ろう」。親子で牛乳パックを使った「いぶき」のクラフト制作だ。NIESから運んだ「いぶき」の16分の1サイズの模型を眺めたり、先生からの各パーツの詳しい説明を聞いたりしながら、子どもたちは自分だけのオリジナル「いぶき」制作に取り組む。

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写真5「いぶき」制作。親子での共同作業

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写真6自分だけのオリジナル「いぶき」完成に向け、みんな真剣

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写真7作業中、稲岡先生を始めとするJAXAやNIESのスタッフが、参加者の質問に丁寧に答える

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写真8「いぶき」が実際に取得したデータに基づく全球の二酸化炭素濃度画像を投影した大きな球体を使って、センサの説明をする稲岡先生

「いぶき」の大事なセンサは2つ。FTSとCAIと呼ばれている。FTSは、二酸化炭素やメタンの濃度を測るためのセンサで、入ってくる赤外光を調べて二酸化炭素やメタンの吸収線の強さを測ることで濃度を求めている。CAIは、大気と地表面の状態を昼間に画像として観測し、エアロゾルや雲の有無や特性を調べている。

実は、この重要なセンサ部分は、稲岡先生自らが子どもたちのために、3Dプリンタで特別なミニチュアを作ってきてくれた。子どもたちも、精巧に出来たセンサのミニチュアを見たり触ったりして、センサの重要性を確認するように大切に自分の「いぶき」クラフトに装着した。このセンサを装着したところで、一人ひとりのオリジナル「いぶき」が完成。一つ目のミッションをみんながクリアし、次のミッションへと期待が高まる。

二つ目のミッションは、「いぶきの観測データを分析しよう」。

親子3〜4組を1グループとして、世界をおおよそ5大陸で分けた白地図を配布。そこに「いぶき」が測定した二酸化炭素濃度に応じた色のタックシールをみんなで貼っていく。(この「いぶき」が測定した二酸化炭素濃度のデータとは、NIESが公開しているデータである。元データはこちらを参照。https://data2.gosat.nies.go.jp/index_ja.html)二酸化炭素濃度の数値によって青色から赤色までの6種類のタックシールを用意し、子どもたちは地図に記載してある指示に合わせてタックシールを貼り分けていく作業だ。子どもたちは、作業をしながら、地図の中で濃度の高い場所、低い場所があることに気づいていく。どの国が、どの地域が濃度が高いのか低いのか、自分の作業によって明らかになっていく過程に子どもたちもワクワクしながら取り掛かっていた。

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写真9, 10「赤い部分がまだある」「黄色シールが足りない」など感想を言いつつ、自分たちの手で二酸化炭素濃度を次々と色分けしていく

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写真11各グループの地図を最後に合わせて完成!

そして、最後のミッション「地球のために自分にできることを考えてみよう」。

「いぶき」について、温暖化について、この日に稲岡先生から教わったことを受けて、子どもたちがそれぞれ自分で何を思うのか。これは、スタッフ側としてもとても興味があるところであり、単にハンズオン(参加型)のイベントとして終わるのではなく、子どもたち自身の意識にこのイベントがどう影響することができたのかが問われる瞬間でもあった。

子どもたちが書くことは2種類。「いますぐできること」と未来のことである「10年先、20年先にやりたいこと」。

前者に関しては、「モノを簡単に捨てないで大事に使う」「3Rをちゃんと実行する」「電気をこまめに消すようにする」などさすがの答えが並ぶ。

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写真12「何を書いたかな」の司会の質問に答える

そして、後者の未来について。実は、子どもたちがこれを書いている時、稲岡先生が自分の10年前、20年前の話を語りだした。学生の時の様子、そしてなぜJAXAに入ることになったかなど。先生が静かに話し出すと、今まで作業をしていた子どもたちの表情が一変した。それまで何を書いたらいいだろうと迷っていた子どもも多かったのが、先生の話を聞き始めた子どもたちの目には迷いがなく、まっすぐにきらきらとした瞳で稲岡先生を見つめている。

「みんなは何を書いた?」

「将来、科学者になって、二酸化炭素を減らす研究をしたい!」

「JAXAに入って、地球を観測して、地球の未来に貢献したい!」

「待ってるよ」稲岡先生も思わず答えた。

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写真13稲岡先生と記念撮影。自分のオリジナル「いぶき」も一緒に

全てのミッションをクリアした子どもたちに最後にサプライズの贈り物。「いぶきプロジェクトメンバー証」の授与だ。ワークショップが始まる前に撮影した写真が使用された、本格的なメンバー証。実は、ワークショップの最初から、稲岡先生をはじめとするJAXAと国立環境研究所のスタッフも胸に付けていたものだ。このリアルなIDカードを見ただけでも子どもたちは喜んでいたが、実はメンバーになることによって、今後、JAXAのGOSAT-2プロジェクトチームから打上げの時にお手紙が届くなど、特別なメンバー特典も付与されている。子どもたちと「いぶき」の関係は、イベントの一日だけの関係ではなく長期的に続くということで、子どもたちの「いぶき」や「温暖化」に対する気持ちが、さらに「自分ごと」になっていく。授与されてすぐに自分たちの胸に誇らしげにメンバー証を付ける子どもたちの姿が見られた。

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写真14メンバー証を付けて。誰もがちょっと誇らしげになりました

3. 最後に

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写真15ひとりひとりが稲岡先生とハイタッチ

研究所の広報活動は非常に重要で、この「いぶき」のように広く国民の理解を得なくてはいけないような大型のプロジェクトも多く存在している。一方、PR活動、広く一般の方々の心を掴むという点において、広告代理店はその道のプロフェッショナルであり、多大なノウハウを蓄積し、多角的に要件を把握した上で、各種コミュニケーション手法を展開している。そのような組織と、JAXA、NIESのような機関の知見を組み合わせたことで、短い時間のイベントの中でも、参加者の記憶に残るような工夫がなされたことは、今後の広報活動において参考になった。

研究所はもとより、衛星観測センターとしても、環境問題や環境研究への興味を深められるよう、若い年齢層に対し研究活動・研究成果をわかりやすく普及啓発することにより、次世代を担う人材の育成に貢献したいと考え、各種広報活動に取り組んでいる。今後も一人でも多くの子どもたちに「科学」ができることなどをより良く伝えることができるよう、広報活動のあり方について考えなければと思う一日であった。

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写真16ミッション2で完成させた世界地図。全て「いぶき」が観測した二酸化炭素の大気中濃度データのシミュレーションを元に作成。左から2009年10月、2012年10月、2015年10月のデータ

脚注

  1. ADKはテレビアニメ制作等を多く手掛けている。詳しくはウェブサイト(https://www.adk.jp/)で。
  2. GOSAT-2(いぶき2号)は「いぶき」の後継機であり、同じくJAXAとMOE、NIESの3機関による共同プロジェクト。2018年度打上げ予定である。「いぶき」ミッションを引き継ぎ、より高性能な観測センサを搭載して、さらなる温室効果ガス観測精度の向上を目指している。

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