2017年12月号 [Vol.28 No.9] 通巻第324号 201712_324004
世界規模の変化に向けて生態系フラックス観測と炭素管理を繋ぐ —第14回AsiaFlux Workshop 2017会議参加報告—
2017年8月14日から19日にかけて、Joint Conference of AsiaFlux Workshop 2017 and the 15th Anniversary Celebration of ChinaFLUX(AsiaFluxワークショップ2017及びChinaFLUX 15周年記念式典)が中国科学院地理科学資源研究所(Institute of Geographic Sciences and Natural Resources Research: IGSNRR)と北京国際会議センターの2箇所で開催された。今回のワークショップは “Linking ecosystem flux measurements and carbon management to global change” がサブタイトルとして掲げられ、観測によるデータ集積のみならず、一歩踏み込んで将来的な炭素管理に向けた取り組みまでを議論する機会となった。
AsiaFluxは、アジア地域における陸域生態系と大気の間で交換される物質(主に二酸化炭素、水蒸気)および熱エネルギー等の観測や評価を行う分野の研究者を中心とするコミュニティーである。国立環境研究所地球環境研究センターは、1999年の活動開始当初から事務局としての機能を担っており、若手育成を目的としたトレーニングコースや、定期的なワークショップ・研究集会等の開催支援、ウェブサイト・データベースの管理などを行っている。
今年は、中国国内のネットワークであるChinaFLUXを主体とした現地運営委員会と共同でワークショップの企画・運営を行った。参加者はアジア諸国を中心に計11カ国、約200名が集まった。国立環境研究所からは4名が参加した。
会議開催前の3日間は、若手研究者や学生を対象に、観測技術の向上を目的としたトレーニングコースが実施され、約90名が参加した。トレーニングコースは、フラックス観測の分野における代表的な観測機器メーカーの一つであるCampbell Scientific社の支援により開催された。引き続き8月17日からワークショップ及びChinaFLUX 15周年記念式典が行われた。
1. AsiaFlux Workshop 1日目(8月17日)
はじめにAsiaFlux委員長の宮田明氏(農業環境技術研究所、日本)と、ワークショップ実行委員長のYu Guirui氏(中国科学院地理科学資源研究所、中国)から開会挨拶と趣旨説明があり、AsiaFluxと中国(ChinaFLUX)とのこれまでのつながりや、今後の各国ネットワークの強化と観測データの共有化の重要性が強調された。
続いて基調講演が4件行われた。この中でLee Xuhui氏(イエール大学、アメリカ)は、渦相関法による観測の理論的背景を詳細に解説したのち、気候モデリングへの適用を念頭においた土地利用変化の影響把握について講演を行った。
本ワークショップでは内容ごとにセッションが6つに分かれており、午後からはセッション1〜3の発表がそれぞれ行われた。地域別炭素フラックス評価をテーマとしたセッションでは、三枝信子(国立環境研究所、日本)がフラックス観測データを用いたボトムアップ的手法と、インバージョン解析に基づくトップダウン的手法の相互比較に基づく炭素循環変化の検出とその高精度化について紹介した。
2. ChinaFLUX記念式典及びAsiaFlux Workshop 2日目(8月18日)
2日目午前の部はChinaFLUXの15周年記念式典が中国語で開催された。関連機関からの祝辞があり、その中の一つとしてJapanFlux(委員長 平野高司氏、北海道大学)からも祝辞が述べられた(宮田委員長代読)。歴代のChinaFLUX委員長や多くの有識者が列席され、ChinaFLUXの歴史と今後の展望を描いた映像が放映された。また、ChinaFLUXへ多大な貢献をされた方々へ記念の楯が贈られた。さらにChinaFLUXの優秀研究者に対して中国企業であるGENE社後援のもと、副賞が授与された。
午後の部はセッション4〜6が行われた。フラックス観測における新しい技術に関するセッションでは、梁乃申(国立環境研究所、日本)が、温暖化に伴う土壌有機炭素分解速度の変化を究明するための強力な手段として、放射性炭素(14C)を用いた分析手法を紹介した。また土壌による温室効果ガスのフラックスとその根底にあるメカニズムに関するセッションでは、まだ分からないことの多い土壌による温室効果ガスのフラックスがどのような環境因子に応答して変動しているかということを中心に発表が行われた。寺本宗正(国立環境研究所、日本)が、冷温帯落葉広葉樹林における土壌有機物分解への、温暖化の長期的影響について発表した。
