2016年7月号 [Vol.27 No.4] 通巻第307号 201607_307003

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 14 デジカメの観測網で植物フェノロジーの長期変動を探る

  • 小熊宏之さん
    環境計測研究センター 画像・スペクトル計測研究室 主任研究員
  • インタビュア:向井人史さん(地球環境研究センター長)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または低炭素研究プログラム・地球環境研究センターなどの研究者がインタビューします。

第14回は、小熊宏之さんに、定点カメラを利用した高山帯における地球温暖化の影響観測についてお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
6.7 フェノロジー

デジタルカメラで広がる観測ネットワーク

向井

小熊さんは『地球温暖化の事典』のなかで、フェノロジー[注]について執筆されていますね。

小熊

もともとフェノロジーが専門ではないので、執筆依頼された時にはちょっと戸惑いました。

向井

では、小熊さんが専門としている分野は何ですか。

小熊

一言で表現するとリモートセンシングですが、人工衛星によるリモートセンシングではなく、観測対象に近づいて撮影した画像や映像などを使い、生態系などの変動を詳細に調べることを行っています。

地球環境研究センターとして高山帯モニタリングを行うことが決まったとき、調査地を選定し、現地で植生調査をするのでは場所が限定されたモニタリングになってしまいますし、担当は私一人ですから、そもそも精緻な植生調査はできないと考えました。衛星リモートセンシングを活用しようとも考えましたが、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の陸域観測技術衛星「だいち」の運用がモニタリング開始直後に停止してしまい、使える衛星データが少なくなってしまいました。そこで、デジタルカメラを高山帯に常設し、定点撮影することが、スケール的にもコスト的にも労力的にも現実的な方法だと考えました。さらに、最近はデジカメやスマートフォンが広く普及しています。登山中の記録を撮影する人も増えたことから、そういう人たちに「センサー」の役をしていただき、いろいろなところで撮影した情報を集約することができるのではないかと考えています。この方法ですと、衛星よりも高頻度の観測と、高い解像度の画像による観測ネットワークができると思っています。

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向井

カメラ自体の進歩も大きいですね。

小熊

フィルムカメラからデジカメになったときに飛躍的に進歩しました。今ではスマートフォンで撮影すると、位置情報付きの高解像度のデータをすぐにSNSなどネットに上げることができます。いろいろな画像・映像情報を使ってモニタリングする技術的な土台ができてきました。

向井

カメラがすぐにネットワークに結びつくということですね。

フェノロジー研究のポイントはたくさんあると思いますが、『地球温暖化の事典』のなかでは、カラマツ植林地での森林の二酸化炭素(CO2)吸収量の季節変化と森林の投影画像でカラマツの展葉時期などを比較しています。こういうのには特殊なカメラを使うのでしょうか。

小熊

普通のデジカメです。特殊なものを使わなくても汎用品で観測できるところがメリットだと思います。

デジカメと衛星画像データでフラックスの変動を推定

向井

現在の観測目的は植物の季節変化の長期変動を探ることですか。

小熊

そうです。植物の季節変化の長期的な変動については、実はかなり昔から行われています。世界的に見ると、イギリスでは1753年から約250年間、人がいろいろな場所で405種の植物の開花日をずっと記録し続けています。その結果、1760年頃に比べて最近の25年間の開花は2.2〜12.7日早くなっていることが論文化されています。日本では気象庁が1953年からサクラの開花日をモニタリングしています。なお、植物に限らず、ウグイスやセミの初鳴きなど、生物の一年間の季節ごよみがフェノロジーです。最近の観測では、森林などの CO2フラックス観測サイトに森林のフェノロジーを観測するためのデジカメと人工衛星の観測を模擬できる分光放射計を一緒に設置し、人工衛星データの観測手法を研究するといった動きもあります。

向井

広域の植物活動を見るのでしょうか。

小熊

人工衛星は広域の観測ができますが、直接的に植物の活動を見るわけではありません。衛星観測では、地上の植物から反射された太陽光をその波長別に分け、反射の強弱から植物の状態を推定するので、観測される分光反射率と植物の状態とを対応づけることが必要となります。そこで、CO2フラックスの測定と同時にデジカメと分光放射計の両方で測定する動きが国内外で進められています。日本国内だけでも現在14か所くらいのサイトでこのような観測が行われています。地球環境研究センターの富士北麓フラックス観測サイトでも、同様の方法でカラマツのフェノロジーとCO2フラックスの対応を調べています。これにより、カラマツのフェノロジーがフラックスの季節変動に与える影響を評価できます。

