2017年10月号 [Vol.28 No.7] 通巻第322号 201710_322004

より具体的なゼロ排出戦略に向けて —報告:来場者参加型パネルディスカッション「世界はパリ協定の目標に真摯に立ち向かっているか?」

  • 社会環境システム研究センター 副センター長 亀山康子

2017年7月22日(土)の夏の大公開で、地球環境研究センターは表題のパネルディスカッションを開催しました。

1. 本パネルの主旨

このパネルでは、立場の違うパネリストが少しずつ話題提供し、その後は来場者からのご意見やご質問を伺う時間を多くとることで、来場者との対話を介して相互理解を深める機会とすることを目的としました。例年にも増して猛暑となった7月22日、ご来場いただけるのかという心配もありましたが、ふたを開けてみると所全体でも過去最高の来所者数となり、本パネルも、高い関心をお持ちの多くの方に参加していただけました。

今回のパネルディスカッションは、「世界はパリ協定の目標に真摯に立ち向かっているか?」をテーマとして掲げ、対策側を中心に話をすることを想定しました。パネリストも、このテーマにふさわしい第一線で活躍されている方々をお招きできました。毎日新聞社大場あい氏、内閣参事官(前環境省国際連携課長)関谷毅史氏、WWFジャパン山岸尚之氏、国立環境研究所社会環境システム研究センター亀山康子の4名がパネリストとして、モデレータとして同所地球環境研究センター江守正多が登壇しました。

2. パネリストからの話題提供

冒頭、江守から、パリ協定とそこで掲げられている長期目標の意味について簡潔な説明がありました。パリ協定では、産業革命前と比べた気温の上昇を2°Cないしは1.5°Cを長期的な目標としていること、しかしながら、現在の排出量削減努力だけではその目標に届かないこと、などが紹介されました。

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パネリストからは、まず亀山が、京都議定書時代の「20世紀のものの見方」とパリ協定を取り巻く「21世紀のものの見方」を紹介し、パリ協定が、2°C、1.5°C、今世紀末実質排出量ゼロ、といった長期目標を掲げている他、2050年の低排出戦略の策定を各国に求めることで、2030年近辺の目標水準の妥当性を評価しやすくしている点が重要と述べました。

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次に関谷氏からは、2017年6月に米国トランプ政権がパリ協定からの離脱を発表したにもかかわらず、世界全体がパリ協定の下で動き始めている点を踏まえ、日本が今後低排出社会を構築していくための検討プロセスとして、2017年3月に中央環境審議会地球環境部会でとりまとめられた長期低炭素ビジョン(パリ協定等で、今世紀半ばの長期的な温室効果ガス低排出型発展戦略を2020年までに提出することが招請されていることから、2050年のビジョンを検討した報告書)が紹介されました。ビジョン実現に向けて新たなイノベーションが重要だが、技術のイノベーションに留まらず、社会経済システムやライフスタイルのイノベーションが必要との指摘がありました。

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その次に山岸氏は、トランプ大統領のパリ協定離脱公表後、米国内で多数の自治体や企業がパリ協定への支持を表明した事例や、パリ協定で示された長期目標を「科学と整合した目標」として企業規範に取り入れている企業の団体「Science Based Targets」に参加する企業数が増加している事例、再生可能エネルギーでエネルギー消費量を100%賄う目標を掲げている大企業が増えている等、世界の動向を紹介し、それに比した日本国内の関心の低さを懸念しました。

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最後に大場氏は、新聞紙面でパリ協定を扱うにあたり、2015年12月の協定の採択時よりも、協定の発効とCOP22、米国大統領選挙結果が重なった2016年11月や、トランプ政権がパリ協定離脱を表明した2017年6月の方が、より大きな紙面で、回数も多く報道されたことをデータで示し、単なる環境問題ではなく国際政治や経済問題とつながることで大きく報道できるメリットはあるものの、将来を真剣に考える機会になることもなく、その場限りで終わってしまうおそれがあると指摘しました。

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3. 来場者との対話

来場者に「国際社会はパリ協定に真摯に対応しているか」と質問したところ、多くの来場者が「×」のカードを挙げました。

「地球温暖化の主な原因は人間活動だと思うか」を聞いたところ、数名を除き「〇」があがり、来場者の大半は人為的な問題として捉えていることが示されましたが、世間全般については、科学的知見が十分に浸透していないという主旨の意見が挙げられました。「ほとんどの人は環境のことなど考えていない」「二酸化炭素が増えると温暖化が起きるという理屈が分かりづらい」「科学が不十分。政治的な話になってしまって科学が置き去りにされている」といった意見が出されました。これに対しては、「本パネルはあえてパリ協定をテーマに選んだため、政治的な印象が強まったかもしれないが、科学的知見は十分蓄積されており、それをきちんと伝えていきたい」という回答が江守からありました。

