INTERVIEW2022年6月号 Vol. 33 No. 3(通巻379号)

受け手側の視点で国環研のコミュニケーション活動を変えていく 小針真紀子広報室長に聞きました

  • 地球環境研究センターニュース編集局

地球システム領域地球環境研究センター(以下、CGER)では、地球システム領域やCGERの広報活動の参考にするため、所内外の方々に広報活動についてお聞きしています。今回は2022年2月に企画部広報室長に就任された小針真紀子(こはり まきこ)さんに国立環境研究所(以下、国環研)の広報活動の方向性などをお聞きしました。

*このインタビューは2022年3月9日に行われました。

小針真紀子広報室長(右)と地球環境研究センターニュース編集局(当時)の広兼克憲(左)
小針真紀子広報室長(右)と地球環境研究センターニュース編集局(当時)の広兼克憲(左)

研究所初となる一般公募による広報室長として

編集局:国環研は2024年に創立50周年を迎えます。この50年間で小針さんは初めて一般公募から選ばれた広報室長です。就任されてまだひと月ほどしか経っていませんが、研究所の職場環境も含めた印象についてお聞かせください。

小針:普通の会社員で転職など全く考えていなかったとき、子どもが行ってみたいと言うので「夏の大公開」に2回来ました。夏の大公開は産業技術総合研究所(以下、産総研)と相乗りでしたね。最初は午前中国環研、午後は産総研に行くつもりでしたが、国環研の企画が面白くて結局夕方までいたんです。ですから、どういうところかというイメージはすでにありました。数年後に転職を思い立ったら国環研が募集を行っていて、しかも広報業務だったので、縁がある!と思ってしまいました。

まだ日は浅いですが、お客様のご視察などの機会に一緒に所内を回って研究者の説明を聞くのは本当に楽しいです。一方、私はかなりの方向音痴なので、研究所の建物は複雑でわかりづらいです。CGERのある地球温暖化研究棟も何回来ても覚えられないです(笑)。

コミュニケーション戦略から国環研ブランドを

編集局:国環研で扱っている環境問題は学問としてはとても広い範囲に及んでいます。まだすべてを把握されていないかもしれませんが、環境問題に関するご自身の考え方に変化はありましたか。

小針:もともと環境問題に無関心ではなかったのですが、有料化する前からレジ袋をもらわないなど、個人や家庭のレベルでした。研究所はもっと先をいきますし、当然範囲も広いです。一見、環境のためになるかどうかわからないことでも研究を進めているのが研究所ですね。自分の思っていた環境のための活動はほんの一部だという感じがしました。

編集局:広報の観点からここを掘り下げたいと思うポイントや、これをもっと面白くしたいということはありますか。

小針:国環研は、研究成果の発出を中心にいろいろなコミュニケーション活動を行っています。どれもたいへん労力や熱意をもって作られていると思うのですが、ターゲットや手法がさまざまありすぎて全体像がわかりにくくなっている、そして発信者目線になっている場合もままあるように思います。まずはコミュニケーション戦略を立ててそれらを整理して方向付けしたい。そして結果的に国環研のブランドをしっかり作りたいという想いがあります。

ひとつのブランドを作るには、時間がかかります。よくマラソンにたとえられるのですが、多くの人に認知されるためには長い距離を走らなければなりませんし、走った距離がそのままそのブランドの財産になっていきます。一方で、事前に入念に方向性を定め、長く走るに足る準備を十分にしてから走り出さなければなりません。揺らがない根幹を作ってから、よーいドンで進めたいです。

編集局:ブランドというのは非常に奥深く、面白そうだなという気がします。是非進めていただきたいと思います。

研究の成果を広報につなげるには

編集局:さて、広報活動が価値あるものであったかというフィードバック、広報の成果、効果、評価を把握するのはなかなか困難です。広報の成果をどうやって把握したらいいかという点について何かお考えがありますか。

小針:自分たちがどう見られているか、受け手側の視点を常に持たなくてはいけないと思っています。こちらが投げたいものを投げているだけでは発信側の独りよがりになってしまいますから、キャッチボールが大切です。相手がどう受け止めていてどう返球してくるかを知る機会を多く作ることは重要だと考えています。

そのためには、客観的な定点観測のために、調査をすることが一つの方法です。コミュニケーションというとどうしても興味がある、寄ってくる人との間のものになりがちです。たとえばイベントで参加者にアンケートをとったら、「たいへんよかった」という回答がきますが、それは当たり前です。来なかった人が、イベントを知っていたのか、なぜ来なかったのか、というようなことが実はとても大事なのです。コミュニケーションの受け手の側からどう見えるかという意識が常に必要だと思います。

編集局:研究者だけではありませんが、好きなことしかしないという人は世の中にいます。広報活動にあまり関心がなく、積極的ではない研究者も一定数います。そういう人も巻き込んでいくことが必要ですが、何かアイデアはありますか。

小針:一番わかりやすいのは反応が得られる活動に加わってもらうことかと思います。何の役に立っているのかわからないと、関心も湧きませんよね。

たとえば原稿を書いても、それがどこで読まれてどうなるかわからないと反応は得られませんが、イベントなどで来場者に直接説明すると、リアルにコミュニケーションがとれます。そういうところが入口になって外に出ていく活動に興味を持っていただけるかもしれません。

でも個人的には、ある方向に集中するがゆえに多少社会的なバランス感覚に欠けてしまうような人にも魅力を感じますね(笑)。やりたくない人に無理やり広報をさせる必要や意味はないんじゃないか、とも思います。研究者にとって評価されて名前が知られているというのは一つの成功の形だと思いますが、逆に研究だけに集中したいので知名度なんてどうでもいいという人もいるでしょう。そうした人を無理やり広報に駆り出すより、もっと他に取れる方法があるのではないでしょうか。

編集局:科学者の理想は、リタイアした後に、小学生に「世の中にはこんな面白いことがあるんだよ」と教えられることだと聞いたことがあります。それが一つの理想だとすると、そのための準備を少ししてもいいのでは?と思います。基礎知識のない子どもに、自分の研究内容がいかに面白いものかを伝えるというのは、最初はなかなか難しいでしょうけれど、研究広報の真髄であって、それを認識しながら広報活動に参加してくれれば科学者としての理想に向けての一歩になるのではないかと…

小針:そういうことはあるのかもしれませんね。私が以前勤務していた企業では宣伝部に所属し、最初は技術論文集の企画、編集が仕事でした。私は技術者ではないし、最初は技術論文なんて読めない、直せないと思いましたが、四苦八苦して作った冊子が世に出ると、社内の技術者はとても喜んでくれました。彼らは素晴らしい技術を持っているけどそれは彼らにとって当然で、世に出そうなんて思わないんです。反対に私にはその技術はありませんが、世の中に出す手法を持っている。なんてやりがいのある仕事だろうと思って、そこから私はのめりこんだ訳ですが、国環研でも、研究者が「面白さを人に伝えることを経験する」お手伝いはできるのかもしれません。

「脱炭素社会」をありふれたものにする

編集局:さて、世界でも日本でも脱炭素化していかないと儲からないし、投資もされなくなってきました。一方で、日本は、脱炭素社会の実現には、我慢しなければいけないとか、「意識高い系の戯言」みたいなネガティブなイメージが存在していると思います。今後もそういうことが続くと思いますか。

小針:私自身、これまで環境問題を意識しながらも、自分が奇異な感じと思われるからあまり言わないでおこうというところがあったのは確かです。そういえばマイ箸を持ち歩いていた時期に、相手によってマイ箸を出したり出さなかったりしていました。

編集局:人を見て態度を変える面はありますよね。

小針:なぜでしょうね。

編集局:「なぜでしょうね」にヒントがあるのかもしれません。もうちょっとスマートにできないものでしょうか。

小針:特別な、奇異なことでなくなるためにはありふれればいいわけです。それにはやはり、環境に関するコミュニケーションを増やしていくということですね。ただ数を打つということではなくて、ターゲットを定めて適切な情報発信をしていくことが大切だなと思います。

「意識高い系の戯言」みたいなイメージも今後変わってくるかもしれません。私が受けてきた教育と、私の子どもが小学校から学んできたことは全く違っています。科学的な裏づけを取る、ものごとの流れをきちんと系統立てて学習していくということを普通に行ってきている感じがします。

自分の頃を思い返すと、たとえば、家庭科の調理実習でごはんを炊く授業はありましたが、それと理科で稲など植物の生態を学ぶということはまったくリンクしていませんでした。しかし、子どもの話を聞いていると、田んぼに行って田植えの体験をし、稲が育っていく観察日記を書き、虫が食べてしまうとか天気が悪いと生育にどう影響するかということを学び、お米の栄養成分や調理の仕方を学んで、さらに市場や小売店で売られているところを見学し、調理実習をし、食料品関連のごみの廃棄について学ぶためクリーンセンターにも行きます。実体験を交えながら、順番に系統立てて学んでいます。その上で自分たちで収穫したお米を紙袋に詰め、地域の人に配って喜ばれる経験をするんですよ。これから、ものごとの流れに科学的な考え方でアプローチできる人がどんどん増えてくると思います。

国環研のさまざまな面を知ってもらう

編集局:CGERは気候変動、地球温暖化を中心に研究も広報活動も進めています。しかし、国環研の守備範囲はもっと広いです。小針室長の今の感覚で、気候変動以外の環境研究の広報について(最近はむしろ、ここが弱い点かもしれません)印象またはお考えをお聞かせください。

小針:こちらに来て驚いたのは、少数の研究者に講演依頼や取材が集中していることです。注目していただけるのはたいへん有難いことですが、国環研のコミュニケーション活動において、どのように工夫して全体像を出すことができるかということは考えていかなければならないと思っています。

そのときの研究や社会的関心のトレンドもあるでしょうから、その時々の発信には研究分野や研究者による強弱があってもいいと思います。しかし総合的に見たときには、研究所の総体はやはり「まん丸」に見えるようにしたいなと思います。各領域と協力して全体像が見えるコミュニケーションの仕組みを作っていきたいです。

編集局:難しいかもしれませんが、大事ですね。

小針:まずはいろいろな領域、これまであまり広報を行ってこなかったところにも訪ねていって、研究の話を聞いてこようと思っています。発信する前に、私自身が楽しんでしまいそうな気もしますが(笑)。

編集局:それは結構な効果があると思います。多くの場合ポジティブに受け止められるでしょうし、広報することで国環研の違う側面を皆さんに知ってもらうことになると思います。新広報室長のコンタクトを待っている研究者も多いと思います。

小針:だといいなと思います。

編集局:これからの国環研の広報の方針など、いろいろなお話をお聞きすることができました。CGERの今後の広報活動にも活かしていきたいと思います。今日はお忙しいところ、ありがとうございました。