2012年6月号 [Vol.23 No.3] 通巻第259号 201206_259002

アジアの都市による環境的に持続可能で低炭素社会実現に向けた取り組み —東アジア首脳会議環境大臣会合 第3回「環境的に持続可能な都市ハイレベルセミナー」の参加報告—

社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 特別研究員 朝山由美子

1. はじめに

アジア地域、特に途上国の多くの都市では、大気汚染・水資源管理・廃棄物管理等、地域の環境対策の迅速、かつ、適切な実施が要求される一方で、世界規模の気候変動問題に対処するための政策の実施も併せて求められている。さまざまな発展課題を抱える各都市が、外部からの協力を得ながらも、中長期的なエネルギー高依存・炭素高排出型発展を避けるリープフロッグ型低炭素都市開発に、自らのオーナーシップの下で取り組んでいくよう促すためにはどのようなアプローチが有効なのだろうか。

これらの課題を検討するため、筆者は、2012年3月6日〜8日にカンボジア・シェムリアップにて、東アジア首脳会議環境大臣会合(East Asia Summit Environment Ministers Meeting: EAS EMM)の枠組みのもと開催された第3回「環境的に持続可能な都市(Environmental Sustainable City: ESC)ハイレベルセミナー(High Level Seminar: HLS)に、社会環境システム研究センターの藤野純一主任研究員と共に参加した。第3回ESC HLSは、地球環境戦略研究機関(Institute for Global Environmental Strategies: IGES)が過去2回同様事務局を務め、14カ国の政府、39の地方自治体、27の国際機関等に所属する関係者230名が一堂に会した[1]。筆者は、インドネシアジャカルタで行われた第1回ESC HLSで、事務局としてHLS開催業務に携わった。今回のHLSでは、藤野主任研究員がHLSの分科会の一つである「低炭素シナリオ開発」の議長となったため、筆者は取りまとめ支援を行いつつ、自らの研究課題を検討した。以下に本分科会における発表や議論を中心に、第3回ESC HLSの参加を通じて得た知見や取り組みを紹介する。

2. 第3回「環境的に持続可能な都市ハイレベルセミナー(ESC HLS)」の概要

第3回ESC HLSはカンボジア政府自らが開催国として立候補し、日本・オーストラリア・タイ政府と共催した。第3回ESC HLSの開催目的は主に二つあった。一つ目は、2011年度より東南アジア諸国連合(ASEAN)のESC作業部会(AWGESC)主管でASEAN事務局およびIGESが事務局を務める、ASEAN加盟8カ国を対象としたESCモデル都市プログラム[2]の進捗報告である。二つ目は、域内で環境改善に積極的な取り組みを実施している代表的な都市や機関からの代表者が、(1)「廃棄物管理」 (2)「都市部の水と衛生」 (3)「持続可能な低炭素・グリーン都市」 (4)「ESC実現に向けた官民パートナーシップ」 (5)「都市部の気候変動に対する適応策」 (6)「持続可能な低炭素シナリオ開発」のテーマに沿った六つのセッションで、関連する政策の事業実施背景、その成果や効果、実施過程での障害やそれを克服した経緯等、実際の事例を共有し合うことである。

HLSの画期的な点は、参加者間で情報共有、議論したことを織り込んだHLS議長サマリー[3]をEAS EMMや関連する国際会議の場で紹介し、国政府・地方自治体両者による実践的連携を促すことである。そのため、全体総括の場で、参加者は優良事例をさらに他都市に普及・拡大していくために必要な前提や可能な活動について議論した。また、国際機関等からは、域内でESCの実現に向け、既存のプログラムや枠組みを活用した、各都市への支援についての報告があった。さらに、HLS全日程終了後の非公式会合では、ESC推進に向けた地方自治体のネットワーク構築について、有機廃棄物および低炭素イニシアティブの視点から上記分科会の補足的議論が行われた。

photo. 全体会合 photo. 全体会合

第3回ESC HLS全体会合の様子

3. 「持続可能な低炭素社会シナリオ開発」セッション:多様なアプローチによる取り組み紹介

藤野主任研究員が分科会議長として取りまとめた「持続可能な低炭素シナリオ開発」セッションでは、藤野主任研究員、および、韓国環境政策庁、中国・南京市、マレーシア・イスカンダル特別開発区、マレーシア・シブ市、タイ・ノンタブリ市の代表者がプレゼンテーションを行った[4]。また、これらの発表後には、クリーンな環境のための北九州イニシアティブネットワーク(Kitakyushu Initiative Network: KIN[5])で先導都市自治体代表者と共に、全体議論を行った。これらを通じ、各自治体の「グリーン・低炭素成長」に関する概念、および、その実施方法の相違を確認した。さらに、アジアにおける低炭素社会構築に向けた中長期的ビジョンとその実現に向けた日常的な環境管理の取り組みに関する視点からの充実した議論を展開することができた。

