2018年11月号 [Vol.29 No.8] 通巻第335号 201811_335004

来場者参加型パネルディスカッション「ココが知りたい地球温暖化—パリ協定を達成できる技術と社会のイノベーションとは?」

  • 地球環境研究センター 交流推進係

2018年7月21日(土)の「国立環境研究所夏の大公開—キミの知っている環境問題は氷山の一角かもしれない—」で、地球環境研究センターは表題のパネルディスカッションを開催しました。本稿ではその概要をご紹介しつつ、このテーマについて考えていきます。

1. はじめに

パネルディスカッション企画は春と夏の国立環境研究所一般公開で行っているもので、今回で9回目です。通常の講演会では、情報が研究所(または研究者)側から来場者への一方通行になりがちで、来場者に十分理解いただけたかどうかもわかりません。そこで、来場者もできるだけ議論に参加でき、一緒に考えを深められるよう、来場者参加型のパネルディスカッション形式を試みています。また、研究者だけでなく、マスメディア関係者、国(環境省)の担当責任者、NGOや学生などをパネリストとして、多角的かつ多様性のある見方の下で議論ができるようにしています。今回は「技術と社会のイノベーション」をテーマに、専門家と来場者との対話を介した相互理解を深めたいと考えました。記録的な猛暑となった7月21日(この日の最高気温は35°C超)、来場者やスタッフの熱中症が心配されましたが、満員の盛況のなかで有意義な議論ができたと思います。

パネリストには、第一線で活躍されている以下の方々をお招きしました。

  • 堅達京子(げんだつきょうこ)氏(NHKエンタープライズ・エグゼクティブプロデューサー)
  • 杉山昌広(すぎやままさひろ)氏(東京大学政策ビジョン研究センター准教授)
  • 木野修宏(きののぶひろ)氏(環境省地球環境局低炭素社会推進室長)
  • 松橋啓介(まつはしけいすけ)氏(国立環境研究所社会環境システム研究センター室長)

そして全体のモデレータを地球環境研究センター副センター長の江守正多(えもりせいた)が務めました。

2. パネルの進め方とパネリストからの話題提供内容

最初に江守モデレータが、用意された○×のペープサートを使って来場者に居住地を聞いたところ、関東以外からの方が約10名もいらしたようです(全体で80名程度の参加者)。この後も、パネリストから会場への問いかけがいつでもできる形で進みました。続いて、本日のメインテーマである「イノベーション」に関連し、「パリ協定では、今世紀末までに温室効果ガスの実質的な排出をほぼゼロに抑えることを求めているが、その実現にはイノベーションが必要とされている。イノベーションとはどういうことか、どうすれば起こるのか、考えていきたい」と趣旨を説明して議論の準備を整えました。

最初の話題提供者である堅達氏は、先の西日本豪雨や昨今の猛暑にまず言及し、これ以上の激しい状況に対応するためには、イノベーションが必要になってくると切り出しました。

図1西日本豪雨と猛暑

そして、これまで特定の事象(ホッキョクグマの生息域が狭まるとか海面上昇で島国が沈んでしまうなど、しばしば日本から遠い地域での出来事)ばかり語られていた地球温暖化の影響を別の観点で取材し、「地球温暖化はビジネスにも大きく影響する(NHKスペシャル:激変する世界ビジネス “脱炭素革命” の衝撃)」というドキュメンタリーを制作したところ、とても大きな反響があったことを報告しました。また、再生可能エネルギーを100%使用して企業活動を目指すRE100という世界企業のグループがあり、日本でも最近ようやく10ほどの企業がRE100への参加を表明したが(本稿執筆時点では12社)、現時点では残念ながら日本は世界に遅れをとっていると説明しました。さらに、日本では電力の送電系統に太陽光などの自然エネルギーが入りにくい(日本の送電網には空きが少ないとの主張や、自然エネルギーを入れると電力の安定供給が保てなくなるという理由)ため、再生可能エネルギーの割合が低いままであると報告しました。しかし、ドイツではAI(人工知能)や気象予測のビッグデータを駆使し、再生可能エネルギー導入後も十分安定供給できていることに触れ、日本ではなぜできないのかという点を指摘しました。一方で、日本でもスマートフォンで、道路ナビゲーションやわからないことの検索など多くのことが可能になったが、10年前にこれが実現できると思っただろうか?(イノベーションがこれを可能にしたのである)と問いかけ、日本でもイノベーションは起きている(が自然エネルギーの利用分野では欧米ほどには生かせていない)ことを紹介しました。

