2014年3月号 [Vol.24 No.12] 通巻第280号 201403_280002

オゾン(光化学オキシダント)による大気汚染はどのように正確に測られているか? 〜「オキシダント二次標準測定器設置自治体運営連絡会議」報告〜

  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 主任研究員 藍川昌秀
  • 地球環境研究センター長 向井人史
  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 高度技能専門員 橋本茂
  • 地球環境研究センター 地球大気化学研究室長 谷本浩志

1. オキシダントとは

「オキシダント」という言葉をご存じですか? 盛夏のころ(あるいは春先や早秋にも)、「光化学スモッグ注意報」が自治体から発令されることがあります。自治体では大気(空気)中の「光化学オキシダント」濃度を測定し、それが基準を超えて高くなると「光化学スモッグ注意報」などを発令し、人の健康への悪影響を未然に防止するよう取り組んでいます。

「光化学オキシダント」のほかに「オゾン」という言葉もご存じなのではないかと思います。両者はどう違うのでしょうか? 「オキシダント」は工場や自動車などから排出される窒素酸化物(NOx)や炭化水素(HC)という化学物質が、大気中で太陽からの紫外線を受け、光化学反応して生成される、強い酸化性を持つ物質の総称です。一方、「光化学オキシダント」とは、オキシダントのうち、中性ヨウ化カリウム溶液からヨウ素を遊離するもの(但し、二酸化窒素を除く)です。この「光化学オキシダント」については大気環境基準が設定されており、特に、昼間(5:00〜20:00)の測定値に注意が必要です。

「光化学オキシダント」は、オゾン、パーオキシアセチルナイトレートその他の光化学反応により生成される酸化性を持つ物質の総称ですが、そのほとんどはオゾンです。つまり、「光化学オキシダント」について環境基準が設定されており、そのほとんどがオゾンである、とご理解いただければ思います。

2. オゾン(光化学オキシダント)測定と測定基準の標準化

光化学オキシダントなどによる大気汚染の状況は、大気汚染防止法に基づき、全国の自治体でモニタリングが行われています。光化学オキシダントは、そのほとんどをオゾンが占めていることから、オゾンを測定するオゾン計を、光化学オキシダントを計測する装置として採用しています。従前は、光化学オキシダントの測定にKI法(中性ヨウ化カリウムを用いる吸光光度法)が用いられていましたが、最近では、オゾンを測定するオゾン計が多く採用されています。

全国の自治体が大気汚染物質のモニタリングを行う際、ある統一された「尺度(ものさし)」に基づく測定が行われなければ環境基準等との比較など正確な評価ができません。その「尺度」として、しばしば高圧ボンベに充填された、その濃度が既知の「標準ガス」が用いられます。オゾンの場合も高圧ボンベに充填されたオゾンの標準ガスを準備したいところですが、オゾンはとても不安定な物質で時間が経つとその濃度が変わってしまうため、高圧ボンベの標準ガスを「尺度」にすることは困難です。

このため、国際的には、米国の標準技術研究所(NIST)のオゾン標準参照光度計(SRP)で測定される濃度が基準として用いられています。これはJIS法に記載された原理を用いた精度の高い基準器と考えることができます。日本国内では国立環境研究所にあるSRP35(35番目のSRP)を日本国内の一次基準器とし、全国のオゾン計を統一された「尺度」に合わせる体制(校正体制)を構築しています(図1)。全国を6つのブロックに分け、ブロックごとの拠点自治体(図2)に一次基準器をもとに「尺度」を合わせた(校正した)二次基準器が1台ずつ置かれています。次に各都道府県は都道府県が所有する基準となる測定器(三次基準器)を、それぞれのブロックごとの二次基準器にその「尺度」を合わせる作業を行います。さらに、作業の効率性等を考え、都道府県が所有する三次基準器にその「尺度」を合わせる作業を行った四次基準器まで作成することが許されています(言い方を変えれば、四次基準器に「尺度」を合わせる “五次基準器” は認められないことを意味します)。つまり、国立環境研究所に日本国内で唯一無二の一次基準器(SRP35)が「ピラミッドの頂点」として置かれ、その統一された「尺度」に基づく測定体制により、全国のオゾン(光化学オキシダント)のモニタリングが行われているのです(平成22年度から)。なお、さらに詳しいことをお知りになりたい場合は、谷本ら(2009)や谷本と向井(2006)をご参照ください。

