2014年3月号 [Vol.24 No.12] 通巻第280号 201403_280001

気候変動枠組条約の下での交渉:2015年合意の法形式の話

  • 社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室長 亀山康子

2013年11月にポーランド・ワルシャワで開催された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第19回締約国会議(COP19)、京都議定書第9回締約国会合(CMP9)およびその他関連会議では、議題に沿って予定どおり交渉が進められ、その一部については一定の成果が出たと評価された。しかし、最も注目される2020年以降の取り組みに関する合意(2015年での合意達成が目指されているため「2015年合意」と呼ばれる)については、2015年にフランスにて開催予定のCOP21までの道のりがおおまかに示されたに過ぎず、内容については進展が見られなかった。本稿では、COP19での議論の概要や、著者らが現地にて開催したサイドイベントの結果を踏まえて、新しい国際枠組みに関する直近の検討を紹介する。なお、政府代表団の一員として参加した職員による包括的なCOP19報告は地球環境研究センターニュース2月号に、また、国立環境研究所が主催したサイドイベントの報告は1月号に掲載されているので合わせてご覧いただきたい。

1. COP19における2015年合意に関する議論

2011年のCOP17で設置され、2015年のCOP21での合意を目指した「ダーバンプラットフォームに関するアドホック会合(ADP)」にとって、今回のCOPは、単純に時間の長さで測れば、ちょうど中間地点だった。その意味では、自由な意見出しを中心とした前半戦から交渉モードの後半戦にギアを入れ替えることが期待された。実際には、ギアを入れ替えられたとは言い難いが、2015年までのいつまでに何をすべきかは示された。

最も多くの関心が集まるのが、各国の実施が求められる約束の中身である。京都議定書では、先進国が、温室効果ガスの排出削減目標を設定し、その目標にまで排出量を抑制することが約束となったが、今回の枠組みでは、経済発展途上にある国も含めてすべての国がなんらかの行動を実施することが想定されているため、「約束」より幅広い概念を含みうる「貢献度(contribution)」という言葉が選ばれた。

また、この貢献度の厳しさ(水準)を決定するのは各国であることが明記された。1997年のCOP3における京都議定書交渉時も各国が国内協議プロセスを経て提示した削減目標数値がベースとなって交渉が進んだため「国内で決定された」と言えるが、温室効果ガスの対象ガスを何種類にするのか、森林による吸収量を認めるのか、排出量取引制度は利用できるのか等、目標数値の前提条件がCOP3の最終局面でようやく確定した。それに応じて目標数値も変動したことから、特に日本国内では「国際社会から押し付けられた数値」とされがちだ。今回の枠組みでは、おそらく、目標数値の前提条件も含めて各国の決定を尊重することが想定されているように思われる。前提条件が違うと、各国の貢献度の水準を横断的に比較しにくくなる。また、国内で決定した貢献度をそのまま採用してしまうと、すべての国の貢献度を合計しても気候変動抑制に十分な水準には到底届かないことが容易に予想されるため、事前審査ないし評価プロセスの導入が検討されている。しかしながら、国家横断的な比較が困難な中では、どのように各国の貢献度を評価できるのかという疑問が残る。また、国際的な事前審査・評価プロセスを経たとしても、いったん国内で決定してしまった貢献度を見直すのは政治的に難しいだろうとも言われている。

2. COP19で開催したサイドイベントでの議論

COP19期間中の11月19日、「ダーバンプラットフォームの下で目指される2015年合意に関するダイアログ」というサイドイベントを国立環境研究所の主催で開催した。この問題で著名な海外の専門家を招聘し、パネリストとして議論に加わってもらったが、会場にも本分野で知られた多くの専門家の出席を得て、白熱した議論が展開された。 (詳細はここ http://www-iam.nies.go.jp/climatepolicy/adp/news/news1_cop19-j.htm

冒頭に、著者より本イベントの主旨説明をした。ダーバンプラットフォームが合意されて以来、あるべき合意の姿について多様な意見が専門家から提示されている。しかし、この新しい枠組みが、京都議定書と同じような「議定書」の体裁をとるのか、あるいはCOP16のカンクン合意のような一連の「COP決定」か、さらにはCOP15のコペンハーゲン合意のような「政治宣言」か、という点(法形式)については、十分には議論されていない。COPでも決裂を恐れて法形式が曖昧なまま交渉が進んでいる。研究者間でも法形式より中身への関心が高い。ダーバンプラットフォームの合意文書では、「議定書、別の法的文書あるいは法的効力を持った合意された成果」という表現を使っている。厳密には、COP決定や政治宣言は国際条約ではないので「法的効力をもった」帰結とは呼べないが、例えば米国では、法形式の違いにより承認プロセスに関わる主体が異なるなどの事情により、同じ内容でもCOP決定なら承認できるが議定書なら受け入れられないという事態が起こりうる。法的な拘束力の強さでいえば議定書が最も強いと判断されるが、すべての国が受け入れられる合意を目指すなら他の形式の方がよいのかも知れない。あるいは、複数の法形式の組み合わせという考え方もあるだろう。

fig

複数の法形式を組み合わせる考え方(ハブ & スポーク )
注:ハブとは、車輪の中央にある部分、スポークは、車軸を指す。上記のように、通常は個別に審議される法形式を組み合わせた制度づくりが今回の交渉では重要となるかも知れない。