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富士北麓フラックス観測サイトにおけるデジタルカメラを活用したカラマツ林のフェノロジー観測の例 [クリックで拡大] 上段:タワー上部からのカラマツ林全景の観測画像
中段:葉への近接画像
下段:林床での魚眼カメラの観測画像。上:カラマツ林の葉の展開と密度を観測するためのカメラ画像。下:林床の草本植生の観測用カメラ画像
観測機器や方法についてはhttp://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/flux/remo.htmlを参照してください。

向井

陸上植生の季節変動・長期変動に関する長期観測網(Phenological Eyes Network: PEN)での活動ですね。これは日本で始まったと聞いていますが、世界に展開してはいないのですか。

小熊

PENは国内14か所、国外には15か所展開されていますが、他にもいろいろなところで地上と衛星観測のリンクをも視野に入れた同様の活動が広まっており、欧米ではそれぞれ大陸ごとにカメラネットワークがあります。一方で市民活動家による観測もあります。デジカメによる観測は誰でも始めることができるので、観測点数も多くなります。樹木や森林の場合、対象とする木を決めておけば、長期のモニタリングにつながります。開花などわかりやすいものに関しては個人のバイアス(先入観)はそんなに入らないと思いますが、色の評価については、個人の判断では難しいところがありますので、デジカメを使って色の比率を評価することで多地点での比較ができます。

向井

3月に終了した地球温暖化研究プログラムのまとめに、小熊さんは、日本での温室効果ガスの増加によると思われるフェノロジーの変化はまだそれほど明確ではないというようなことを書かれていました。観測期間があまり長くないので、長期トレンドはまだ見えていないということでしょうか。

小熊

観測を開始してまだ5年ですから、その間に検出可能な変化があったらむしろ大変です。

向井

どれくらいの観測期間が必要でしょうか。先ほどイギリスでは250年とおっしゃっていましたが。

小熊

可能な限り長期間としかお答えできません。イギリスの例では何世代にもわたる人的な観測により、長期的な変化をとらえていましたが、一方でデジカメをはじめとした最新の機材によって得られる色の変化や空間変動を定量的に評価することによって、モニタリングの精度が上がってくると思います。

向井

短い期間でも変化がわかるようになるということですね。

カメラの応用として広がる調査

向井

カメラを応用した観測について、何か最近の話題があれば紹介してください。

小熊

高山に限らず、カメラ技術を利用したサンゴのモニタリングも行っています。ロボット船に水中カメラを取り付けて、サンゴの三次元データをとり、分布や白化の状況を把握します。地球環境研究センターニュースでも紹介しました(「浅海底自動観測システムの紹介」地球環境研究センターニュース2015年7月号)。

向井

深海性のサンゴの監視にも使えるのでしょうか。

小熊

ターゲットにしているのはごく浅い水深5mくらいのところです。これは一般にいわれている珊瑚礁の水深で、逆に浅すぎて今までは船が入っていけなかったので、ダイバーがコドラートと呼ばれる枠を置いて、ダイビングしてスケッチしていました。そういうところをロボット船に取り付けたカメラで捉え、地理座標をつけ、三次元的な大きさもわかるような画像処理をしました。残念ながら、予算の関係でサンゴの調査は2014年度で終わってしまいましたが、コンクリート護岸などの国土インフラ調査用として活路が見いだされました。

雪融け時期がフェノロジーに影響する?

向井

今年2月に長野県と国立環境研究所は、高山帯モニタリングに関する相互協力となる「生物多様性の推進に関する基本協定」を取り交わしました。小熊さんは長野県でも活動を進めていますね。現在何か所にカメラを設置しているのでしょうか。

小熊

長野県中心に15か所、北海道が4か所です。

向井

高山帯でフェノロジー観測をするためにカメラを設置したのでしょうか。

小熊

フェノロジー観測も大事ですが、フェノロジーを決める要因として、雪がいつ融けたかということが多雪である日本の高山帯では特に重要です。しかし、その情報も探してみるとなかなかなくて、いつ・どこから雪が融け始めて、地表面が露出するかというのを観測し続けています。それに加えて現地機関や大学などの協力を得て現場での植生調査をしていきます。雪が融けるタイミングが早くなっていくと、そこに生える植物の種類が変わってきたり、何らかの変化が起きるかもしれません。例えば、地面を這うように生えるハイマツがあります。雪が降っている間も緑の葉をつけて雪の中で耐えていますが、雪が少なく冬の間も露出したままになってしまうと季節風に吹き付けられ緑葉は枯れてしまいます。要するに雪がハイマツを守っているわけです。ところが、逆に雪が多すぎると今度は物理的な圧力で折れてしまいますから、微妙なバランスで成り立っているといえます。

