2019年4月号 [Vol.30 No.1] 通巻第340号 201904_340002

計算で挑む環境研究−シミュレーションが広げる可能性 4 日本スケールから地球スケールを“シームレス”に取り扱う大気汚染シミュレーション

  • 地域環境研究センター 大気環境モデリング研究室 主任研究員 五藤大輔

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現在、コンピュータシミュレーションは環境研究を支える重要な研究方法となっています。天気予報や災害の予測など、私たちの日常生活と深く関係していることもあります。

シミュレーション研究の内容は多岐にわたり、日々進歩しています。このシリーズでは、環境研究におけるシミュレーション研究の多様性や重要性を紹介いたします。

1. 大気汚染のシミュレーションとは?

私は、大気汚染のシミュレーションをしています。ニュースに出てくる言葉でいうと、PM2.5(エアロゾルの一部)、黄砂、オキシダントなど空気中に含まれる微量な物質を研究の対象にしています。例えば、これらの物質が「日本付近の空気」の中にどのぐらい存在しているか(空気中の濃度がどれくらいか)をシミュレーションによって推定しています。また、大気汚染のシミュレーションは、PM2.5が「地球の気候変動」にどの程度の影響を与えるか、ということを推定する際にも使われます。「日本付近の空気」と「地球の気候変動」の話は、全然違うことのように思われるかもしれません。しかし、大気汚染は、大気環境と気候変動の両方に影響を与えています。そこで、私はこの両方の影響に注目したシミュレーションを行っています。

「日本付近の空気」の大気汚染シミュレーションを行う際には、特定のある領域のみを計算対象とする「領域シミュレーション」を行います(図1b)。シミュレーションの対象領域内を高い解像度(5kmから20kmのグリッドサイズ)で計算します。ただし、コンピュータの計算能力には限界があるので、高解像度計算のためには、シミュレーションの領域の広さを小さくする工夫をします。高解像度で計算すると、都市部での人間活動から発生した大気汚染物質をきちんと取り扱うことができ、より現実に近い大気汚染の分布を計算することできます。なお、大気汚染物質はシミュレーションの対象領域外からも流入するので、対象領域外は先に計算をしておき、これを境界データとして与えることで、領域シミュレーションを行います。地域環境研究センターで運用している大気汚染予測システムVENUS(http://venus.nies.go.jp/)は、このような方法によって大気汚染のシミュレーションを行なっています。

一方、「地球の気候変動」の大気汚染シミュレーションには、地球全体を計算対象とする「全球シミュレーション」を行います(図1a)。領域シミュレーションに比べて、計算する範囲が広いので、コンピュータの計算能力に限界がある状況下では、粗い解像度(50kmから300km)のシミュレーションしかできません。しかし、地球全体の影響を推定する場合には、粗い解像度であっても、大気汚染が気候への影響を与えるメカニズムを評価することが可能です。具体的にいうと、大気汚染物質であるエアロゾルは、太陽光を吸収する成分と吸収しない成分があり、凝結核となって雲を生成しています(図2)。これにより、放射フラックスを変化させ、気候に影響を及ぼします。これまでのシミュレーション研究によって、エアロゾルの存在は、全体としては地球を冷やす効果があることがわかっています。エアロゾルが地球の気温にどれほどの影響を与えるのか、というようなエアロゾルの気候への具体的な見積もりは、その不確実性が年々減少しています。しかし、雲に関するシミュレーションには課題が未だ多く残されており、大気汚染と雲の関係性に関しては未だ不確実な部分が多いのが現状です。

図1NICAM-Chemのモデル改良サイクルの模式図。NICAMは (a) 全球シミュレーションで示した準一様格子によって地球全体の大気の流れをシミュレーションすることができます。同時に格子を変換することによって、(b) 領域シミュレーションを行うこともでき、領域シミュレーションには、ストレッチ格子(Tomita, 2008)とダイヤモンド格子(Uchida et al., 2017)の2つの異なる格子システムが存在します。全ての格子において、大気汚染物質の計算を担うプログラムは共通のものを利用できるので、どれか1つの格子系で改良されたプログラムは、別の格子系でも適用することが可能です