図2再生可能エネルギーを優先的に送電網に接続

そしてパリ協定も国連持続可能な開発目標(SDGs)も達成は簡単ではないが、英知を結集し、総力をあげてイノベーションに取り組むことが必要だと締めくくりました。

次いで杉山氏からは、気候変動分野におけるイノベーションとは何か、イノベーション研究の最先端の立場から関連情報を提供いただきました。

「イノベーション」は「技術革新」に近いと考えられていたが、より適切には「何か新しいことにより価値を創造すること」で、貨幣的な価値(市場で売れるもの)を伴うものと理解した方が良いと説明しました。

気候変動対策が進まないのは、低炭素技術の価格がまだ高いためである。しかし、米国テスラ社の電気自動車は開発当初は1,000万円もしたが、現在は約400万円まで下がり予約が殺到している。今後、ガソリン車より安くなる可能性もある。また、最近ではスマートフォンの機能により、海外と複数人数間でしかも事実上無料で同時通信ができるが、少し前は高いお金がかかった。このように環境に良いものが環境に悪いものより安くなる例もあると解説しました。

どうしたらイノベーションは起きるのかというと、研究開発やベンチャーによる新サービスの創出、失敗を恐れない楽観と将来の可能性を感じること、関心ある人の結集(例:シリコンバレー)が必要になる。現在進行中のイノベーションとして、太陽光発電、風力発電、二次電池、LEDなどのコスト低下がある。しかしイノベーションの予測は難しく常に不確実性が高いことを述べました。

イノベーションは社会・経済とも深く関係している。例えば馬車によるニューヨークの「馬糞」はその非衛生から当時最大の環境問題だったが、これを解決したのは実は自動車であったと紹介しました。

10年余り前までは、日本は太陽電池製造のトップだったが今では中国製がほとんどになり、より安価な中国製太陽電池が世界中に爆発的に普及し、温暖化問題の解決に一役買っている。日本企業にとっては市場を奪われたかもしれないが、イノベーションには時に勝者と敗者が存在すると結びました。

次いで木野氏から、イノベーションに関連する政府の動きなどについて、以下のように情報提供いただきました。

パリ協定が目指す社会はまさに脱炭素社会であり、今世紀後半には二酸化炭素(CO2)の排出吸収のバランスが取れるようにする。ここを目指さなければならない。

安倍総理は、2050年をめどに日本が世界の脱炭素化を牽引するために、従来の国主導ではなく、民間のイノベーションを促していくとし、そのための長期戦略を早期に策定するよう指示している。そのキーワードは、そのキーワードは、グリーンファイナンス(温暖化ビジネスへのお金の流れ)、世界の英知の結集による革新的なイノベーション、海外展開・支援となる。皆さんにもこの問題を考えていただければ幸いです。

日本政府は地球温暖化対策計画により2030年度までに温室効果ガス排出を2013年度と比較して26%削減し、2050年には80%削減を目指すことを報告しました。

ここで、木野氏が「この目標(地球温暖化対策計画)を知っている方は○をあげてください。」と質問したところ、×の方が多く、○の方は少ないという結果でした。

図4日本政府が想定している温室効果ガス削減目標

2030年度までの具体的削減計画はあるが、2050年までの目標を達成する具体的な計画はまだない。そのための「長期戦略」の策定を政府で今進めている。この具体化には、国も後押しした民間活力による脱炭素化イノベーションが不可欠であり、省エネはもとより、使用するエネルギーの低炭素化(再エネの主力電源化)、利用エネルギーの転換(例:ガソリン車から再生可能エネルギーによる電気自動車)を強力に進めていくこと、そうした社会の変革を環境と経済の好循環のもと実現させていきたいこと、を紹介しました。