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立山(富山県)の5年間の観測画像。日付については天候状況により前後1日程度異なる場合がある。年により融雪の速度やパターン、紅葉時期などが異なることがわかる [クリックで拡大]

向井

見かけ上何かが変化している、例えば雪の量が変化していることに対して、実際の生態系がどのように応答しているのかというデータを集積して、わかりやすく発信するのは重要です。しかし、生態系がどう応答しているのかというのは写真を見ただけでわかるのでしょうか。

小熊

植物が葉を開き始める時期や生育期間の変化をはじめ、一年間の降雪期間が変わっているというのを、山全体、または標高別に細かく見ることはできると思います。

向井

ある種の情報はカメラ画像による詳細な観測によって把握することができるということですね。

小熊

高山植物の種類が変わったというところまでは、カメラ観測ではなかなかわからないと思いますが、群落全体が標高の高い方に移動したとか、ある植物が枯れてしまって違うものが入ってきたという変化はわかってきます。変わってくるまでのプロセスとして、雪が融けるのが早くなったとかそういうことが関連づけられます。

向井

カメラの解像度によるのですが、ハイマツが一年間でこれくらい伸びたというような情報は得られるのでしょうか。

小熊

カメラの設置の仕方にもよりますが、得られると思います。例えば今、非常に理想的な環境に近いところでは、ギガパン(全方位・高解像度[ギガピクセル]パノラマ撮影用)を使用して、細かい画像を撮ろうと試みています。もちろん、一か所を詳細に観測するのがいいのか、安いカメラでいいから数多く設置して場所的な偏差をなるべくならしていく方がいいのか、という選択はあると思いますが。

山小屋との協力関係

向井

ローカルな現象を広域的に捉えるよう、広いところを視野に入れてカメラを設置しているのでしょうか。

小熊

両方です。今回長野県と協定を結びましたが、長野県などが植生調査を行っているようなところでは、もう少し植生の個体が識別できるくらいの解像度で観測しています。もっと広域的に5〜6kmスケールの雪融けを見ていくところもあります。高山帯の多くが国有林かつ国立公園であることから、新しい工作物を作るのは望ましくありません。そこでカメラの設置は山小屋にお願いすることが最も相応しいと考えました。幸い日本の山小屋は眺望のいいところに建っていますから、そこにカメラを置かせていただければ、全体を観測することができます。

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山小屋に設置したカメラの例(爺ヶ岳観測サイト。奥に見えるのは鹿島槍ヶ岳)

向井

山小屋は民間の運営ですか。

小熊

一部町営のものもありますが、ほとんどは民間です。

向井

民間の場合、どんな協力体制になるのでしょうか。

小熊

例えば、オリジナルの静止画像はこちらで回収しますが、高頻度で更新するような画像は山小屋のウェブサイトに使ってもらうようにしています。

向井

山小屋にとってもメリットがありますね。登山者にも何か利点があるのでしょうか。

小熊

山の天気などの国内数十か所の高山帯の最新画像を、スマホやタブレットで見られるようになっています(http://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/mountain-mobile/index.html)。

長期のデータ蓄積から得られる情報

向井

山小屋に設置したカメラではどれくらいの頻度で画像を撮っているのですか。また、送られてくる膨大な画像データをどう処理しているのでしょうか。

小熊

大半のサイトでは5時から17時まで、1時間に一回撮影しています。しかし山は霧や雲に覆われることも多いので、1日のなかで使える画像が数枚あるかないかです。北アルプスでは、長距離無線LANのネットワークができていますから、画像が撮れたらすぐにインターネットを介して研究所に送られてきます。また、携帯キャリアの電波を使って送信している場所もあります。こういうことができるようになって、モニタリングが可能になりました。

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向井

長野県と協力しつつ、今後さらに観測を広げるのでしょうか。融雪時期の変化がライチョウへ及ぼす影響などもテーマになりますか。

小熊

ライチョウの生息域となっているハイマツ帯がいつ雪から出てくるかということもライチョウの食料の供給という観点からみれば重要な要素です。最近は北アルプスでニホンザルが3000m級の山に上がってきて、ライチョウのヒナを捕食しています。それも温暖化影響といえるかもしれません。

向井

そういうことも含めて長期的にモニタリングしていくんですね。

小熊

そのあたりは、むしろ向井センター長にご相談したいところです。

向井

長期間のデータを蓄積することでより貴重な情報が得られると思いますので、地球環境研究センターとしても推進していこうと考えています。今後ともよろしくお願いいたします。

脚注

  • フェノロジー(phenology)は生物季節(学)と訳され、季節の移り変わりに伴う動植物の行動の状態の変化と、気候あるいは気象との関連を研究する学問。

*このインタビューは2016年4月21日に行われました。

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