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写真1モデレータの江守からの質問に「○」と「×」で答える来場者。パネルディスカッションでは、来場者との対話を介して相互理解を深めました。

また、米国や中国が真摯に取り組んでいないのではないかという意見があり、複数のパネリストが両国の国内情勢について追加で情報提供しました。例えば、米国では、エネルギー政策を決定する諸権限が連邦政府ではなく州政府にあるため、大統領がパリ協定を否定したとしても、州レベルで取り組みを進めることが可能ということ、また、中国では、気候変動の他に大気汚染も問題となっているため、人々の意識が高まり、石炭火力発電所の撤廃や省エネが急速に進むとともに、災害防止の観点もあって二酸化炭素の吸収源となる森林を増やす取り組みも進んでいる、とパネリストが補足説明しました。

次に、来場者に「日本はパリ協定に真摯に対応しているか」と質問したところ、ここでも大半の方が「×」を挙げました。「現状に理解がある人の行動が弱い」「結局アメとムチが必要ではないか」「日本でカーボンプライシングが議論されているが、カーボンリーケージ(一国内だけで厳しい対策をとると、生産拠点が規制の緩い国に移転してしまい、結果、世界全体の排出量は変化しないこと)や会計制度など、課題が多いのではないか」といった意見や質問がありました。

原子力発電所の再稼動はニュースになるのに、石炭火力発電所の新設はニュースにならないといった現状を、どうすれば変えられるのかという点も議論されました。これについては、最近は、いくつかの新設計画に対して反対運動が起きているといった話も出されました。さらには、「教育の場でこの問題をより多くの子供達に知ってもらう必要があるのではないか」という意見もありました。終了時間ぎりぎりまで、本当に多くのご意見を伺うことができました。

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写真2, 3来場者からの意見や質問に答えるパネリスト(写真2:左から大場氏、山岸氏、写真3:左から関谷氏、亀山)

4. 雑感

今回、パネリストとして行政、NGO、マスメディアと、異なる立ち位置からお話しいただけたことは、この問題の全体像を把握する上で大変有意義だったと感じました。また、パリ協定後、世界が低排出社会に向けて急速に動き出していることも確認できました。

他方、来場者の皆様からのご意見の中には、科学的知見が分かりづらいというご指摘が少なくなかったことが印象的でした。研究所に求められている役割を再認識し、現時点で科学的に言えることを適切に伝えていく行動力をさらに増す必要があると感じました。来場者の方々は、気候変動問題に関心をお持ちだからこそいらしているわけですが、それだけでなくこの場にいらしていない多くの方々にも科学的知見を伝えるよう努めよというお叱りの言葉を頂戴したと受け止め、今後の活動に生かしていきたいと考えました。研究所ではそのような活動を目的に、2016年度から「社会対話・協働推進オフィス」を設立し、一方的な情報発信に留まらない双方向の情報交換の場を増やそうとしています。同オフィスとも連携しつつ行動に移していきたいと思いました。

5. 御礼

最後になりますが、当日参加していただいた来場者の皆様とパネリストの皆様に厚く御礼申し上げます。来場者の方に「本日どちらからいらっしゃいましたか? つくば市内? 茨城県内?」と○×を挙げてもらったところ、つくば市外、それも茨城県外からの参加者の方が多かったことが印象的でした。例年、全所的には夏休みの自由研究に悩む市内小学生が多いのですが、このパネル部屋だけは大人の雰囲気が漂い、密度の濃い議論ができました。時間の制約もあり、十分満足していただけたかはなはだ不安ではありますが、まずは来所いただいた機会を契機に、今後も対話を継続させていただければ幸いです。

6. 参加者アンケートの概要(事務局報告)

パネルディスカッションに参加していただいた方にアンケートのご協力をいただき、47名の方からご回答をいただきました。その結果を下記にお示しします。参加回数は初めての方が65%と多数でしたが、3回以上参加された方も18%いらっしゃいました。我々が気をつけていた話のわかりやすさとテーマ設定については、「非常に満足」または「満足」と回答された方が3/4以上であり、難易度についても8割の方が「適切」とご回答くださり、ホッといたしました。自由記述の中には、「東京でも開催して欲しい」「メディアだけではわからない話が聞けてよかった」のようなコメントがある一方で、「難しい言葉はもっと詳しく説明して欲しい」「適応の話を中心にしても良いのでは」のようなご意見も頂戴いたしました。このような意見も参考にしつつ、次回開催するときにはさらに工夫をしてまいりたいと思います。

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*このパネルディスカッションの内容は、後日、地球環境研究センターウェブサイト(http://www.cger.nies.go.jp/ja/)から動画として公開されます。

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地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

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