2015年8月号 [Vol.26 No.5] 通巻第297号 201508_297003

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 4 GOSATから広がる国際的な衛星観測ネットワーク

  • 横田達也さん
    地球環境研究センター 衛星観測研究室長
  • インタビュア:広兼克憲(地球環境研究センター 交流推進係)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または地球温暖化研究プログラム・地球環境研究センターの研究者がインタビューします。

第4回は、横田達也さんに、人工衛星から温室効果ガスを観測する重要性についてお話をお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
2.7 温室効果ガスの衛星観測
次回「地球温暖化の事典」に書きたいこと
地球温暖化対策への衛星データの活用可能性

長生きの秘訣1:過去の失敗を教訓に

広兼

温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(Greenhouse gases Observing SATellite: GOSAT)は2014年1月に5年間の定常運用期間を終え、後期利用運用に入った現在も順調に観測を継続しています。運用計画期間を無事終える確率は、計画時にいわれているように7割なのでしょうか。

横田

センサの設計・開発を担当した宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency: JAXA)によると、設計寿命には二つの要素があります。一つは、確率的要素(確率的に寿命を設計)です。もう一つは確定的要素で、例えば可動部分を何万回動かしたら壊れるかという地上試験の結果に基づくものです。この二つで設計寿命を決めるのですが、運用継続できる確率が0.7(7割)を切るところが5年目になるようにGOSATは設計されたと、JAXAから聞いています。装置の問題だけではなく、姿勢を維持するための燃料や、太陽電池パドルから十分な電力が発生しているかも大切です。つまり、確率的要素、確定的要素、衛星自体の燃料、太陽電池が、衛星観測を継続するための重要な要素です。GOSATは2009年1月に打ち上げられ、5年間の設計寿命ですが、7年目に入った現在も生きています。それは、3年間の設計寿命だったのに、太陽電池パドルの故障により8か月で止まってしまった地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」(Advanced Earth Observing Satellite: ADEOS)と「みどり-II」(ADEOS-II)の教訓を活かし、冗長系という、片方が壊れても片方で維持するという設計をJAXAが何か所か組み入れたからです。GOSATも、打ち上げから5年4か月たった2014年5月25日、片翼の太陽電池パドルが止まってしまい、発生電力は約半分に落ちました。しかし太陽電池パドルの素材の性質がよく経年劣化も少なく、装置を全て動かすのに必要な電力をもう一つの翼でまかなえました。GOSATは現在も片翼だけで運用されています。また、観測位置を狙うための鏡とモーターで構成されるポインティングなど壊れやすい可動部分は、2015年1月に予備のポインティングシステムに切り替えました。現場の慎重な検討と試験結果に基づいてJAXA、国立環境研究所(以下、国環研)、環境省の三者の了解の下に切り替えを実行し、JAXAの英断というか、プロジェクトマネージャーの判断でしたが、冗長系の導入がうまく機能したということだと思います。

長生きの秘訣2:打ち上げ後の監視体制が重要

広兼

短寿命だったこれまでの衛星の教訓を活かして冗長系を取り入れたことが功を奏しているのですね。

横田

長生きした理由はもう一つあります。JAXAの衛星やセンサの運用体制が以前と少し変わったことです。JAXAでは人工衛星を打ち上げてしまうと「プロジェクト」から「ミッション」に移行します。移行すると、追跡管制は維持しますが、人員体制は約半分以下になります。ADEOS、ADEOS-IIはミッションに移行してから重大な不具合が8か月で発生しました。ADEOS-IIでは、不具合が起きてから少ない管制要員が状況を見極めるまでに一晩を要したため、もはや回復はもとより正確な原因の特定すらすぐには不可能でした。GOSATの場合は、打ち上げ後もJAXA関連の現場の技術者達が不具合の予兆を見逃さないという意欲をもって監視を継続してくれています。こういう体制を維持することが、衛星を長生きさせるもう一つの要因だと思います。

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長生きの目標:GOSAT-2との並行観測・同時観測ができるまで

