2017年12月号 [Vol.28 No.9] 通巻第324号 201712_324001

第10回二酸化炭素国際会議報告 都市大気観測研究の最新動向

  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 特別研究員 西橋政秀

2017年8月21〜25日にスイス・インターラーケンのCongress Centre Kursaal Interlakenにおいて、第10回二酸化炭素国際会議(The 10th International Carbon Dioxide Conference: ICDC10)が開催された。この会議に参加した地球環境研究センターの西橋政秀と中岡慎一郎が、それぞれの研究分野に関する動向を紹介する。

1. はじめに

二酸化炭素国際会議の目的は、地球温暖化の主要原因物質である二酸化炭素(CO2)の地球表層での循環について、学際的視点で解明を進めることである。近年はCO2以外のメタン(CH4)などの温室効果ガスの報告も散見されている。1981年のスイス・ベルン大学での第1回会議開催以降、4年ごとに世界各地で開催されてきた。今回は第10回の記念大会ということで、スイスの地に原点回帰した形となった。参加者は500名を超え、81件の口頭発表と370件のポスター発表が行われ、活発な議論が交わされた。

本稿では筆者が取り組んでいる都市域での温室効果ガスの大気観測に関する研究を中心に、興味を惹かれた発表とともに、会議の特徴を紹介する。

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写真1会場となったCongress Centre Kursaal Interlaken

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写真2ICDC10では370件のポスター発表が行われ、関心のある研究内容について参加者が議論していた

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写真3ポスター発表の会場は2ヶ所設けられた

2. 世界の都市域での温室効果ガス観測

都市域はCO2の主要排出源の一つとなっているが、これまでその排出実態を高精度で捉えるための都市域での観測は、米国のインディアナポリスやロサンゼルス、フランスのパリなどに限られてきた。しかし、今回の会議において複数の研究グループから、上記以外のさまざまな都市域でも大気中のCO2やCH4などの温室効果ガス観測を開始したとする報告がなされた(国立環境研究所の研究グループも都市域での温室効果ガスの観測を、東京およびインドネシア・ジャカルタにおいて2016年から開始したが、それらについてはこの会議の翌週にスイスのデューベンドルフで開催された第19回二酸化炭素・温室効果ガス等の計測技術に関する国際会議(19th WMO/IAEA Meeting on Carbon Dioxide, Greenhouse Gases & Related Measurement Techniques, GGMT-2017)において、東京については寺尾主任研究員が、インドネシアについては筆者がそれぞれ発表した。会議の詳細については、野村渉平「大気中の温室効果ガス濃度の値を世に出している人たちの集まり」地球環境研究センターニュース2017年11月号参照)。さらに観測だけではなく、モデルとの比較による排出量推定も試みられている。

インディアナポリス大都市圏ではINFLUX(The Indianapolis Flux Experiment)と呼ばれる大規模な観測プロジェクトが行われており、Turnbullら(GNS Science/コロラド大学)によってその概要が報告された。このプロジェクトの目的は、温室効果ガス排出量を都市スケールで定量化するための観測およびモデリングの手法を開発・評価するとともに、それらの起源(人為起源または生物起源)を判別する手法も併せて確立することである。大気観測はCO2の連続観測をメインに、CH4や一酸化炭素(CO)の連続観測、放射性同位体14CO2などの分析を目的としたフラスコサンプリングなどが計12ヶ所のタワーで実施されている。また、近年航空機によるキャンペーン観測も行われている。一方、インディアナポリスでは、道路や建物単位での高空間分解能の人為起源CO2排出量データ(インベントリ)が利用できる。このインベントリはHestiaと呼ばれているが、インディアナポリス全体における冬季の人為起源CO2のフラックスについて、Hestiaから算出した値と大気CO2観測から逆推定した値、さらに航空機観測から求めた値を比較した結果、各手法での値のばらつきは±6%の範囲に収まることが示された。またBalashovら(ペンシルベニア州立大学)により、インディアナポリスにおけるCH4排出量を求める際のバックグラウンド推定誤差の影響について、領域化学輸送モデル(WRF-Chem)によるシミュレーションや風向別での感度テストの結果をもとに報告された。CH4排出量推定のばらつきを10%以下にするには風向別に50〜60日間の観測データが必要である一方、南西風のときのデータはバックグラウンド推定誤差が大きいことが示された。

米国ではインディアナポリス以外に、ロサンゼルスとワシントンD.C.・ボルチモア大都市圏においてINFLUXとほぼ同様の観測プロジェクトが実施されており、それらの特徴について米国国立標準技術研究所のWhetstoneらが概説した。彼らは各地域でのプロジェクトを通じて、温室効果ガス排出量の高精度な推定だけでなく、将来的な排出量削減の定量的評価に資する観測システムおよびモデリング手法の開発、標準化を目指している。また同研究所のMuellerらにより、ワシントンD.C.・ボルチモア大都市圏を対象に複数の手法を用いてCO2のバックグラウンドを推定する試みが行われていることが報告された。