図2大気汚染物質であるエアロゾルは、光を吸収する成分(黒色の丸)と吸収しない成分(白色の丸)があり、太陽からの光を散乱・吸収することで、太陽からの放射フラックスを変化させます。また右図で示したように、吸湿性のあるエアロゾルは雲凝結核となることができ、雲の微物理特性も変化させています。このように、エアロゾルは放射・雲を介して、気候変動にも影響を及ぼす物質です

2. 領域(日本スケール)から全球(地球スケール)をシームレスに(空間的に繋ぎ目がなく、スムーズに)に取り扱う大気汚染シミュレーション

1で挙げた領域シミュレーションと全球シミュレーションは、それぞれ異なる数値モデルを用いており、その目的や使い方もはっきり分けられ、別々に開発・改良されてきました。しかし、近年は状況が変わっており、双方を同時に取り扱うことができる数値モデルが開発されました。その1つが、私たちのチームで開発しているNICAM-Chem(Goto et al., 2018)という大気汚染物質輸送シミュレーションモデルです。母体の数値モデルは非静力学正20面体格子大気モデル(NICAM; Tomita and Satoh, 2004; Satoh et al., 2008; 2014)です。

図3には、NICAM-Chemでシミュレーションしたエアロゾルの全球分布を示しています(Sato et al., 2016)。最高性能のスーパーコンピュータの1つである理化学研究所の京コンピュータを使って、解像度が3.5kmの超高解像度シミュレーションを行いました。地球スケールで計算をした全球シミュレーションですが、「日本付近の空気」を計算する領域シミュレーションと同程度の細かい解像度で計算できました(全球高解像度シミュレーション)。その結果、人間活動が盛んな都市域やバイオマス燃焼が起こっている世界中のさまざまな地域でのエアロゾル分布を細かく再現することができました。また、空間スケールが数十kmの雲も再現できています。このような高解像度でシミュレーションができたことは、非常に大きな進歩です。

図3全球3.5kmの高解像度グリッドのNICAM-Chemで計算をしたエアロゾル光学的厚みと雲の分布(Sato et al., 2016)。理化学研究所の京コンピュータを使って、シミュレーションしました。エアロゾルのシミュレーションとしては、世界最高解像度レベルの結果になります。色の違いが異なる物質の違いを示しており、地球上には複数のエアロゾルが混ざり合って存在していることがわかります

このような高解像度の計算は、京コンピュータのような大規模なシステムを使って初めて実現できた大掛かりなものです。しかし、スーパーコンピュータが非常に発展してきたとはいえ、誰もが京コンピュータのような超大型スーパーコンピュータを自由に使える訳ではありません。また、このシミュレーション結果には改良の余地があり、より現実に近い大気汚染の分布を再現できるシミュレーションを行うために、更に何十回もの試行錯誤の計算が必要です。そこで、本文のタイトルに “シームレスに” と書いた通り、NICAMの特異なグリッドシステムが威力を発揮します。

図1aにあるように、NICAMは全球シミュレーション可能な数値モデルですが、図1bの左に示したように、ストレッチ格子法(Tomita, 2008)を用いることで、特定領域のみ解像度を細かくして、部分的に高解像度シミュレーションができる可変的なグリッドを採用しています。この可変的なグリッドの採用により、超大型のスーパーコンピュータによる全球高解像度シミュレーションではなく、通常のスーパーコンピュータによる領域シミュレーションでも、モデル改良のための試行錯誤を行うことができます。

