2012年7月号 [Vol.23 No.4] 通巻第260号 201207_260004

環境研究総合推進費の研究紹介 11 植生改変とエアロゾル増加がアジアモンスーン気候を変えている? 環境研究総合推進費A-0902「植生改変・エアロゾル複合効果がアジアの気候に及ぼす影響」

名古屋大学地球水循環研究センター 特任教授 安成哲三

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1. はじめに

大気中のエアロゾル変化や植生改変が気候変化に重要な影響を及ぼすことについてはすでに多数の研究がなされている。アジアモンスーン地域は人間活動による気候影響が大きいと推測されているが、最近の一部の研究(例えば、Takata et al., 2009、Bollasina et al., 2011など)を除き、まだ包括的な研究はなされていない。

特に、農耕活動が主たる起源とされる硝酸塩エアロゾルや2次有機炭素エアロゾル(SOA)については影響評価がまだ十分にされていない。硝酸塩エアロゾルは、その濃度への海塩粒子による影響も大きいことから、特に夏季モンスーンの大陸上で重要と考えられるが、生成過程のモデリングがこれまで不十分であった。さらに植生改変は、地表面状態(アルベードや地表面粗度など)の変化による気候への影響に加え、生物起源エアロゾルの変化を通して気候に影響を及ぼすことも指摘されている(Pielke et al., 2007など)が、そのプロセスを定量的に評価した研究は極めて少ない。この植生改変→エアロゾル変化のプロセスには2種類ある。地面の露出度(LAI[葉面積指数]に依る)や地表風速の変化(粗度に依る)に起因する土壌起源ダスト発生量の変化と、葉からの揮発性有機炭素(VOC)の発生量の変化である。

前者は、SPRINTARS(Takemura et al., 2005)などのエアロゾル気候モデルですでに考慮されているが、後者については、産業革命以前から21世紀末までのVOC発生量変化を全球スケールで推定した研究がようやく始まったばかりである。植物起源の炭化水素類(VOCs)からSOAへの変換過程は、特にアジアモンスーン域での雲降水システム形成にも大きな役割を果たしている可能性があるが、これに関連した研究はまだなされていない。

本モデル研究グループでは、硝酸塩エアロゾル生成モデルの開発に成功し(須藤ほか, 2010)、植生改変→エアロゾル過程のモデル化も、大気化学モデルCHASER(Sudo et al., 2002)の活用により可能となり、新しい化学気候モデルを図1のように構築した。

fig. 化学気候モデルの構成図

図1新しい化学気候モデルの構成図

2. 本研究の目的

そこで、本研究では、改良された化学気候モデルを用いて、

  • (1) 18世紀から現在に至るアジアモンスーン気候の変化が、人間活動による植生改変とエアロゾル変化およびその複合効果により、どの程度影響を受けたか。
  • (2) 硫酸塩に加え、窒素酸化物(NOx)も含めてエアロゾル増加が著しいアジア地域の20世紀後半について、モンスーン気候への影響はどの程度か。
  • (3) 植生改変の大きかった18世紀初頭から19世紀半ばにおいて、植生改変・エアロゾル複合効果(植生改変→VOCs→SOA生成過程)がアジア地域の気候変化にどの程度影響を与えたか。

を、より定量的に評価することを目的とした。

この評価のために、中国・東南アジア・南アジア地域を対象としてアーカイブ化された高精度、長期間の気候データによる詳細な気候変化・変動の解析も行い、さらに、これらの観測データ解析結果と数値実験結果を組み合わせることにより、アジア地域のモンスーンを中心とする気候変化・変動にどの程度影響を与えたかのフィンガープリント解析を行う。

これらの成果は、人間活動によるアジアの気候変化の対策に入れるべき広域大気汚染や土地利用の方策・政策指針への貢献も視野に入れている。

3. 結果

1) アジア域においては、世界の他地域と比べ、硫酸塩・硝酸塩の増加、および土地利用変化に伴うSOA減少が、放射強制力の変化に大きく影響していること(図2)が示された。

fig. 放射強制力の変化

図21700年以降現在までにおける、世界の地域ごとの各エアロゾルによる放射強制力の変化。インド(IND)や中国(CHN)では全体に負の変化(放射による冷却)が大きいが、土地利用変化(森林破壊)に伴うSOA減少の結果として、正の変化(放射による加熱)も大きい結果となっている。(a) 全球・半球平均、(b) 主要領域の平均(AMN:北米、AMS:南米、AFS:南アフリカ、EUR:欧州、IND:インド、CHN:中国、JPN:日本、AUS:オーストラリア)(Sudo et al., 2012)

この結果は、エアロゾルのアジアモンスーン変動への影響評価に向けて、重要な示唆を与えるものであり、アジアモンスーン変動の実質的な理解および全球的な気候影響に関する定量的な理解・予測に大きく貢献する成果である。

2) 植生起源の揮発性有機炭素(BVOC)の発生量の推定の高度化を行った結果、BVOC推定には、植生タイプの変化だけでなく、気温や日射の推移も考慮すると、1850年〜2000年の全球スケールでのBVOCの推移には、気温変化の影響も植生改変の影響と同程度に大きいことが明らかになった。

3) これらのBVOC変化による気候影響評価を、大気海洋結合大循環モデル(CGCM)による2組のタイムスライス実験を行うことにより、大気循環との相互作用や雲降水システムにおける間接効果も含めて、アジア域の気候影響を調べた結果、直接効果による放射強制力よりも、間接的効果による硫酸エアロゾルの変化と降水量変化が負相関となることや、日降水量の頻度や強度の解析から、SOAが増大した場合に強い降水が増大することが明らかになった。

4) 1979年〜2008年のアジアモンスーン降水量長期変化の地域性・季節性の解析結果(図3)により、モンスーン降水量の長期変化は季節により大きく異なることが明らかになった。なかでも、季節進行の遷移期、特に春季から盛夏期にかけて顕著な増加傾向が現れることを初めて示した。

fig. 月別降水量の平均的気候値と30年間のトレンド

図3[左]1979年から2008年における南・東南アジアモンスーン域の緯度(10–15N)域の月別降水量の平均的気候値(実線)と30年間のトレンド(カラー陰影部)。陰影部は、青(緑)が増加、赤が減少傾向を示す。 [右]降水量の月平均(白丸印)と南アジアモンスーン域(10–15N, 60–140E)のトレンド(カラー)を月ごとに示す。単位は気候値がmm/day、トレンドがmm/day/30 years(Kajikawa et al., 2012)

5) 上記の解析結果と、人間活動起源の温室効果ガス増加やエアロゾル変化を与えた気候モデル数値実験の結果と比較した結果、特にエアロゾル変化による放射強制力の変化が、今回の解析で見られたモンスーン開始期の長期変化に大きく関与している可能性を明らかにした。即ち、人間活動によるアジアモンスーン気候変化への影響には、大きな季節依存性のあることが明らかになった。

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