広兼

GOSATの長生きの目標は何年くらいですか。

横田

打ち上げ後7年目に入った現在も順調に観測データが届いていますし、燃料もあと5年以上もつと聞いていますから、総計10年はいくのではないかと思います。後継機であるGOSAT-2の打ち上げが約2年半後の2018年に予定されています。その時点でもGOSATが生きていると、GOSATと並行観測・同時観測が可能になり、観測・解析したデータの比較ができます。ですからGOSAT-2が打ち上がって少なくとも1年、つまり今後3年半は、GOSATシリーズのデータの継続性の観点からも動いてほしいと思っています。この期待を込めた目標は公表するようなものではありませんが。

広兼

最高何年という理論限界値というのはないのですか。

横田

壊れる原因として、衛星では軌道が維持されなくなるトラブル、つまり燃料の枯渇と、十分な電力を発生できなくなるという、二つの主要なトラブルがあります。センサでいうと、可動部分が最初に壊れます。また装置内部のレーザー出力の低下によるデータの取得不良もあります。単純な回転運動より振り子運動の方が壊れやすいようです。GOSATは「ポインティングシステム」も心臓部分のフーリエ変換分光器も振り子運動で動き続けていますから、どちらかが壊れてセンサが機能しなくなる心配はあります。

GOSATプロジェクトの特徴:開始時点から三者共同・協力の推進体制

広兼

GOSATプロジェクトは三者が共同で推進しています。衛星から温室効果ガス濃度を測るという技術開発の最大のポイントは素人の考えではセンサにあるように思います。センサの開発は国環研の担当ではないのでしょうか。

横田

このプロジェクトでは、三者がそれぞれ役割を分担しています。JAXAはセンサの開発(環境省と共同)・衛星の開発・運用など、国環研はデータ解析・処理、検証と提供など、環境省はセンサの開発(JAXAと共同)・データの環境行政への利用などです。GOSATは開始時点から三者で協力して進めるという体制で臨んだ日本で初めての人工衛星プロジェクトです。それまでのプロジェクトではJAXAがつくったセンサで取得したデータをユーザーに提供していました。しかし、研究目的に使うには不足部分があったり、逆にデータが無駄に多すぎたりということがありました。そこで、GOSATプロジェクトでは、データユーザーとして国環研、環境省がプロジェクトの開始当初より入り、研究に適するセンサとデータをつくりだすにはどうすればいいかを議論して、プロジェクトを進めてきました。また、限られた予算のなかで実現する機能や性能の優先順位づけを検討しました。衛星メーカー、センサメーカーのそれぞれの確認会や審査会には、国環研、環境省のメンバー、さらに国内の大学等の有識者やプロジェクト関係者で構成されるサイエンスチームのメンバーが同席し、意見や要望を述べることができました。センサ開発はもちろんJAXAの専権事項ですが、研究に役に立つデータを適切なかたちで出すという面において、プロジェクトのスタート時点から国環研、環境省、あるいはサイエンスチームの研究者の意見が反映できたことはとてもよかったと思います。

人工衛星で温室効果ガスを測定する難しさ

広兼

横田さんは人工衛星で温室効果ガス濃度を測定することの技術的な難しさを、お風呂と目薬の例を使って一般の方々に説明されたことがありますね。

横田

濃度のppm(100万分の1)という単位を説明するとき、実感をもってもらえるように、200Lのバスタブに目薬を4滴たらすと1ppmになるというたとえ話をしています。これは、ほかのガスについて似たようなたとえをしていた研究者がいたことから、二酸化炭素(CO2)の測定の説明に利用しました。あくまでたとえ話であって、ちょっと問題をすりかえています。実は、そんなわずかな(薄い)濃度でも観測する光に変化が現れれば濃度は測れるのですが、人工衛星から微量の定量分析を行うこと、ppmオーダーの違いを見つけるのがいかに難しいかというのをわかっていただきたくて、このような例を用いて説明しています。

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バスタブを満たした真水に対して4滴の目薬の濃度が1ppmの濃さに相当することの例えに用いた図

広兼

ほかに、人工衛星の必要性を説明するときに苦労することは何でしょうか。

横田

経費を超えた利点を理解してもらうことです。人工衛星は、一つのセンサで全球をくまなく、繰り返し測れるという利点があります。地上観測では人工衛星より一桁以上精密な測定ができますが、複数の地点に設置された装置によって同じ濃度の気体を測る際には同じ数値を出すように全ての機器校正に時間とお金がかかるという問題があります。他方、人工衛星による観測は地上観測ほど精度が高くはありませんが、一つの装置で全体を見渡すという能力に優れ、同じセンサを使用するため濃度の相対差は非常にわかりやすいという利点があります。