もう少し具体的に述べます。図1bにおける領域シミュレーションで試行錯誤をして、大気汚染シミュレーションの改良を目指し、大気汚染物質を取り扱うプログラムの修正をしたとします。NICAM-Chemの場合、全球高解像度シミュレーションも領域シミュレーションも、大気汚染物質の計算を担うプログラムは共通なので、領域シミュレーションで修正した式をそのまま全球高解像度シミュレーションに適用できます。同時に、全球高解像度シミュレーションを行うことで、領域シミュレーションだけでは発見できなかった問題点を見出すこともできます。例えば、領域によって卓越するエアロゾルの種類が異なるため、ある領域においてシミュレーション結果が改良できても、他の領域では改良されたかはわからないからです。モデルを更に改良して、その後、領域シミュレーションを再度行い、より高度なレベルで大気汚染シミュレーションの改良を行うことが可能となります。NICAM-Chemを用いれば、日本国内といった領域から全球まで、異なる空間スケールをスムーズに(“シームレスに”)扱うことができます。そして、このような開発サイクルを回し続けることで、モデルの継続的な改良を効率的に行うことが可能となります。このようなモデルシステムは世界でも稀なもので、私たちのチームではこのシステムを生かし、モデル改良を続け、より良いものにしていきたいと思います。

3. まとめ

大気汚染物質シミュレーションは、世界中の様々な数値モデルによってなされており、小倉 (2018) でも述べられたような国際モデル相互比較も行われています。しかし、大気汚染のシミュレーションには不確実な部分が未だ多くあります。NICAM-Chemは他のモデルでは実現できない高解像度のシミュレーション結果を提供し、他のモデルで推定された値との差を議論することができます。このようなことが新しい問題点の発見に繋がります。私たちのチームは、世界中のモデルを組み合わせた中から共通点・相違点を明確にすることで、大気汚染物質の理解を深めて、より不確実性が小さい精度の高いシミュレーションを目指しています。

参考文献

  • Goto D., Nakajima T., Dai T., Yashiro H., Sato Y., Suzuki K., Uchida J., Misawa S., Yonemoto R., Trieu T.T.N., Tomita H., Satoh M. (2018) Multi-scale Simulations of Atmospheric Pollutants Using a Non-hydrostatic Icosahedral Atmospheric Model. In: Vadrevu K., Ohara T., Justice C. (eds) Land-Atmospheric Research Applications in South and Southeast Asia. Springer Remote Sensing/Photogrammetry. Springer, Cham.
  • Sato Y., Miura H., Yashiro H., Goto D., Takemura T., Tomita H., Nakajima T. (2016) Unrealistically pristine air in the Arctic produced by current global scale models,Scientific Reports,6, 26561, doi:10.1038/resp26561.
  • Satoh M., Matsuno T., Tomita H., Miura H., Nasuno T., Iga S. (2008) Nonhydrostatic icosahedral atmospheric model (NICAM) for global cloud resolving simulations. Journal of Computational Physics 227, 3486-3514. doi:10.1016/j.jcp.2007.02.006.
  • Satoh M., Tomita H., Yashiro H., Miura H., Kodama C., Seiki T., Noda A.T., Yamada Y., Goto D., Sawada M., Miyoshi T., Niwa Y., Hara M., Ohno T., Iga S., Arakawa T., Inoue T., Kubokawa H. (2014) The non-hydrostatic icosahedral atmospheric model: description and development. Progress in Earth and Planetary Science 1, 18-49. doi:10.1186/s40645-014-0018-1.
  • Tomita, H. (2008) A stretched grid on a sphere by new grid transformation, J. Meteorol. Soc. Jpn., 86A, 107-119.
  • Tomita, H. Satoh, M. (2004) A new dynamical framework of nonhy- drostatic global model using the icosahedral grid, Fluid Dyn. Res., 34, 357-400.
  • Uchida J., Mori M., Hara M., Satoh M., Goto D., Kataoka T., Suzuki K., Nakajima T. (2017) Impact of lateral boundary errors on the simulation of clouds with a non-hydrostatic regional climate model, Monthly Weather Review, doi:10.1175/MWR-D-17-0158.1, 145, 12, 5059-5082.
  • 小倉 (2018) 「気候予測シミュレーションにおけるモデル間相互比較の役割」、計算で挑む環境研究—シミュレーションが広げる可能性、2019年1月号

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