2019年12月号 [Vol.30 No.9] 通巻第348号 201912_348002

気候変動への適応—地域の取組の活性化に向けて—筑波会議国環研セッション報告

  • 地球環境研究センター 交流推進係 今井敦子

10月2日(水)〜4日(金)、つくば国際会議場において、「Society5.0[1]とSDGsを見据えた目指すべき社会の在り方とその実現に向けて取り組むべき課題」をメインテーマに筑波会議[2]2019が開催されました。

筑波会議2日目の10月3日には、「気候変動への適応—地域の取組の活性化に向けて—」と題する国環研セッションが行われました。

国環研セッション第1部では、Future Earthの事務局長であるDr. Amy Luersが「Climate Adaptation, Resilience, Vulnerability(気候変動への適応、強靭性(レジリエンス)、脆弱性)」と題する基調講演を行いました。講演のなかでDr. Luersは、途上国でのボランティア活動という自らの体験を通して、気候変動リスク管理を広域的に進めるためには、地球規模、地域規模を問わず多様な主体のconnection(連携)が重要だと話しました。第2部は国内機関から5名の講演がありました。本稿では、そのうち2名の講演概要を紹介します。

気候変動適応プラットフォームと適応推進活動の紹介
【講演者】岡和孝さん(国立環境研究所気候変動適応センター・主任研究員)

気候変動はすでに観測されており、自然や人間社会に大きな影響を与えています。気候変動がもたらす被害を小さくするためには、原因となる温室効果ガスの排出を減らす「緩和策」とあわせて、長期的な視野に立った「適応策」が重要です。わが国では、2015年11月に「気候変動の影響への適応計画」が、2018年11月に「気候変動適応計画」が閣議決定されました。また、2018年12月に「気候変動適応法」が施行され、それにあわせて国立環境研究所内に気候変動適応センター(以下、適応センター)が設立され、気候変動影響及び気候変動適応に関する情報の収集・整理・分析・提供や、地方公共団体や地域気候変動適応センターにおける気候変動適応に関する取り組みに対する技術的助言などの役割を担うことになりました。具体的には以下のことがらが含まれます。

  • ① 国内研究機関との連携等による適応研究・事業推進
  • ② 関係機関・事業体・個人等との間での影響・適応等情報収集・分析・提供機能
  • ③ 地域気候変動適応センターとの事業の連携
  • ④ 地方公共団体適応推進のための技術的助言や援助
  • ⑤ 人材育成やアウトリーチによる適応施策支援
  • ⑥ アジア地域等国際的な貢献

さらに、適応センターの重要なミッションの一つが気候変動の影響と適応に関するプラットフォームの開発であり、日本を対象とした気候変動適応情報プラットフォーム(Climate Change Adaptation Information Platform: A-PLAT、http://www.adaptation-platform.nies.go.jp/)と、アジア太平洋気候変動適応情報プラットフォーム(Asia Pacific Climate Change Adaptation Platform: AP-PLAT、http://www.adaptation-platform.nies.go.jp/en/ap-plat/)を開設しました。

図1 適応センターとA-PLATの役割

まずA-PLATについて説明します。A-PLATは気候変動の影響への適応に関する情報を一元的に発信するポータルサイトとして、当初、地球観測連携拠点(温暖化分野)の下に2016年8月に発足しました。現在、A-PLATは適応センターにおいて運営されるとともに、その充実・強化は適応センターの重要な業務の一つとなっています。A-PLATでは、地方公共団体、事業者、個人の方々による気候変動への対策(適応策)の取組を支援することを目的として、必要な科学的知見(観測データ、気候予測、影響予測)や関連情報を収集・整備し、ステークホルダー間の情報共有を促進します。たとえば、将来の気候変動がコメの収量に与える影響の予測情報を表示したり、適応策データベースを構築したり、地域気候変動適応センターの活動等を紹介しています。地方公共団体の活動を効率よく支援するために、適応センターでは10の地方公共団体にインタビューし、必要とされるものを次の6つに分類しました。①人材育成の支援、②調査・研究の支援、③地域気候変動適応センターの活動に対する支援、④科学的知見の収集に対する支援、⑤ツール開発の支援、⑥資料作成の支援、です。

次に、AP-PLATについても簡単に紹介します。2019年6月16日に開設したAP-PLATは、最新の科学的な気候リスク情報を提供することで、途上国の適応策の支援を行います。このプラットフォームの下で、以下の活動を進めます。

  • 国、地方公共団体、事業者、個人による気候変動適応に対する取り組みへの支援
  • アジア太平洋地域における科学的知見(観測データ、気候変動予測、気候変動影響予測)の収集と整理
  • ステークホルダー間の情報共有の促進

