2017年4月号 [Vol.28 No.1] 通巻第316号 201704_316002

市民向け講演会「日本海で進みつつある環境の変化〜その驚くべき実態に迫る〜」開催報告

  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 主任研究員 荒巻能史

1. はじめに

日本海では、最近、地球温暖化や東アジア地域の環境汚染の影響が確実に現れています。私たち、国立環境研究所の研究グループは、長年にわたり温暖化に伴う日本海への環境影響について研究して参りました。地球環境研究センターニュース2016年11月号(環境研究総合推進費の研究紹介 [18] 日本海を詳細に調べて海洋環境への温暖化影響を早期に把握する 環境研究総合推進費2-1604「温暖化に対して脆弱な日本海の循環システム変化がもたらす海洋環境への影響の検出」)で紹介したように、2016年度には日本海の温暖化影響を調査する新たな課題がスタートしました。環境研究総合推進費では、研究活動の内容や成果を国民の皆様に十分にご理解いただき、また、そのご意見・ご要望を環境研究に反映できるように、「科学・技術対話」を推進するためのイベントを開催することが強く推奨されています。そこで、日本海を取り巻く環境の変化に関する最新の研究成果をご紹介し、日本海の過去・現在・未来の姿について市民の皆様と共にじっくりと考え、また様々なご意見を伺える機会をもつことを目的に、東アジア地域から日本海へと輸送される有機汚染物質の研究を推進している金沢大学環日本海域環境研究センターとの共催で、2017年1月22日(日)に環日本海地域の中核都市である金沢市にて市民向け講演会「日本海で進みつつある環境の変化〜その驚くべき実態に迫る〜」を開催しました(ポスター、写真)。講演会の概要について以下にご報告します。

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写真市民向け講演会の趣旨について説明する筆者

2. 講演会の概要

講演会は環境研究総合推進費2-1604課題代表の荒巻(国立環境研究所)の趣旨説明に引き続き、推進費課題分担研究者3名と金沢大学研究者2名が順にそれぞれの研究成果について解説し、来場者からの質疑やコメントに丁寧に回答しました。以下に、各講演者の講演内容をまとめました。

「小さな大洋〜日本海のふしぎ」千手智晴氏(九州大学)
日本海は日本列島によって北太平洋から隔離された縁海、太平洋の面積のわずか1%にも満たない小さな海ですが、今、「ミニチュア・オーシャン」として世界中から注目されています。日本海が「ミニチュア・オーシャン」と呼ばれるゆえんである海洋構造について水温や塩分のデータをもとに詳細に解説し、日本海固有水と呼ばれる水深500m以深の海水における最近50年ほどの水温の上昇傾向、溶存酸素濃度の減少傾向が近年の地球温暖化と密接に関係していることを紹介しました。
「低酸素化が進む日本海の深層海水」熊本雄一郎氏(海洋研究開発機構)
千手氏が解説した最近50年にわたる溶存酸素濃度の減少に関する詳細データを紹介するとともに、その解析から「日本海深層の酸素は、ロシア沿岸地域が厳冬期のときのみ(間欠的)に「新」深層水形成によって供給される。新たな酸素の供給がない期間は、深層水中の酸素は有機物の分解によって消費され減少する一方である」とする仮説が成り立つことを解説しました。この仮説が正しいならば、今後、地球温暖化の進行により暖冬化し、「新」深層水形成が完全に停止してしまうと、100年以内に日本海の深層が無酸素化することになると警鐘を鳴らしました。
「二酸化炭素を吸収する日本海」中岡慎一郎氏(国立環境研究所)
温暖化効果ガスの代表格である二酸化炭素と海洋との関係について解説しました。海洋は、海域によって二酸化炭素の吸収源、放出源のいずれの役割も果たしていること、海洋の二酸化炭素蓄積量が年々増加しており海水のpHが中性あるいは酸性に近づく海洋酸性化が起こっていることを紹介しました。ところが、日本海については温暖化の影響を受けやすいとの報告がありながら、データの集積がないことを指摘し、2016年度から詳細な観測を開始したことを説明して、速報的なデータ解析から日本海は二酸化炭素の吸収源としての役割があるようだと述べました。
「日本海の水の流れと有害物質の輸送」長尾誠也氏(金沢大学)
環日本海域におけるPAHs(多環芳香族炭化水素)やPOPs(残留性有機汚染物質)と呼ばれる化学物質の越境汚染の状況について、主に海水によって日本へ輸送される汚染物質の分布や輸送過程について解説しました。日本海の海水中のPAHsについては近年減少傾向にあること、さらに、現在進行中の研究課題として、放射性物質の同位体比を用いた日本海の表層海流による汚染物質の輸送過程の解析方法を紹介しました。
「東アジア地域における大気中有害物質の実態」唐寧氏(金沢大学)
東アジア地域の大気中PAHs濃度分布について詳細に解説しました。そのなかで、冬季に中国北部都市の暖房施設に由来するPAHsの一部は日本海を越え、日本に長距離輸送されていること、一方で近年の中国政府による厳しい環境規制のおかげでPAHsの日本までの輸送量が年々減少傾向にあることも明らかにしました。

3. おわりに

本講演会開催に当たり、金沢市教育委員会生涯学習課のご協力により市内すべての公民館や図書館に告知用ポスターを掲示していただき、たくさんの来場者を見込んでおりましたが、当日の強風と大雪という悪天候も響いたのか来場者数はわずかでした。少々残念ではありましたが、これにめげずに、2017年度も環日本海地域最大の都市である新潟市での開催(場所・時期は未定)を予定しています。たくさんの市民の皆様のご来場をお待ちしております。私たちと一緒に日本海の過去・現在・未来の姿について熱く語り合いましょう。

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