本分科会では、藤野主任研究員が冒頭で、東日本大震災からの復興に向けた取り組み、日本の内閣府地域活性化統合事務局による「環境未来都市構想」を紹介した。次に韓国環境政策庁Toh Eun Ju氏が、2008年に韓国政府が打ち出した低炭素・グリーン成長に向けた国家ビジョンのもと、低炭素グリーン成長パイロット都市に選定されたGangwon州Gangneung市の「環境配慮型生態都市」パイロットプログラムを紹介した。このプログラムを通じ、韓国は、温室効果ガス(GHG)の排出量49%削減、エネルギー使用量39.5%削減を目指す地方都市開発を進めている。中国・南京市環境保全局副局長のZhou Ninghui氏は、南京市の産業部門の各事業者に、エネルギー効率自主目標、もしくは大気汚染排出削減目標を掲げてもらい、自治体が監視・評価を行いながら、産業部門の環境管理を改善していく自主協定プログラムを紹介した。マレーシア・ジョホール州イスカンダル地域開発庁のBoyd Dionysius Jouman氏は、国際協力機構/科学技術振興機構(JICA/JST)の地球規模課題対応国際科学技術協力(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development: SATREPS)の枠組みのもとで、同地域を対象に、低炭素都市への施策ロードマップ策定を行う「アジア地域の低炭素シナリオの開発プロジェクト[6]」を紹介した。

上記の発表は政府もしくはその関連機関主導のトップダウン手法によるイニシアティブの紹介であった。これらに対し、マレーシア・サラワク州シブ市議会[7]の次官補であるYong Ing Chu氏、および、タイ・ノンタブリ市の環境・健康促進局長であるPermpong Pumwiset氏による発表は、低炭素都市・ESCの実現に向け、自治体とその関係機関、住民が協働で身近な環境問題から段階的に着実に改善するボトムアップ手法を用いた取り組みの紹介であった。

マレーシア・シブ市議会では、緑地化や廃棄物管理など、関係機関や住民の協力を得やすく、コミュニティの自治会や民間企業と費用を折半してできることから着手し、持続可能なESCの実現に努めている。

タイ・ノンタブリ市では、3Rプログラムや大気汚染の緩和、エネルギー資源保全の観点から、GHGを削減し、低炭素都市の構築を目指している。Permpong Pumwiset氏は、まずは各自治体が現在抱える問題と低炭素都市の構築をリンクさせ、意識改善を行わなければならない。そして、各自治体が目標達成に向けて行動しやすくなるよう、国政府に対して自治体自らが働きかける必要があることを強調した。

本分科会のサマリーとして、藤野主任研究員および参加者は、持続可能な低炭素社会実現のためには、(1) 市民が必要なニーズを取り込んだ中長期ロードマップを作成し、すべての関係者が目標とする低炭素都市ビジョンを実現しようとする継続的なコミットメントを促すこと、(2) 低炭素都市計画策定プロセスにおける各関係者の役割を明確にしながらも、柔軟なメカニズムを作ること、(3) これらの取り組みを後押しするデータと評価指標の必要性について取りまとめた。

photo. 「持続可能な低炭素シナリオ開発」セッション

「持続可能な低炭素シナリオ開発」セッションの様子

4. ESC HLS非公式会合:アジアにおけるESC、および、低炭素社会構築の実現に向けたアプローチについて

第3回ESC HLS終了後の非公式会合では、先進的な取り組みをしている地方自治体からの参加者、国際機関、都市間ネットワークの関係者等と、アジアにおけるESC、および、低炭素社会構築の実現に向けたアプローチについて率直な意見交換を行うことができた。

特に、イスカンダルの取り組みにおける発表の補足に関し、「イスカンダルの低炭素社会策定に関する手法を構築し、それらをアジア他地域に広めていく」という藤野主任研究員の発言に対して寄せられたコメントはいずれも印象に残り、有意義なものであった。IGESのPremakumara Jagath Dickella Gamaralalages研究員が、「イスカンダルが外部資金援助を受け、国内外の研究者とともに行った調査をもとに低炭素社会ビジョン・ロードマップを策定し、その実施のために、資源が動くよう働きかけるという戦略は西洋的な手法である。それに対し、アジアの環境対策の先進事例は、ボトムアップ的手法で、都市のニーズを最初に把握し、取り組むべき活動から着手していることが特徴である。そして、実戦的経験を活かしながら、ESCへ移行するための道筋を模索している。イスカンダルの取り組みをアジア他地域に喧伝・浸透させる際には、これらのボトムアップ的な取り組みによる成果や教訓からも学ぶべきだ」という意見を述べた。これに対し、GIZのRoland Haas氏は「産業化の進んだ地域では、中長期的に包括的な計画を立てながら、低炭素都市への道筋に至るアプローチを見出すことが必要である一方、地方の小都市では、コンポストが第1ステップとなる。このような小都市では、コンポストの普及率を高めるとどのくらいCO2削減効果があるかを住民に提示すると取り組みがしやすくなる」と両者のポイントをまとめた。また、CITYNETのBernadia I. Tjandradewi氏は、自立的な都市をデザインし、そのビジョンを達成させるためには、科学的知見に加え、地域の歴史、文化、環境を基盤とし、さまざまなコミュニティ間でビジョンを創造・共有することで市民参加を継続的に促す仕組みを作る必要があることを指摘した。