現時点で2050年に80%削減するイメージとしては、自動車などの移動手段はほぼ脱炭素が達成され、住宅の高断熱化・高性能蓄電池・再生可能エネルギー使用の普及などによるゼロエミッションが原則になる。また、自動運転の自動車は効率的なエネルギー使用に貢献し、高齢者の移動手段確保など、少子高齢化社会対策も期待できる。産業部門ではCO2を回収・貯留するCCSなどの技術の実用化も重要になると考えられると説明しました。

図5建物や自動車分野におけるCO2大幅削減の想定

図6実質的排出ゼロに向けた革新的技術のイメージ

3. 国立環境研究所コメント

最後に、松橋室長が研究所の関連研究について紹介しました。

世界では5種類の基本的な将来像のシナリオがあるが、これらは他国と比較しやすい利点があるものの、個々の国の実情に合わない部分もある。そこで、パリ協定も踏まえると「日本の」社会経済が将来どうなるか、独自の将来像設定の研究を進めていることを紹介しました。

ここで松橋室長が来場者に「今日この会場にどんな交通手段に来られましたか?」と質問しました。半分ぐらいが専用の無料循環バス、4分の1ぐらいが自家用車、その他(徒歩・自転車)をあげました。松橋室長は「無料バスは10分に1本運転されており、そういう状況では普段と違う交通手段が選択されることもある。」と話しました。

街づくりにおいて、技術とイノベーションを考える時は生活者として日々の生活の中で選択を変えていくこともあるし、市民として地域づくりを考える際にイノベーションが起きやすくなるように行動することもあるだろう。そういうことを政策に反映するのにどういうことが研究でできるのか検討をしていると述べました。

4. 参加者とのディスカッション

パネリストからの情報提供後、会場の参加者からいろいろなご質問・ご意見をいただきました。

ご意見1

自宅をオール電化にして電気自動車を購入した。CO2の排出がどのくらい減るか見たところ7割減った。あと10%減らさないと2050年の目標レベルにならないが、今後、やれることをやればイノベーションがなくても家庭では既存の技樹で8割削減はできるだろう。一方、温室効果ガスの削減に効果が高いエコキュート(ヒートポンプ式湯沸かし器)の売り上げが落ちているが、その理由は補助金制度が終わってしまったからと聞いた。ここは行政として温暖化対策にきちんと向き合うべきだし、引き続き必要な指導や支援が必要と考える。例えば新設の集合住宅に対し、一定以上のエネルギー効率を満たさないものは許可しないことなどもありうるではないか。

パネリストの応答

江守: やろうと思えば家庭で7割の温室効果ガス削減が可能なことをご紹介いただいた。新しい技術と古い技術のせめぎ合いは起こっていると思う。

杉山: 現時点のイノベーションは、一般の方々の生活からかなり離れた内容になっている。RE100(再生エネルギー100%使用に向けた取り組み)のような活動などが市民レベルにも拡大すれば効果が期待できる。気候変動問題はどうしても暗い話になりがちで、なぜCO2を減らすためにここまでやらないといけないのかという思いが残る。しかし快適な生活をしていく中でもCO2を減らすことは可能。イノベーションに注目することによって気候変動への対応に明るさが見えてくる。家電とネットを連携させる個別のIoT技術も大量に普及すればCO2削減に大きな効果を生む。新しいものを受け入れることも消費者にとって大事なことになってくる。

ご意見2

人権問題と環境問題の関係のような観点が必要。今回の西日本豪雨において住む場所を失った方が多数出たが、これは人権の問題として捉えるべき。温暖化によって未来の人権が侵されようとしている。現時点では法律的に未来の人権についての考えが確立されていない。現行憲法でもそこまで言及していない。企業が短期的な利潤を刹那的に追う背景にもなってしまっている。憲法を改正するなら環境問題のそういう側面と人権を結びつけて見直すべきと思う。