広兼

地球の周りは人工衛星からの観測のじゃまになる雲が多く、実際には3%くらいしか測定できないと聞いています。これは改善できるのでしょうか。

横田

それは、視野の大きさによります。雲の切れ目には晴れ間がありますから、視野のサイズを小さくすれば晴れているところをとらえやすくなり、有効測定点のパーセンテージは上がります。しかし視野が小さくなると光が弱くなり、観測の精度を維持するのが難しくなります。知りたい場所は雲より下のわれわれが生活している下部対流圏なのですが、衛星で測定に使っているのは赤外線で、赤外線は雲でさえぎられてしまい、その下は見えません。マイクロ波のセンサであれば雲を突き抜けて観測できます。実際、森林の炭素量などを測るときはマイクロ波センサが非常に役に立っています。しかし、残念ながらマイクロ波の領域には、その分子構造の大きさの関係からCO2やメタンの吸収帯が存在しないのです。ですからCO2とメタンの量を測るにはどうしても赤外線の領域を使うことになります。

人工衛星を利用したCO2とメタン以外の観測

広兼

人工衛星から水蒸気の温室効果やアルベドを計測することは難しいでしょうか。

横田

水蒸気の温室効果を測定するのは非常に困難です。場所による変化が激しいうえに、水は、固体、液体、気体の三つに相を変える特異な性質をもっています。水蒸気の量を測る専用の衛星があるのですが、水蒸気の温室効果については、水が相を変えながら大気・陸・海洋の間で熱交換をしていますので、水蒸気の全体の温室効果だけを正確に計測することは非常に難しいと思います。

広兼

アルベドはどうですか。

横田

GOSATでは、温室効果ガス濃度を算定するときに利用している波長のアルベドも同時推定しています。しかし、温室効果を見るのに必要なのはかなり広い波長範囲のアルベドですから、それら全部をカバーするというのはなかなか難しいと思います。

広兼

改良型大気周縁赤外分光計(Improved Limb Atmospheric Spectrometer: ILAS)のように太陽掩蔽法を使って高さ方向の濃度分布も得るような人工衛星を併用することはできないのでしょうか。

横田

カナダの衛星であるACE(Advanced Composition Explorer)は太陽掩蔽法でCO2の高度分布を測っていて、2003年8月から10年以上のデータがありますが、地上3〜5kmにある雲頂よりも上の分布しか測定できず、やはり下部対流圏全体のCO2濃度は測定しにくい状況です。われわれは下部対流圏の温室効果ガスの濃度を知りたいと思っているので、ACEが計測した雲頂から上の高度分布とGOSATデータとを組み合わせてGOSATのRA(Research Announcement)研究を進めている研究者がいます。さまざまな衛星のデータを組み合わせて副次的な情報を出すということは、今後進むと思います。また、カラム量を観測する短波長赤外(近赤外)と、5〜12kmの高度分布がわかる熱赤外の両方のバンドをもつGOSATの各特徴を活かした研究を推進するため、2014年くらいから、アメリカ、ヨーロッパ、日本の各研究者が熱赤外の校正の問題に本格的に取り組むようになりました。短波長赤外と熱赤外で同時に測定したデータを組み合わせると各対流圏の部分カラムが出せます。そうすると新たな研究が進むので、今後それらの論文も出てくるのではないかと期待しています。

人工衛星観測と他の観測との総合診断、国際的な連携で温暖化を解明

広兼

将来、観測はすべて人工衛星からできると考えてもいいでしょうか。

横田

全部はできないと思いますし、する必要もないと思っています。私のもともとの専門分野は「計測」です。学生のときに習って印象に残り、ずっと念頭におきながらプロジェクトを進めていることが「可観測・可制御」という言葉です。計測の本質は、何かを制御するために測ることです。状況を正確に把握できないようなパラメータは制御することができません。GOSATプロジェクトは地球温暖化防止に貢献するというのが最終目標だと思っています。そのためにはまず現状を把握しなければなりません。これまでバックグラウンドの代表点となるマウナロア(ハワイ)など、地上の一部分で測ったデータに基づいて地球は温暖化していると判断されていましたが、全球のデータに基づく判断をするため、人工衛星が必要になってきました。人工衛星の得意なところ(精度は悪いが1つのセンサで広い地域を観測できる)と地上観測や航空機観測の得意な部分(測定地点は限られるが精度よく連続的に気体濃度の直接測定ができる)とを合わせての総合診断をすることによって、地球全体が見えてきます。