5. 結語:アジア途上国におけるESC、および、低炭素社会構築に寄与する研究を行うために

HLSの参加を通じ、筆者は、アジア途上国各都市の持続可能な開発に役立つESC、および、低炭素都市構築に向けたトップダウン・ボトムアップ的論理とプロセスの組み合わせについて検討していく必要性を認識した。また、こうした知見について、科学的根拠に基づいた政策オプションと実践的事例を提示しつつ、わかりやすく伝達していくことが急務であることを改めて理解した。HLS参加者による紹介事例で用いられた手法を整理しながら取り組んでいきたい。

脚注

  1. ESC HLS開催の背景、第1回、第2回の開催結果、また、第3回の概要、および成果については​http://www.hls-esc.org/documents.htm​を参照されたい。
  2. ASEAN ESCモデル都市プログラムについては、​http://modelcities.hls-esc.org/index.html​を参照されたい。
  3. 第3回ESC HLSの議長サマリーは​http://www.hls-esc.org/Documents/3rd%20HLS%20ESC/Chair's%20Summary_Website.pdf​を参考されたい。
  4. 本分科会の発表資料は​http://www.hls-esc.org/programme.htm​を参照されたい。
  5. クリーンな環境のための北九州イニシアティブ(KI)は、2000年9月に北九州で開催された「第4回アジア・太平洋環境と開発に関する閣僚会議(MCED2000)」において、地方レベルの環境改善活動を促進することで都市環境および人々の生活環境を改善するためのメカニズムとして採択された。2010年3月まで実施されたKIの成果は​http://kitakyushu.iges.or.jp/publication/KI_FinalReport_2010.05.19.pdf​を参照されたい。
  6. (独)科学技術振興機構(JST)と(独)国際協力機構(JICA)による政府開発援助(ODA)の地球規模課題科学技術協力(SATREPS)の枠組みのもと、マレーシア中央政府からの援助要請を受けて取り組まれている研究プロジェクトである。プロジェクトの概要は、地球環境研究センターニュース2010年7月号を参照されたい。
  7. シブ市は、面積129.5km2、人口が240,402名(2010年)の都市である。

カンボジア・プノンペンの水供給 “From 1 time in 3 days to 3 times a day”

朝山由美子

第3回ESC HLSにおける基調講演の一つであったプノンペンの水供給について紹介する。

1993年からプノンペン水道局の財務管理向上に努めてきた副局長のKhut Vuthiarith氏によると、当時、プノンペンで水道を利用することができたのは、修理もされていない老朽化した水道管288kmにアクセスできた市民約2万7千人に限られていた。違法接続や非効率な水管理等のせいで水道料金がほとんど徴収できず、採算を取れる状況ではなかった。

北九州市水道局の専門家およびJICAからの技術協力を受け、プノンペン水道局は、まず100名のスタッフを新たに導入し、市民の水道利用に関する調査を丸1年かけて行った。そうすることで消費者数を把握し、消費者の管理ファイルを更新した。また、多様なトレーニングプログラムを実施し、職員の技術力向上にも力を入れた。その結果、プノンペン水道局は年々収益を上げ、かつ、多くの市民に安全な水道水を提供できるようになった(2010年現在約20万人)。

Vuthiarith氏はプレゼンテーションの最後に、現地の子供が、「以前は母親に水浴びは3日に1度と言われていたのに、今では1日3回水を浴びなさいと言われる」と言ったエピソードを紹介し、HLS参加者から温かい拍手を浴びた。

北九州市水道局によると[注]、プノンペンの水道水は安全に飲むことができ、市民は水を沸かさなくても済むため、年間、35トンの二酸化炭素が削減されているという。

photo. From 1 time in 3 days to 3 times a day!

プノンペン水道局副局長Khut Vuthiarith氏のプレゼンテーション資料より http://www.hls-esc.org/Presentations/3rd%20HLS%20ESC/Opening%20Session/Opening%20Session%20PPWSA.pdf

[注] 第3回ESC HLSで紹介された北九州市水道局による発表資料を参照されたい。
http://www.hls-esc.org/programme.htm

目次:2012年6月号 [Vol.23 No.3] 通巻第259号

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