本年はChinaFLUXの15周年記念を兼ねたが、韓国のネットワークであるKoFluxの15周年記念でもあった。セッションの一つに韓国からの発表者の枠を設け、次なる15年に向けてネットワークの強化や観測地のインフラ整備などの新たな方向性が発表された。
最後に、各セッションでの成果発表や議論の内容を代表者が総括し、ワークショップは閉会した。
開催期間中、各セッションに付随したポスターセッションも行われた。計38件のポスターが展示され、発表者と参加者による積極的な意見交換がなされた。発表者には東南アジアの若手研究者や学生が多く、これまでAsiaFluxが取り組んできたトレーニングコースによる人材育成の成果を感じることが出来た。このネットワークで育った若手研究者が国際的なワークショップにおいて新たなつながりを構築し、自立した研究者として活躍していくことはAsiaFluxの望みであり、アジアの観測研究強化に対する大きな貢献である。また、企業展示には13社が参加し、各社の最新製品の特徴をアピールした。
最終日は中国科学院北京森林生態系研究所の現場を見学した。気象観測地は標高約1200mの山の中腹に位置し、参加者は現地研究所スタッフの説明を受けながら山林を登った。地表傾斜地の流水観測装置や樹木の蒸発散観測の現場などを視察することが出来た。
3. おわりに
今回のワークショップは記念式典による時間の制約もあったため、ワークショップそのものの時間は実質1.5日間であり、今までの会期(2–2.5日間)に比べて短かかった。そういった状況でも従来以上の多数の研究発表と積極的な意見交換がなされたことは、各国において活発な研究・観測が進められている証であり、大変充実した時間であった。
中国の現地運営委員会が細部にわたりしっかりと準備を進めていたため、会議は滞りなく実施できた。また中国では海外で行われる会議に参加する際に、年間の参加回数に上限が設定されている場合があるそうで、中国国内で興味ある分野の国際会議が開催されることを大変喜んでいた。特に多くの学生や若手研究者が成果を発表できる大会となったことは意義深い。
今後、アジア諸国における観測ネットワークが更に発展し、観測の精度が上がり、地球温暖化をはじめとする気候変動の問題と地球規模炭素管理への取り組みに対し、世界第一線の研究者らとアジア諸国の研究者が対等に協力して取り組めるようになっていくことを望む。
*AsiaFlux Workshopに関する記事は以下からご覧いただけます。
- 山本晋「FLUXNETとAsiaFlux国際ワークショップ」2001年1月号
- 鳥山敦「The 2nd International Workshop on Advanced Flux Network and Flux Evaluation報告」2002年3月号
- 平田竜一「—AsiaFluxワークショップ2006:アジアの多様な陸域生態系におけるフラックス評価—の報告」2007年2月号
- 高橋善幸「AsiaFlux Workshop 2007参加報告」2008年2月号
- 三枝信子・小川安紀子「AsiaFlux—10年の軌跡とこれからの道筋—」2009年2月号
- 小川安紀子「AsiaFlux Workshop2009報告 フラックス研究を通じて多様なスケールにおける生態系の知識の統合を」2010年1月号
- 田中佐和子・高橋善幸「AsiaFlux Workshop2011報告」2012年1月号
- 田中佐和子・高橋善幸・三枝信子「科学を社会へ伝える—第11回AsiaFlux、第3回HESSS、第14回KSAFM合同会議参加報告—」2013年10月号
- 田中佐和子・高橋善幸・三枝信子「温室効果ガスの観測を気候変動対策につなぐアジアの取り組み―国際稲研究所での第12回AsiaFluxワークショップ参加報告―」2014年10月号
- 田中佐和子・高橋善幸・三枝信子「気候変動の理解にむけて、アジアでの研究活動の一コマ—AsiaFluxワークショップ2015、国際写真測量リモートセンシング学会ワーキンググループVIII/3:気象・大気・気候分野合同会議参加報告—」2016年1月号
北京の日常風景
今回のワークショップの会場となった北京国際会議センターは、中国の象徴の一つとされる天安門から10km程北に位置し、2008年に開催された北京オリンピックの名残がそこかしこに見られた(写真9)。交通量は大変多く、日中は大気が霞んでおり、一週間の滞在のうち青空を拝めたのは、雨が降った翌日の一日だけであった。これがPM2.5の影響なのではないかと想像できた。近年の北京は地下鉄が整備され、近郊であれば公共バス・地下鉄・タクシーを使ってスムースに移動することができる。また、看板等の表示が漢字であるため、おおよその意味を想像することができ、親しみを感じることができた中国滞在であった(写真10)。
ワークショップ初日の夜、全員が参加したレセプションでは文化交流の一つとして、筆者は日本舞踊を披露。参加者だけでなく、レストランに居合わせた一般のお客さんも興味を示し、喜んでいただくことができた(写真11)。