パネリストの応答

木野: 人権と憲法の問題には直接答えられないが、適応という考え方と大幅排出削減の両面で対応を強化することが必要。これまで環境問題への対応は政府による規制的手法というイメージが強かったが、パリ協定制定後に大きく変化し、NON-STATE-ACTORと呼ばれる自治体の首長や企業のトップがCOP(気候変動枠組条約締約国会合)の会場で意見を述べるようになってきた。日本でも、JCI(Japan Climate Initiative)のように市町村や企業が環境保全を盛り上げようという機運も生まれている。今後の日本の長期戦略では、国のみならず、市町村や企業の役割も重要になってくると考える。まだオールジャパンとまではいえないが、その流れになりつつあることは間違いないので、それをさらに加速させたい。

堅達: クライメートジャスティス(気候正義)という言葉がある。地震などの災害は天災だが、気候変動は人類がCO2を大量に排出したために起こった人災。しかもそのしわ寄せはCO2をあまり出していない弱い人たちや人間以外の生き物が受ける。これが不条理であるという観点は憲法的な意味合いでも大事である。未来の人権を守る意味での気候正義を強く意識して進めていく必要があるのではないか。世の中の仕組みとして温室効果ガスを排出した人が損をし、出さなかった人の方が得をするようなものにしていかなければならない。

松橋: 「持続可能な発展」を考える際、環境、経済、社会のそれぞれの観点からアプローチするのだが、人権の話も含め社会の観点が弱かったと感じる。未来の人権に関してはFuture Designという取り組みがあり7世代先の人の気持ちになって考えていくことが基本とされている。どのような社会に住みたいか、という議論をこれからやっていけるのであれば良いと思う。

5. まとめ

最後にパネリストからひとことメッセージを会場に示してもらいました。

松橋 締めの言葉「市民」
研究者は、生活者でもあり、市民として発言する機会もある。行政も企業も市民としての意見を尊重して行動するので、市民の皆様も自身の意見を活発に述べていただくのがいいと思う。

杉山 締めの言葉「楽観」
最近、IPCCの共同議長(シュクラ氏)が国際的な難題に取り組んでいるのにも関わらず、非常に明るく仕事をこなしていくのを見て感銘を受けた。何もしなくて良い「楽観」ではないが、厳しい状況でも何かできるんだという雰囲気を見た。そういうものが必要ではないか。

木野 締めの言葉「皆で共有できる脱炭素ビジョン」
温暖化対策にいいものがあるのにそれが社会に普及されないことをどうするのかという意見があった。エコな商品を選んでもらうために適切な情報とは何かという意見もあった。環境省が提唱しているクールチョイスなどの取り組みがまだ足りていないし、イノベーションを踏まえ、環境負荷情報がわかりやすく見える化されたり、価格に適正に反映されることも必要。長期戦略で掲げるビジョンは、オールジャパンで対応するために、皆で共感し、納得できるものである必要がある。そうしたものを策定していきたい。

堅達 締めの言葉「イノベーションを起こす仕組みを作る」
何事も仕組みを考えることが重要。お金の流れを変えることも重要。安くて役に立つものがあれば消費者もそちらに流れる。銀行にお金を預けるにしても脱炭素を目指す金融機関に預け替えることだって可能。あとはこれらのことを、若くやる気がある頭の柔軟な方が我々の未来をスマートかつクールに導いてくれることを期待。

江守(まとめ)
イノベーションは少し前までは環境保全派の方にウケが良くなかったと思う。技術に頼るとは如何か、ライフスタイルの変更などが先というような雰囲気があった。しかし、気候正義のような考え方から、「社会が変わってほしい」と思ったときに、何かしないと変わらない。その方法のひとつが、社会の仕組みを変えうるイノベーションになるのではないか。また、今日の議論にはかなり若い、これから大人になる方にも複数加わっていただいた。これからも脱炭素社会に向けてさらにイノベーションについて考えていきたい。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP