RESEARCH2023年1月号 Vol. 33 No. 10(通巻386号)

環境研究総合推進費の研究紹介31 環境を軸にしながらさまざまな地域課題解決をめざす 環境研究総合推進費課題1-1902「地域循環共生圏による持続可能な発展の分析手法の開発」での取り組み

  • 五味馨(国立環境研究所福島地域協働研究拠点 地域環境創生研究室長)

1. はじめに

2018年に閣議決定された第五次環境基本計画では「地域循環共生圏」という言葉が大きく取り上げられています。これは資源「循環」や自然「共生」などの環境の課題に地域で取り組もうというだけではなく、地域の間の人やお金の「循環」、都市と地方といった異なる地域の「共生」も進め、地域資源を活かした環境の取組を中心としながら、各地域の社会・経済の課題も解決していこうという考え方です。

この理念は一見してとても素晴らしく、環境・経済・社会の全体的な改善・向上を目指すという点では国際連合の「持続可能な開発目標(SDGs)」とも共通します。環境だけよくするのではなく、地域が抱える様々な課題を同時に解決する方法を目指すことはこれからの日本や世界にとって大事なことです。一方、この考え方は範囲がとても広いので、そのままでは何でも地域循環共生圏だと考えられてしまうかもしれません。地域循環共生圏の特徴はどんなことで、他の考え方と比べてどう違うのか。ある地域がどうなっていれば地域循環共生圏と言えるのか。個別の活動・事業を地域循環共生圏の視点から評価するにはどうすれば良いか。地域循環共生圏の理念を具体的な取組に活用していくには、こうした疑問に答える必要があります。

そこでこの研究課題では環境基本計画に示された地域循環共生圏の理念をもとにしながら、このアイデアを研究や実践に応用するための基礎的な枠組みの開発に取り組みました。まずは地域の持続可能性に関係する他の圏域概念と地域循環共生圏の違いや関係を位置付けました。次に、地域循環共生圏というために必要な要件を9つに絞り込みました。この9要件はチェックリストのように使うことが出来ます。さらに、地域循環共生圏に関連する様々な活動を分解して、異なる活動でもひとつの図の上に可視化する手法を開発しました。これは地域の活動を俯瞰したり、これからの取組を立案したりするときに使うことが出来ます。最後に具体的な事業が地域循環共生圏の色々な目標にどれくらい貢献するかを分析する手法を開発しました。

2. 地域循環共生圏は他のアイデアとどう違うのか

「~圏」という言葉は「大気圏」のように、何かの範囲を指しています。地域循環共生圏もある空間的な範囲を指す言葉です。地域のある範囲をさす概念(圏域概念)は多数あり、例えば「市町村」もそのひとつです。環境と関わるところでは川が水を集める範囲である「流域」がよく使われます。この研究では地域循環共生圏とはどのような圏域概念なのかを他の概念と比較して明らかにするために三つの分類軸を設定しました。1つ目は「人為-自然」です。これは圏域の成員・構成要素に着目した分類で、人為的な圏域とは人間活動を中心としたもの、例えば都市がそれにあります。自然的な圏域とはその逆で例えば流域や気候区分があります。2つ目は「記述-規範」です。これは概念を設定する目的に着目した分類です。学術用語で記述的とは対象を客観的にみることで、現象の説明に使われます。例えば都市に通勤してくる人が住んでいる範囲を指す都市雇用圏があります。規範的とは達成したい目的・目標があってそのために設定したもので、地域住民のために必要な機能を備えた範囲である定住自立圏はその例です。最後に3つ目には「個別-統合」です。これは異なる分野の取り扱いに着目した分類で、物質の循環に焦点をあてた地域循環圏は個別的といえます。統合的な圏域の例としては多様な目標の達成をめざしたSDGs未来都市があります。

この3つの軸で地域循環共生圏を分類すると、「人の活動を中心として」「目的をもって積極的に作り出し」「多くの分野に取り組む」、人為的・規範的・統合的な圏域であることが分かります。

図1 [記述-規範]軸と[人為-自然]軸による様々な圏域概念の位置づけ*1
図1 [記述-規範]軸と[人為-自然]軸による様々な圏域概念の位置づけ*1

3. 現在の地域循環共生圏づくり事業のターゲットと偏り

どうなっていれば地域循環共生圏と言えるのか、地域循環共生圏を目指す活動をどのように評価すべきか。これを考えるために、環境基本計画の記述を分析して、すべて満たすことが必要な要件を抽出すると次の9つに絞り込まれました。

目標5つ:気候変動、資源循環、自然共生、社会課題、経済課題
方法2つ:地域間連携、地域資源活用
条件2つ:自立・分散、相利共生

この9要件をチェックリストのように使うことで、ある活動がどれくらい地域循環共生圏の理念に沿っているかを評価することが出来ます。例えばいくつかの大都市は早くから地球温暖化対策に力を入れてきました。しかし、脱炭素を目指して再生可能エネルギーの消費を増やそうとすると都市で生産できる量では足りません。そこで東北地方などの再生可能エネルギー資源の多い地域と協力して調達しようとする例があります。これは「気候変動」対策で「地域資源活用」し「地域間連携」をして、再生可能エネルギーの供給側にとっては「経済課題」にも効果のある例ですが、大都市から見ると「自立・分散」とは言えません。また再生可能エネルギーの拡大のために生物多様性や文化的に重要な森林を伐採するようなことがあれば「自然共生」「社会課題」「相利共生」に反することになります。

