2012年10月号 [Vol.23 No.7] 通巻第263号 201210_263006

長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 3 海洋に溶ける温室効果気体の挙動を探る:海洋二酸化炭素濃度測定システム

地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 研究員 中岡慎一郎

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1. 海はCO2の貯蔵庫

海水はなぜ塩からいのかは、その昔塩を吹く臼を海に落としたからだという昔話があります。どうして塩からいのかという大問題はさて置き、海水には塩の成分として塩素やナトリウムが溶け込む他に、重曹の原料で知られる重炭酸(HCO3)なども溶け込んでいます。つまり、膨大な海水の中で二酸化炭素(CO2)はその多くがいわゆる “イオン” の形でたくさん貯蔵されているのです。その量は炭素としておおよそ大気CO2の50倍と言われていて、今も化石燃料の消費で空気中に放出されたCO2の一部を海が取り込み続けています。海水中のCO2は、化学的にいうと気体として溶けているCO2と、前述の重炭酸イオン、そして炭酸イオン(CO32−)という三つの形態で存在し、その存在割合は水温や圧力によって変化します。

大気から海洋にCO2が溶けるときは気体CO2として溶け込むことになります(ココが知りたい温暖化「海と大気による二酸化炭素の交換」​[http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/3/3-1/qa_3-1-j.html]​参照)が、一般的に気体が水に溶け込む際にはいくらでも溶け込めるわけではありません。溶け込める量は、気体の圧力が高いほど、または水温が低いほど多く溶け込めますので、炭酸飲料を作るときはCO2の圧力を4気圧ぐらいにして作っているというわけです。

さて大気から海洋に溶け込むCO2(実は出ている時もあります)の量を調べるには、海水中に気体として溶けているCO2の濃度を、できるだけ多くの頻度で、そしてできるだけ広い範囲で観測することが求められます。しかし、研究船でそのような観測を行うのは資金的にも人材的にも難しいのが現状です。そこで、地球環境研究センターでは日本—北米間および日本—オセアニア間を定期的に航行する貨物船に協力をいただいて、1995年から海洋CO2濃度の連続測定を開始し、太平洋域における大気—海洋間CO2交換量の推定に大きく貢献してきました。研究船でない船を使って海水のCO2吸収量を調べるためにはいろいろ難題があるのですが、ここでは地球環境研究センターで開発した海洋CO2計測システムについて現場観測の苦労話を交えつつ紹介し、観測の精度を向上させる目的で実施された国際相互比較実験について紹介したいと思います。

photo. Trans Future 5

日本—オセアニア航路の観測を担うTrans Future 5号(トヨフジ海運(株))

2. 海水中のCO2濃度を測る

海水中のCO2濃度を測定するためには、まず海水を船内に引き込み、その海水をさらに測定システムに導入します。前述したように海洋の炭酸システムは水温の変化によって存在比率が変化し、知りたい現場海水中のCO2濃度からズレてしまうので、引き込んだ海水の温度変化を最小限に食い止める必要があります。しかし、困ったことに貨物船内で観測を行う部屋は船底のエンジンルームに近く、室温が30度を超えることがしばしばで、そのままでは導入した海水の水温は上がってしまいます。それを食い止めるために、海水配管を断熱材でぐるぐる巻きにした上で、高性能ポンプを使って汲み上げた海水を瞬時に測定システムまで流し、現場の水温と配管内の水温の差をできるだけ小さくするように努めています。さらに、海水の引き込み口と観測室に高精度水温計を設置することで水温差を正確に測定し、現場海水中のCO2濃度を計算しています。

fig. 気液平衡器

気液平衡器の概念図

海水中のCO2濃度を測定するためにはいくつかの方法がありますが、地球環境研究センターでは大気中CO2濃度測定でも使われている非分散型赤外分析計(NDIR)と呼ばれる機器を用いています(長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [2] 参照)。しかし、NDIRは気体中のガス濃度を測定するために開発された装置ですから、海水をそのままNDIRに流すわけにはいきませんので、独自に開発した気液平衡器と呼ばれる装置を用いて海水中のCO2濃度と同じ濃度になった空気(平衡空気)を生成し、NDIRに送り込みます。世界で使われている多くの海洋CO2濃度測定システムはNDIRと気液平衡器で構成されています。平衡空気がこの二つの装置間を循環するシステムを閉鎖式と呼びます。一方、外部から常に空気を導入して連続的に平衡空気を生成するシステムを開放式と呼び、地球環境研究センターでは開放式のシステムを開発しました。これは、閉鎖式のシステムでは系内の圧力変化が大きく、測定誤差を生む要因になりやすいのに対して、開放式のシステムは系内が常に大気圧であることが保証されるので、この誤差要因を考慮する必要がないためです。本システムの気液平衡器は高さ1.5mの円筒形で、筒の底から高さ約1mまでは海水で満たされていて、その上部には細長い板が中心から放射状に伸びています(気液平衡器の概念図参照)。ポンプで汲み上げられた海水は器内上部から毎分15Lの流量で導入され、これらの板にぶつかり器内でしぶきとなって飛び散ることで、器内の空気と海水中のCO2が交換します。さらに、器内の下部に取り付けた多孔質のセラミックから空気を送ることで、空気は細かな泡となって器内水中を液面まで上昇します。泡が上昇する間に、ここでも泡の中のCO2と海水中のCO2との交換がなされます。さらにこの空気は、直前に測定した平衡空気中CO2濃度と等しい空気を、フィードバック装置と呼ばれる装置を用いて生成しています。開放式のシステムは、空気を循環させる閉鎖式に比べて気液平衡に達する効率が悪いと考えられてきましたが、地球環境研究センターで開発された本システムはこれら三つの手段を用いて非常に効率良く平衡空気を生成することに成功しました。生成された平衡空気は、NDIRへと送られて大気CO2観測と同様にCO2濃度が測定されます。