世界の研究を一歩進めるデータを産出したという意味でGOSATは温室効果ガスの観測衛星として歴史上に名を残すと思いますが、この分野の研究に関しては、アメリカやヨーロッパが先進国で、日本はまだ一生懸命彼らに追いついていこうという状況です。それぞれの国の第一線の研究者が、今後の10年計画として、地球温暖化にどうやって衛星で取り組むのかというのを議論しています。そのなかで日本は日本の役割を果たしていくことが重要で、人工衛星だけで観測するとか、わが国だけで何かをやるとは考えないほうがいいと思います。

広兼

今後の国際的な衛星観測ネットワークの構築について教えてください。

横田

2014年7月2日に打ち上がったNASAのOCO-2 (Orbiting Carbon Observatory-2)はGOSATの100倍くらいの量のデータが出ますが、精度の客観的な実証に時間がかかっていて、内部で調整が進められていると聞いています。また、データ数は増えるのですが、全球をカバーするのに日数がかかります。OCO-2は16日で元の軌道に戻ります。GOSATは3日回帰で一応全球をカバーしています。GOSATもOCO-2も午後1時にしか観測できませんから、温室効果ガスの日内変動を把握するにはそれではデータが足りません。国際的な観測ネットワークの構築のなかで、気象衛星「ひまわり」のように、静止衛星で温室効果ガスを測るという道も検討されています。また、炭素の収支については、データのない地域があいまいになり、結局わからないことはあいまいなところに押し込んでしまうということがあるため、地球をくまなく観測する必要があります。それには、アメリカ上空、ヨーロッパ上空、アジア上空、と最低3機の静止衛星が必要です。さらにより全球を均質に測るにはそれにオーバーラップする形でもう3機あって、6機体制にすると良いと思います。アメリカはアメリカ上空を、ヨーロッパはヨーロッパの上空を、日本はアジアの上空を中心に、というふうに国際的に連携していくと、陽の当たっている時間のCO2やメタンの細かい動きがわかります。

GOSAT-2の体制と今後の役割

広兼

GOSAT-2では、CO2、メタン以外にエアロゾルや一酸化炭素(CO)の測定が加わるようですが、このプロジェクトも同じ体制で進めるのでしょうか。

横田

JAXA、国環研、環境省の三者体制で、それぞれの役割分担は基本的にGOSATプロジェクトと同じです。違いの一つに、国内の大学や研究機関からのメンバーで構成されるサイエンスチームの役割があります。GOSATのときは、プロジェクトの進め方、技術内容、研究内容、成果内容について助言をいただいていましたが、GOSAT-2では一部責任をもってアルゴリズムを開発してもらい、利用研究をしてもらうことになりました。メンバーは、GOSATのときよりも、より直接的にプロジェクトに貢献することになるでしょう。

広兼

GOSAT-2における新たな展開について教えてください。

横田

今後の世界の動きとして、2016年6月に中国がTanSatという衛星を打ち上げる予定です。2018年初頭にはGOSAT-2、さらにその後ヨーロッパからもいくつかプランが出ています。GOSAT-2がGOSATよりも数が多く質の高いデータを出すことは確実でしょうし、COなどの新たな情報を得られることも確かですが、ほかにも同じような衛星があるなかでどんな役割を果たしていくかというのが今後のGOSAT-2プロジェクト、あるいはそのサイエンスチームのなかでの議論になると思います。

地球温暖化対策への衛星データの利用について書きたい

広兼

引退された後、宇宙から地球を見てみたいですか。

横田

若い頃はそういう希望をもっていましたが、今となっては絶対無理だろうと思っています。直接見られなくても想像はできますし、データから地球を眺めることはできるのでそれで満足します。

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広兼

次回、『地球温暖化の事典』を執筆するとしたら、書きたい内容はありますか。

横田

衛星データが地球温暖化の対策にどう利用されるのかということを書きたいと思います。衛星データを得られるようになって、地球温暖化の状況がおぼろげながらわかってきましたが、それをどう対策につなげるかというところはまだ見えていません。対策につながって初めて計測が生きてきます。

*このインタビューは2015年7月6日に行われました。

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