これを活用して環境省の地域循環共生圏事業に参加している団体の活動を分析したところ、ひとつの活動が該当している要件の平均は9つのうち6程度、最も多く言及されているのは地域資源活用、逆に最も少ないのは双利共生でした。また地域間連携に言及している団体は半分以下でした。さらに、ひとつの団体の活動のなかで複数の要素が同時に言及されている頻度を調べることで、要素間の相乗効果・一石二鳥がどれくらい考慮されているかの指標になります。環境目標のなかでは資源循環と気候変動が同時に出てくることが多く、自然共生は単独で言及されていることが多いことなどが分かりました。一方で経済課題はほぼすべての団体で言及されており、地域循環共生圏づくりの活動では環境の課題に取り組みながら地域経済をよりよくしようという意図があることが分かります(図2)。

図2 環境省事業に参画した団体の活動の9要件の出現頻度及び共起度:四角形のサイズが出現頻度(35団体中の言及した団体数,添えられた数値に同じ)を示す。要件をつなぐ線(太さ・濃さ・実線or破線)が共起度(Jaccard係数)を示す。共起度が高いほど同時出現する頻度が高い。*2
図2 環境省事業に参画した団体の活動の9要件の出現頻度及び共起度:四角形のサイズが出現頻度(35団体中の言及した団体数,添えられた数値に同じ)を示す。要件をつなぐ線(太さ・濃さ・実線or破線)が共起度(Jaccard係数)を示す。共起度が高いほど同時出現する頻度が高い。*2

4. さまざまな活動の構造を可視化する

研究として地域循環共生圏の活動を分析しようとすると、実に様々な種類の事業を対象にすることになります。例えば家庭ごみのリサイクル(資源循環・気候変動)、自然環境や生物を生かした観光振興(自然共生・経済課題)、廃校を活用した都市・農村の交流イベント(地域間連携・社会課題)のように、目的も関わる人々の数も取組実施のスケールも異なるものを、同じ土俵で比較するには工夫が必要です。そこで私たちは複数地域の協力で多くの取組が実施され、最終的に目標が達成される構造を、要素とその繋がりからなるシステムとして捉え、9要件との対応に配慮しながら構造化して図示・可視化する方法を開発しました。要素を順に繋げると、「地域」の「地域資源」を活用し「地域主体」が協力して「取組」を行うと「指標」が改善して「効果」が発生し「地域目標」が達成される、と読むことが出来ます。

この手法は地域で行われている活動を整理し、俯瞰し、どのような効果があるかを考えたりするのに使うことが出来ます。一方、これから活動を始めようという場合にも、この中から例えば「地域資源」「地域課題」「取組」「地域目標」だけを使い、地域資源を活用して地域課題を解決・改善する取組を発案するのに使うことが出来ます。この手法は環境省の事業に提供され、地域の課題整理やいわゆる「マンダラ図」を描くのに活用されました。

図3 仮想的な地域循環共生圏づくりの活動の構造化例*1
図3 仮想的な地域循環共生圏づくりの活動の構造化例*1 画像拡大
図4 可視化手法の地域「マンダラ図」への活用例*3
図4 可視化手法の地域「マンダラ図」への活用例*3 画像拡大

5. 事業の地域循環共生圏への貢献を評価する

9要件に対応する指標を考えることで、個別の具体的な事業がどれくらい地域循環共生圏づくりに貢献するかを評価することも出来るようになります。特に経済的な側面についてはある地域から生まれるお金の流れがどこの地域で発生するかが重要です。そこで経済面については「地域付加価値分析」という手法を応用して、対象の地域、繋がりが深く同じ「地域循環共生圏」を構成している範囲内、そしてその他の地域に分け、事業から発生する付加価値の行方を追う方法を開発しました。またそれ以外の目標等については定量的な評価の出来る指標は数値で評価しつつ、それが出来ない場合にも52の指標への関連の有無を判定することで定性的な評価が出来るツールを開発しました。

図5 事業の貢献度分析の事例:奈良県内の県産木材を利用した建築事業による地域付加価値の帰着割合(左)と地域循環共生圏の6要件への当てはまり*4
図5 事業の貢献度分析の事例:奈良県内の県産木材を利用した建築事業による地域付加価値の帰着割合(左)と地域循環共生圏の6要件への当てはまり*4 画像拡大

6. おわりに

2020年の日本政府による脱炭素宣言以降、地域でも再生可能エネルギーの拡大をはじめとした脱炭素対策が進められています。しかし、多くの取組は脱炭素以外の分野や地域課題とも関連しています。地域循環共生圏の理念や本研究で開発した具体化の手法を活用することで、環境の取組であっても様々な一石二鳥・相乗効果を引き出し、持続可能な地域づくりに効果的な活動の立案・実施を支援していきたいと考えています。

*環境研究総合推進費の研究紹介は地球環境研究センターウェブサイト(https://www.cger.nies.go.jp/cgernews/suishinhi/)にまとめて掲載しています。