ユタ大学のLinらはユタ州ソルトレイクシティー都市圏で行われているCO2観測について報告した。彼らはソルトレイクシティー周辺7ヶ所に配置された地上観測サイトに加えて、市内を走る路面電車(トラム)の屋根にCO2センサーを取り付け、トラム沿線のCO2濃度の時空間変動の観測を2014年から始めた。また、トラムやバス等の公共交通機関の利用者数の変動を便ごとに詳細に調査し、それらの利用促進によるCO2排出量の削減量に関して推定を試みた。一方、ソルトレイクシティーの都市域の拡大に伴い、2040年時点で想定されるCO2排出量の増大について、ビル単位という高空間分解能でマッピング可能なことが示された。

Gravenら(インペリアル・カレッジ・ロンドン)はカリフォルニア州の都市部を中心とした9ヶ所で2014〜2015年に実施した大気フラスコサンプリングのキャンペーン観測の結果を報告した。サンプリングされた大気に含まれる14CO2を分析し、化石燃料起源のCO2濃度を求めたところ、Vulcanなどのインベントリを用いてモデル計算された値とほぼ一致する(両者の差は約95%の確率で±3.0ppmの範囲に収まる)ことが示された。

次に米国以外における観測に関する発表について記す。Vogelら(パリ・サクレー大学)はパリに構築されている温室効果ガス観測網と、それをベースにブラジルの港湾都市レシフェに構築された観測網および各モデリングシステムについて報告した。また都市域で高密度観測を行うために開発された低価格CO2センサーや地上付近のCO2濃度の2次元マッピングが可能なレーザー方式の観測装置などの評価も進められていることが示された。そのほかフランスでは、パリとは別に、南東部のプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏において、CO2観測プロジェクトが2016年から行われていることがXueref-Remyら(フランス気候環境科学研究所)により報告された。これらの都市から排出されるCO2濃度の変動がパリと同様の都市域の特徴を有していること、また、現在WRF-Chemを用いた大気モデリングシステムを構築中であることが示された。

Pissoら(ノルウェー大気研究所)は、ノルウェーの首都オスロでの温室効果ガス排出量削減および評価のために2017年から開始された観測およびモデリングプロジェクトの概要について報告した。1kmの空間解像度でCO2インベントリのアップデートを行うとともに、観測サイトの設置場所について検討中であることが示された。

Kellerら(GNS Science)は、ニュージーランド最大の都市オークランドにおける炭素収支を明らかにすることを目的としたプロジェクトについて発表した。オークランド都市域内外における複数地点でのフラスコサンプリングを中心としたCO2および14CO2のデータと、Hestiaにより推定された化石燃料起源のCO2フラックス、さらに生物起源のCO2フラックスのデータを比較することで、都市からのCO2排出量を評価するとともに、インベントリの精度向上を目指していることが報告された。

3. おわりに

会議の最後に次回2021年の開催地についてアナウンスされた。現在、南アフリカのケープタウンまたはブラジルのアマゾン地域(マナウスなど)の2ヶ所が候補に挙がっており、後日決定されるとのことである。先進国に限らず新興国においても温室効果ガスに関する研究が重要性を増しているということではないだろうか。

*ICDCに関するこれまでの記事は以下からご覧いただけます。

会議のポリシー

西橋政秀

CO2を中心とした温室効果ガスが本会議のテーマであることから、会議を開催することにより排出される温室効果ガスをできる限り抑制しようという意向が随所に感じられた会議であった。その一つは、会議中に参加者に提供される昼食がすべてベジタリアン食であったことである。これは化石燃料を大量に消費することによって生産される肉類の使用を回避したいからだと考えられるが、8月22日の夜に開催された晩餐会においてもそのポリシーは貫かれており(つまり肉は一切提供されなかった)、周りの参加者からは翌日以降、レストランでの夕食時に肉を食したいというつぶやきをよく耳にするようになった。また会期中会議場において提供される飲料水はペットボトルではなく、会議受付時に各自に渡された会議ロゴ入りのプラスチック製のボトル(ジャバラ方式で伸縮可能)にウォーターサーバーから適宜注水するという形式であり、環境への配慮が感じられた。さらに、会議主催のエクスカーション(例えばユングフラウヨッホ高地研究所の見学など、遅野井祐美「Air Mail:トップ・オブ・ヨーロッパ」地球環境研究センターニュース2017年11月号参照)の際の移動手段もすべて公共交通機関のみとした徹底ぶりであった。

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会議4日目に提供されたベジタリアンランチ

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