AP-PLATは国際的な協力のもとで開発されました。AP-PLATでは、信頼できる、実用的な適応策の策定に向けて、パートナーの機関との協力を今後も進めていきます。

気候変動と異常気象
【講演者】塩竈秀夫さん(国立環境研究所地球環境研究センター・気候変動リスク評価研究室長)

近年、猛暑などの異常気象がテレビのニュースなどで毎日のように話題に上がります。異常気象が起こると、ジャーナリストや一般の方々から、「これは地球温暖化のせいですか」という質問をよくいただきます。シンプルな質問ですが、答えは簡単ではありません。たとえば台風は、人類が存在する前から発生しており、台風が一つ来たからといって、それをすべて人間活動のせいだと断言することは原理的にできません。しかし、観測結果とモデルによるシミュレーションを比較することで、異常気象の発生確率や規模に対する人間活動の寄与率なら評価することができます。この研究を確率的イベントアトリビューションと呼んでいます。私たちの研究チームでは、大気大循環モデルを利用して、2つのタイプの実験を行いました。

一つは温暖化した条件下での実験です。モデルに人間活動による気候変化因子(CO2濃度や大気汚染物質の量)と自然起源の気候変化因子(太陽や火山活動)、およびある年の海面水温と海氷の観測データを組み込みます。気候モデルで実験を行うと、同じ条件を与えてもたまたま暑くなるケースもあれば、寒くなるケースもあります。一つひとつは偶然起きるのですが、それがたくさん集まると確率的な性質をもちます。温暖化した条件で、最初に計算した値から少し変えて100回計算しました。

図2 モデルに人間活動と自然起源の気候変化因子、ある年の海氷面温度と海氷の観測データを与えて計算した場合

もうひとつは温暖化していない条件下での実験です。自然起源の気候変化因子は時間変化させるものの、CO2濃度などの人間活動による気候変化因子は1850年の状態にし、長期変化成分を取り除いた海面水温と海氷の推定値を取り入れて100回計算しました。この温暖化した実験と温暖化していない実験で、現実の観測値を超える確率を比較するのです。

図3 人間活動による気候変化因子を考慮しないで、自然起源の気候変化因子と、海氷面温度と海氷の推定値をモデルに与えて計算した場合(左図)と、人間活動+自然起源気候変化因子実験(赤)と自然起源気候変化因子実験(青)の確率分布(右図)

イベントアトリビューションの研究例をいくつか紹介します。2013年アメリカ南西部で熱波が起きました。この熱波が起こる確率分布を上記のように、温暖化した条件と温暖化していない条件で計算し観測値と比較すると、温暖化していない条件では0%でしたが、温暖化している条件では14%観測値を上回りました。また、2018年の日本の記録的な猛暑については、これを上回る確率が、温暖化していない条件では0%ですが、温暖化した条件では20%となりました。2010年のアマゾンの深刻な干ばつも上記のようにして計算すると、それよりひどい干ばつが起きる確率は温暖化していない条件では2%ですが、温暖化した条件では14%となりました。これらの異常気象は、温暖化によって起こる確率が増えたのです。

2013年11月にHaiyan(ハイアン)と名付けられた強力な台風がフィリピンを襲いました。この台風による高潮で、7000人以上の死者・行方不明者が出ました。Haiyanによる高潮の潮位を計算すると、温暖化していない条件では最大3.8mですが、温暖化した条件では4.3mになります。つまり、人間活動による温暖化で高潮が0.5m高くなったのです。

2015年、エルニーニョにより東南アジアでは深刻な干ばつが起きました。2015年のようなエルニーニョのときに東南アジアで降水がどう変化するかを調べたところ、温暖化した条件では、2015年の干ばつを超えるような干ばつが約9%増えることがわかりました。

さて、最初の質問「この異常気象は温暖化のせいですか」に戻りましょう。イベントアトリビューションという新しい研究によって、「異常気象は自然のゆらぎによって起きます。ただし過去の温暖化によって自然のゆらぎによるバランスが変わり、異常気象の発生確率(強度)が何%変わりました」と答えられるようになりました。このように、イベントアトリビューションや将来予測は、適応策を策定する際の情報提供としても、ステークホルダーなどが温暖化の緩和策を推進する動機付けとしても重要となります。

脚注

  1. サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画(平成28〜令和2年度)において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された。
  2. 2017年7月、世界の産官学の優秀な若手人材を主役とする討論の場を立ち上げ、それを「筑波会議」と呼ぶことが筑波会議委員会によって決議された。筑波会議の目的は、世界から産官学の優秀な若手人材を集め、彼らに討論の場を提供すること。彼らが未来のビジョンを語り、協働する仲間に出会う場の形成を目指している。この新しい討論の場は、100を越える研究機関と約2万人の研究者を擁する研究開発の一大拠点である筑波研究学園都市で開催される。

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