2017年10月号 [Vol.28 No.7] 通巻第322号 201710_322006

最近の研究成果 陸域生物圏モデルが推定した光合成生産量の値は「どれくらい確からしい」か? —ISI-MIPデータセットのベンチマーキングから分かったこと—

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 伊藤昭彦

植物による光合成は、陸域における炭素循環の出発点であり、グローバルな二酸化炭素(CO2)の収支を評価する上でも非常に重要なフローである。また光合成の量は、木材・食料などの植物が供給する産物や生態系の機能と特徴を評価する場合にも有用である。

現在までに多数の陸域生物圏のモデルが開発されており、モデルは植生による光合成生産量を推定しているが、その精度はこれまで十分に検証されていなかった。そこで本論文では、代表的なグローバル観測データと比較することで陸域生物圏モデルの精度検証(ベンチマーキング)を行った。具体的には、気候変動の影響評価を行う国際プロジェクト(ISI-MIP[1])に参加する8モデル(CARAIB、DLEM、JULES、LPJ-GUESS、LPJmL、ORCHIDEE、VEGAS、VISIT)について、生態系スケールの総光合成生産量(GPP:総一次生産)を検証し、地上観測や衛星観測によるGPPデータ、さらに最近の衛星観測による植生が発する蛍光[2]データとの比較をグローバルスケールで行った。

8つの陸域生物圏モデルは、生態系の構造や光合成の計算方法にそれぞれ違いがあるものの、平均的にはグローバルな陸域のGPP分布をよく捉え(図1)、どのモデルも地上観測や衛星観測のGPPと高い相関を示していた。しかし、蛍光データとの比較では、モデルごとに相関の強さがばらついており(図2)、モデルごとの精度が良い(悪い)地域・植生タイプや季節変化パターンなどの特徴をより明確に示すことができることが示された。また年々変動については、エルニーニョや火山噴火後の極端な気象変化に伴う変動を、どのモデルも満足に再現できないことが分かった。陸域のCO2交換に関する変動はモデル間で推定結果が大きく異なっており、いずれも大気や衛星の観測と整合していない時期があった。モデル間の推定結果の差について詳細な比較を行った結果、温度・水分・日射など気象要素に対する応答や、植生の葉の量の変化させ具合などが原因となることが示された。このようなベンチマーキングの成果に基づいて陸域生物圏モデルの改良を進めることで、より高い精度でCO2収支や温暖化影響の評価が可能になると期待される。

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図1陸域生物圏モデルで推定された総光合成生産量(GPP)の分布。ISI-MIPに参加した8モデルによる1981–2000年の平均年間値

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図2陸域生物圏モデルで推定された総光合成生産量(GPP)と植生が発する蛍光(SIF)の強さの関係。ISI-MIPに参加した8モデルそれぞれについて、2007–2010年の熱帯(赤)と温帯〜亜寒帯(青)の結果を示した(エラーバーは標準偏差)。SIFデータは欧州の衛星による観測(GOME-2)より。黒線は両方のデータに対する直線回帰、R2はその決定係数を示す

脚注

  1. ISI-MIP(Inter-Sectoral Impact Model Intercomparison Project):ドイツのポツダム気候影響研究所などが主導する温暖化影響モデルの相互比較プロジェクト。国立環境研究所からは水資源モデルH08、陸域生態系モデルVISITなどが参加している。参考:花崎直太ほか「温暖化影響の全体像に迫る:米国科学アカデミー紀要に特集されたISI-MIPの紹介」地球環境研究センターニュース2014年2月号
  2. 植物の光合成を担う葉緑素(クロロフィル)は、太陽光を吸収し、一部を光合成のエネルギー源に使用するが、残りの大部分は熱や蛍光と呼ばれる微弱な光として外に放出する。SIF(Sun-Induced Fluorescence)と呼ばれる。最近、このクロロフィル蛍光を人工衛星(GOSATを含む)から観測する技術が開発され、植生の光合成活動を監視する手法として有望視されている。従来用いられてきた可視光の波長帯ごとの吸収量を用いる方法と比較して、植物が発する蛍光は光合成活動をより直接的に反映すると考えられており、植生機能の解析やモデル検証への利用が期待されている。

本研究の論文情報

Photosynthetic productivity and its efficiencies in ISIMIP2a biome models: benchmarking for impact assessment studies
著者: Ito, A., K. Nishina, C. P. O. Reyer, L. François, A.-J. Henrot, G. Munhoven, I. Jacquemin, H. Tian, J. Yang, S. Pan, C. Morfopoulos, R. Betts, T. Hickler, J. Steinkamp, S. Ostberg, S. Schaphoff, P. Ciais, J. Chang, R. Rafique, F. Zeng, and F. Zhao
掲載誌: Environmental Research Letters 12: 085001. doi: 10.1088/1748-9326/aa7a19.

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