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図1全国のオゾン計を統一された「尺度」に合わせる体制(校正体制)

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図2校正のためのブロック分けとその拠点

3. 「会議」報告

オゾン(光化学オキシダント)の継続的なモニタリングを行っていくには、このような統一された「尺度」に基づく測定体制を適切に維持・管理・運営していく必要があります。そこで、年に一度上記のブロック拠点となる自治体が一堂に会し、ブロックごとの測定体制の現況あるいはそれぞれが経験したトラブル事例やその対応策、さらには今後の課題を話し合い、情報共有する「オキシダント二次標準測定器設置自治体運営連絡会議」がブロック拠点自治体持ち回りで開催されています。今年度の会議は、平成25年11月20日から22日にかけて、近畿ブロックの拠点自治体である兵庫県で開催されました(平成22年度は山形県、平成23年度は福岡県、平成24年度は愛媛県で開催されました)。

会議では、各ブロック拠点自治体から、それぞれのブロック内での二次基準器から三次基準器あるいは四次基準器への統一「尺度」の伝搬体制の説明や二次基準器から三次基準器へ「尺度」を合わせる際のトラブル事例やその対応策の報告が行われ、貴重な情報の共有化が効果的に行われました(写真1)。具体的なトラブル事例・対応策として、ノイズ信号の出現とアースの取り方の検討・変更によるノイズの解消や、発生させたオゾンを室外排気させる際の排気チューブの長さに関する留意点(排気チューブが長すぎると出力が不安定になる)が報告・情報共有されました。さらに、今後の運営上の課題や過去のデータの解析に必要なアンケート調査に関する議論も行われました(一日目午後及び二日目午後)。また、オゾン測定器に、圧力補正機能がある場合とない場合で測定結果にどれくらいの影響があるかを実測・検証する研修が、兵庫県神戸市の六甲山(標高931m)にある兵庫県立自然保護センター(標高800m地点)で行われました(写真2)。その結果、圧力補正機能がない場合はある場合に比べ、六甲山の標高800m地点での観測でも低い濃度となることが確認されました。当日は、天候にも恵まれ、神戸市内から大阪湾を眺望することができました(写真3)。また、兵庫県立自然保護センターは、兵庫県が酸性雨や酸性霧などの調査・研究を実施してきた観測地点でもあり、担当者からその概要の説明も受けました(二日目午前)。三日目午前には、オゾン計の製造メーカーの一つである堀場製作所(京都市南区)を訪問し、分析機器の生産ラインや分析機器製造メーカとしての品質管理体制等の見学・説明を受けた後、分析機器のユーザーからの要望を伝えるなどの意見交換を行いました(写真4)。

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写真1ブロック拠点自治体からの報告と議論(兵庫県庁及び兵庫県環境研究センター)

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写真2兵庫県立自然保護センターにおける実測・検証研修

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写真3六甲山から神戸市街及び大阪湾を望む

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写真4堀場製作所での見学・意見交換

4. おわりに

三日間の会議を通し、全国規模の精度良いモニタリングを適切に実施していく困難さや、またそのやりがいを再認識することができました。平成26年度の「オキシダント二次標準測定器設置自治体運営連絡会議」は、愛知県で開催される予定です。来年度の会議へ向けて気持ちを新たにオゾン(光化学オキシダント)モニタリングに取り組んでいきたいと思います。

参考文献

  • 谷本浩志, 橋本茂, 向井人史, 「技術調査報告」大気レベルのオゾン標準に関する日本における進展と世界の動向, 大気環境学会誌, 44(4), 222-226, 2009.
  • 谷本浩志, 向井人史, 「総説」日本におけるオゾン標準とトレーサビリティシステムの構築, 大気環境学会誌, 41(3), 123-134, 2006.

目次:2014年3月号 [Vol.24 No.12] 通巻第280号

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