貨物船で観測を行うにあたっては、観測中に本システムの点検をしていただく船員の方々に極力負担をかけないよう、装置に工夫を施しています。例えば、本システムでは気液平衡器で一般的に使われているシャワーヘッドを用いることなく高い平衡達成率を実現しています。これによって、海水中の異物によってヘッドが目詰まりし、測定不良が起こるのを防ぐだけでなく、目詰まりの際のヘッドの交換や洗浄の手間をなくすことができました。また、万が一にも漏水を起こして、ご協力を頂いている船会社に迷惑を掛けないように、海水の給排水ラインの各所に漏水センサーを設置し、漏水を検知した際には自動的に給水をストップさせる機構を設けています。このような工夫を随所に施したことで、本システムの筐体は他機関が開発したシステムよりも大型にはなりましたが、観測中のメンテナンスをほとんど必要としない、安全性に優れた、欠測の少ない観測システムを構築することができました。

3. 国際相互比較実験

これまで述べてきたように、海洋のCO2濃度を測定することは大気海洋間のCO2交換を理解する上で非常に重要ですが、観測する上でひとつ大きな問題があります。それは基準となる海水(= CO2濃度が決まった海水)が存在しないことです。たとえば大気のCO2濃度を測定する際には予め金属シリンダーに高圧で詰められ、CO2濃度が測定された標準ガスと呼ばれる空気と試料ガスをNDIRに導入して、その出力を比較することで試料ガスの濃度を決定することができます(長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [2] 参照)。そのため、どの研究機関が同じ試料空気を測定しても概ね0.1ppmの範囲内でCO2濃度を決定することができます。海洋のCO2濃度測定でも、大気と同様に標準ガスと平衡空気のNDIR出力を比較し、海洋のCO2濃度を決定しますが、それでは単にNDIRの測定精度を評価することはできても、気液平衡器を含めた測定システム全体の正確性を評価することにはなりません。また、仮に基準となる海水を作成したとしても海水を大量に保持することはできませんので取り扱いが困難です。さらに、気液平衡器の設計も各装置によって異なっているため、平衡達成率もすべての機器で100%を達成しているかどうかは検証が必要です。全球の海洋CO2交換量を評価するためには複数の測定システムで行った観測結果を合わせて解析する必要がありますが、測定システムによって系統的な差が生じている場合には、大気海洋間のCO2交換量の見積もりに大きな不確実性が生じることになります。そこで、観測に用いている装置間でどの程度の差があるか把握するために、2009年にアメリカ海洋大気局(NOAA)やニュージーランド大気水圏研究所(NIWA)、インド国立海洋研究所(NIO)などの研究機関に参加を呼びかけて、相互比較実験を茨城県神栖市の水産工学研究所(水工研)で行いました。水工研にはおよそ300トンの海水を満たすプールがあり、実験ではプールの端に各研究機関の船上観測型のシステムを並べ、さらにブイ型の観測システムをプールに浮かべました。海水には炭酸水素ナトリウムや塩酸を添加することによって海水中のCO2濃度を250〜450ppmの範囲で変化させ、各装置の応答を調べました。実験の結果、NOAAやNIWA、NIOと地球環境研究センターの船上観測型システムは1ppmの範囲で一致することを確認しました。また多くの浮揚型のシステムも地球環境研究センターの船上観測型システムと比較して1〜2ppmの範囲で一致しました。しかし、浮揚型システムの中にはこの範囲から大きく逸脱するシステムも存在するため、今後ともこういった実験を行って装置を評価・改善し、観測精度を向上させる必要があると考えています。

photo. 国際相互比較実験

水工研(神栖市)で行われた海洋CO2濃度測定の国際相互比較実験風景

これまで人類が排出したCO2の約半分を吸収してきた海洋ですが、今後も無尽蔵に吸収できるわけではありません。予測されているような地球温暖化が今後起きるとすると、海洋がこれまで貯蔵してきたCO2を大気に返し、温暖化がより進行する可能性も否定できません。そういったことは起きてほしくはありませんが、世界中で高精度な海洋CO2濃度観測を実施して海洋のCO2の挙動を理解し、海洋の応答をすぐに検知できるよう警戒を怠らないことが重要だと考えます。

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