以上の問題提起を踏まえ、マルガレーコンサルタンツ(カナダ)のハイテス氏は、気候変動が危険な水準に至らないようにするための長期目標として提示されている気温上昇幅2°C以内に世界の温室効果ガス総排出量を抑えるためには、各国の目標数値を事前に審査するプロセスが重要となると強調した。審査の結果、その国が目標を深掘りできると判断された場合は、その結果に従うことが前提となる。また、アリゾナ州立大学(米国)のボダンスキー氏は、2015年合意が気候変動抑制の効果をもつためには、約束の厳しさ(国の排出削減目標等の厳しさ)、国の参加度合い(主要国が参加しているかどうか)、約束の遵守、の3要素が重要であるが、これらの要素がいわば反比例のような関連性をもつことから、総合的に最も効果的な合意を選択する必要があると指摘した。また、最初は間口を狭くして厳しい約束を設定し、次第に参加者を増やす方法と、最初に広く国の合意を得て、その後少しずつ約束を厳しくしていく方法があり、京都議定書は前者であるが、2015年合意は後者の例となりそうだと分析した。

チューリッヒ大学(スイス)のミカエロワ氏は、排出量取引制度や海外オフセットは、各国によるより厳しい排出削減目標の受け入れに寄与し、そのような手段を活用するためには、適正な測定・報告・検証手続き(MRV)をはじめとする透明性の確保が重要とした。近年、排出量取引制度は、地域・自治体レベルで独自に導入されてきており、炭素市場の分散化が問題となりつつあるが、2015年合意の中では、このような多様な炭素市場を認めつつ、国際的に統一化を図る動きも想定する必要があるだろうと論じた。

エネルギー資源研究所(インド)のパフジャ氏は、2015年合意が、各国の排出削減目標だけではなく、途上国の関心が高い適応や資金、技術、能力増強についても十分な成果を盛り込んだ合意となる必要があると主張した。また、そのような合意に至るためには、信頼性(accountability)の向上が不可欠であり、過去の交渉過程にて先進国が十分な対策を怠ってきたことが、現在の交渉進展を阻んでいるとした。共通だが差異ある責任および各自の能力(CBDR & RC)原則を尊重し、2015年合意でもこの原則を踏まえる必要があると議論した。国際エネルギー機関(IEA)の服部氏は、最終的に効果的な対策を促進するためには、インフラ整備や技術革新など長期的視野を踏まえた目標が、短期的な目標と並存していくことが重要と論じた。特に都市計画や交通インフラの重要性が指摘された。

これらのパネリストたちの議論は、法形式の質問に直接回答してはいないが、見出された共通項目として、(1) 国内で決定した目標(貢献度)を提示する、(2) その貢献度を国際的に評価する、(3) 合意後は、適正な測定・報告・検証手続きにてその進捗を定期的にチェックする、(4) 多様な炭素枠取引制度の活用を認める、(5) 合意のパッケージは、適応や資金などすべての主要アジェンダを含めたものとなる、(6) 技術革新や技術協力、民間投資促進など民間セクターの動員を重視する、といった点が挙げられた。

3. 最終合意に向けて

2009年のコペンハーゲン会議に至る交渉では、法形式の議論を後回しにし、同床異夢のまま決裂した。今回のダーバンプロセスでもCOP21直前まで法形式の議論に着手できない可能性があり、研究者ベースで十分な検討をしておくことが重要と考えられる。サイドイベントで明らかになった上記の6つの点を満たしうる法形式は、どうやら単純な議定書ではなさそうだ。エッセンスの部分だけを議定書として合意し、実質的な手続き的ルールをCOP決定に託すといった複合案で、長年難航してきた将来枠組みに関する国際交渉に終止符を打てないだろうか。

略語一覧

  • 国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change: UNFCCC)
  • 締約国会議(Conference of the Parties: COP)
  • 京都議定書締約国会合(COP serving as the Meeting of the Parties to the Kyoto Protocol: CMP)
  • 強化された行動のためのダーバンプラットフォーム特別作業部会(Ad Hoc Working Group on the Durban Platform for Enhanced Action: ADP)
  • 測定・報告・検証(Measurable, Reportable, Verifiable: MRV)
  • 共通だが差異ある責任および各自の能力(Common But Differentiated Responsibilities and Respective Capabilities: CBDR & RC)
  • 国際エネルギー機関(International Energy Agency: IEA)

COPの結果を受けた過去の解説記事は以下からご覧いただけます。

目次:2014年3月号 [Vol.24 No.12] 通巻第280号

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP